進級コースのクラスでは太子と閻魔が今日も大変な仲良し加減を発揮しておりました

「あの……太子?」

雑談の途中で何を思ったのか突然頭を撫でられ遠慮がちに太子を見上げる閻魔

「ん?あー犬撫でたいって思った時に丁度いい所に閻魔の頭があったから……」

「オレ……犬のかわり?」

クスクス笑いながら問うと、なかなか真面目顔をして

「んー?どっちかって言うと海月っぽいかな?」

「なにそれ」

「あ、そうだ竹中さんに聞いたぞ、カレーわざわざ持ってきてくれたんだってな」

「え?あ、うん……」

「ありがとう美味しかったぞ」

「そっか、良かった」

閻魔は笑っていたが心中では不安が渦巻いていた
本人は自覚なしだが太子が犬を撫でたいと言う時は決まって太子自身が良くない状態にある時だ
そんな時は大抵不機嫌な顔をしているのだが、今の太子は笑っている

(オレに言えない事なのかな?)

太子にだって隠し事の一つくらいあるだろうと最初は気にしていなかった

(鬼男くんって人と何か関係あるのかな?)

最近太子と鬼男が深刻そうに話しているのをよく見かける
自分に言えないような相談を鬼男にしているのかと思うと少し寂しいが、二人が並んでいるのを見ると閻魔は何故だか懐かしさを感じた

鬼男と太子を心から愛しむ気持ちが溢れてくる、同時に何故あの中に自分はいられないのだろうと寂しさを感じる

(オレだって話したい……太子と鬼男くんと一緒に……)

でもそれはいけない事の様に思えた
触れた瞬間離れて行ってしまうような気がした

(名前を聞くだけでこんなに不安になるなんて)

自分は只、あの人に焦がれているだけではないようだ
と、閻魔は深い息を吐いた

「太子、一限目音楽室だよ……早く行こう」

「ん……うん、そうだな」

「ところで太子、阿部さんの具合どうだった?」

「ふぇ?あっ……げ、元気だったぞ?」

閻魔が何気なく聞いた質問に太子は酷く焦ったように答えた

「なんか家の仕事が忙しいみたいで……隣のクラスの大江さんも手伝ってるそうだぞ」

「ふーん……で?今日からは太郎くんも手伝ってる訳ね」

「へ?」

「だって休んでるじゃない?違うの?」

「いや……そうだけど……」

流石に鋭いと感心した
閻魔の事だから自分の吐いた嘘だって全部気付いてる筈だ
それなのに何も聞かないでくれている

(だって言える筈ないじゃないか……閻魔が前世を思い出さない限り)

昨日、阿部宅で久しぶりに会った夕子とアマンダから初めて聞かされた

目の前にいる自分の幼なじみの閻魔には普通の人の半分しか魂がない
残り半分は今も冥界で仕事を続けている閻魔が持っているそうだ

(鬼男さんが知ったら何て言うんだろう……)

解らないが鬼男にまで隠し事をするのは良くない
鬼男には全てを話した方が良いだろう、閻魔の為にもきっと


音楽室に向かう途中、太子に一通のメールが届いた

「……」

「ん?どうしたの?太子」

「いや……なんでもないよ」

差出人は草薙鬼男
件名は無し
本文には『出来るだけ早いうちに大王と逢わせて下さい』

此処は廊下という往来の真ん中
太子は携帯をポケットに仕舞い込んだ後
顔がニヤけるのを必死で堪えた


一方、鬼男は隣の校舎に今しがたメールを送った相手を発見した
一階下にいる為か相手は鬼男に気付いていない
鬼男が観察していると、その人は立ち止まりポケットから携帯を持ち出し操作し始めた
メールを送った張本人が見ている事も知らず、その顔は嬉しそうに綻んでいった
鬼男は、内容はなんであれ自分の送ったメールであんな顔されるのは気分が良いものだなと思っていたが

その人がすぐ前を歩く閻魔に抱き付いているのを見て軽く殺意が湧いた
同じく、口は文句を言っている風なのに表情はまんざらでもない閻魔にも……



* * *



「なぁーどういう風の吹き回し?」

その日の夕方、鬼男と太子は学校近くのファーストフード店で向かい合わせに座っていた

「どうして急に閻魔に会う気になったんだ?」

太子は瞳を爛々と輝かせて身を乗り出した
至近距離にある顔をジュースを飲みながら見詰める鬼男は動揺する事もなく、ああ閻魔によく似てるなぁと思うだけだった

(輪郭が似ている、鼻筋が通っている所もそっくり、目は大王より少し垂れていて、肌の血色は良いが唇は大王の方が鮮やかな桃色だ)

「どうしたんだ?」

「いや……大王の事を思い出してた、よく似てるよな」

「どっちの大王?」

「冥界にいた頃の……」

「私の方がずっと若いもん」

若干ムッとしながら太子は、今の閻魔を思い出してよ……と言った

「そんなこと言われても今の大王を間近で見た事ないし」

「そうだな……ま、今度会わせてやるから待ってなさい」

「よろしくお願いします」

「うむ!ちゃんと感謝するんだぞ?ワ・タ・シ・に」

もう摂政でもないのに何故そんなに偉そうなんだ
心の中で嘆息しながら鬼男はおざなりに返答すると中央に置かれているチキンナゲットに手を伸ばした
二人で買ったものだが太子がポテトだけで満腹になってしまった為、太子のバーガー共々すべて鬼男の腹に収めなければならない

(少食な癖にLサイズなんて頼むから……)

これがカレーだったら「どこのフードファイターだよ!」と言うほど食べるのだから不思議な体だ
一度その脳みそから全部解剖してみた方がいいかもしれない
鬼男が二人分のバーガーとナゲットを完食しよう黙々と食べていると

「あの……鬼男さん」

太子の視線が切ないものに変わった

「なんだ?」

「今の閻魔は、鬼男さんが知ってる閻魔とは別人だってことは……心得ててね」

鬼男は黙って頷いた

生まれながらに記憶を宿していた太子だって人格が違うのだから、閻魔はもっと違うんだろう
鬼男の場合性格はさほど変わっていないように感じるが、秘書をやっていた頃より口調はだいぶ砕けているし一人称が“僕”から“俺”になっていた

「あと、もう一つ鬼男さんに話さなきゃいけない事が……」

「ん……?」

「え、えっとその前に私からも聞いていいか?本当になんで急に閻魔に会おうと思ったんだ?ずっと渋ってたのに」

「あーそれは……」

鬼男は先日妹子の家に泊まりに行った事を告げた
その瞬間太子の笑顔が明らかに歪んだが鬼男は無視をした、毎日俺の大王と散々イチャついてんだからお前もちょっとは嫉妬しろ……という心境なのだろうか

「妹子ん家ってこの辺りでは結構な名家なのは知ってるか?」

「そうなの?」

「ああ、あと代々閻魔大王を奉ってるんだと」

「へぇ」

「だから家ん中は閻魔大王の信仰グッズがいっぱいあって……そのせいか」

「うん」

「微かだけど大王の気配がしたんだよ……」

それでどうしても会いたくなった

「そっか、」

太子は呟いてタピオカ入りジュースをゆっくり飲んだ
そんなの飲むからお腹いっぱいになるんだよと先程ツッコまれたばかりである

ふと鬼男を見ると苦しそうにお腹をさすっていて、流石の太子も少し申し訳だんごを差し出したい気持ちになった
だが、そんな事したら十中八九ぶん殴られるだろう

「……そうだ!」

「今度はなに?」

「あ、ううん……なんでもない」

太子は良いことを思いついた


(鬼男さんと会わせる時、閻魔にはお弁当作って来て貰おう……その方がずっと美味しい)


「それよりも、鬼男さんに聞いて欲しいのは……」

「うん」

「こないだクラスメイトの阿部さん家に行った時の話なんだけど」

「阿部さん?ああ…あの陰陽師の」

阿部さんの親なら知っている、冥界でも有名な陰陽師だった

「そこで懐かしい人に会った」

「誰だ?」

「鬼男さん覚えてる?夕子さんとアマンダさん」

「ああ、あの二人か……夕子さんも転生出来たんだなぁ閻魔庁にいた頃は大王にべったりだったのに」

「閻魔が一番近くに置いた鬼男さんが転生しているんだから関係ないでしょ」

「まぁな」

「でも二人は転生してなかったよ」

「は?」

「霊体のまま地上に降りてきてた」

「え?なんで?」

「詳しくは話してくれなかったけど……「焔魔様に会いに来た」って言ってた」

鬼男の眼が見開かれる
冥界の者が今更なぜ彼に会いに来るのだろう

「分からない……でも、一つだけ教えてくれた」

本当は閻魔の為にも鬼男には内緒にしていて欲しいと言われていた事だが太子は鬼男の顔を真っ直ぐ見据えて告げる

「お前の知ってる閻魔大王はまだ冥界にいる」

今、地上にいる閻魔は閻魔大王の完全な生まれ変わりではない

「え…?」

今、この世に生きて
謙信の一人息子で
太子の幼馴染みで
妹子とも同級生で
鬼男を少し気にしてる

閻魔は

「自分の魂の半分だけをこの世に転生させたんだそうだ」

「なんで?」

「役目を放棄出来なかったんだろうな、ああ見えて使命感や責任感が強いから……妹さんの事もあるし」

「じゃあ!まだ、いるのか!?冥界に?俺達の事見てるのか!?自分の半身が幸せそうに笑ってるのを独りで……」

だとしたら、なんて辛い
これ以上、あの人に悲しい顔をさせたくないのに

「それでも私は閻魔が好きだよ」

太子は言い切った

「私には冥界にいてくれる閻魔も、傍にいてくれる閻魔も大切なんだ、だから私はこれからも閻魔と生きていくよ」

「太子……」

「鬼男さんにはその覚悟出来る?もしも出来ないなら……」

鬼男に刺すような視線を向けて

「絶対、閻魔に会わせられない」



続く