バレンタイン二日前の金曜日、今年のバレンタインは日曜日のため首高生徒達は皆こぞって義理チョコを渡していた(本命はきっと当日に渡すのだろう)。

「愛実、私一年生の北条さんにチョコ貰ったんだけど……」
「俺も梨華から貰ったぜ……」
「……ふーん」

政宗と喧嘩のようなものをして以来、愛実は何をしていても上の空。なんとかテンションを上げようと沙夜や泉水は愛実に“大好きな梨華からのチョコ”見せびらかすが効果は無し(出来れば別の方法をとってあげて欲しいものだ)つまらなそうな顔をして二人とも自分の席へと戻った。

「お兄ちゃんと喧嘩なんて日常茶飯事だけど、今回はちょっと長いね」

笑華はその様子を傍観しながら香織と幹彦に話し掛ける。

「そりゃ酷い言いようだったもん……政宗先輩も怒るよ」

すると香織は苦い表情をしてこう答えた。

「見た目が好きで付き合ってる……自分の容姿に絶対の自信を持つ先輩なら喜びそうなもんなのに」
「見た目だけで言い寄る子多いから慣れてる筈なんだけど、お兄ちゃん……そんな子はみんな喰ってるし」
「喰ってるって……」
(兄の影響なのか中学時代の名残なのか時々言葉が汚くなるよな松本)

と、そんな事は一先ず置いておいて愛実をどうやって元気付けようかと悩む三人、愛実はなんだかんだ言って友達グループの中でムードメーカーの役割を担っている為、元気がないと皆まで沈んだ気持ちになってしまうのだった。

「政宗先輩と仲直りするのが一番なんだけど……」
「無理だね。お兄ちゃんあの日からずっと不機嫌だもん」
「意外と根に持つタイプなんだな」
「愛実も早く謝ればいいのに素直じゃないんだから」
「先輩に嫌われてたらって思うと怖いのかもな……」

ハァ〜〜
三人は同時に大きな溜め息を吐いた。

「ところで増田は?最近休み時間毎にいなくなるけど?」
「お兄ちゃんの説得にいってる」
「マジで?浮気じゃなくて?あの増田が藤原の為に?」
「意外と仲良いからほっとけないのかもね。京介、政宗先輩のことも好きだし」
「……」

すると今度は笑華だけ溜息を吐く。あの京介が他人の為に奮闘するなんて……下手に浮気されるよりよっぽど悔しい、しかも理由が理由だけに殴る事も出来ないからフラストレーションが溜まりっぱなしだ。

「京介、大丈夫かな?政宗先輩の友達から嫌われてるのに」
「ていうか三年男子全員から嫌われてるのにな」

笑華は益々どんよりと沈んでいく。今回の事で三年男女の京介株が急上昇してるからだ。普段悪い奴がたまに良い事するとそのギャップにより魅力的に見えるというのは本当だった。

「しゃあない……最終手段、藤原を直接励ますか……」
「そうだね。ていうかソレ最初にすべきなのに今まで硝子扱うみたいに避けてたもんね」
「むしろ単純な愛実にはそれが一番効果的かも」

そう言って三人は立ち上がった。

一方、政宗の教室ではクラス全員に見守られながら京介が一人頑張っていた。

「だからね先輩、愛実も本気で言った訳じゃないと思うんです」
「…………」
「先輩だって愛実がプライド高いの知ってるでしょ?あれは虚勢張っただけですってーー」
「…………」
「……先輩に怒られてから愛実ずっと落ち込んでるんだよ……?」

この様にスルーされ続けても、めげない京介を今まで京介を嫌っていた政宗の友達も応援していた。しかし政宗が怖いので助けようとはしない。

「愛実は絶対外見だけで先輩と付き合ってないよ、常磐津先輩とバトる時とかいつも内面を自慢してるって言うし」

常磐津の名前が出た瞬間、政宗からの初めてのリアクション、ギロリと睨まれた。

(ほら……そうやって嫉妬する癖に)

おおかた常磐津にだけ本音でぶつかっている愛実が厭なのだろう。常磐津にするように自分の前で内面も褒めて欲しいと思っているのだろう。

(馬鹿だ……この人)

そしてワガママ

「先輩がこのまま愛実と別れるならオレが代わりに付き合うよ?愛実が本当に上っ面しか見てないなら俺でも良い筈だし」
「ああ!?」
「……ハッキリ言ってあんな尻軽、オレなら二日で落とせーー……」

刹那、物凄い音と共に京介は吹っ飛ばされた。政宗が殴ったからだ。

「テメェ黙って聞いてりゃ人の女を……アイツはお前が思ってるほど軽い女じゃねぇよ!!」
「そう思うなら!!」

京介は殴られた部分を手で押さえながら政宗を睨み上げた。

「いつまでも怒ってないで早く行って抱き締めるなり何なりして下さい!!今のアイツ本当に弱ってるんですから!!」
「……」
「オレが言うのもなんですが愛実は先輩が思うより軽いですよ?」
「なんだと?」
「でも先輩と付き合いだして男遊び減りましたよ?少なくともオレ達の前で他の男の話をする事はなくなりました。歴代彼氏には破綻する程貢がせてたアイツが先輩にはよく尽くしてます。料理とか裁縫とか女らしい事もするようになりました」

京介は痣の付いた顔を晒しながら、愛実が政宗をどれだけ好きか必死で伝える。そんな京介に政宗は珍しく圧倒されていた。

「傍若無人で我慢嫌いな愛実が義父さん義母さんの前だと猫かぶってますよね?他人に自慢したいだけなら先輩の両親に気に入られる必要なんてないのに」
「……」
「それでも愛実を疑うって言うなら先輩達なんて知りません」

京介は痛みに顔を歪ませながら立ち上がると崩してしまった机を並べ直す。

「もう……知りませんから」

机を全て並べ直した後、京介は政宗の方を見ずに教室から出て行ってしまった。




続く