二年、進学コースの教室


「痛いよー痛いよー閻魔ぁ」

「大丈夫?太子」

昼休み、仲良し幼馴染みコンビの片割れが騒いでいる
話によると購買部にカレーを買いに行った帰りに派手に転んだそうだ

「それで……カレーはどうなったの?」

すると太子は表情を曇らせ

「売ってなかった……」

そりゃそうだろう、彼らの話に聞き耳を立てていたクラスの大半が頷く
カレーパンなら兎も角カレーライスを売っている購買部なんてありゃしない

「売切れだって」

マジかい!売ってるんかい!しかも売切れて、何だこの学校
クラスの大半が心の中で同時にツッコミを入れた

「泣きっ面にハチとはこの事だよ……クソォこれも全部妹子のせいだ」

「人のせいにしない……っていうか太子、妹子と話した事もないでしょ?」

そう言われて言葉に詰まる太子

日和学園に入って妹子を見掛けて以来、その名が太子の口癖になっていた
否、こうやって閻魔の前で口に出すのは閻魔が妹子と親しくなってからだが

「あーあ大きなタンコブまで作っちゃって」

「痛いよ〜痛過ぎてお腹がよじれそうだよ」


「え!?ほんと大丈夫?」

何故頭にコブを作って腹がよじれるのか普通の人なら疑問に思いそうだが
そこは幼馴染み、太子の痛がりパターンは充分理解していた

「ねぇ閻魔どうにかしてー神通力で治してー」

「いや、使えないよそんなの」

(昔はよく治してくれたのになぁ)

「オレに出来るのと言ったら、痛いの痛いの屯田兵ーくらいだよ」

屯田兵じゃない、飛んでけーだ
クラスの大半はまたツッコミを入れる

「ねぇ一生のお願い、この際おまじないでも呪いでもいいからー……」

そう太子が言った瞬間、教室の後ろのほうから大声が聞こえた


「おおえ!!」


おおえ?…大江は確か隣のクラスの筈だ
咄嗟にそんな事を思いながら太子と閻魔はそちらへ注目する

「呪いとか言うな!怖いから……」

「呪いとか言わないで……この人吐くから」

見ると巷では安倍晴明の末裔じゃないかと専ら噂される陰陽師、阿部さんが吐き気を催していた

「ご、ごめ……大丈……」

「おおえ!!」

「うわっ」

駆け寄った閻魔の目の前で今にも吐きそうな阿部さん
そこへ坊主の少年、太郎くんが素早くバケツを差し出す

その光景を間近でみた閻魔はリアクションに困った
嘔吐物が血ならまだ発狂するという手もあるのだが、それはそれで困る

「吐きたいの吐きたいの屯田兵ー」

とりあえず隣に座って肩を擦る事にした閻魔

「すまない……」

「相変わらず怖いのダメなんだね」

「すまない……」

「見たくないのに見えちゃうのは辛いよね……」

実は閻魔もよくモノノケの類と遭遇してしまう質な為、阿部の気持ちが少しだけ解るのだ

「でも、オレがオバケに襲われた時助けてくれたじゃない」

閻魔が襲われたのはオバケと表すにはあまりに恐ろしい生物で
阿部は闘うニャンコさんの数十m横で吐いたり脱臼したり助ける筈の閻魔に介抱されていただけなのだが

「……お前には情けない所ばかり見られてるな」

「いや!苦手なものでも果敢に立ち向かって行こうとする姿勢は立派だし、見てておもしろ……かっこよかった!!」

「おま……今、おもしろいって言いそうに……」

仲良さげに会話する閻魔と阿部
太子はつまらなそうな顔をし、太郎は明らかにムッとしている
若いって良いよね!な瞬間である

「あれ?そういえばニャンちゃんは?」

太子が阿部の式神、ニャンコさんがいないことに気付き尋ねると

「ああ、ニャンコさんなら実家に帰ってるぞ」

「え?なんで?」

「なんでも向こうで大変な事件が発生したとかで呼び出されたそうだ」

「向こうってどこですか?」

「いや聞いていない!怖いから!!」

「アンタ陰陽師なら式神の所在くらい知っとけよ!!」

「まぁまぁ太郎くん落ち着いて……」

三人の会話が盛り上がる中、太子はひとり難しい顔をしていた

太子が天国へ居た時の記憶ではニャンコさんは冥界の有名人だった

そしてたしか実家は閻魔庁の近くだった筈

(閻魔はもう転生してるから関係ないか)

でも一応、鬼男さんには報告しとこう……と思い太子が携帯を取り出したその時

「あ、チャイムだ」

「あー昼休みもう終わりか」

予鈴が鳴り太子は携帯をしまった

「太子?どうしたの?」

いつもと少し様子が違う太子の顔を閻魔が覗き込む

今の閻魔に冥界の話をしても分からない事は解かっている
無理に思い出させようとしても無駄なことだ

「……結局カレー食べそびれた」

結局、太子はこんな風に誤魔化すしかない

「あ、オレの弁当残ってるよ」

後で食べなよ、と閻魔は渡した

「え?いいの?ていうか閻魔ご飯食べてないの?」

「んーお腹空いてなかったし?」

本当は太子が購買から帰って来るのを待っていたからだということを阿部は知っていたがあえて黙っておく
太子に余計な気を遣わせる事はない

「お菓子ばっか食べてるからお腹空かないんだよ閻魔は」

「太子だってカレーばっか食べてるでしょーたまには他のも……あ、先生来た」

教室のあちこちに散らばっていた生徒達が各々の席についた
窓際の一番後ろ、就職コースの授業塔がよく見えるこの席が太子は大好きだった

太子は教科書に小野妹子のパラパラ漫画を描きながら

(鬼男さんは放課後バイトが入っているから連絡するのはその後にしよう)

と、決めた



* * *




「なんか今日は変な日だったわ、昼休み何度も名前呼ばれた気がしたし」

その日の夕方、日和学園で六番目くらいの苦労人気質を誇る大江さんは家路を急いでいた

「ん?なにかしらアレ」

少し先のアニメショップ前がなにやら騒がしい
近づくと所々破けたボロイ服を着た小柄の女性と金髪蒼眼の大柄の女性が言い争いとしていた

「ちょ!アマンダさん勝手に中に入ろうとしないで下さい!」

「止めないでくださ〜い、あのセーラー服が私を呼んでいる気がするんで〜す」

「サイズが全然合ってないじゃないですか!!」

「それじゃコッチにいるあの方への御土産にするでーす」

「焔魔様がそんなのもらって喜ぶ訳……喜びそうだけど!!」


(あの人たち閻魔くんの知り合いなんだ……)


どおりで変な人だ……と大江は納得して二人の横を通り過ぎようとした、その時


「アナタ、焔魔様を知っているですかー?」

外国人女性が話しかけてきた

「え!?今の声に出てた??」

「声に出さなくても想いは伝わるものでーす」

「なんか良い感じの事言ってるし!!」

大江が突っ込むのを見たもう一人のボロイ服の女性は、目を潤ませ大江の手を握る

「貴方……私達が見えるんですね!?」

その手は酷く冷たい

「え…?」

よく見ると二人とも少し宙に浮いている

「ゆ?幽霊??」

大江が声を震わせながら聞くと、ボロイ服の女性が目を逸らしごにょごにょと喋り始めた

「……えっと、そう言われたらそうですし、そうじゃないと言ったらそうですが」

「わたしアマンダ、この人は夕子さんでーす」

「……まぁ……この世の人間じゃない事は確かですね……」

ボロイ服を着た女性、もとい夕子がそう言ったのと同時に

「きゃぁぁあ!!」

大江は走り出した

「待って下さーい」

「ひえぇぇぇ!!追っかけてきたぁぁ!!」

夕子は兎も角、全速力で追いかけてくるアマンダはとても恐ろしかった

(そうだ!阿部さんならどうにかしてくれるかも!!)

阿部が陰陽師であることを思い出した大江は
そのまま安部の家に助けを求めに行くのであった




続く