善人も悪人も平等に命は廻る

オレは人間で
生前には善い事も悪い事もした

なのに何故みんなと違うのだろう

あと、どれくらい此処に居ればいいの?

君が世界を廻るのをただ見送っていればいいの?



* * *



外に出るとそれはそれは気持ちのよい陽気で
食事を早々と切り上げて遊び歩くべきだな等と考えながら太子は妹子と閻魔に近付く

「閻魔ーどうしたんだ?」

「太子ぃ」

太子の存在を認めた瞬間、妹子から離れて太子に抱き付く閻魔
刹那―妹子の額に青筋が浮かぶ

「ほら早く……芭蕉さんも鬼男さんも待ってるから店に入りんしゃい」

抱きつきながら『イヤイヤ』と首を振るだけの閻魔

「もぉー子供じゃないんだぞ?お前は」

「……」

これは傍にいる妹子に尋ねた方が早いと判断した太子は

「……小野さん」

「あっはい!」

二人とも内心かなり動揺しているが閻魔の手前、気丈に振る舞う

「いったい閻魔どうしちゃったの?」

「いや……さっきまで僕をアンタに会わせるって意気揚々だったんだけど鬼男の姿を見つけた瞬間こうなってしまって」

「あー……そうだ閻魔、嫉妬するしない以前に人見知りするんだった」

でもそれは中学生になった頃からだいぶマシになった筈だが

「鬼男さんは見た目ほど怖くないよ」

「そうだよ、親友の僕が言うんだから間違いない」

「それは分かるけど……ていうか何で太子と草薙くんが一緒にいるの?」

「え?それは……んーと、こないだ学校でたまたま一緒だった時に頼まれたんだ、芭蕉さんから親戚の子のお世話手伝ってって」

「なんで太子が?」

「お父さんが保育士さんだからじゃないか?」

「そっか……」

「うん、その子も待ってるから早く中に入るぞ!」

「……」

暫く沈黙した後、観念したように太子から離れ

「うん」

閻魔は小さく頷く

太子と妹子は同時に安堵の溜め息を吐いた



それから数十分が経ち



「……ーで、そんなこと言うからさ、二人してコロンブスに女装役なすり付けたんだ」

「妹子酷い……でもそれがきっかけで妹子と閻魔は仲良くなったんだな」

「そうそう」

当初の思惑通り、太子と会話を弾ませる妹子

「なぁ芭蕉さん、なんか一句詠んでみてよ」

「いいよ……えっと『鬼男さん・名前が強そう・最上川』どう?」

「季語ないし俳句じゃないし最上川の意味が分からん」

だいぶ打ち解けた感じの鬼男と芭蕉

「へぇーかさねちゃん太一くんのご近所さんなんだ!じゃあ入鹿って知ってる?」

「はい、よく太一お兄ちゃんと一緒に遊んでもらってます」

「ふふ……入鹿おもしろいでしょう」

何故か一番仲良くなってしまった閻魔とかさね

各々が交流を深める中、鬼男と閻魔だけは
初めの挨拶以外、全く目を合わせる事がなかった



* * *



太子との初対面が無事終了し、安堵の帰宅を果たした妹子

自室に戻るとベッドの上で我がもの顔で寝ている猫が一匹
稀少なのか人気がないのか、兎に角あまり見かけない黒い毛色のペルシャ猫だ
ちなみに妹子は猫を飼っていない
しかも高級種として名高いペルシャ猫なんて買おうとも思わない
猫の正体に気付いた妹子は、それを蹴り落とすと代わりに掛け布団の上にストンと転がった
残った猫の体温で背中がぬくい

「ひど妹子!!動物虐待!!」

カーキ色の瞳で猫が睨むと妹子は煩わしそうに寝返りを打つ

「るっせー黙れ変態イカ、イカの癖になに一般的に可愛いとされる生物になってんだ」

そんな言葉を耳に入れつつ、何食わぬ顔で再度ベッドに飛び乗った猫
妹子の脇腹あたりにベストポジションを見つけ、目を閉じる

「寝るな、質問に答えろ」

すると猫は眠そうな声で

「だから寝てる間に妹子以外の人が入ってきた時、オレがおっさんの姿だったら問題ありでしょ」

「うちの家族ならアンタが閻魔大王様だって言えば盛大に持て成してくれるよ」

そう、猫の正体は閻魔大王だった

「父さんも母さんも「閻魔様よくぞ我が家においで下さいました」とか言って感激するよ」

妹子にとっては迷惑でしかないが

「んーー……そうだねぇ」

そう言ったのを最後に閻魔はまた眠りに落ちてしまった

もう閻魔が自分の部屋を寝床にする事に抵抗はない、それに人間の姿でベッドを占領される常々よりは幾らかマシだ

妹子は閻魔を起こさぬようベッドから降りると、その背中をゆっくりと撫ぜた

(よっぽど疲れてるんだろうな)

きっと冥界で大変な目にあってるのだろう……そう思うとついつい甘やかしてしまう
人間嫌いな自分がこんなにも他人を心配したり気遣ったりできるのが妹子には不思議でたまらない

閻魔自身が「小野家の血筋だから」だと言っていたが、きっとそれだけではない

(どうも僕はこういうタイプ弱いみたいだな)

昼間、初めて太子とあって妹子は気付いた
今、目の前にいる閻魔大王は自分の友人の閻魔より、太子に似ている

(僕よりずっと優秀な癖に……不器用なんだから)

めんどくさい
自由にみえて色んなしがらみに囚われてる
幸せになりにくい人間

妹子はそんな人間が可愛くて仕方がない

「そろそろ話してもらわなきゃな……僕の本当の役割は何なのか」

まさか閻魔に寝床を提供するだけの係ではないだろう

「太子も無関係じゃないんでしょう?」

閻魔は妹子に「太子と鬼男を守って」と言った
その時は太子とは出逢っていなかった為、特に気にはならなかった

しかし今日、妹子は太子と出会い縁が出来た

「閻魔の周りでなにが起こっているのか……全部」

もう放ってはおけない

妹子は閻魔が目を醒ましたら今日こそは聞きだそうと決めた



――……冥界


悟空は王宮のだだっ広い廊下をのんびり歩いていた

「悟空、閻魔殿の傍にいなくていいのか?」

背後からの声に驚いた様子もなく、悟空はゆっくり振り返ると旧知の友と呼べる人物がニヤニヤと笑っていた

自分はそんなに不機嫌な顔をしていたのだろうか悟空が眉を顰めると三蔵は益々笑みを深めた

「小野篁の血筋の所にいらっしゃるのだな?」

「まぁここよりよっぽど安全だから……」

「おもしろくない、という顔をしてますね」

「そういう貴方はおもしろそうっすね?」

「悟空の優位に立てるのはこんな時くらいですから」

完全敗北を期した悟空はそうそうに話を切り上げることにした
しかし、調子に乗った三蔵がそれを許す筈がなく

「このところ信玄と卑弥呼の動向が怪しいですから、閻魔殿も気が休まる時がないんでしょう……ですから」

「小野妹子の傍にいた方がいいと?」

「……休息はとれる筈ですよ、イジメてばかりのお前の傍よりはね」

悟空は三蔵から目を反らし小さく舌打ちすると、不機嫌を露わにして

「この大変な時に王が王宮を留守にするのはどうかと思いますけどね」

「それもそうですが……」

「だいたい閻魔は信玄や卑弥呼を気にしすぎなんじゃないか?」

いくら謀略に優れているからといっても信玄はただの人間だ
怖いのは神々に匹敵する力を持つ卑弥呼の方だが

「魔鏡を奪われてる卑弥呼をそこまで恐れることはないだろうに」

すると三蔵は大きく溜め息を吐いて

「その魔鏡を預かって下さっているのが小野妹子なのですよ?」

少しは感謝してはいかがです?

そう言って悟空をさらに不機嫌にさせたのだった




続く