その日、閻魔は朝からイヤな予感がしていた
夕方、上司とも言うべき人から呼び出された
そして珍しく同情的に告げられた

いつかくる“その時”が今日きた…と

「そう……ですか」

いつか来ると覚悟していたからか、いざ来てみるとストンと胸に納まるものだ

「分かりました……」

思ったより自分は冷静でいられている
大丈夫だ、落ち着いていつも通り仕事が果たせる……閻魔は安堵したような悲しいような気持ちで仕事場へ戻ってきた

それでも彼の目には動揺していると映ったのだろう、暫くすると鬼男が心配そうに訊ねてくる

「大王?どうかなさいましたか?」

その声を聞いた瞬間、居ても立ってもいられなくなった

「ごめん……ちょっとだけでいいから胸貸してくんない?」

「……どうぞ」

鬼男は部屋の端にある長椅子に腰を降ろすと閻魔を待つ
閻魔はゆっくりと近付いて鬼男に抱きつく

「ごめんね」

「閻魔様、こういう時は“ありがとう”ですよ」

鬼男の声を耳元で聞きながら閻魔は目を閉じた



* * *



居住区以外は色とりどりの花が咲いたメルヘンティックな原っぱ
地上と同じく天候や四季は有るが体感温度は常に快適
海がないのは少し残念だが、だだっ広い空がある
そこは天国という名に相応しい場所だった

春になったばかりの頃
大きな桜の木の下で二人のオッサンがほうけていた
聖徳太子に閻魔大王である


「のどかだなぁ大王」

「うん…ビニールシートの柄のせいで全然落ち着かないけど…」

「大王もブランコに乗ればいいのに」

「いや遠慮しとくよ」

天国の住民は疲れを知らない健康体
それに対し三半規管の弱い閻魔は太子が夢中で漕ぐブランコの勢いに連いて行けない
もっとも今の太子はブランコより桜に夢中で、漕ぐ速度もゆっくりだが

「あのね…太子」

「んー?なんだぁ」

「もうすぐ鬼男くん転生しちゃうんだぁ」

ブランコの音が止んだ
かなり驚いている顔で閻魔を見下ろす太子

「生まれ変わるって事?地上に?」

「うん…鬼男くんの両親になる人が現れたんだって」

「なる人?」

閻魔は軽く頷いた

「うん、誰が誰の親になるっていうのってランダムに決まるんだー…
 太子の前世のお父さんは素晴らしい人だったよね、でも次はどんな人か分かんないよ?
 良い人か悪い人か運任せだから、まさに運命!
 あ、今度鬼男くんの両親になるのは普通の善人だよ、オレ調べちゃった!
 フフ…本当はいけないんだけどね、だから内緒
 あの二人が鬼男くんに合うか分かんないけど、まぁ鬼男くんなら何処でも上手くやっていけそうだし」

普段、太子と話す時は聞き手に回る事の多い閻魔だが今は妙に饒舌だ
逆に太子はそんな閻魔の様子に戸惑っているのか相槌すら打たない

「鬼男くんといられるのも後一日くらいかなぁ」

「それくらいしかないの!!?」

太子は声を張り上げた

「閻魔はそれで平気なの!?」

聞いてしまってから後悔した
平気な訳がないのに、それでも聞いてしまった
「しょうがないよ…決まってる事だから」

どんなに生きたいと思っている人でも死んでしまうのと同じ、それが運命で宿命なら

「そんな………」

下を向いて黙り込んでしまった太子に閻魔は歪めているだけで笑みになってない笑みを渡した




「太子…?」

太子が俯いてからかなりの時間が過ぎた、このままだと首がこってしまう
いくら太子でも、そんな話を聞いて寝たりしないだろう
否、太子だからこそ閻魔の心情を自分の事の様に思い憂いでいるのかもしれない


「そうだ!!」

「うぇ!?」

いきなり顔を上げた太子
驚いた閻魔の目に入ってきたのはキラキラした顔だった
まるで何か新しい発見をした子供の様に

「妙案が浮かんだぞ!閻魔!!」

“聞くがよい!!”
いつになく上から目線の太子
呼び方も大王から閻魔に変わっている

「お前も一緒に生まれ変わればいいのだ!!」

その妙案に閻魔は苦笑いを溢した
太子に言われるまでもなく何度も自分で望んだ事で、そして何度も諦めた募想

「いや無理だよ……オレ閻魔だもん」

「人の一生分くらい他の人に代ってもらえばいいだろ?」

天国に長くいる為、時間の感覚がずれている太子

「そりゃ百年くらいあっという間だけどさ、上が許してくれないよ……そんな勝手」

「修行の為とか言えばいいじゃないか!お前の友達の悟空だって一回転生したんだろ?」

「いやアイツのは修行じゃなくて罰だからね……ていうか友達じゃないからね」

「でも、いい考えじゃないか?」

「う〜ん、そうだね一度打診してみる価値は有りかな?きっと断られるだろうけど」

そう言う割りに少し明るくなった閻魔の顔
それを見て太子は満足気に微笑んだ

「ところでー」

「ん?」

「なんで今日は私と一緒にいたの?」

あと少ししかないのだから一時でも長く鬼男といた方がいいのでは?と太子は尋ねた

「それは……」

閻魔はゆっくり立上がり太子のすぐ横まで近いた

悲しいことがある度にする、今にも泣きだしそうな顔だった

「だって今日が……君が地上に生まれる日だから」

此処では無いどこかに君が存在する理由が生まれたんだ
呟いて太子の頭を抱え込む

「さよなら……太子……」

「えん……?」

言葉が終わる前に太子は消えてしまった

閻魔は今は誰も座っていないブランコの紐に膝を付いて掴んだ
日が暮れて彼の秘書が探しに来る迄ずっと「忘れないから」…と、心に強く思って



その夜、閻魔は鬼男を自室へ招き、鬼男に真実を告げた
すると鬼男は一瞬驚いたものの次の瞬間には穏やかに笑って

「自分でも何となく分かっていました」

震える声で呟いた

(嗚呼、もう君は諦めてしまっている
 オレ以上に君を必要としてる人なんていないのに)

閻魔のそれは、やはり……
悲しいことがある度にする今にも泣きだしそうな顔だった

「……泣かないで下さい」

鬼男は言い聞かせるよう言った


初めから繋がってる人なんてないんですよ
貴方が心の底で欲している『絆』だって初めからあるものじゃありません
長い長い時間をかけて築き上げるものだと僕は思います
だからどうか悲しまないで下さい
僕は必ず貴方の所に還ってきますから
頭が忘れてしまっても魂は覚えていますから
何千回生まれ変わっても何万年かけてでも
僕と貴方の間に絶対切れない『絆』を築いてやりますから
だから僕が居なくなっても


鬼男はもう一度泣きながら言う


「どうか泣かないで下さい」


それはとても残酷な言葉に思えた
どうして、別れをそんな簡単に受け容れられるだろう


「何処に居ても僕は貴方を愛してます……信じて下さいませんか?」


どうしても厭だったのに、そんな事を言われたら自分も受け入れるしかないじゃないか
最期にそんな男前な事されたら自分も笑ってサヨナラするしかないじゃないか

いままで……ずっと、ありがとう
自分だって辛いのに最期まで気遣ってくれた優しい鬼よ




続く