冥界で勾玉に変化してしまった閻魔の御守りを、妹子は言われた通り(半分は自分の意志で)太子に渡した
すると太子はそれを数珠の紐に通しとても嬉しそうに笑った
数珠に勾玉を組み合わせるなど不謹慎に思えるが、太子が喜んでいるので良いかと妹子は思った

自分が優先すべきは太子、これは前世から変わっていない

「今世になって見たのは初めてだな」

光を当てキラキラと輝かせながら太子がポツリと呟くと妹子は先日、閻魔から聞いた事を思い出した

太子には全ての記憶が戻っていない可能性があるという

「そういえば記憶戻ってから太子と前世の事ちゃんと話してないよね」

さりげなさを装い妹子が言った

「ああ、そういえばそうだな〜まあ良いんじゃないか?記憶があっても前世とはもう違う人間だし」


思い出も大切だけど、今の妹子と一緒にいる時の方が大切だから


そんな太子の心情も知らず妹子は考え込んでしまった

(話す気ないみたいだし……どうやって聞き出そう……)

すると太子は

「妹子の事は全部覚えてるぞ?」

と、花の様に笑う
妹子はそれが太子が出した助け舟だと気付いていたが折角なので乗ってみる事にした

「本当に?」

「ああ」

「二人で随に行ったことは」

「もちろん、あの頃はまだお前に嫌われてたよな私」

「そんな事ないよ、じゃあ十七条の憲法を作り直した事」

「覚えてるぞ……妹子にあんな特技があったなんて意外だった」

「だからアレは特技じゃないって、なら法隆寺での一騒動は?」

「勿論だ。結局お前とは枕投げ出来なかったなぁ」

「え?」

妹子は驚いた声を出した

「ん?なんだ?」

「閻魔堂でしたじゃないですか?覚えてないんですか?」

覚えていないのか?あんなに印象的な出来事はそうないのに

――閻魔堂が出来た頃に太子は赤ん坊を拾ってきて
二人で育てると決めたけど、その子は数日で大人になってしまった
きっと人間じゃなかったのだろう、そしてその人は自分の家に帰ると言い出した
だからその前に記念だと言って……皆で枕投げをした筈なのだが

「うっ!?」

「どうした!?」

妹子がその人の顔を思い出そうとした瞬間、激しい頭痛に見舞われた

「大丈夫……」

――次に逢った時その人は牢に入れられそうになっていて、偶然見かけた太子が慌てて預かったのだ
聞けば太子と妹子にお礼が言いたくて朝内に侵入したのだと答えた

(顔が……名前がもう少しで思い出せそうなのに……)

――それ以来その人は毎月決まった日に太子の元へ来るようになった
そして毎回、秘書だという人に連れ戻されていた

(そうだ……あの秘書さんが名前を叫んでいた)

その秘書の顔も思い出せないが、声だけなら覚えている

(オラ!さっさと帰るぞ変態イカ!!……って違うそんな名前じゃない、確か)

一度だけ、ひどく優しい声で諭していたのが印象的だった

(ほらそんな顔しないで、また来月逢えるんですから……)

そうだ彼は、その人をこう呼んでいた


閻魔大王


(ああ、そうか)


飛鳥時代の事、閻魔の事、鬼男の事、冥界の事、篁の事
全てを思い出した妹子の頭からは、もう痛みが消えていた

「妹子?大丈夫か?」

太子が心配そうに顔を覗き込んでくる
あの閻魔のことだ、自分たちの記憶を消したのにはそれなりの理由があるのだろう
この事を太子に話してはいけないのかもしれない

「うん、もう平気」

「ほんとか?大丈夫か?」

尚も不安げな表情で聞いてくる太子に妹子はクスリと笑みを零し

「元気だって……証拠みせようか?」

太子の首に手を回して言った

一瞬驚いたがすぐ妹子と似たような笑みを浮かべた太子

「そうだな……確かめさせてもらおうか?」


妹子の手を掴み、自分の方へ引っ張り倒そうとしたーー……その時


「二人ともイチャつくのは構わないが人のいない時にしてくれないか?」



少し離れた場所でテレビを見ていた竹中さんが溜め息混じりに訴えた

「ご、ごめん竹中さん」
「すみません」


太子と妹子は顔を真っ赤にさせて謝るのだった



――丁度その頃、日和学園の校庭に影を落とす者がいた



(寒いし暗いな……さっさと済ませて帰ろう)

忘れ物を取りに来た生徒、鬼男
木を伝い2階の渡り廊下まで登った、後は壁に開いた穴から侵入するだけだ
その穴は昼間、巨泉が破ったばかりでまだ補修もしていない
物騒な学校だなと思いつつ鬼男は自分の教室へ向かった
無事に忘れ物を持ち出すことに成功した鬼男は月明かり照らす校庭の隅を歩いて帰る

ふと、人の気配を感じた

(誰だ?こんな夜遅くに)

気配のする方を向くと、今の時期はもう閉鎖されている筈のプール
その飛び込み台の上によく知った人間の姿を見た

神社の人間が纏うような白装束で身を包んだ閻魔

(あの馬鹿、何してんだ?)

鬼男が見ていると閻魔は「おりゃ」っとプールに飛び込んだ

(何してんだ!!?あの馬鹿!!)

鬼男はフェンスを越えてプールサイドの中へ降り立つ


「閻魔!!!」


誰かに見つかることも憚らず大声で名前を叫ぶと
水の中の閻魔は驚いて鬼男を見た


「おにおくん?」

「何やってんだ!!早く上がってこい」



睨みをきかせると渋々といった形でプールサイドへ上がる
鬼男は近くに掛けてあったバスタオルを閻魔に巻きつけると聞いた

「いったい何やってたんだ?こんな時期にプールに入るなんて」

鬼男の表情は明らかに怒っていて、閻魔はしゅんと項垂れながら答えた

「これは修行だ」

「修行?」

「うん、阿部さんから聞いたの、山登りとか滝に打たれるとか色々あったけど……そんな時間ないからヨガとか今やってる寒中水泳とかしてたん……」

だ、と続ける前に鬼男が閻魔の袖を捲くった
先程ちらりと見えた無数の痣、コレも修行で出来たものか
ノースリジャージの上からもう一枚ジャージを着ていたのはコレを隠す為か

閻魔がバツの悪そうな顔をすると鬼男は大きな溜息を吐いた

「なんで修行なんて」

「だってオレその為に生れてきたんだよ」

「は?」

「オレは閻魔大王なんだよ、本来はこの世で生きちゃいけない存在なの、でも今は修行の為に転生してきてるんだ」

そう、冥界の閻魔大王から聞いた

「閻魔……」

「今、あの人がやってるのはオレも背負わなきゃいけない役目だった……誰かに押し付けちゃいけない役目だった」

記憶はないけど、それが自分の役目だったと心が憶えていた
辛い事や悲しい事や辛い事ばかりだった、それでも根底ではその役目に縋ってた
役目に依存していた。それを果たさなければ自分は赦されない

「オレがあの人の為に出来るのはコレくらいだから」

自分は死んだら閻魔大王に吸収される、その前に少しでも強くなっていたい

「ずっとか?」

「え?」

「自分が大王の半身だと知ってから、ずっとこんな事してんのか?」

「え?うんそうだけど……って鬼男くんどうしたの!?」


閻魔は驚いて鬼男の頬に触れた
閻魔の手に温かい水が流れる


「どうして泣いてるの?」

「悲しいから」

「え?」


鬼男は閻魔の体を思いきり抱きしめた
鬼男の服も濡れてしまうが構わずに


「気付けなかった自分が悔しくて」

「鬼男くん?」

「閻魔、閻魔お前はそんな事の為に生れてきたんじゃない……あの人もそんな事望んじゃいない」


閻魔大王に逢ったのは、この閻魔を取り戻す為に冥界に行った時だけだけど
でも分かった……あの人は他人の不幸を何よりも悲しむ人で他人の幸せを何よりも望む人


それで自分が不幸になったとしても


「お前が生まれたのは修行の為なんかじゃない」

「でも……」


自分を大切にしないところは誰譲りか
腐海の上でも凛々しく立つから
茨の道の上でも綺麗に笑うから


「俺に出逢う為だ」


せめてこの胸の上に崩れて泣けばいい
逃げない、裏切らない、消えたりしない


「好きだ」


抱きしめる腕に力を込めて告げた
この想い伝われ伝われと思いながら

閻魔は自分の耳を疑った


「最初は友達として好きなんだと思ってたけど違った」


擦れた声が胸に染み入ってくる


「お前が欲しいんだ」

「……」

「恋人になってくれないか?」


全て言い終わった鬼男は閻魔の体を離すと俯いて握り拳を作った
後悔はしていない、だが拒絶されるかもしれない、もう以前の関係には戻れないかもしれない

暫く沈黙した後、閻魔が口を開いた


「どうしてくれんの?鬼男くん……君の所為でぜんぶ台無しだよ」

「閻魔……」

やはり駄目かと顔を上げた鬼男は閻魔の顔を見て驚いた

「ぜんぶ我慢しようと……思ってたのに」


閻魔は頬を赤く染め、とても幸せそうに言った


「オレも好きだよ」




続く