『閻魔大王』並び『狭間の者』両者の人間界への転生を許可する

いとも簡単に許可されたそれに閻魔は暫く呆気にとられていた
ちなみに『狭間の者』とは冥界においての妹子の俗称だ
鬼男が転生した後、太子の提した“妙案”に従って己と妹子の転生を打診してみたのだが(妹子に関しては全く己の意志だが)
まさか通されるとは思ってもみなかった

否、己はともかく妹子はなんとしても転生させる気であった
こう見えて冥府の王なのだ、それくらいの権力はある

生まれ変わった妹子が太子と出逢えるかは分からないが
同じ時代に生きさせてやりたいと思うのはきっと間違いではないだろう……と思いたい

でもまさか己の転生まで許されるとは思いもしなかった

「但し二つ程条件があります」

(そらきた)

きっと唯では済まないのだろうと閻魔は身構え、そして予想を超えた条件を突きつけられたのだ



* * *



「……バッカじゃないの?」

その日の夜、閻魔は卑弥呼の棲家で罵倒されていた

「こんな条件飲むなんてバカとしか考えられないわバカ」

「そんなバカバカ連発しないでよ」

「だってバカじゃない」

「コラ卑弥呼、馬鹿に馬鹿と言ってやるな」

「それも酷いです!!」

閻魔は目の前の大柄な髭男に向かって思い切り叫んだ
五百年程前、ここに仲間入りした武田信玄だ

「この条件の方が酷だろう……お前にとっては」

信玄は暗褐色の紙を指で弾きながら重々しく呟いた
事務的な書類としては丁寧に書かれたソレを分かりやすく要約すると『転生出来るのは閻魔大王、貴方の魂の半分のみ、もう半分の貴方はこれまで通り冥界での職務を続けて頂きます』との事

「……なんでいつも閻魔ばっかり辛い目に……」

「卑弥ちゃん」

「だってコレじゃあ転生出来なかった方の閻魔があんまりじゃない!!」

たとえ人間界で鬼男と結ばれたとしても、冥界にいる閻魔はそれを見ていることしか出来ない
まるで自分のことのように悔しがる卑弥呼に閻魔は優しく微笑みかけた

「それでも構わないよ……」

「閻魔!!」

「もう一度転生出来るなら」

人間として鬼男と同じ時代を過ごせるなら、それで全て構わない

「閻魔……」

「……」

この時、閻魔の瞳が微かに揺れたのを、卑弥呼と信玄は見逃してやることにした




それから十数年、奈良県

朝だというのに少年は黄昏ていた

早起きは三文の得なんて嘘っぱちである
どうして今日に限っては早起きしてしまったのだろう
どうして散歩に行こうなどと思ってしまったのだろう

そう自問しながら金髪の少年は深く溜め息を吐いた
折角の休日が丸潰れである

「ははは!待て〜ソロモーン!!」

朝っぱらから河原で犬を追いかけて全力疾走している青ジャージの彼
少し離れた場所でその様子を眺めている、ごくごく普通の少年
コケて地面に突き刺さったその人を見ながら
出来れば一生関わりたくない人種だなぁ……と少年は思った
だが悲しい事に彼とは案外親しかったりする間柄だ

「どんな転び方したら地面に突き刺されるんだ」

彼を乱暴に引き抜いた後
カレーくさい髪に付いた土を掃ってやる

(臭いはともかく綺麗な髪だな、コイツには勿体無いくらい)

軽く梳いただけで土やゴミがスルスルと零れ落ちる艶やかな髪は触っていて気持ちが良さそうだ

「ありがとう」

少年の耳に届く少しこもった独特のイントネーション
いつもより低く柔らかい声は川の音に溶けてしまいそうだ
今、閉じられている双瞼の奥には底知れない色をした瞳があって
ジャージから伸びる足と手は細く頼りない
一見すると優男に見える彼の言動は常識を逸脱していて
少年はいつも迷惑を被っている
それでも彼を“駄目な人だ”とは言えない

「なぁ鬼男さん」

「その呼び方やめろって言ったろ…」

「なんでだ?」

「同級生に、さん付けで呼ばれるとなんか変な感じする」

少年の名は草薙鬼男(くさなぎおにお)
彼は竹中太子(たけなかたいし)といった

「しょうがないだろぉ、天国ではずっとそう呼んでたんだから」

「その気持ちは分かる、俺だって太子を竹中って呼ぶのに違和感あるし」

「だったら太子って呼べばいいのに……鬼男さんも」

「お前が学校で俺の事そう呼ぶせいで変なウワサたってるんだよ」

「へ?」

「だからお前と俺が……そういう仲だって……」

太子は首を傾げたまま鬼男の目をジッと見る
こういう仕種やひょろい外見のせいか太子はそういった誤解を受けやすい

「だいたい何で一人称が前世と変わってねぇんだよ、おかしいだろ男子高生が自分のこと「私」って」

「鬼男さんと違って私は生まれた時から前世と天国の記憶があったからな、未だに「私」を使うのもカレーが大好きなのも多分そのためだ」

鬼男は冥界で鬼だった頃の事を最近思い出した
太子のように二つ前の前世までは思い出せないが、冥界にいる頃にも無かった記憶が蘇らないのは仕方がない事かもしれない

「でも人格は全然違うよな太子は」

すると太子は一瞬、眉を下げ口を固く結ぶ
そしてすぐ元の笑顔に戻った
前世と育った環境がだいぶ違う太子は割と普通だ(それでもクラス内の位置付けは“変な奴”というから凄い)
今の太子に倭国にいた頃のような無茶は出来ない、例えば好きな子を落とし穴に落としたりはしない
太子は今世の臆病で情けない自分があまり好きではなかった

「鬼男さんが私を思い出してくれてよかった」

義父や鬼男など、自分の前世を知る者の前なら少しだけ無茶ができる
太子はそれが凄く嬉しかった

「閻魔も鬼男さんみたいに思い出せばいいのにな、今のままでも構わないがその方が絶対楽しいぞ」

「大お……上杉ですか?」

鬼男は「大王」と呼びそうになったのを慌てて苗字に言い換えた

冥界において鬼男の上司で天国において太子の友人、閻魔大王は
太子の幼馴染、上杉閻魔として生きている

鬼男は太子に逢った日に聞かされた話を思い出した

『私と閻魔が再会したのは近所の幼稚園で……私は凄くビックリしたけど凄く嬉しかった
 だから私は「ほんとにてんせいできたんだ!!これでまたいっしょにあそべるな!!」って言ったんだ
 そしたら閻魔は「なにいってるの?えーっと、たいしくん?」ってきょとんとした顔で聞いてきた
 そう、改めて逢った閻魔は閻魔大王だった頃の記憶を無くしていたんだ』

つまり今世にいる閻魔は冥界での事を一切覚えていないということだ

「鬼男さんと一緒にいたくて転生したのに鬼男くんのこと忘れちゃうなんてな」

「なぁそれ本当にマジなのか?」

「そうだ、私が提案したんだぞ」

太子は鬼男に、自分が生まれ変わる日の閻魔との最後の会話を教えてある
それを聞いた鬼男は嬉しいような恥ずかしいような気持ちになるが疑心も浮かぶ
閻魔が転生など許される筈はない、しかしこの世にいる閻魔は紛れもない本物である
鬼男はそれが信じられなかった
実際、閻魔の魂の二分の一で残りの二分の一は今も冥界で仕事中なのだが二人は知る由もなかった

「ていうか鬼男さん、二人で閻魔の記憶蘇らせような……って約束してくれたのに全然行動に移してくれてないのは何で?」

同じ学校で太子と言う共通の友人がいるというのに、鬼男と閻魔の関係は顔見知り程度で全く進展しない
俗に言う『貴方と私は友達じゃないけど貴方の友達は私の友達』だいたいそんな状態だ

「うっさいな、こっちにも色々あんだよ」

「ふーん…まぁいいや、私と閻魔はこれからもずっと幼馴染だし、私と鬼男さんもずっと仲良しだし」

「は?」

「私がいるから、閻魔と鬼男さんの繋がりはずっと消えない、だから焦る必要はないぞ」

神仏の時間に到底敵わないが人間の一生は長い
だから今じゃなくても、いつかきっと思い出してくれるさ、と太子は笑った