笑華と京介は時折、弁当の中身を交換することがある
というか毎日交換している
京介は笑華とそうするのが好きだったしその味が好きだった
と言っても彼女が作ったものではなく、彼女の母の手作りだ
京介はそれに嬉しいと感じ、それと同時に罪悪を感じる

毎日おなじ人がおなじ人の為に作る料理というものを京介は知らなかった
増田家の食事は、和洋中その分野の一流の料理人が作る
専任の料理人だけではなく、外からわざわざ呼びよせて作らせる事もあった

今、笑華が食べている弁当もプロが作ったもので彼女はあまりの美味しさに感動している

それを見ながら、ああ自分は普通じゃないんだと思った
どんな高級食材で作った料理より笑華が小さい頃がら食べてきた味の方が好きだ

こんなとき京介は笑華との間に隔たりを感じてしまうのだった
己の小さい器は彼女を理解できないのが悔しかった
しかもそれが育ちの違いというどうしようも出来ない事なら尚更

(笑華はそこんとこ全然気にしてないんだけどね)

自身に対するコンプレックスなら沢山持ち合わせている笑華だが他人との間には無いに等しい
なにも意識せず、普通に付き合ってくれる

「京介?」

笑華が目配せをした
キレイな瞳が京介を真っ直ぐに見つめる

そんな笑華をもっと理解できるようになりたいと思った

「なんでもない、笑華の弁当っていつも美味しいね」

そうすると笑華は嬉しそうに笑う
母親の味が褒められて嬉しいのだろうと思った

「明日も交換しよう」

と言うと

「京介が他の女の子と一緒じゃなければね」

と返された


うん、笑華さえいればそれでいいよ

口に出しても確実に信用されない台詞を京介は心の中で呟いた




その夜、京介は自宅の厨房で腕を組みひとり唸っていた
明日から弁当は自分で作ってみようと思ったのだ

京介が厨房を使う事に専任の料理人は反対したが、自分の弁当くらい自分で作りたいと言えば渋々了解してくれた
京介は自分が料理すると言った事で料理人のプライドが傷付いたんだろうと思い慌てて弁解した


「別にアンタの料理が美味しくないとかじゃないよ?ただいつも笑華と取り替えっことかするから…あとちゃんと後片付けまでするからね」

それを聞くと料理人はくっくっと笑いだした
笑華の為とは如何にも京介らしい理由であったからだ
それに綺麗好きの京介が厨房を汚す心配なんてしていない
そもそも自分は使用人なのだから例え汚されたとしても坊ちゃんを怒る筈ないのに

「ふ……よろこんで下さると良いですね……愛妻弁当」

「ちょ!愛妻は笑華の方だから!!」

「はいはい」

京介が叫ぶと料理人は笑いながら扉に手をかけた

「では失礼します。頑張って下さいね」

「……あっ、ちょっと待って」

「なんですか?」

「なんか……愛情込めるコツとかないかな?」

料理人は盛大に噴き出したいのを我慢した
各分野の一流から叩き込まれた京介は料理の腕なら人並み以上だ
しかし愛情の込め方まで教えられていないらしい

「大丈夫ですよ、京介坊ちゃんが彼女の為に作るんでしたら」


それだけで充分ですよ


そう言って料理人は厨房から出て行ってしまい
残された京介は厨房の真ん中にポツンと立っていた

(……意味はよく分からないけど……とりあえず作ろう)

暫く冷蔵庫の中身を物色し小さく頷いた後、腕まくりをし気合いを入れる

(おしっ)

増田の料理人は京介が学友の中で浮いてしまわないようにと弁当には一般的な食材しか使わない
それでもその手腕によって最高の料理に仕上げるのだ

プロには到底敵わなくても笑華に食べさせるのだから最高に美味しいものにしたい
技術が追い付かない部分は知識で補えばいい
素材を活かす調理法は知っているからそれを忠実に守ればきっと美味しいものが出来る
京介はもう一度気合いを入れなおすと手際よく弁当のおかずを作っていった

一つ一つ丁寧に彼女の喜ぶ顔を思い浮かべながら作った
そうすると自然と愛情が込もっていくような気がした


「っと……上出来、上出来」


全て作り終えた頃には夜が明けていた


「ちょっと作り過ぎたかな」


まぁあとは兄二人にでも食べて貰おう
京介は余ったおかずをタッパーに入れ眠気を醒ますべくシャワー室に向かった


学校について
授業を受けながら京介は落ち着かなかった
時計を見てはソワソワしていた

(あーもうバカみたい)

窓の外を眺め苦笑がもれる



早く昼休みにならないだろうか


そして昼休み
二人はいつものように弁当を交換した


「いただきます……わぁ」

弁当の蓋を開けた笑華は思わず声を上げた
自分の好きなものばかりが綺麗に敷き詰められている
それでいて栄養が偏らないようにか様々な食材が使われていた


「なに?あんまジロジロ見ないでよ」

「え?ごめん」

素直に謝る京介に首を傾げる
おかしい、いつもなら「えー?だって笑華がかわいいんだもん」等と言い
笑華が嫌がるのも無視し見つめ続けるのに……

「いただきます」

笑華の中の小さな疑問も京介が弁当を食べ始めた事で切りが付いた
折角好きなものだらけなのだ、余計なことは考えず良く味わって食べよう

ぱくり、笑華は形の良い卵焼きを口に運んだ

「京介んとこ新しいシェフ雇ったの?」

一口食した後、こう言った

「え?なんで?」

口に合わなかったのか?と不安げに訊ねる
いつもより質は落ちているだろうが、それでも頑張って最高の味に仕上げた
……つもりだったのに

「いや違う違う、そんなんじゃなくて」

笑華は慌てて訂正すると京介と顔を合わせてこう言った

「なんだか優しい味がする」

彼女が次に見たのは彼の酷く驚いた顔
彼の喉がこんと音を立てた後、次に聞いたのは「ありがとう」という小さな呟きだった

「え?」

この反応はまさか……

「京介が作ったの?」

訊ねるとしおらしく頷いた
照れているのか嬉しいのか顔はずっと下を向いている

「美味しいよ……ありがとう」

何も言わない京介に優しく微笑みながら言うと
京介も顔を上げてぎこちなく笑った

「明日からもオレが作った弁当でいい?」

「勿論!あ、でも……」

「ん?」

「あたしも京介に作ってくるよ」

「え?それは駄目だよ」

「……なんで?」

「そりゃ笑華が一人っ子なら良いけど……」

忙しい朝の仕事がひとつ減り母親も大助かりだろう
ただし笑華には兄がいた、自分の分を作るのなら兄の分も作れと言われるに違いない

「政宗センパイの弁当を笑華が作れば愛実も嫉妬するだろうし」

相手が政宗センパイならオレは気にしないけれど……と京介は心の中で続けた

愛実という生物は尽くすのは嫌いでも対抗心は強い
きっと政宗の弁当は私が作ると言いだすだろう

京介としては慕っている先輩を愛実の殺人料理の餌食にはしたくない

「だから笑華は今まで通りでいいよ、これはオレの我儘なんだから」

毎日大切な人の為に作る料理というものを京介は知らなかった
だから自分が作って笑華に食べてもらいたいと思った

それは京介の我儘
でも笑華は「京介だけに作らせるのは悪い」という意味で言ったのだろう

「せっかくお義母さんが作ってくれてるんだら」

「……う……そうだね……」

しかしまだ納得いかないようだ

「うーん……でも、それ女としてどうなの?」

「へ?」

「普通こういうのって女の子が男の子にしてあげるんじゃ……」

京介の頬が朱に染まる

(笑華はほんとに可愛いなぁ)

そんなことしなくても充分女の子らしいのに

「ふふ……」

「なに笑ってんの?」

「いや本当に気にしなくていいよ、笑華のお母さんの弁当いかにもお袋の味って感じで好きだし」

「…………」

「それに……」

無邪気に期待の込もった目を向ける

こんな自分だって、きっと笑華は傍に居てくれる


「そのうち毎日作ってもらえるようになるんだから」


すると笑華の頬がボッと紅く染まる


京介はそんな恋人の姿にひどく穏やかな笑みを零した


いつかそんな日がくると信じて










その頃、増田家では

「オイ凌介……お前なに食ってんだ?」

「京介が作った弁当のおかずですよ」

「なに!?俺にも寄越せ!!」

「兄さん外で食べてくるって聞いてたんで、もうコレが最後ですよ」

「なんだとーーーーーー!!こうなったらお前ごと食ってやる!!」

「どっかの僧侶みたいなこと言わないで下さい」





−END−