文化祭をひと月後に控えた日和学園
生徒会室でもその準備着々と進行中だ

生徒会メンバーの他に太子が勝手に決めた“会長専属雑用係”の二人もあくせく働いている
生徒会に所属しない者が生徒会活動をするのは規制違反なので、二人は個人的に太子を手伝うという名目でここにいる

冥界から呼び出される日以外ほぼ毎日来る閻魔と妹子を、鬼男は「えらいな」と思いながら見ていた
しかも律儀に太子からあてがわれた色違いのノースリジャージを着用して……
正規生徒会で太子以外のメンバーは誰も着ていないというのに

「慣れたら動きやすいんだよ」

と、妹子は程良い感じに筋肉のついた腕を回し肩を鳴らした

「ちょっと腕が寒いけどね」

と、まさかのジャージ重ね着をした閻魔は指を組んで背伸びをする

「ふ〜ん……ところで会長遅いな」

「太子だったら校庭にワンちゃん見つけたとか言ってHR終わった途端走って行っちゃったけど」

「なんで止めなかった……」

「なんか捕まえたら“生徒会犬”にするんだとか叫んでたから」

「なんじゃそりゃ」

「あんまアイツの好き勝手させんなよ……」

するとそこへ

「大変だ!妹子ーー!!」

太子が血相を変えて入ってきた

「どうしたんですか?」

「わ、私の大切な珠がどこかへ行ってしまったんだ!!」

「……って去勢でもしたんですか?」

「違うわ!いつも持ってる数珠の珠だよ!!」

「太子そんなの持ってたっけ?」

「持ってたの!あーもうくそっ!もう一回探して来る!!」

そう言って踵を返す太子だったが次の瞬間、首を掴まれ盛大に転けてしまった

「痛っ!なにするんだ妹……曽良?」

太子が振り向くと絶対零度の視線で見下している曽良がいた
その怖さは関係ない芭蕉までもが震え上がる程

「仕事して下さい太子」

諸々の心情を要約した一言、自分たちに仕事を任せ一人で犬と遊んでいた事に相当ご立腹のようだ

「で……でも、やっぱり」

それでも止まらないのは余程大切な物だからなのか

「オレが代わりに行くよ」

閻魔が言った

「へ?」

「……」

閻魔は二人ににっこり笑いかけると言葉を続けた

「オレなら生徒会メンバーじゃないし別に抜けたっていいでしょ?」

要領が良い分、太子がいない所では太子より役に立つのだが(太子と一緒だと遊んでしまう為)
厚意で手伝ってくれている閻魔を無理に引き留める事は出来ない

「僕も一緒に行こうか?」

すると今度は妹子までこう言い出す始末、太子の大切な物が気になるのは分かるが
妹子という大変な戦力及びツッコミ要員を失うのは痛い
しかも太子という人間、は妹子がいるいないでモチベーションが全く違ってくるのだ勿論いた方がいいに決まっている

「……と、思ったけどやっぱりゴメン」

周りの空気を読み、前言を撤回する妹子
閻魔はそんな妹子に笑いかけると太子の肩に肘を置き

「大丈夫、大丈夫だよ」

「かなり無理のある体制だと思うけどそれも大丈夫なの?」
ほんの少し背丈の高い太子の肩に肘を置くのはキツいと思うのだが閻魔は笑って

「あんまりくっ付いたら妹子怒っちゃうでしょ?」
妹子だけに聞こえる様、耳元で囁いた

(確かに……閻魔から触らないと、すぐ抱き付くもんな太子)

妹子を不快にさせず太子を不安にさせない微妙なライン
それを越えてしまわない閻魔に、妹子はもどかしいくらい助けられていた

「太子には借りがあるし」

「借り?」

「ちっちゃい頃オレが大切な物なくした時、一緒に探してくれたじゃない」

そこで危険な目にも遭わせてしまった。だから少しでも返せるなら、何でもしようと思っていた
しかし

「……そんな事あったっけ?」

太子は忘れてしまっていた。到底忘れられるような出来事ではないのに
ひょっとしたらと思い閻魔は太子に訊ねる

「太子、オレが一番大切にしてる物なんだと思う?」

「物で?」

「うん」

「タンスの奥に仕舞ってあるセーラー服」

閻魔はその場にガクッとうなだれた。閻魔以外でこの場にいる者は精神的にガクッとうなだれた

「あれ?違うのか?」

「違…違うよ」

太子に手を貸されヨロヨロと立ち上がった閻魔は力無く笑うと、珠が無くなった経緯を聞いた

「ソルーとマニーを捕まえようとしてたら……」

「またアンタは野良犬に勝手な名前付けて」

「さすが妹子、よーく分かってるねぇ」

「それはともかく、その二匹が?」

「数珠の紐喰いちぎっちゃって珠がそこら中に散らばって慌てて集めたんだけど…あと、一個分どうしても足りないんだ」

太子の見せた数珠の珠はかなり小さい物で、それはもう見つからないんじゃ、と一同は思ったが

「そっかー、で?どこで無くしたの?」

閻魔は探す気らしい

「ハァ……」

今まで黙々と作業をしていた入鹿が溜め息を吐き、隣にいる鬼男に話しかけた

「鬼男、お前一緒に行ってやれよ」

「え……?良いのか?」

「今日の仕事、後は太子が目を通すだけだろ」

「ああ、けど……なんで?」

「だってお前わかりやすい顔してるから」

すると鬼男は苦虫を噛み潰したような顔をした

「前に太子が言っていた、人を幸せにするのに性別は関係ないって……太子と妹子見てたら本当だと思うだろ?」

「なんのことだ?」

「とぼけんなよ」

言われた鬼男はフッと鼻で息を吐くと、閻魔に近付き頭を軽く叩いた

「鬼男くん?」

「ほら、一緒に行ってやるから早くしろ」

「ほんと?」

「ああ、会計様からお許しがでたぞ」

「ほんと?ありがと蘇我くん」

もう一人の会計、北島には声を掛けない。許可を出したのが入鹿だと分かっていたからだ

(うぁーまた睨まれてる……オレ本当なんかしたかな?)

そして閻魔は北島が苦手だった


……――太子に言われた場所に着くと二人は早速探し始めた



「ありがと鬼男くん」

「なんでお前が礼を言うんだ?」

「いいじゃん、言いたくなったんだよ」


太子には申し訳ないが鬼男と二人きりになれるのは嬉しい
入鹿にも感謝だ


「あ、ひょっとして蘇我くんも知ってたのかもなぁ…」

「は?何を?」

「太子の数珠、あれね太子が父親から貰った物なんだ」

「え?」

「鬼男くんも竹中さんに何度か会ってるなら聞いた事あるでしょ?太子の家の事」
幼い頃、実の両親から引き離されたって

「蘇我くん、太子の親戚らしいからもしかして知ってたのかもね、だから鬼男くんに手伝えって言ってくれたんじゃないかな?」

「あーーなるほど」

「太子も愛されてるよねぇ」

(まぁ確かにそれもあるかもしれないけど……)

実際、入鹿が鬼男を寄越したのは鬼男の気持ちを見通したからだ


(でも閻魔は大事な友達で……それ以上ではないんだよな)



好きな人……はいない

ただ毎晩夢をみる

誰かわからない

顔も見えない

でも泣いてるのだけは分かって
どうか笑っていて欲しいと思う

夢の中の彼の人


「とにかく、ありがとね鬼男くん」


そう、まさにこんな笑顔で




* * *




生徒会室を出て一時間後
二人はまだ黙々と探し続けていた

「見つからないな」

「ああ、見つからないな」

「もう見つからないかもね」

「そうだな」

そう言いつつ、止めようとしない
先程から閻魔の携帯には『もう帰ってきていいよ』というメールと着信が何件もきている

「なぁ閻……」

閻魔に話しかけようと振り向いた鬼男は息を呑んだ

「……」


ただ探すという行為にひたすら没頭している閻魔
鬼男の胸にだんだん今まで感じた事の無い気持ちが広がっていった

いつも、いい加減でふざけてばかりいる閻魔
違う一面なんて見せずに、ずっとそうしていれば気付かなかった筈だ

(いや……時間の問題だったか)

こんな気持ち気付きたくなかったな
その時、ポツリポツリと空から雨が落ちだした


「ありゃー……傘持って来なきゃね」

「そうだな」

鬼男は正直「まだ探す気か?」とも思ったが「こうなったらとことん付き合ってやろう」とも思った

しかし次の瞬間、生徒会メンバー全員から一斉に『閻魔を連れて今すぐ帰ってこい』とのメールが入り


そちらに従う事にした




続く