この気持ちを哲学や心理学にしてしまえば
私はもう悲しくないのだろうか

この想いを歌や詩に込めれば
私の切なさは消えるのだろうか

悲しく切ないあの場所が
かけがえなく大事な居場所だと今更になって気付いた

本当は今すぐ駆け寄りたい手を取って歩きだしたい

でも私はもう聖徳太子じゃないから
あの子の邪魔をしちゃいけない

あの子は今度こそ幸せにならなきゃいけないんだ



* * *



お昼休み、閻魔はいつものメンバーと一緒にお弁当を食べていた


「はぁ…」

閻魔が作ってきたドライカレーを口に入れたまま太子は深い溜め息を吐いた

「どうしたの?太子」

太子の口から零れるご飯粒をふきながら心配そうに訊ねる閻魔

「阿部さんが休んでるのが気になる?」

そう、ニャンコさんに続き阿部、阿部もここ数日休んでいる
やはり冥界で何か起きてるのかもしれない

「それもあるけど……」

(冥界の大王は違う人に代ってる筈だから、ここの閻魔が巻き込まれる事はないと思うが)

閻魔に危害が及ぶような事があったらどうしよう……と、それだけが心配な太子
……阿部やニャンコさんはいいのだろうか


「阿部さんなら大丈夫だよ。体調悪いのいつものことだし、それに……ほら!隣のクラスの大江さんも休んでるじゃん!ひょっとして二人でサボってどっか出掛けー……」

そこまで言って閻魔は「しまった」と思った
太子を安心させる事を優先させて大事な事を忘れていた

「へ……?」

閻魔の目に入ったのはポトっと玉子焼きを落として硬直している太郎の姿

「あわわわわ!早く拾わなきゃ、3秒ルール!3秒ルール!……って違うよ!あー太郎くん!今のは何て言うか……えーっと……」

助けを求めて視線を送るが、平井もその膝に乗っている平井の恋人よっちゃんも二人の世界に夢中でこちらの話を聞いてない
太子は尚も深刻な顔をして考えこんでいるし曽良に至っては我関せずといった様子で空を見つめている

「阿部さんと香織ちゃんがデート……」

「だ……誰もデートなんて言ってないじゃない……」


普段、自分と阿部との関係について相談を聞いてくれる大江が阿部とデートをしているかもしれないという可能性に衝撃を受けている太郎

(ああ…なんでオレこんな気ぃ遣ってるの?いつも太郎くんとか振り回す側の人間なのに……)

泣きたい気持ちを抑え必死でフォローを続ける閻魔は気付かなかった
自分のすぐ後ろの扉が勢いよく開いた事を

「太子!!」

凜とした声が教室の雑踏の中で響いた

その声の主は草薙鬼男、此処と違う棟に在る就職コースの学生
そんな彼が何故ここにいるのか皆、疑問に思った

「おにお…さん?」

鬼男は素早い足取りで太子の目の前、閻魔のすぐ横まで歩いてくると
太子に向かって

「テメェ携帯どうした?」

「え?」

言われてみたら今日は一度も扱っていない
太子は携帯電話を鞄の奥から取り出し開くと


着信20件、全て鬼男


太子は「うわぁ…」と呟き冷や汗をかく
思わず太子の手元を覗いた閻魔も同じような表情になった

「深夜に留守電入れる時点で非常識だが、こっちが折角かけ直してやってるのに出ねぇとは……テメェいい度胸してんなぁ?」

鬼の形相で凄まれては流石の太子も脅えるしかない

「ごっごめん、だってバイト終わってから掛けようと……」

「バイト終わるの十時だぞ!!お前が留守電入れたの二時半だぞ!!」

「だからごめんって!ちょっと他に考える事あって……」

涙目で見上げると鬼男は短く舌打ちをついて

「ったく……しょうがないな、ちょっと太子借りてくけどいいか?」

隣の閻魔ではなく少し離れた場所にいる曽良に許可を乞いた

「ええ、いいですよ、どうぞご自由に」

そう言ってまた我関せずと窓のを外を見る曽良

今の彼の頭には、中庭でハリスやペリーと楽しげに過ごしている芭蕉をどうしようか……という事しかない

「じゃあ、すぐ返すから」

「ずっと持ってて構いませんけど……」

「ちょっと待て!私は物か!?」

「「五月蝿い(ですよ)」」

初対面とは思えない見事なハモりを見せる鬼男と曽良
太子はギャーギャー騒ぎながら教室の外まで引きずられて行く

「なんだったんだろうね?」


鬼男の出現ですっかりいつもの様子に戻った太郎が閻魔に話し掛ける

すると閻魔は机に突っ伏してしまった

「どうした?」

「は、初めて至近距離でみた…」

「は?」

髪に隠れて表情は見えないが唯一認められる耳は真っ赤だ

(え?まさか閻魔までそんな趣味!?)

己の事を棚に上げ、太郎は盛大に引いた

「もお……来るなら来るって前もって言っといてよ」

「無理な話だな」

「そしたらこんな格好じゃなくて……もっとカッコイイ……セーラー服とか」

(なんでセーラー服がイコールしてカッコイイになんの?)

コレの思考回路はなかなか読めない……
太郎は机に突っ伏したまま「あー」だの「うー」だの言っている閻魔を見ながらそう思うのだった

一方、太子は鬼男に連れられて校舎裏まで来ていた

「わざわざこんな所まで来なくても……」

「目立つとこに二人でいて怪しまれたら困るだろ」

人気ない所に連れ込むとこを見られたら余計怪しまれる、とは思わない鬼男

「さて太子『閻魔の事で話がある』って……大王に何かあったのか?」

留守電でそれを聞いてから気になって授業も全く耳に入らなくなったのに
留守電を残した当人は掛け直しても電話に出ず他のことを考えていたという

鬼男は相当イライラしていた

「いや閻魔と直接関係あるか分かんないんだが……」


ニャンコさんが実家に帰っていること
冥界で厄介な事件が起きているかも知れないこと等を
太子はぽつぽつと話し始めた



* * *



日和学園の進学コースのクラスで太子が鬼男に連れ出された頃
同じクラスにいる筈の阿部は自分の家が経営する探偵事務所で三人の女性の相談に乗っていた


「…と、いう訳なんです」

「…と、いう訳でーす」

「…と、いう訳なんだって」

「……」


相談を寄せる三人はそれぞれタイプの違う美人だが、その内二人は幽霊なのであまり羨ましい状況ではない
阿部と対峙している二人の幽霊はアマンダと佐藤夕子といった

唯一生きているのは同じ日和学園の生徒でご近所さんの大江香織
彼女はよく霊能関連の厄介事に巻き込まれる気質の持ち主で、ちょくちょく阿部に助けを求めこの探偵事務所にやってくる

「阿部さん……吐きすぎて胃酸が無くなったんじゃない?」

大江は虚ろな表情で阿部に話しかけた
体身全体からグッタリ感が漂っているのは徹夜で阿部の介抱をしていたからである

「スマン……少し横になったらどうだ?」

「いえ、ここまできたら最後まで付き合います。阿部さんがまた失神されても困るし……」

普通に聞いたら一・二時間くらいで終わる相談だったのだが、昨日だけで阿部が五回は失神した為
いつの間にか夜が明けもう昼休みの時間になってしまった
ちなみに大江は嘔吐や脱臼の回数も数えていたがキリがないので途中で断念したという

「つまりウチのクラスの閻魔は、閻魔大王の半身で以前自分の秘書をしていた草薙に逢う為にこの世に転生したのだな」

「でも閻魔くんはその頃の記憶が無くて、草薙くんと仲良くなってないのね」

「要約するとそうですね」

「無駄な話を省くとそうなるな」

話が長くなったのは阿部の所為だけではなく、二人の話に鬼男と閻魔の冥界時代のエピソードがふんだんに盛り込まれていた所為でもある

「夕子さん達は閻魔くんと草薙くんを仲良くさせるためにコッチに来たの?」

「いえ、それとはまた別件で焔魔様に用があるのですが……」

「別件?なんなのそれは?」

「えっと冥界にいらっしゃる閻魔様の事で少しお話が……」


ここにきて急に言葉を濁す夕子に阿部は怪訝な表情を向けた

これはひょっとして大事に巻き込まれるかもしれない




続く