あんなに静かに泣く人だなんて思わなかった

誰もいない場所で嗚咽も漏らさず

ただ、ただ心の欠片を流れ落とすように涙していた


あたしは結局なにも出来なくて、その場から離れてしまったけど


今思えば

それが恋に落ちた瞬間







「えみかえみかえみかー」

その人は現在あたしの彼氏になっていた
あの時のシリアスさも今はすっかり形を潜めてアホ面全開

「えみかぁ」

「ああもう鬱陶しい」

「えみかったら照れちゃって可ぁ愛い」

「ハァ……」

どんなに邪険に扱ってもめげない図太さは凄いと思うし
あたしは素直じゃないから京介がこんな性格で助かってる部分もあるけど
たまに本当に鬱陶しい

「で?なに?どうしたの?」

すると京介は嬉しくて嬉しくて堪らないといった笑顔(あたしにしか向けない顔だと最近判明した)で無駄にくっ付いてきて

「そこのお店、カップル10パーセントOFFだって!ごはんあそこにする?」

「えッ?」

前よりだいぶマシになったとはいえ、庶民の感覚に乏しい京介が10パーセントOFFに惹かれるとは思えない

だからきっと“カップル”ってフレーズに惹かれたんだろう

「ハァ……」

思わず溜め息が漏れた
京介ほんとにカップルっぽい事が好きだな
今みたいにカップル割引とかならまだ良いんだけど恋人同士のイベント前とか妙にワクワクしててやりにくいし
そういうの、あたしが苦手なの知ってて我慢しようとするから余計やりにくい

「……と、思ったけど混んでるみたいだね!やめて他の店にしよう?」

「へ?」

「確かここら辺に女の子に人気のヘルシーフードのお店があったから……」

「あー……いいね」

最近お腹周りの肉が気になってるから

「じゃあ行こう」

そのまま京介に引っ張られて、着いた先は落ち着いた雰囲気の小さな店だった
空いた店内にはあたし達しか客はおらず、店員さんから通された一番見晴らしの良い席でメニューを選ぶ

「ここ結構穴場なんだよ?見かけによらずリーズナブルだし……此処なら人目も気にならないでしょ?」

ああ、やっぱりあたしが人目を気にすると思って店をかえてくれたんだ
後、あんまり高い店だとあたしが気を使うと思って安い店を選んでくれたみたいで
そういう気遣いが嬉しい

「でも……こんなお店いったい誰に教えてもらったのかな?」

「え?えーと此処は取引先の社長のお嬢さんに連れられ……ウガッ」

臑を思いっきり蹴ってやった(此処が野外だったらぶん殴ってるところだ)
京介は仕事みたいに思ってるかもしれないけど、それ完璧なデートだよ
そんなこと平気で報告する京介より息子を仕事のダシに使ってるお父さんの方がムカつく

「ち……違うんだよッ!その時はその人のお父さんも一緒で……」

「余計悪いわ」

「はい?」

だってそれ接待っていうより……ああなんで頭良いのにそこらへん鈍感なんだろう
その内に政略結婚とかさせられるんじゃ……って心配になる

「もぉ首輪でもつけとこうかな……」

冗談だけど半分本気
恥ずかしいからしないけど、たまに本当に縛り付けておきたくなる

「ええ?ヤだよーオレだって人としてのプライドあるんだからさ」

「あれ?イヤなんだ?」

てっきり悦ぶと思ったんだけど意外な反応

「えみか……オレどんだけ変態だと思ってるの?」

うるうると非難の目を向けてくる京介
いや、普段の言動を考えれば充分変態だと思うけどな

……あぁでも普段が全部演技だとしたらそれも違うのか

京介は本当はとても静かに涙を流す人だから

本当は臆病で繊細なのにそれを必死に隠してる人だから

「でもさ……」

京介が柔らかい笑みを浮かべた
本来の京介はきっといつもこんな表情をしてるんだろう

「その独占欲とかさぁ……ずっとオレだけのものならいいのに」

京介は、キャラクターこそ偽っているかもしれないけど言葉に嘘はないと思う
たまに鍍金が剥がれたように見せてくれる大人しい京介も普段の騒がしい京介もどっちも本物なんだと思う

「心配しなくても、ずっとそうだよ」

「……ッ」

こんなふうに、あたしの一言で朱くなったり泣きそうになったりする京介は絶対演技なんかじゃない

「もーえみか大好き!!」

「もーくっつかないで!早くメニュー決めないと店員さんに迷惑でしょ!」

「うん!」

あたしの事を大好き過ぎて時々暴走しちゃうのも、友達やお兄ちゃんに対してウザいくらい構われたがる京介も本物なんだよね

ただ周りに心配かけたくなくて空元気を振りまいてるだけなんだよね

あんまり無理して欲しくないけど、そんな京介だから皆も嫌いになれないんだろうなって思う


「京介」

「……なぁに?」

「ありがとう」


そしてあたしは
そんな君に愛されて幸せです







「どういたしまして、でも大した金額じゃないから気にしないでいいよ」


(……そういう意味じゃないんだけどな……)



END