温暖化だなんだと騒がれていても出しゃばりな冬将軍は今年もやっぱり街にやってきて、コンクリートにアスファルトに人間に野良動物達に真冬の猛威を奮っていた
今日は特に今年一番の冷え込みらしく、窓の外で吹雪が舞い踊っているのが解る
しかし部屋の中は暖かく静かで、外でどんな雪が降ろうと風が吹こうと部屋の主である松本えみかは落ち着いて筋トレに励む事が出来ていた
しかし、そんな穏やか空間も突然自室へ乱入して来た猛獣によって一瞬にして打ち壊される

「センパイの馬鹿ー!!」

バァン!!
ダンダン!!
バァン!!

「めぐみ!?」

ギュウウウウ

「痛い痛い痛い痛い!!」

只今の出来事を順に説明すると
まず突然隣の部屋から叫び声が聞こえ、次に爆弾のような足跡がしたかと思うとドアが勢いよく開き、最後に猛獣こと藤原めぐみが抱きついてきたのである
めぐみに強く締め付けられ、えみかの肋骨が悲鳴を上げているというのに偶然遊びに来ていた憂木さよは別段気にした様子もなくクルクル巻いた毛先に指を絡ませて遊んでいた

「めぐみったらまた政宗お兄ちゃんと喧嘩したの?」
「……」

さよが聞いてもめぐみは口を尖らせて視線はずっと斜め下を向いたまま
それを何よりの肯定と捉えたさよは呆れたように溜め息を吐く

「だって……」

原因はわからないが、めぐみが拗ねている事は明らかだった

「……だってセンパイが……」

漸く顔を上げためぐみは鼻声で目尻に涙を溜めている
それを至近距離で見てしまった(なおも抱きつかれ中の)えみかは不覚にもときめいてしまった

「はいはい、泣かないの」
「うぅ〜」
「こら、人の服で鼻水拭かない」

そう言いつつめぐみの泣く姿なんて珍しいものが見れた事に少しとくした気分になる二人

「……ぐじゅ……」

普段は男を騙す時にしか泣かない為か、いざ本気で泣いた時に止め方が解らない
めぐみは渡されたティッシュ一箱をあっという間に使いきってしまった

「ごめんなさい……」

えみかとさよは目を丸くして驚いた
ワガママ姫なめぐみが素直に謝るなんて泣き顔以上に珍しい

「どうしたの?政宗お兄ちゃんに何か言われた?」

これはよっぽどの事があったのだと、えみかだけでなく、さよまで心配し始めた

「政宗センパイが……」
「うん」
「センパイが……」

言っている最中、思い出したのかボロボロと涙を零すめぐみ
えみかとさよは両サイドから涙を拭ってやり、めぐみの言葉をゆっくりと待った

「イヴもクリスマスもバイトだって……」

…………

「ハァ?」
「……なにかと思ったら……それくらいの事で……」
「それくらいの事じゃないもん!!」

そう、めぐみにとってはそれくらいの事ではなかった
自分の胸に顔を埋めて再び泣き出してしまっためぐみを見ながらえみかは少し後ろめたい気持ちに陥る
えみかは京介と過ごす為にかなり前から二日とも休暇願いを出していたのだが、政宗が休めないのはそれが原因じゃないだろうか

「だってセンパイ誕生日だって友達と過ごすんだよ!?」

自身に友達が少ないので友達の有り難みだけは知っているめぐみ
だから政宗の友達付き合いには寛容で自分より優先されても例外を除き文句は言わない
去年というか今年の誕生日も政宗の友達の中で常磐津(先程言った例外)と共にいたたまれない気持ちで過ごした
きっと今年というか来年の誕生日もそうなるから、せめてクリスマスくらい二人きりで過ごしたかったのだ

「センパイはめぐみよりバイトの方が大事なのかな?」

グズグズ泣きながら二人に訊ねると、さよは珍しく慈愛に満ちた微笑みでめぐみを見ていて、えみかはその不安でいっぱいという瞳にノックアウト寸前だった

「政宗お兄ちゃんがバイト始めたのってめぐみの為でしょ?今回もめぐみへのプレゼントの為に頑張ってるんじゃないかしら?」
「クリスマス、センパイと過ごせるならプレゼントなんて要らないもん!!」

さよは絶句する
男を手玉にして弄ぶめぐみが手玉である筈の男に泣かされているだけでも珍しいというのに……まさかそんな恋する乙女の如き発言をするとは思ってもみなかった
一方えみかはというと、めぐみのあまりの可愛さに完全ノックアウトさせられていた

「……えみかなら解ってくれると思ってたのに……もういい!私帰る!!」

先程から何も言わない(言えない)えみかに何を勘違いしたのか、めぐみは急にまた怒り出した

「え!?外雪だよ!?」

学校閉鎖中なため本来なら此処に何泊かしていく予定だったが政宗と喧嘩した状態でそうするのは苦痛でしかない

「いいの!!」

二人が止める間もなく、めぐみは部屋から飛び出して行った






「寒い……死ぬ」

荷物一式を政宗の部屋に置いて出て来ためぐみは防寒具を一切身に纏わず雪の中を歩いていた
財布も携帯も置いて来た為、タクシーも足代わりの男も使えない

「私の馬鹿……」

めぐみは政宗と喧嘩した事を後悔していた
だが変な意地があり、今更松本の家に帰るなんて出来そうもない

(なんだろ……あんまり寒くなくなってきた)

歩いている内にだんだん手足の感覚が薄れて来たんだろうか

(綺麗……)

真っ白な雪の中に佇んでいるとと、まるで世界に自分一人取り残されたような錯覚をおぼえる

今はそれも構わない

(独りなんて慣れっこだから……)

闇に溶けて消えてしまいそうだった頃、いつも励ましてくれたのは窓に輝く白い雪だった
両親のいない夜でも窓の外を眺めていたらあっという間に時間が経った
自分もこんな風になれるなら溶けて消えてしまっても良いんじゃないかと思えた

でもそれは昔の話

(怖い……)

全てを白く埋め尽くしてくれる雪が大好きだったのに

(寒い……寂しい……助けて)

もう今は白と黒以外の色を知ってしまったから

「センパイ……」
「何だ?」
「うえっ!?」

背後から声が聞こえ振り返ると息を切らした政宗が立っていた

「お前なぁ……道間違えんなよ……探したじゃねぇか!!」
「え?道間違えてた!?」

考え事をしていて気付かなかったが周りを見ると確かに見覚えのない風景だった

「……」
「こんな雪ん中迷子なんてシャレにならねぇぞ」
「……」
「あーもう!こんな薄着でバカかお前は!」

コートを着せたりマフラーを巻いたりと自分に母親のように世話を焼く政宗をめぐみは呆然と見詰めていた

「センパイ?」
「あ?なんだ?」
「探してくれたの?」
「……当たり前だろ?」
「迎えに来てくれたの?」
「ああ……」

他の男に同じ事をされても当然だと思うだけなのに、どうしてこの人にされるとこんなに嬉しいのだろう
また寒いという感覚が戻ってきて
その分、政宗の暖かさが胸に滲んだ

「センパイ……ワガママ言ってごめんなさい」
「めぐみ……」
「クリスマスはもう諦めるよ……その代わりバイト中に逢いに行っていい?」
「あーそれなんだけどな……一緒に過ごせるようになった」
「え?」
「えみかが替わってくれるって言い出してな」

政宗は思い出し笑いを浮かべる「めぐみを泣かせないで」とめぐみが家を飛び出した事を聞いた時、説教と一緒に頼まれた
さよからは思いきり睨まれた

「だから大丈夫だ」

政宗がそう言うと今度は嬉し涙が溢れてくる

「センパイ!ありがとう!!」

大好き!!

そう叫んで抱き付いて来ためぐみを政宗は強く抱きしめ返す

冷たい体を暖め合うように

そんな二人の頭上に雪が祝福するように降り注いでいた



END

「ちょっ!?クリスマス一緒に過ごせないってどういうこと!?」
(ごめん京介……)