匿名様のリク・政めぐオチ





夏休み最後の登校日を終えた放課後
学校に暫く来ていなかった愛実はすぐに帰ってしまうのを勿体無く感じ(とは言っても後十日もしないうちに嫌でも来なくてはならなくなるのだが)女友達を付き合わせ教室に残っていた

「暑い……」
「ならもう帰ろうよ、話なら学校じゃなくても出来るじゃん」

付き合わせている立場なのにも拘わらず一番に文句を垂れだした愛実に親友の香織は苦笑しながら言った

「うー……無理、動くのもダルい」
「ちょっと大丈夫?」
「政宗センパイよくこんな暑い中補習なんか受けられるなぁ」
「あー……あの人卒業危ないからね」

暑くて脳が爛れているのか先程から政宗の話ばかりしている愛実

「卒業しなきゃいいじゃん、就職しても進学しても一緒の時間なくなる」
「大丈夫よ、どうせ政宗お兄ちゃんは卒業してもマトモに定職できるとは思えないから」
「ウチの長男がそれじゃ困る」

沙夜のあんまりな言い様に笑華はツッコミながらもソレは否定できないなと思った

「違う?センパイ意外とマメだしキチンとしてるし、就職したら仕事仕事であたしの事なんて構ってらんなくなるんだよ!」

彼女が彼の話で後ろ向きな発言をするのは珍しかった
というか自分に絶大な自信を持つ彼女がする発言ではないと全員が思った

(夏って偉大、夏休みって偉大)

今まで毎日会えていた恋人が夏休みに入り補習ばかりで全然会ってくれない効果がこんな風に表れるとは

「だいたい夏休みだよ!?誘惑の時期だよ!?そんな時にモテる彼女を放っとくとか信じらんない!?あたしが遊びほうけないとでも思う!?」
「そんな偉そうに言うことじゃない……」
「今日だって結局迎えに来てくんなかったしさぁ……」
「それでわざわざ教室に残ってたのか」

迷惑な、と思ったが愚痴る愛実が予想外に可愛らしいので誰も口には出さなかった

「そういえば政宗センパイから告白されてないなぁ」
「は?毎日鬱陶しいくらい好き好き言い合ってたじゃない」
「そうだけど……ちゃんと付き合おうって言われてなかったと思う」

手の早い二人はなんとなく自然と恋人同士のようになってしまったらしく、正式にお付き合いしましょうという約束はしていない

「そうなの?なら愛実から言ってみたら?」

随分今更だけどね
あれだけラブラブなら恥ずかしい事じゃないだろう
そう思って言ったら

「はぁ?あたしから!?冗談じゃないよ!!」

香織はプンプンと怒られてしまった

「大丈夫よ政宗お兄ちゃんは笑華と違って告白してきた人に回し蹴り喰らわせたりしないから」
「沙ぁ〜夜ぉ〜?」
「なに怒ってるの?私は至極真剣よ」
「尚更悪いわっ!ていうかなに涼しい顔して真剣とか言ってんのよ!!」

ギャーギャーと騒ぎ出す笑華と沙夜を無視して

「絶対有り得ない、自慢だけど今までの人生あたしから告白した事なんて無いんだから!」
「意地っ張りだなぁ」
「そんなんじゃ告白なんてしてもらえないよ」

というか政宗の方は未だに告白していない事を気にしていないだろう……その事実が余計愛実を苛立たせる

「いいんだよ!もう!!政宗センパイにはいつか絶対プロポーズさせてやるんだから!!」

と、半ば怒り気味に叫んだところで

「そうか」

女しかいなかった筈の教室に低い声が響いた

「へ?」

愛実が聞き間違う筈も無い声に弾かれるよう振り替えると、予想通りの人物が無表情で自分を見下ろしていた

窓も扉も全開にしていたし、結構な音量で喋っていたので気付かなかったが、その人の雰囲気を見ると『今来ました』という感じではなかった

愛実の顔からサーッと血の気が引き、香織は若干緊張を覚える
気配に気付いていた笑華と沙夜は呆れ顔と笑い顔という好対照の表情でこれからの成り行きを見守ろうとしていた

「今更な話だな」

その人はクシャリと笑って、右手で愛実の手、左手で愛実の鞄を取るとそのまま扉の方へ引っ張っていく
突然の笑顔と行動に戸惑うばかりな愛実はされるがままに付いていく

「じゃあ、俺は帰るから」
「お兄ちゃん……自分の荷物は?」
「ロッカーの中」

それを聞いて笑華は大きく溜め息を吐いた
家で勉強するつもりはないらしい、というか今日は愛実をお持ち帰りするからしないだろう

「あたしも京介呼ぶかなぁ……」
「そうしてやんなよ、笑華が部活ばっかで構ってくれないって嘆いてたよ?」

京介も同じ部活な筈なのにと思いながら、頷いた

「じゃあね」
「バイバイ」

数少ない女友達に手を振られて曖昧に振り返す愛実の顔は真っ赤に茹で上がっていて

やはり可愛いな、と全員が思った