この何とも形容し難い気持ちを擬音にするとどうだろう モヤモヤ?グラグラ?ジリジリ? ……そっか、ジリジリが一番近いかも 「えー?政宗センパイ来れないの?」 思えばジリジリって音はこの時から聞こえ始めていた気がする 「うん、空手の試合だって」 あたし達は夏休みを利用して皆で二泊三日の旅行に行くことにした 行き先は増田家所有の別荘、なんとプライベートビーチ付き! メンバーは京介・あたし・愛実・香織・沙夜・嵐士・ミッキー・泉水ちゃん、と保護者として大門先生を呼んだらしい(コレに対し愛実と沙夜は最後まで抵抗していた) 「そっかぁ……あ、それじゃあ……えっとたしか常磐津?センパイは?」 ……あたしが常磐津を苦手(というか恐怖の対象)だと知らないから言ってるんだろうけど、普通名前も曖昧な人を呼ぼうと思うもんかな?ていうか京介も禄に関わってもないのに「常磐津センパイなんか無理」って言ってたじゃん 「サプライズだから内緒にしてたんだけど三日目にさ、地元のパティシエさん招いて皆で特大プリン作る予定だったの……でもプリン好きな人いないと詰まんないよね、嵐士甘いもの食べれないし」 別荘に巨大な冷蔵庫があって近所に『世界プリン大会(なにそれ)』優勝者のパティシエがいるからって計画したらしい、バケツプリンなんて目じゃない寺の鐘クラスの巨大プリン作り ……それにお兄ちゃん呼ばないで常磐津呼んだら後で常磐津、お兄ちゃんに殺されるんじゃ?食べ物の恨みは怖いって言うし それはそうと京介的にメインイベントだったらしくお兄ちゃんが行けないと知って暗い所でしょぼくれだした 彼女と一瞬に行く旅行のメインがソレか!と突っ込みたい気持ちもあったけど余りの落ち込み様に可哀想になってきて…… 「香織や泉水ちゃんは甘いもの好きだし喜ぶんじゃないかな?お兄ちゃんには普通のプリン作ってお土産にしたらいいじゃん」 励ましたら途端に表情が明るくなって抱きついてきた 「そうだね!ありがとー笑華!」 京介は友達以外からは嫌われてるけど基本的に他人が喜ぶことをするのが好きだ いつもなら微笑ましいのに、この時のあたしは何故だか心に靄が掛かった様な感じがして笑顔を返せなかった 「笑華?笑華オーイ……えーみーかー?」 「……へ?」 腕を誰かに揺さぶられてハッと気が付くと隣で香織が心配そうな顔して見ていた 「どうしたの?」 「いや、暇だなぁって……」 暇過ぎて、旅行計画中の頃を回想していた所だ 「そう?笑華ならアレ見てるだけで燃えそうなのに」 香織が言うアレとは、目の前で繰り広げられている男子限定卓球大会のこと、ちなみに女子は浴衣がはだけるから参加不可 洋風の別荘なのに何故浴衣なんだって訊いたら京介は「旅行と謂えば浴衣で卓球なんでしょ?」と言ってのけた……このお坊ちゃん、なかなか一般というものを錯誤してる 「うーん、まぁ確かに最初は燃えたけど今はもう呆れてるっていうか」 大門先生のスマッシュが激しすぎてラリーが終わる度にラケットと球を交換しなきゃいけないなんて、これはもう卓球なんて生易しいもんじゃない……バトル卓球だ 「……香織の方こそ惚れ直したんじゃない?」 「私はハラハラするよ……嵐士怪我しないといいけど」 今試合しているのは大門先生ひとりと京介・嵐士のダブルス、二人の運動神経とコンビネーションのお陰で先生相手に良い勝負をしている 「そうだねー……あっ!」 バチンって大きな音がして、次にコンコンと球が床を跳ねる音が響いた 「ッ京介!!」 急いで駆け寄ると額を押さえる指の隙間から血が溢れ出た まったく、言ってる傍から怪我なんてして……普段ならそう言えるけど今は無理だ だってコレは嵐士を庇って出来た傷だから 「京介……ゴメン」 「いいって、こんなのすぐ治るし……嵐士に怪我なくて良かったよ」 「増田!こっち来い!止血すんぞ!!」 「……」 京介の怪我は心配する程じゃない、いつももっと大怪我をさせてる あたしが付けた傷じゃないから罪悪感を感じることもないのに (なんで……) こんな気持ちになるんだろう あの時によく似た、ジリジリと胸が灼けるような想い 大門先生に手当てされながらヘラヘラ笑ってる京介を見ても あたしは何も話し掛けられなかった 続く |