『バレンタイン当日。 京介が毒入りチョコに中ったり、嵐士のチョコが蠢いていたり、泉水が変態臭いオッサンからチョコを渡されたり、麗二がチョコを鼻に詰め込まれたり、秋良が義理すら貰えなかったり、マリーちゃんがチョコを持った女子に逃げられたりと 皆それぞれバレンタインを楽しんでいたが、そんな事はどうでもいい、今日の主役は政宗と愛実なのだから』 「ちょっと!そのナレーションおかしいよ!!」 『そんなツッコミは受け付けない。とツッコミの主、香織に言っておこう。』 「喜多川くん……愛実は真剣なんだからふざけないで……」 「そうだよミッキー」 「はいはい、でも他の連中のバレンタイン教えてくれたの立花だろ……ていうかマリーちゃんて誰だよ」 「妖精さんだよ」 「……」 冒頭の二重括弧の台詞は幹彦のもの。漫画は書けても小説家や台本作家には向いていないと沙夜は思った。そして一見電波にしか聞こえない香織の妖精発言も羽柴くんのマッスルの事かと瞬時に理解していた。 「とにかく今は愛実を見守りましょ」 三人は憂木家の二階から隣の松本家の門柱の前に立つ愛実を見下ろしているところだった。松本家には政宗しかいない、今愛実がインターホンを押せば対応するのは確実に政宗だろう。ドキドキする。 「でもさっきから全然動く気配ないな藤原」 「香織達が折角けしかけたのにね」 「けしかけたとか言わないで……説得しただけだから」 仲直りするならバレンタインがチャンスだと再三言って聞かせた結果がコレだった。プレゼントは手作りチョコではなく、わざわざ政宗の好きな店を教えて貰って買ったプリン。 「今日の愛実乙女だよね!仲直りのおまじないは最後までしてくれなかったけどっ!」 「ああ今の藤原なら少女漫画の主人公になれると思う」 「ネタにするの?喜多川くん」 「いや、しないけど……あっ!!」 「どうしたの?」 「まだインターホン鳴らしてないのに政宗先輩が出て来た!」 「本当だ?気付いたのかな?野生のカンで」 「ううん、私がメールで教えたの早く愛実を中に入れてあげてって」 「沙夜……ナイス!」 「ああっ!藤原が引きずられるようにして家に入ってく」 「……ふふ、これでもう安心ね」 「そうだねー良かった……ミッキー帰ろうか」 「ああ……これ以上いたら憂木の兄ちゃんに見付かって俺追い出されるからな……」 さて、こうして香織と幹彦が憂木家から帰った所で場面は松本家の政宗の部屋へと替わる。 愛実は政宗のベッドの上で胡座をかく政宗の向かいに正座していた。いつも寛げる空間だったのに今日はとても居心地が悪い。 「あ、あのね先輩……とりあえずコレ……ハッピーバレンタイン」 そう言って、俯いたまま買ってきたプリンを渡す。それを見た政宗は拍子抜けしたように呟いた。 「なんだ……手作りチョコじゃなかったのか」 「へ?」 愛実は思わず顔を上げて政宗を見た。折角チョコレートよりプリンが好きだと思い買ってきたのに、残念そうにされるなんて悲しすぎる。 「今年こそ俺に美味しいって言わせるんじゃなかったのか?」 「あ……あの時……どこから聞いてたの?」 あの日確かにそう叫んだが街の喧騒で殆ど消えていた筈、実は最初から相当近くにいたのではないか、それとも政宗の耳なら遠くからでも聞こえていたかもしれない。 「京介が笑華に何をやるかって話から聞いてた、だからお前が言ったこと全部照れ隠しだって解ってたよ」 「なら……どうして怒ったりしたの?」 安堵や怒りなどから今まで堪えていた涙が一気に流れ落ちる。そんな涙を指で掬いながら政宗は「悪かった」と一言謝った。 「先輩は全然悪くないのになんで謝るの?あ……あたしが謝ろうと思ってたのに」 「……いや、泣かせちまって悪かったなぁと」 政宗は柔らかく艶やかな髪をワシャワシャと掻き回すように撫でた。その大きな手は愛実をいつも安心させる。 「あたしも強がって思ってもないこと言って……あ、でも先輩の見た目が好きなのも本当だからね……兎に角ごめんなさい」 「いや俺も大人気なかった……他の女から同じ事言われても全く気にならないのに……やっぱりお前は特別だからだろうな……」 愛実の頬が赤く染まるのを見て、政宗は可愛いと思う。 「見た目を褒めるのはいいけど、もう見た目だけで好きだとか言うなよ……傷付くんだからな」 「……はい」 「俺もお前を見た目だけで惚れてるわけじゃないんだから、勿論見た目も好きだけどな」 「……やっぱり私の小悪魔的要素が?」 いつの間にか泣き止んだ愛実が得意気に笑って言ったので、政宗はつい声に出して笑ってしまった。 「いいや、そういう馬鹿なとこが」 「なっ!?馬鹿ってなによ!!」 「怒ったところも可愛いな」 「…………」 ナルシストで自他共に認める美少女である筈なのに、言われ慣れた「可愛い」が何故だか無性に恥ずかしく感じた。 「せ……先輩」 「なんだ?」 「後でチョコレート作るから……そしたら食べてくれる?」 そんな事を至近距離でウルウルした瞳で見上げられながら聞かれて断れる男が果たしているだろうか、しかも相手は可愛い彼女。 「解ったよ……」 「わぁーい!ありがと先輩!大好きー!」 こんな風にイチャついてていられるのもあと少し、次の年から愛実にとってバレンタインは“恋人を毒殺しかけた日”なったのだった。 end |