鬼男が転生して以来、閻魔は一人で職務をこなしていた
勿論、手に負えないところは獄卒や侍女達が手伝っていたが基本的に一人だった
それは閻魔が一人でいる事を望んでいたから

そんな中で閻魔が一番長くいるのは護衛役の孫悟空
閻魔の自室に入る事を許されるのも彼だけだった


「小野妹子に接触したんだってな」

悟空は窓の縁に座り、ベッドに寝転がる閻魔に話しかけた

「うん、必要だと思ったから……」

冥界のクーデターにおいて神仏から孤立してしまった閻魔
今はその役目の為に生かされている状態だがいつ天帝に殺されるか判らない

「小野妹子に焔魔の護衛をさせるつもりか?」

「そんな危ない事させないよ……」

きっと天帝が始めに狙うのは地上にいる閻魔だろう
彼が死ねば閻魔は多くの力を失ってしまうから

「人間なんか匿うから天帝に睨まれるんだぞ」

「でも人間達がいなかったらオレは冥界に存在しない」

鬼男がいない今、閻魔を最も必要としているのは此処にいる人間だ
そして閻魔はその人間達を守る事が唯一の存在意義だと思っている

「それに悟空だって人間好きじゃない?」

珍しく悪意のない笑顔を向けられて悟空は何とも言えない気持ちになった
確かに悟空は人間が好きだった、特に前世の師匠だった者に対する態度は閻魔に向けるものとは全く違う

「俺を天帝の前に差し出しゃお前の首も繋がるんじゃねぇの?」

天帝が閻魔を良く思わない理由に、悟空を護衛役として使っている事も含まれてる
そう言うと閻魔は怒って

「天帝の信用の為に悟空を売るなんて有り得ないでしょ」

そう言い返され悟空は驚いた
昔から苛めてばかりいたから、てっきり自分は閻魔に嫌われていると思っていたのに

「観音様に頼まれて嫌々俺を傍に置いてるんじゃないのか?」

「観音様に頼まれたくらいでオレがお前を雇うと思う?」

「じゃあなにか?俺を信用してるとでも?」

悟空は我ながら馬鹿げた質問だと思った
仲間を殺し、師匠の尻に如意棒ぶっ刺す様な奴を閻魔が信用する訳がない

しかし

「そうだよ」

「……」

事も無げに言う閻魔を悟空は呆気にとられた顔をして見ていた

今日の閻魔はどこかおかしい
何かいつもより弱気、そう弱気と言うのが一番しっくりくる

「でも勘違いしないでね、君の事は今も昔も大っキライだから」

こんな可愛げのない所は普段と変わらないのだが

「……ねぇ悟空」

閻魔が天蓋を見つめながら悟空に語りかけた

「オレはあの人から後どれだけ大切なもの奪えばいいんだろうね?」

誰の事を言っているのかすぐ分かった

「太子はそんな事気にする奴じゃないだろ」

閻魔は「分かってるけど」と言って溜め息を吐いて自嘲の笑みを浮かべる
既に多くのものを太子から奪っているのに今更なにを言っているのだろう

「……なぁ閻魔……お前の望む通りにしてやろうか?」

「オレの望み?」

悟空は一拍置いて一息で言った

「お前を殺して地上にいるお前の半身の魂を完全なものにする」

閻魔は起き上がって悟空を見詰めた、その目は神に縋る人間そのもの
それでも閻魔はそれを許さなかった

「……冗談でしょ?」

いつも彼に向ける様に冷たく微笑んで見せると、彼も「冗談だ」と笑った



閻魔は目を閉じて記憶を手繰りよせる
手繰り寄せたのはクーデターの始まった日



男と女は木漏れ日の中にいた


「まさかこんな小さな木だったとはな」


男が見上げるのは一本の古木
沢山の葉に覆われた小枝はきっと鳥達の憩いの場となっているのだろう


「そうね……」


大きな枝にはブランコがぶら下がっていたが今にも崩れ落ちそうだった
女はもう何年も漕ぎ手がいないのだろうソレの紐をそっと撫でた

所々に人工的な傷があるのは寧ろ愛されていた証拠なのだと感じた

「皆に伝えよ」

男は女に言った

「冥界を支える木は、我らが占拠した……と」

「わかった」


女は頷くと懐から一枚の鏡を取り出し、それに言霊を送った
それで冥界中の鏡を介し無数の人間に伝える事ができる

その日から信玄を卑弥呼は、冥界における要所という要所を占拠していった

それが冥界で初めて起こったクーデターの始まり


二人の冥界の王である閻魔にも伝わった


「大王…落ち着いて!お気を確かに」

「なん…あの二人……?」


閻魔っは床に膝を付きガタガタと震える
気の触れる寸前だと感じた獄卒は急いで悟空を呼びに走った
鬼男も太子もいない今、閻魔を止められるのは彼だけだと思ったからだ
誰もいなくなった部屋で自分の肩を抱く閻魔は何度「何故」と呟いた


「何故……なんで……信玄さんと卑弥ちゃんが……?」




* * *



一方、阿部の家では


「阿部さんの浮気ものー!!」

「わー!!待て太郎くんこれは誤解だ」

「この状況じゃそう言われてもしょうがないわよねー」

「ってヲイ!!香織くんもなにか言ってやってくれ」

「ニャンコさんがいないからってこんな女の子連れ込むなんて阿部さんもやるねぇ」

「あの……すみません……私達は事情があって阿部さん家に身を寄せてるだけで……その……」

「え?そうなんですか?」

「ワタシが阿部さんの第一彼女でーす」

「アマンダさん!!折角太郎くんの誤解が解けそうだったのに!!」

「やっぱり浮気してたんじゃねーか!!阿部さんのスケベ!!フケツ!!色魔ー!!」

「酷い言われ様ね……」

「だぁぁぁぁあ!!だから誤解だ太郎くん!!だから丸太を振り回すのは止めろ!!」

「流石空手家だな!」

「太子それ関係ないから、っていうか何所から持ってきたの?…丸太」

とてもカオスな空間が広がっていた
今の状況を手短かに説明すると
阿部の家に着いた太子達がインターホンを鳴らすと何故か大江に出迎えられ
部屋に通されると阿部を挟んで二人の女性(夕子とアマンダ)が何やら言い争っていた
……という感じだ
これでは太郎も誤解するだろう

「これは太郎くんが落ち着くまでマトモに話しできそうにないなぁ」

阿部さんに聞きたいことあるのに……と困ったように呟く太子

「じゃあ私お茶淹れてきますね、夕子さんも手伝って下さい」

これ以上ここにいると被害が自分にも飛び火しそうなので早急に非難することにした大江
同じように可哀想な事になりそうな夕子も連れて行く

「ちょっと待て!どうせならアマンダさんも連れて行け!!」

「よそ見すんじゃねぇぇぇぇえ!!」

「をぅあ!!ちょ太郎くっ!だぁぁぁぁあ!!!」


(これはもうほっといた方がいいのだろうな……)


いつもマトモな鈴木太郎の暴走に成す術のない太子と大江
二人に出来るのは阿部に少しでもトラウマが残らないように祈る事のみだった

(やっぱ閻魔の家に行っとけばよかったな……カレー食べたかったな……クスン)

閻魔の家とは対照的に穏やかじゃない阿部の家

この状況を楽しんでいるのはアマンダただ一人だった




続く