冥界の閻魔と妹子が接触してから七夜明けた朝の事
妹子は不思議な気持ちで目覚めていた

(変な夢だったな…)

ずっと誰かを探している夢
自分はその人の名前を叫んでいるのにそれが誰か分からない
あの閻魔に逢って以来、頻繁にみる夢

(あれは本当に閻魔大王なんだろうか……)

もし小野家に伝わる話が正しいなら自分は閻魔の助け手に選ばれた事になる
しかし妹子はあれが閻魔大王とは思えなかった
閻魔信仰のあつい家系に生まれた妹子は、小さい頃から強く厳しい閻魔像ばかり教えられていたので先日逢った閻魔が本物だとは思えなかった

(それに……あの閻魔にとてもよく似てるし)

その雰囲気は全く異なるのだが自分の友人の閻魔がそのまま歳をとったような外見の持ち主だった

「まぁ別人だよね、閻魔はあんな根暗っぽくない」

「誰が根暗だって?」

「……っ!!」

ガガガガガ
そんな音がしたかと思うと、勉強机の引き出しから妹子があの夜に逢った閻魔が出てきた

「猫型ロボットかアンタは!!」

「うーん……非常時にも冷静にツッコミを入れるこの適応能力……やっぱ君は小野妹子だ」

閻魔はいったい小野妹子をなんだと思っているのだろう

「わけわかんねーこと言ってんな!!なんで引き出しから出て来んだよ!!」

「君がオレの渡した鏡を引き出しに入れとくからだよ」

そう言って鏡を妹子にポイっと投げ渡した……大事なものではなかったのか

「まぁまぁそれより妹子、こないだの話の続きしに来たよー」

「はぁ……とりあえず座って下さい……」

無茶苦茶な人だと思いながらも従ってしまうのは何故だろう

(コロンブスといい閻魔といい……僕こういうタイプに弱いんだな)

妹子は閻魔の全体図を見渡した
閻魔大王らしい帽子を被り座布団の上に胡坐をかいて座る姿を見ても想像の中の閻魔大王とかけ離れている

「で?話ってなんですか?えっと……大王?」

「だ……大王って」

何故か動揺を見せた閻魔を疑問に思いながら妹子は応える

「だって閻魔じゃ僕の友人と被りますから」

「……そうだよね、あのね実はオレその焔魔の事で君に頼みたい事があるんだ」

「閻魔のことで?」

その名前を聞いた瞬間、妹子の瞳が急に真剣になる

「大した事じゃないよ?ただ……あの子の周りで何か変化が起きた時この鏡を使って知らせて欲しいんだ」

「は?なんでですか?」

「それは、言えないけど……」

「言えない様な事なんですか?それに貴方こないだ私に「鬼男くんと太子を守って」って言いましたよね?その話とこれにはどんな関係があるんですか?」

「それも、言えないけど……」

閻魔の顔が辛そうに歪むのを見て、妹子は一瞬たじろいでしまった

「お願い妹子……頼むよ……」

閻魔はその強大な力をを振りかざすことなく、ただ泣き笑いに思える表情を浮かべて懇願した

「なるべく迷惑かからない様にするし、君を危険な目に遭わせたりしないから……」

妹子の胸に嫌悪感が広がっていく何故もっと素直に自分を頼らないのだろう
大切な友人によく似た人がこんな風に辛い時にただ我慢しているだけなのは嫌だ

「わかりました……」

「へ?」

「なに意外そうな顔してんですか?……いいですよそれくらい承ります」

閻魔の顔に安堵の表情が広がる

「うん、ごめんね」

うん……そういう顔なら好きだな、と妹子は思った

「あともう一つ君に謝らなきゃいけない事があるんだ」

「僕に?」

「うん、オレの所為で妹子は……ある記憶を思い出せないでいるんだ」

「記憶?」

「それも何とは言えないんだけどね……」

それが何か妹子は気になったが辛そうな閻魔を見ると言及する気がおこらなかった

「いいよ別に不自由なく日常生活を過ごしているのだから、きっと忘れていても困ることじゃないんでしょう」

それを聞いた閻魔はもっと悲しくなった

妹子が思い出せないのは太子と過ごした前世
大概の人が前世の記憶を取り戻すのは前世と縁の深い人物と接触した時

妹子の場合は太子に出逢った時に思い出す筈だった
しかし太子によって記憶を取り戻したのは妹子ではなく鬼男だった

それは閻魔がそう望んだから

「本当ごめんね」

「いいですよ、ところで閻魔の変化って具体的にどんな事を知らせればいいんですか?前髪切ったとか?」

「そんなんじゃなくて……例えば」

閻魔が言葉を続けようとしたその時、部屋の中に「ピコンピコン」とサイレンみたいな音が響いた

「うわ……ヤバイ」

「なんですか?これ」

「今日の地上滞在可能時間がもう切れるって合図」

「宇宙超人かアンタは……って、うわっ!!」

妹子の持っていた鏡から風が吹き出した
閻魔は逆に鏡の中に吸い込まれて行くようだ
強風が吹き荒れ、部屋の中が見る見る滅茶苦茶になっていく


「ごめん妹子……部屋はちゃんと後で直るからね」

「はぁ」

「じゃあね……コレから迷惑かけると思うけど…本当ごめんね」

(…………)

今日何度目か分からない謝罪に妹子の中で何かがキレた

「……ーーーッ閻魔!!!」

妹子は閻魔の名をを呼ぶと、ゆっくりと鏡の中へ消えて行く閻魔の腕を掴む

「妹、子?」

「……アンタが無茶すんだったらいくらでも付き合ってやる!!」

暴風の中、その耳に聞こえるよう叫んだ

「だから無理してんじゃねー!!」

「!!!」

(お願いだから……頼むから一人で抱え込もうとしないで)


手を離した瞬間、閻魔の肩が震えていた気がする

最後に見えた顔は

…やっぱり泣き笑いだった



* * *



初めて小野家を訪れた鬼男は玄関からその異様な雰囲気に圧倒されていた


「なんていうか……凄いな」

「変わってるってハッキリ言っていいよ」

「いや別に……」

見渡すと至る所に閻魔グッズが並んでいる
閻魔像、肖像、お札、その他諸々、どれも本物の閻魔と似ても似つかないが
不思議と閻魔から発せられるパワーと似たものを感じる

「なんか……先祖代々閻魔を崇めてるらしくて」

閻魔大王の部下だった鬼男としては悪い気はしないのだが

「変わってるな……」

それが率直な感想だ

「うん、僕もそう思うよ」

「妹子は閻魔大王を信仰してないのか?」

「うん基本的に神様とか信じないし」

クールでドライな意見だが大抵の日本人はそうだろう

(信じてなかったんだけどねー……)

本物に逢ってしまった以上信じるしかない

「とりあえず……お邪魔します」

「どうぞ」

妹子の家に鬼男が泊まりに来た

一応来週に控えている実力テストの為の強化合宿という名目だが妹子の真意は違う所にある
このところ妹子の寝室へ毎晩くる閻魔
理由を聞くと「だって悟空が意地悪言ってくるんだもの」とか言っている

(潔癖症とかほざいてた癖に平気で人のベッドで寝やがるしな……あの野郎)

もうベッドを占領されるのはまっぴらだし、あの寝顔を晒されるのも迷惑極まりない

(まさか鬼男がいるのにアイツも出て来ないだろう)


妹子のその思惑は見事的中しその晩閻魔は現れなかった


その代わり冥界にいて
妹子と鬼男が勉強する姿を鏡越しに見ながら切ない想いに暮れていたのだった




続く