数日後、よく晴れた絶好のお出掛け日和


「妹子とこうやって外に出掛けるの初めてだねー」

「そうだね」

初めてのお出掛けが嬉しいのか、ご機嫌に笑う目の前の男を妹子も同種の笑みを湛えながら眺めた
閻魔は妹子にとっては珍しく気安く話せる友達で変な所もあるけど慣れたら面白い
思っていたより常識的で物足りないくらいだ
そんな相手と今からショッピング、そのうえ最高のお出掛け日和ときたら気分が浮上しない訳がない

気になるのは閻魔の着ているシャツが明らかに女物くらいだ
そういえば以前コロンブスが言っていたな……と妹子は思い出した

『閻魔ね背は高いけど細身だから規制の洋服が合わない時があるんだ、だから女物でも気に入ったデザインがあったら買うんだって
 でも本人はバレてないつもりだから黙っててあげてって頼まれたんだ、だから妹子もツッコんじゃ駄目だよ』

誰に頼まれたのかは安易に想像がついてしまう

(きっと閻魔と仲良しこよしな“あの人”だ)

暖かい気候のせいか幸せな気分のせいか
どちらにしてもコレは妹子にとって気紛れだった

「ねぇ閻魔」

一度逢ってみたいと思っている人

「んー?」

閻魔が振り返ると妹子は悪戯っ子が仲間に新しい悪戯を提案するような口振りで

「今度、太子って人と会わせてよ」


数分後には後悔してしまうような事を言ってしまった



* * *



時を同じくして
太子と鬼男はこの前とは別のファーストフード店でやっぱり向かい合わせに座っていた

「ごめん太子……悪いけど俺大王と会えない」

鬼男が真剣な面持でそう告げると太子は最初からそれが理解っていたようで

「そっか」

とだけ呟いてそれ以上は何も言わなくなった
そんな太子の態度に鬼男はまた顔を歪めた

「本当にごめんな」

「いいよ、でも一応理由だけは聞いておこうかな」

(全部解ってる癖に……)

それでも聞いてくるのは太子の優しさだろう
どうか自分の中のやり場の無い憤りが太子に伝わらないようにと願って

鬼男は静かに、語りだした

 俺は太子みたいに両方大事なんて言えない
 俺にとって大王はやっぱりあの人しかいないんだ
 此処にいる大王と会って恋に落ちて幸せになっても
 冥界の大王が泣いているなら、そんなの要らない
 喩えそれが……半身だけでもいいから俺に会いたいと
 思ってくれたあの人の気持ちを裏切っていたとしても
 あの人を悲しませるくらいなら…会わない方がいい

鬼男の話を全て聞き終えた太子は今にも泣きそうな顔をしていた

「ごめんなさい」

「なんで太子が謝るんだよ」

「やっぱ黙っとけば良かったかなぁって……今更だけど」

「ばーか、俺は感謝してんだよ?太子が隠さず全部話してくれた事」

「……」

「これからも隠し事は無しの方向で頼むよ、俺も太子には何でも話すから」

「……ありがとう鬼男さん」

「こちらこそ」


二人で微笑み合っていると、
どこからか『猛烈に着信入ってるー』という盛大な音が店に鳴り響いた
どこからか……というと太子のバックの中からなのだけど

「太子、電話だぞ」

「ごめん!いい?鬼男さん」

「どうぞ」

鬼男の許可を得て電話に出ると丁度話題に上がっていた人物の声が耳元に響いた

『あ!太子ぃ〜』

「え?えんま?」

その瞬間、鬼男の顔が硬直するのが太子の視界に入った

『太子?どうしたの?』

「へ?別に?なんかあったのか?」

『うん、あのさ太子今どこにいる?』

「え……?」

とっさに店名を答えてから太子は「しまった」と思った

『え?ほんと?妹子!太子スッゴい近くにいるよ』

「い、妹子!?」

なんと閻魔の近くに妹子がいるらしい

『じゃあ太子、5分くらいでそっち行くから待っててねー』

一方的に言って閻魔は電話を切ってしまった
携帯を耳から離し、太子は鬼男に「どうしよう」という眼差しを送った

「……」

「……」

「……どうしよう」

「鬼男さんだけでも逃げる?」

「いや、途中で妹子にすれ違いでもしたら確実に捕まる」

「……」

「腹を括るしかないな……」

「鬼男さん」

「大丈夫、今の大王に会っても絶対好きにはならない」

この時の太子はまるで娘の結婚が破談になった母親のように大層悲しい顔をしたが
鬼男は自分の事に精一杯で気付かなかった

「でも私が鬼男さんと二人で会ってるの見て閻魔に誤解されたら困るな」

「は?」

「閻魔ああ見えて結構ヤキモチ妬きなんだよ、本人自覚無いけど……私に仲良い子できる度に拗ねるっていうか不安そうな顔をする」

「なんの自慢だよ」

「案外、前世のトラウマだったりして?」

「まさか、それはない」

「そうだね」

「なんだ?」

意味深な笑みを浮かべて自分を見る太子に鬼男は眉を顰めた

と、その時

「あっれー?太子じゃない」

太子の言葉を遮るように一人の少年が現れた

「こんな所で会うなんて奇遇だねー」

太子に気安く喋りかけるその少年の周りは、ふよふよと花が咲くような雰囲気が漂っていた
なかなかシリアスな場面だったのに、この人がいるだけで解きほぐされてしまうから不思議だ

「あれ?君は……」

ここでようやく鬼男に気付いた少年は、太子と鬼男を交互に見つめ

「あは!お邪魔だったかな?」

「芭蕉さん」

太子が少し怒ったように言うと、芭蕉と呼ばれた少年は「冗談だよ」と無邪気に笑った

「芭蕉さんこそ、その子どうしたの?」

太子は芭蕉の連れている幼い女の子を見ながら言った

「ああ、この子ね親戚の子で、かさねちゃんって言うの!ご両親が忙しいからたまに家で預かってるんだよ」

「へぇーかさねちゃんって言うのー可愛いね」

太子がしゃがんで頭を撫でると、かさねは照れたように笑った

「そうだっ!芭蕉さん用事ある?なかったら私達と一緒にいて欲しいんだけど」

「太子!?」

驚いた風に顔を向ける鬼男に笑いかけると、太子は芭蕉に

「鬼男くんと二人で遊んでたんだけどね……さっき閻魔から電話があって今からこっちに来るって……」

「ああ成る程ね」

たったそれだけの説明で全て納得した様子の芭蕉に鬼男が尋ねた

「成る程って…アンタ事情解ってます?」

「うん、閻魔くんが来たら私も一緒に遊んでたって言えばいいんでしょ?最初から三人で遊ぶ予定だったって……」

「かさねちゃんもいるけどね」

「それじゃあ私が二人に頼んだ事にしようか“かさねちゃんの面倒みるの手伝って”って」

「おう!それいい!芭蕉さん頭いい!」

「……」

「あ、」

自分達のやり取りを呆然と眺める鬼男に気付くと芭蕉は、苦笑をひとつ零してこう言った

「ごめんなさいね、でもなんとなく事情は解っちゃうんだ」

「どうしてですか?」

「私も閻魔くんに嫉妬されたクチだから」

どうやら閻魔が太子と仲のよい人に嫉妬するというのは本当の事らしい
そんな閻魔を可愛いと思いつつ、おもしろくないとも思う鬼男

「まぁアレは嫉妬の眼差しっていうより、不安そうな視線だったけど」

先程の太子と同じような事を言う芭蕉

(マジで前世のトラウマか?)

よくよく考えてみると思い当たる節が幾つか思い浮かぶ

(って今はそんなこと置いといて)

「本当にいいんですか?えっと……松尾さんでしたっけ?」

「あの……同学年なんだし敬語は止めてくれる?……ちょっと怖いから」

頭の上に「なんで敬語だと怖いんだ」と疑問が浮かんだが、芭蕉が本気で怯えていたので深く追求しない事にした

鬼男の疑問は数日後の学校で解明される事になるのだが、その話はまた次の機会にとっておこう

「じゃあ俺からも頼んだでいいか?芭蕉さん」

「うん、いいよ!かさねちゃんも君達のこと気に入ったみたいだし、ね?かさねちゃん?」

「うるせえよ、ばかやろう」

今まで頬を染めながら鬼男を見ていた顔が一変し、かさねはドスの効いた声で芭蕉を一蹴した

「うう松尾芭ショック……」

落ち込む松尾を見ながら満足げに微笑む少女に、鬼男と太子は

(好きな子をいじめるタイプか……この子)

(なんとなく曽良に似てるなぁー)

そんな感想を持ったのだった


「それにしても閻魔達おっそいなぁ」

「それもそうだな……もう5分なんてとうに経ってる筈なのに」

「ねぇあれ」

芭蕉が自動ドアの方を指差した

「閻魔くんじゃない?」

「「へぇ?」」

見ると確かに閻魔と妹子の姿があった
なにやら店の前で立ち往生しているみたいだ

「……ちょっと迎えに行ってくる」

「太子?大丈夫か?」

今まで妹子に逢うのをずっと躊躇っていた太子が自分から妹子の近くへ行くと言う

「閻魔の様子がおかしいのが気になるから」

鬼男は太子の“親バカ”ならぬ“幼馴染みバカ”っぷりに呆れつつも少し悔しそうに呟く

「過保護」

「鬼男さん程じゃないけどねー」

そして軽やかに自動ドアまで歩んで行った

それを見送ると鬼男は芭蕉に向かってニッコリと笑いかける
そんな鬼男に一瞬怯んだ芭蕉だったがすぐにニッコリと笑い返した

太子が戻ってくるまで少し交友を深めておいた方が良い

なにせ今から口裏を合わせなくてはならないのだから




続く