程なくして太子が戻ってきた

「閻魔ー鬼男さん、お待たせ」

「おかえり太子、妹子は?」

「まだトイレ、そうだ鬼男さん飲み物買いに行こうよ」

「ああ、俺も今買いに行こうと思ってたんだ」

「閻魔はここで待っててな?」

「うん……あ、あのっ」

「大丈夫!閻魔の好みは熟知してるし、妹子にも飲みたいもの聞いてきた」

太子がそう言うと対抗意識を燃やしたのか鬼男は

「今の妹子の好みだったら俺の方が詳しいけどね」

「なっ……私だってコレから詳しくなるんだからな!」

「それはどうだろう……太子と一緒だった頃は知らないけど今の妹子はかなり手強いからな」

「そんなの分かんないだろ!」

等、閻魔が理解できない内容も交えつつ太子と共に自販機の方に歩いていった

(……太子、昔妹子と逢ったことあるのかな?)

閻魔は少し首を傾げ考えた

(でもそんな話聞いたことないしな)

そして閻魔が首を戻した時

「ぐぁ!!?」

頭を地面に叩きつけられるような感覚に襲われた

何が起こったのか分からず、必死に前を見ると


包丁をもった白い老婆が、自分の頭を押さえつけていた


次の瞬間、閻魔の悲鳴が山中に木魂した


「どうした!!?」


慌てて引き戻された太子と鬼男は絶句する
その老婆は幼い頃絵本でみた山姥そのものだった

「てめぇ!大王を放せ!!」

「鬼男さん!!」

閻魔を奪還しようとした鬼男が投げ飛ばされる
どこかで見たような光景だ

「ふ……弱いなお前」

老婆は見た目に反して若々しい声で鬼男を侮蔑した
というかこの声は

「だから……閻魔様が悲しまれるのよ……」

「え?」

鬼男は老婆を見上げハッとした

「アンタは……」

その時、鬼男の言葉を遮るようにして妹子が叫んだ

「みんな!!そこどいて!!」

「え!?」

閻魔の悲鳴は妹子まで届いていたらしい
急いで駆け戻ってきた妹子がその手に掲げているのは


(あの鏡は!?どうして妹子が!??)


鬼男は驚愕した
妹子が持っている鏡から卑弥呼が使っていた神獣鏡と同じオーラを放たれている


「饅頭!どうしたら良い?」

妹子が訊ねると、その鏡から声がした

『オレの言葉を復唱してくれればいいよ』

その声に妹子は素直に頷いた

「わかった」

妹子はその鏡の声を忠実に守り
呪文を唱えていく


そして最後に


「開け!!冥府の門!!」


そう叫ぶと妹子の前に巨大な門が登場した

太子、閻魔、鬼男が驚愕の声を上げる中
門を出現させた当の妹子は(コレなんのSFだよ!!)と心の中で冷静にツッコミを入れていた


「ありがとう妹子……」

門のなかから現れた者に太子と鬼男は目を見開いた

「え……閻魔?」

閻魔大王、冥界にいた頃の閻魔大王がそこにいた


「お疲れ様に御座います……閻魔様」

そして気が付いた時には老婆の隣に立っていた

「君も御苦労だったね、夕子さん」

「いえ……お役に立て光栄至極に御座います」

老婆の姿はみるみる若い女性……夕子に変っていった
そして何時の間にか眠ってしまっていた閻魔を、大きい方の閻魔に差し出した
大きい閻魔はその髪を優しく梳かした

「さぁ帰ろうか、夕子さんアマンダさん」

そして気がつくとまた門の前に立っていた

「ちょ!!饅頭!!閻魔をどうする気!!?」

「どこって?帰るんだよ……オレ達が在るべき場所に」

つまりは冥界へ連れていくという

「ありがとう妹子、君のお陰だ……君が冥府の門を開いてくれたから」

妹子は絶句した
ひょっとして自分は騙されていたのか?


「お前この為に僕に嘘を……?」

「まさか、オレは閻魔大王だぞ?」

嘘を吐くわけないでしょう?

「でも、僕を利用したんだろ?」

妹子が睨むと閻魔は薄ら笑って
門の中へ消えていく

「待て!!」

追いかける妹子の足よりも強い光を放ち門が消えるのが早かった

「ちくしょう!!」

妹子は悔しくて地面を叩きつけた



「どうしたの妹子?」

太子が心配そうに妹子に話しかける

「二人とも見てたでしょ!!?閻魔が連れ去られたんだよ!!」

そう叫んだ直後、二人の口からでた言葉に
妹子は絶望することになる


「閻魔?誰だそれ?」

「そんな人、知り合いにいたっけ?」


怒りに身を任せ、太子に掴みかかろうとした妹子の体を誰かがガッと押さえた
驚いて後ろをみると、そこにいたのはネクタイをした猫(正確には猫では無く式神だが)が二本足で立っていた

「誰?」

初対面の妹子が訝しげに訪ねると猫の変わりに太子が答えた

「阿部さんの式神ニャンちゃんだよ」

「ニャンコさんだ」

「で?その式神がなんの用?」

「妹子?なに怒ってるの?」

「アンタらが閻魔を知らないとか惚けたこと言ってるからだろうが!!」

吼えるように言うと、太子はビクビクッと体を震わせた

「その者達は別に惚けてる訳では無いぞ」

「……どういう事ですか?」

再びニャンコさんに視線を送る
しかし今度は『怒り』に『困惑』をエッセンスさせたような声だ

「記憶を持っていかれたんだ。閻魔ごと全部……」

「記憶をですか?」

「ああ、そうだ」

それからニャンコさんは自分の知る限りを明していった



* * *


ニャンコさん曰く
何でも現在冥界はクーデターによってあちこち崩れているらしい
それを全て修復するのには冥界にいる閻魔だけでなく現世に転生している閻魔の半身の力も必要なのだという
それで冥界にいる閻魔大王は人間界にいる閻魔を連れ戻したいと考えた

「敢え無く現世と冥界を繋ぐ能力を持つお前を利用したんた……そうしないと生身の人間を冥界へ連れ帰るなど不可能だからな」

「ちょっと待って……そもそもなんで僕にそんな能力があるの?」

家系が少し閻魔信仰にあついだけで、妹子は普通の人間の筈だ

「お前がその能力を持ったのは何代か前の前世で遣隋使をしていた頃」

「へ?」

これまで黙って聞いていた太子が声を上げる
閻魔の事は忘れてしまったが聖徳太子だった頃の記憶は消えていないらしい

「最後の航海でお前の乗る船は嵐にあったんだ」

「ちょっと待て!そんな話は聞いていないぞ!??」

太子が顔面蒼白になりながら妹子に詰め寄る

「なに太子?急にどうしたの?」

「……ッ!ごめん、なんでもない……」

そう言いながら俯き、下唇を噛む、ニャンコさんは太子を無視して更に続ける

「海は大荒れ、船は崩壊寸前だった……その時、妹子お前はどうしたと思う?」

「……神に祈ったとか?」

「いや、喧嘩売った方だ」

「は?」

「天に向かって『ふざけんな!なにが仏だ、偉そうにしてやがる癖にお前を布教しようと頑張ってる奴の命も救えないのか』とな」

「我が前世ながら……なんて罰当たりな」

それじゃ救ってもらえるもんも救ってもらえなくなるわ

「あれ?でも助かったんですよね?その頃の僕」

「そうだな、通りすがりの仏様から助けてもらったんだ、ちなみに言っておくがソレは閻魔ではないぞ」

「うわ!仏様心広っ!慈悲深っ!」

「しかし助かるにはある条件を呑まなければならなかった」

「条件?」

「閻魔の助け手として永遠に捉われる事だ」

「え?」


そうなれば、もう二度と普通の輪廻は望めない


 天国へも地獄へもいけず、ずっと冥府を彷徨うのだ

 そして地上からの補助が必要となれば強制的に転生される

 それでもいいか?

 それでも今助かりたいか?

 このまま死んでしまった方がマシだと後悔する時がいつか必ず訪れるぞ?


その通りすがりの仏様は妹子にそう訊ねた


「それを理解した上でお前は生きて帰る事を決めた」

もっとも妹子の魂が閻魔に仕えるのは小野篁に生まれ変わってからで、
よって小野家では閻魔の助け手となるものを“篁”と仇名するのだけれど


「……なんだって遣隋使の僕はそんな条件呑んだんだろう」

妹子は膝をついて項垂れる
ニャンコさんはそんな妹子の肩を励ますように数回叩いた

「それはまぁ……アレだろう」

「あれ?」


一度咳ばらいをした後、ニャンコさん戸惑いがちに言った


「倭国でお前の愛する者が待っていたからな」




続く