雨、すぐ止みそうだな


生徒会室の校舎へ続く渡り廊下
しとしとと降る雨をみながら鬼男が呟く

「鬼男くんは雨キライ?」

「ん?なんで?」

「なんとなく」

なんとなく目が淋しそうだったからだ

「雨をみてるとさ……誰かが遠くで泣いてるような気がしないか?」

そう言って、空を仰ぐ、ライトグレーの薄い雲
青空を隠す、薄暗くて、その顔もよく見えない

「オレは好きだけどな」

空が代わりに泣いてくれてるような気がして
ポツリと呟いた言葉は、雨と空風に消された、そんな事を言ってはいけない

「濡れてセーラー透けるのはいいと思う」

「変態かお前」

「ふふふ……」

閻魔はさり気なく歩く速度を落とす、鬼男の背中を見て笑むのを止めた

閻魔は女の子に興味ないが、鬼男はあるのだろう、だから無理矢理でも女の子の話をする
鬼男は恋をしたことはあるというが、自分は恋をしたことがない

というか自分は太子や父親以外の人間にあまり関心がなかった

少し前までの妹子は自分に似ていた、でも彼は太子に逢って変わった
太子の方も妹子と付き合うことで、昔から抱いていたコンプレックスを払拭できたようだ

みんな変わっていく自分を残して

「そ、ういえばさぁ……鬼男くんの好きな人って遠くにいるんだよね?」

このままでは世界に対し酷い事を考えてしまいそうで閻魔は自分を傷付けた
ゆっくり振り返る鬼男に合わせるように、棘の蔓が心臓に巻きつく感覚がした

「そんな人いないけど?」

「え?」

「なに言ってんだ?」

閻魔は呆然と立ち尽くした

(だって、鬼男くん……あの時……)

ある疑惑が閻魔の中に浮かんだ


(ひょっとして……)


太子、鬼男から一度すべて奪われた記憶、冥界の閻魔大王は後でちゃんと返してくれたが
ひょっとしてまだ返っていない記憶があるのではないか?



* * *



それから数週間後経った、冥界


「妹子ぉ……最近あの子の様子がおかしいんだけど」

「はぁ?なんですか?うっとおしいんですけどマジで」

冥界の閻魔こと饅頭は妹子に泣き付いていた

「閻魔がどうしたの?」

「……なんか最近よそよそしいっていうか、目を合わせてくれないし……避けられてる?」

「反抗期じゃないの?」

「いや、でもコッチのお願いちゃんと素直に聞いてくれるよ?」

「ふーん」

妹子が視線を窓へ移すと当の閻魔は庭の池の畔で蓮の花を眺めていた
そういえば最近、学校でも様子が可笑しい

「しょうがないな……聞いてきてあげますから、大人しく桃まんでも食ってろ」

饅頭の口に桃まんを突っ込んだ妹子は勢いよく窓を開けた
背中でくぐもった「おねがいねー」を聞きながら飛び出し閻魔の元へ急ぐ

「えーんま!」

「へ?」

妹子は閻魔の横に座り

「最近、饅頭によそよそしいけどどうしたの?」

直球で聞いた。閻魔はあんぐりしている。そして複雑そうな顔をした後、無理やり笑顔を作ってみせた

「別になんでもないよ」

「嘘吐いたら閻魔大王に舌抜かれちゃうよ?」

「オレが死んでも饅頭に吸収されるだけだもん、舌抜かれないもん」

「……饅頭によそよそしいのってそれが理由?」

「違うよ」

「じゃあなに?」

すると閻魔は今にも泣きそうな顔をしたものだから妹子は内心かなり動揺した
だが長年の経験の賜物か、それを表に出さず閻魔に優しく促す

すると閻魔は疑問に思っていることを少しずつ語り始めた
聞き終わった妹子は頭を抱えた。思い返せば確かにあれもこれも辻褄の合わない事ばかり

妹子は居ても立ってもいられず、饅頭の所へ戻ろうとした。戻って問い質そうと

そんな妹子の裾を閻魔は掴み首を横へ振った


「閻魔?」

「ダメだよ……」

閻魔は震えていた

「饅頭を困らせちゃ駄目だよ」

「……分かった」

妹子が溜息を吐き、閻魔の頭を軽く叩いたその時だった


『キキーーーーーーーー!!』

けたたましい超音波と共に黒くて大きい何かが突如目の前に現れた


「「!!!?」」

よく見ると全て蝙蝠の大群だ

「なにこれ!!?」

「うわぁぁぁぁぁあ!!」

「閻魔!!?」


声だけで閻魔の位置が分からない

『キーーーーーーー!!』

そんな妹子に数十匹の蝙蝠が一斉に襲い掛かってきた

(ダメだ!殺られる!!)

そう思い、妹子は咄嗟に頭を抱えしゃがみ込んだ

「どりゃー!!」

『キキッ!』

「……っ!?饅頭…?」

顔をあげると妹子を襲おうとしていた蝙蝠は駆け付けた饅頭によって薙ぎ払われていた

「無事か!?」

「ああ、それよりあれは?」

「あれはバンパイアの使いだ……でも何故冥界に?」

「って閻魔はっ!!?」

「そうだった!」

振り向くとまさに蝙蝠に襲いかかっているところだった

「閻魔!!!」

間に合わないか!!と、二人が思った次の瞬間

『キキーーーーーーーー!!』

辺り一帯に強い光が放たれ
それを浴びた蝙蝠達は悲鳴を上げて逃げ帰ったようだ

訳も分からないまま、とりあえず倒れている閻魔へと走る二人

「閻魔……」

「大丈夫」


饅頭は傷だらけの閻魔に体に手を翳した
するとポアポアとした緑の光に包まれ体から傷がどんどん消えていく


「いったい……なにが起ったんだ?」

「コレが光って蝙蝠を撃退したみたいだね」

饅頭は閻魔の服の中から布袋を出し、その中身を掌の上に転がした

「勾玉?」

前世の頃なら見た事あるが現世になってみたのは初めてだった

「その袋の中身ってそれだったんだ」

閻魔が「御守り」だと言って大切にしていたのは知っているが中身まではしらなかった、すると饅頭は首を横に振って

「いや、形が変わってしまった……これはもう違うものだよ」

「え!?そんな、これ閻魔の大切な……!」

妹子が訴えると饅頭は安心させるように微笑みかけ

「大丈夫……閻魔にはオレのをあげるから」

饅頭は閻魔が失ったものと“同じもの”だというそれを布袋に入れ閻魔に握らせる

妹子はそのすぐ傍に立ち、その瞳その顔を間近に見て、それが饅頭にとっても大切なものだと分かった

「これは、太子にあげて……太子に相応しいものだから」

そう言って手渡された勾玉に、太子が無くした数珠の珠の代わりに丁度いいと思った

「妹子の持ってる鏡の降魔の力に対して、その勾玉は浄化の力がある、それを持っていれば太子は悪しき者から守ら……ってうわ!」

饅頭がすべて言い終わる前に妹子はその細い体を思いきり抱きしめた

「どうしたの?太子に怒られちゃうよ」

「かまわないよ……本当に、なんでそんな風に笑えるんだアンタは」

「さぁ?なんでだろうね?神様だからかな?」


閻魔は妹子をゆっくり抱きしめ返す


人が泣き

神が笑う

きっと地上には雨が降っているのだろう




続く