妹子の部屋、妹子の膝ので寛ぎながら一匹の猫は言葉を区切った

「そんな訳で、今冥界は大変なんだよ」

「うん、なんかよくわかんないけど何となくわかったよ」

猫の話を聞き終えた妹子はそう言った
ほんとに分かったのかと訝しみながら妹子の膝を降りる猫
その正体は閻魔大王だったりする

冥界の現状を妹子に説明し終えたところだった

「でもその二人なんでクーデター起こしたんだ?」

「あの世を神も仏も人も鬼もない平等な世界にしたいらしいよ」

「はぁ?」

「地獄の人間や鬼にはね昔から廃仏派とか廃神派がいたんだけど……神仏の力を畏れて信玄さんと卑弥ちゃんまでは誰も為さなかったね」

「廃仏派って飛鳥時代かよ」

飛鳥時代という言葉が出たのに驚いて妹子の顔を凝視する閻魔
すると妹子は口をへの字に結んで

「それくらい授業で習うよ」

と言った
廃仏派といっても飛鳥時代のそれとは全く気質が違うのだが

馬鹿にしないでよ、とその目が言うので閻魔は苦笑しながら顔を伏せる
妹子が前世を思い出すわけはない、その可能性を摘み取ったのは閻魔

「それで僕は何をすればいいの?ただの寝床提供係じゃないんでしょ?」

「だから、妹子はこっちの閻魔の周りで異変が起きた時にこの鏡でオレに知らせてくれればいいんだよ」

「閻魔なんか危険な立場に立たされてるの?」

「狙われる事はあるね……あの子が消えたらオレの力は激減するから、一応冥界からも守ってるけど完璧じゃない、だから妹子の協力が必要なんだよ」

「……前から聞きたかったけど、閻魔とアンタの関係ってなに?顔とかそっくりだけど親子とかじゃないよね?」

「違うけど、大切な子だよ」

そう言って優しく微笑んだ
実際、閻魔を子供のように思っている部分もあるが、それは違う
自分の半身、自分の代わりに彼と幸せになってほしいと願って生んだ可愛い子

「じゃあオレそろそろ帰るね」

「あれ今日は泊ってかないの?饅頭」

いきなり『饅頭』と言った妹子に閻魔はキョトンとした顔で尋ねた

「……饅頭食べたいの?」

「違うアンタの名前だよ、猫を閻魔なんて呼んでんの聞かれたら親父に殺されるから」

閻魔は「なにそれ」と思ったが口には出さず控え目につっこんだ

「だからって饅頭はないでしょ」

「おはぎの方がよかった?黒いし」

すると閻魔は心底イヤそうな顔をして首を振った
そういう問題ではない

おはぎも饅頭も大した違いはないように思えるが、どちらかというと饅頭の方が好きな閻魔は妥協した

「それなら饅頭でいいよ」

「これからは人間版のアンタの事も饅頭って呼ぼうかな」

「そ、それは勘弁して!!」

「うん、決めた!こっちの閻魔と同じ名前じゃ紛らわしって前々から思ってたんだ!」

「今時の若者は人の話を聞かんな」

前世とは大違いだと閻魔は思った
だがすぐに自分の知る前世の妹子は、ここにいる妹子よりずっと年上だったなと思い返した

(この妹子には幸せになってほしいな……もっとも前世の妹子が不幸だったなんて思わないけど)

太子は自分の所為で妹子を不幸にしてしまったと思ってる
だから天国にいる間も妹子を無理に探そうとはしなかった

閻魔は何度も否定したが太子は頑なだった
妹子の口から否定して欲しいが、妹子には前世の記憶はない
過去の事はどうしようもないのかもしれない
未来の事はわからない

「ねぇ妹子」

でも大丈夫、妹子ならきっと太子を幸せに出来る
閻魔はそう信じたかったし、信じていた

「ん?」

「太子と仲良くしてあげてね」

出逢って、話もしたんでしょう?……閻魔が笑う
すると妹子は頬を染め、ぶっきら棒に

「言われなくてもそうするよ」

それを聞くと閻魔はにっこり笑って鏡の中へ消えていった

「ったく……饅頭は」

既に呼び名が定着してしまった閻魔だった



* * *



他の事は極めて自由な日和学園だが服装に関しては極めて厳しい

「やだなぁ僕、ブレザー似合わないのに」

「そんな事ないよ太郎くん」

そもそも日和学園には制服はなかった
男女共ブレザーになったのは現在の理事長になってからだ

「ほら阿部さんよりは似合うじゃない」

「それ全然フォローになってないよ」

「し、失礼だぞ!!二人共!!」

学園へ続く土手を自転車で大江と太郎が談笑しながら走り
その後ろを阿部が同じようなママチャリでゼーハー息を切らしながら追っている
なんら変わらない、とある朝の登校風景

「あ、阿部さーん!おっはよー」

「え!?あホントだ!!風邪治ったの!?」

その横を太子を後ろに乗せた閻魔の自転車が通りかかる
校則違反以前に交通法違反だが此処にそれに注意する人は誰もいなかった

閻魔が太子に「止まるよ」と声を掛けてからゆっくりと速度を落とすのを見てみんな足を止める
狭い土手に自転車の横列停止は迷惑だが其処に注意する人は誰もいなかった

「阿部さん!もう大丈夫なの?」

閻魔が訊ねると阿部は「おお」と酷く辛そうに答えた
それを聞くと、閻魔は「そう、よかった」とニッコリ笑う
阿部が辛そうなのは病み上がりだからではなく(そもそも風邪などひいていなかった)単純に体力がないのである
一方、今は涼しい顔をしている閻魔だが、学園に着く頃には灰と化しているのがお決まりのコースだ

「ひさしぶり、風邪ひいた上にお家の手伝いがあるって聞いたから心配してたんだよ」

「ああ、でももう大丈夫だぞ」

阿倍が当社比一割増くらい爽やかに答えると大江と太郎は顔を見合わせた

(太郎くん嘘下手だから余計なこと言わないようにね)

(香織ちゃんこそ直ぐ顔に出るんだから気をつけなね)

そんなアイコンタクトを微笑ましく見守っていた太子は自転車からピョイっと飛び降り
地面に突き刺さった

「太子!!?」

自力で顔を引き抜いた太子は満面の笑みで阿部を見上げ

「阿部さん、場所かわってくれ」

「は?」

「なんか辛そうだし私が漕いであげる」

な?いいよな?と、閻魔に目配せすると閻魔は笑顔で了承した

「ありがたく思えよ?この私の後ろに乗っけてやるんだからな」

「否……それは有難いんだが何でそんなに偉そうなんだ」

「あっでも気をつけてね阿部さん!太子に怪我させちゃダメだからね!」

「お前は太子の心配しかしとらんのか、というか私が怪我させられる方だろう」

阿部が後ろに乗った事を確認すると太子はペダルに足をかけ声高らかに叫ぶ

「よーし!閻魔!みんなっ!競争だ!!」

すると全員、目をキラーンと光らせる

「ぜんそくりょくー!!」

「負けないからね!太郎くん!!」

「望むところだ!!」

「え!?わっ待てーーーー!!」

「おお!?太子危ない!!」

先頭は太郎、その後ろに大江・閻魔が続く
そして大方の予想通り、阿部を乗せた聖徳デラックス号(自転車)は他の三人にぐんぐん離されていった


先に土手を抜けた三人は緩やかな速度に落として太子達が追い付くのを待つことにした

「ふふ」

「どうしたの?閻魔くん」

「太子、妹子と仲良くなってから変わったなぁって思って」

「あーー……うん、そうだね」

太子と妹子がいつの間に仲良くなったのか知らないが、先程の太子をみて確かに以前と違うように感じた

「ちょっと強引になったっていうか……なんか前より自信ついたみたい!太子、妹子ともっと仲良くなればいいなー」

「嬉しそうだね……」

「だって太子と共通の友達でオレの方が先に仲良くなったの妹子が初めてだもの」

「そっか、なるほどね」

大江は納得したように頷き
そういえば自分達が太子と友達になった時の閻魔はこんな顔しなかったな、と思った


一方その頃、太子と阿部さんはというと

「あーーーー……」

二人乗りで競争など常日頃から閻魔に乗せてもらっている太子には無理な話だった

「大丈夫か?太子……降りようか?」

「……大丈夫……あーあ閻魔達にだいぶ離されちゃったな」

「だがそれはお前の計算通りだろ?」

「うん、ちょっと聞きたいことあってさ……でも阿部さん携帯も持ってないし」

「学校で話せば良いだろう」

「学校だと閻魔がいるから……」

「閻魔に聞かれては不味いのか?」

「…………ニャンちゃん冥界からまだ帰ってないの?」

すると阿部からニャンコさん未だに帰らないという答えが返ってきた

(やっぱ……なにか厄介なことになってるのか?)

夕子達から閻魔は元気だと聞いているが心配になってしまう

「閻魔大王なら心配いらないと思うが……何と言っても冥界の長なのだし」

「実際の閻魔は阿部さんが思ってるようなとは違うよ」

四十九日間しかいなかったけど、冥界は冷たく寂しい場所だった
閻魔はあの場所からどんな気持ちで此方をみているのだろうか
泣いていないか、悲しんでいないか、いつも気になる

(自由に飛んでいけたらいいのに)

そしたら力になれるのに

「太子」

阿部はボーっとしている太子に話しかけた

「ほら、皆が待ってるぞ」

「うん」


合流後、太子また閻魔の自転車に戻り、阿部は自分で運転することになった
その日は五人揃って遅刻した




続く