知識の神獣といえど学ばなければ解らないことはある、だから文献などを読み漁る。

誰かに問われた時に望む答えを返せるように、神としてこれでも努力しているつもりだ。

『運命とは貴方の魂を相応しい場所へ連れていってくれるものだよ』

その中である作家の言葉らしいそれが目についたのを憶えている。


「魂を……相応しい場所へ……」


熱に浮かされながら真っ直ぐ手を伸ばす。

僕の所有地、破邪の花咲きほこり、満月を冠する薬局。

そしてあの鬼の大事な黄泉の隣、故郷との狭間の住処が恋しい、地獄が恋しい。

昔、閻魔とあの鬼によって黄泉が整えられていく過程で自分の居場所がなくなってしまうと思っていた。

混沌としていても汚れていても、それでも自分を受け入れてくれる黄泉が好きだったから、そこが変わってしまうのが悲しかった。

けれど実際あの鬼達が築いた地獄はいま白澤にとってかつて無いほど居心地のよい場所となっていた。

地獄はあの鬼そのものだ。

消えたくなるほど厳しくて、けれど死にたくなるほど優しい。


『地獄はすきだよ』

お前がすきだよ


『此処に居ればさみしくないから』

お前が居ればさみしくないから


堕ちてもいいよ


お前の元へなら




* * *




常春の桃源郷、桃の収穫を終えた桃太郎は背負っていた籠を店の裏に置くと、薪用に置かれていた丸太に腰かける、もう薪をくべる時代ではないけれど捨てもせず残されているものだ。

自分がここにやってくるずっと前から置かれている筈なのに腐っているところは見当たらない、流石は仙桃といったところか、桃の申し子である己もこうしていつまでも腐らずに精進していきたい。

桃には破邪の効果があるといっても鬼も妖も食べられる、白澤が鬼灯や茄子へ出したり閻魔やお香にお土産だと持たせていたこともある、盗もうとしない限り誰にも害を与えない、まるでここの所有者のようだと苦笑する。

どうして破邪の樹木が立ち並ぶここへ地獄からの観光客も訪れるのか彼に師事するまではずっと不思議に思っていたけれど今ならその理由が理解できる、あの人が何者も拒まないからだ。

寂しがり屋のあの人にとって一番恐ろしいのは忘却で二番目は拒絶、ただの別離よりも相手から要らないものとされることの方が堪えるときっと誰よりもあの白い獣は知っている。

ただの別離だってきっと身を裂くほどの痛みを感じるのだろう、それでも彼が無限であり他が有限である限り幾度でも乗り越えなければならないことなのだ。


「白澤様、大丈夫でしょうか」


きっと死ぬ程の苦しみを感じても彼は死ねない、だから体調を気遣うし、あまり喧嘩をするなと言っている。

神が侵されるような病を治す手立てを今の自分は何も知らない、あの鬼との喧嘩が彼の退屈な時を掬い上げて刺激を与えていると知ってから本気で止められなくなった。


「白澤さんどこか悪いのか?」


不意に声を掛けられ、さっと顔を上げると大きな袋を抱えた男が一人立っていた。

どうしてだろう、その存在に気付いているのに探れる気配がひとつもない。


「え……?」

「悪いな、店の方が閉まってたから裏に回らせてもらった」


そう言われ、漸く男に気配が戻った。

何者だろうかと桃太郎が警戒しているのに気付いた男が苦笑を浮かべる。


「あーーすまない、さっきまで現世に降りてたから気配を消したままだったんだよ」

「現世に?」

「ああ、人々の様子を見に行ってたんだけど、奉納されてたものの中に珍しい薬草があったから白澤さんに売ろうかと思って」

「奉納……?貴方は神なんですか?」

「うん、聞いたことねえかな?ニニギっていうんだけど」

「ああ!サクヤ姫の!」


いつか彼女の管理する桜の木の下で花見をしたことがある、その時に白澤に教えられた昔語りの中に彼が出てきたのだ。


「そう、サクヤ姫の……アンタは桃太郎君だろ?白澤さんから将来有望な弟子だって聞いてるよ」

「そ!そんなことないですよ!」


桃太郎は照れながら、師匠の交友関係に日本の男神がいたことを不思議に思った。

たしか黄泉で逢った三人の子鬼を連れて彼らの元に降りたことがあると言っていたが、その時に面識ができたのだろうか?


「売ろうと思って来たんだけど休みとはタイミングが悪かったな……これは自分で使う事にするわ」

「へ?ニニギ様も薬が作れるんですか?」

「まあな、とは言っても白澤さんみたいに色んなものは作れねえよ、ただ身内がちょっと具合悪い時に飲ませるくらいのだったら……」

「神様に効く薬が作れるんですか!?」


自分の言葉に食い気味でかかってくる桃太郎にニニギは驚いた表情をしつつ、心の中でほくそ笑んだ。


「あ、ああ……でもどうした?」

「白澤様が近頃具合が悪そうなんです」

(やっぱりか)


思った通りの答えが返ってきた。


「本人は大したことないって言ってるんですが花街にも配達にも行かないし、夕飯食べたらすぐに寝ちゃうし」

「そうなのか?あの人が晩酌もしないなんて珍しいな」

「はい、一ヶ月くらいずっとそうなんです……髪の色も薄くなってきてるし」

「髪の色?」

「ええ、本人は隠してるつもりですけど何束か白髪ができてますし全体的に灰色がかってきました」


白髪は綺麗なんですけど灰色の髪は艶やかさがないですと特に重要でもないことを言いながら不安げに眉をよせた。


(まったく可愛い弟子になんて顔させてんだか)


ニニギは笑いながら桃太郎の頭を撫でる。


「俺には何もできなくて、でもニニギ様なら……」

「桃太郎……」


ここでニニギの心は揺れた。

今日はイザナキから分身の様子を見て来るように言われただけだが、白澤と近しい存在であるのに彼を蚊帳の外にしてしまうのは気が引ける。

だいたい、白澤が子どもを産み育てる場所はこの家なのに同居人がその経緯を知らないとなると後々問題が生じるのではないか、しかし赤の他人である自分が教えるのは勝手が過ぎるだろう。

とりあえずコレから会う白澤の様子が落ち着いていたら桃太郎に事情を教えるように提案してみようと決めた。


「わかった白澤さんと会わせてくれ」

「ありがとうございます!少々お待ちください!!」


一瞬ぱあっと顔を煌めかせて家の中へ入って行った桃太郎を見て、ニニギはやはり切なくなった。

あの神獣はあと一年も経たずこの桃源郷へ戻って来るがその時に地獄中の者に嘘を吐かねばならないのだ。

嘘を嫌う地獄の十王達にもその補佐官にも、友人や弟子や従業員にも、故郷の同胞にも、神獣は嘘を吐く、他の何者でもなく鬼神の為に。

己が妻に同じことをされたらと思うとニニギはゾッと怖気が立った。


「白澤様!!白澤様!!どうしたんですか!!?」


その時、家の中から桃太郎の悲鳴に近い叫びが聞こえてきた。

ニニギが慌てて駆けつけると、倒れた白澤の横に座り必死に名前を呼び続けていた。

半ばパニック状態の桃太郎を諌め、ニニギが膝を付くと白澤の髪が真っ白に染まり、額にある模様が月季紅から灰藍色へ変化しているのに気付く。

そして――


(消えかかってやがる……)


毛先の方は白と言うよりも透明に見えた。

ニニギは咄嗟に手に神気を溜め白澤の腹の上に翳す、彼の本体が今一番消耗しているのは胎の部分だ、そこに神気を注ぎ込めば回復する筈。

それは正解だったようで、ニニギが力を注ぐにつれ透けていた彼の身体は色を取り戻し、顔色も以前より良くなってきた。


「ん……うぅ」

「白澤様?白澤様!!」

「も、桃タロー君……?」


目覚めた白澤の瞳は金色、白目の部分は黒く、まるで夜空に浮かぶ月の様だとニニギは思う。


「よかった白澤様、消えちゃうかと思いました」

「ごめんね……びっくりさせちゃって」

「本当ですよ、もう……ニニギ様に感謝ですね」

「……ニニギ様?」


そう言って桃太郎とは反対側を見上げた白澤の表情が、彼の微笑みを見た瞬間固まった。

どうしてニニギが此処にいる?

いや、あの鬼の子を出産するのに選んだのは彼に縁のある霊山の神域だから何があったかバレていても仕方がない。

それにニニギはイザナキの曾孫にあたる神なのでイザナキ経由で全てを知っている可能性もある。


「……白澤さん」


ニニギの視線と声に責めるような色が見てとれた。

次いで桃太郎を見れば安心したのか大粒の涙を流しながら鼻を啜っていた。


「あの、ニニギ様」

「桃太郎、実は俺この人がこうなった原因を知っている」

「え!?」


弾かれたように顔を上げた桃太郎がニニギへとすがった。

見詰められたままの白澤は体が金縛りにあったように動けない。


「どういうことですか?」

「この人は白澤さんが術で生み出した分身だから、この人が消えたって別に本体に戻るだけで白澤さんが消えるわけじゃない」

「……」

「白澤さんの本体は日本天国の方で重要な仕事をしてる最中なんだ」

「日本天国で?」

「ああ、でもその仕事が予想以上に体力を消耗するものだったから、この人にまで影響が及んだ……まぁ心配することないよ、白澤さんに術のセンスないの知ってるだろ?だからちょっとした事で術が解けやすいってだけ、白澤さん本体は無事だ」


だから心配しなくて大丈夫、そう優しく弟子を諭してくれるニニギをみながら白澤は胸を撫で下ろしていた。


「黙っててごめん、実は俺この人の様子を見て来るように日本天国から派遣されて来たんだ」

「そうだったんですか……でも白澤様はいったい何をなさってるんですか?」

「申し訳ないけど内容は教えられない、でも大丈夫……誰かを不幸にしたり白澤さんが不利益を被るものじゃないから」

だろ?白澤さん?


と、微笑まれ咄嗟に頷いてしまった。


「白澤さん立てる?」


ここで漸く金縛りが解けて体がすっと軽くなる、体力も回復しているようで随分と久し振りにホッと息が吐けた。

以前より術が安定しているのもニニギの神気のおかげだろう、腐っても天孫なだけはあると若干失礼なことを思いながら彼

の手を借り立ち上がった。


「あとは桃太郎に任せとけばいいかな?」

「え?」


白澤ではなく桃太郎へ問いかけるニニギ、これは蚊帳の外に置かれてる桃太郎に対しての気遣いなのだろうと思った。


「これ以上いてもなにもできないし」

「いえ!白澤様を助けて下さったんですからお礼に食事くらい御馳走させてください!!」

「……そうか、うーんわかったお前がそう言うなら御馳走されていただくことにする」

「はい……白澤様いいですよね?」


と、ここで思い出した様に承諾を乞う桃太郎に白澤は微笑んで頷く、今更駄目だと言えないし言うつもりもない。


「じゃあ晩御飯の準備おねがい、今日は久しぶりに沢山食べれそう」

「そんなこと言ったってアンタ常人並みしか食べれないでしょ……もう!わかりました!腕によりをかけて作らせて頂きます!!」

「俺が現世から持ち帰った山菜とかも浸かっていいぞ」

「ありがとうございます!」


ニニギからの荷物を嬉しそう抱え台所へ向かった桃太郎を見送ると、白澤の雰囲気がガラリと変わる。


「よかったな桃太郎元気になって」

「ニニギ様……」

「髪や目の色もそのうち元に戻るだろ」

「ニニギ様……」

「なぁそのニニギ様って止めねえ?サクヤの事はちゃん付けなんだろ?」

「……ニニギさん、さっき僕の本体が日本天国にいるって……」

「ああ、それは本当だ」

「なんでっ!?」

「あんまりにも力を消耗してて赤子が無事生めるかわからない状態だったからだよ、貴方は大丈夫でも赤子に何かあるかもしれないだろ……あ、貴方の本体は説得済みだから」

「……けどそれがバレたら日本天国と諸外国との関係が……」


天照の父であるイザナキの元に、アジアの中でも最高レベルの神格を有する天帝へ従属する神獣が匿われているなんて知れたら、なんと言われるか解らない。


「心配すんな、天国同士の関係なんてどこも平和で穏やかだ」

「だけど」

「神達が苦しんでる人を見てほっとけるわけないだろ?それに俺もイザナキ様も赤子の父親には恩があるからな」

「恩?」

「ああ、イザナキ様は大切なイザナミ様を置き去りにした黄泉を整え、イザナミ様に居場所と役職を与えてくれた閻魔と補佐官には深く感謝しておられるんだ」

「居場所……」


その者の魂に相応しい場所――


「俺もサクヤの出産の時世話になったし、その恩返しだよ」

「サクヤちゃんの出産?」

「あの時、サクヤを信頼できなかった俺の目を醒まさせてくれたのはあの子鬼達だろ?やり方は乱暴だったけどな」


どこか遠くを見るように語るニニギに白澤は恐る恐る訊ねる。


「ニニギ様まさか気づいて……」

「さて?なんのことだ?」


などと、呆けられ白澤は開いた口が塞がらなくなった。

神を騙したとあれば天からの罰が下っている筈なのに、それを抑えてくれていたのだ。


「ありがとうございます……」

「ん?よくわかんねえけど、どういたしまして」


苦笑を溢しながらニニギは白澤の肩を叩いた。


「そうだ白澤さん、俺アンタに買って貰おうと薬草いくつか持ってきたんだけど……あれ?」

「桃タロー君にさっき渡した袋の中じゃないの?」

「ゲッ!!ヤバッ!!」


そう言って焦ったように台所へ駆けてゆくニニギを見ながら「うちの弟子は山菜と薬草を間違えたりしませんよー」と師匠バカなことを考える白澤だった。


(一度、イザナキ様の所へ行かなきゃ)


鬼灯の子を生むなら、誰の手も借りてはいけないと思っていた。

これは己のエゴなのだから誰かを巻き込んではいけないと思っていたのに、あの神に護られているという。

一度大きく深呼吸をして目を開いた白澤の胸には一つの覚悟が宿っていた。




***




風の噂という言葉の通り、噂話というものは風のように一瞬で駆け巡る。

ここ地獄でもそれは例外ではない。


「最近よく桃源郷でニニギ様を見かけますわ」

「白澤様となにやら深刻な様子で話してるかと思えば、次の瞬間には楽しそうに笑ってらっしゃったり」

「弟子の桃太郎さんとも仲良さげよね」


巷の噂は勿論閻魔庁にも流れてくるものであり――彼女の元へも辿り着いた。

イザナミは自分の向かいに座り持ち込んだ書類に目を通している鬼神に語り掛けた。

ここはイザナミ殿の中庭に面したホールのような場所だ。

設計に手を貸した鬼灯でも、内部の細かい造りまではしらない、きっと他に応接室もあるだろうに彼女は何故か此処を好んで使っていた。


「のお鬼灯よ、やはり日本天国の方で何か起きている気がするのだが」

「と、申しますと?」


内心うんざりとしながら鬼灯は持ち込んだ書類から顔を上げる。

最近よくイザナミ宮殿へと呼び出しをくうので、本格的に彼女の話し相手を探した方がよいのかもしれないと思っているところだ。


「ニニギが桃源郷へ通っていると噂に聞いてな」

「ああ、それですか……」


自分にとって面白くない噂を聞いて苦虫を噛み潰したような表情をする鬼灯。

そんな彼にいつもなら揶揄するように微笑むイザナミが今回は何も指摘してこない。


「天国の方で深刻な問題でも起きておるのではないだろうか、それで万物の知識を司るという神獣に相談しているのでは?」


しかしイザナミから予想外の問いかけをされ、胸に広がる澱んだものが奥へと沈んでいった。


「まさか、談笑してるとの噂ですよ」

「だからあの神獣が和ませようとわざと笑い話に切り替えておるのかもしれぬであろ……白澤は神の中でも特に優しく気遣いのできる者と聞いておる」

「……買いかぶり過ぎですよ、アレはただの極楽蜻蛉です」


相変わらず評判の良い想い人の話を聞き、つい舌打ちを打ってしまった。

しかしイザナミはそれについても何も指摘してこない。


「イザナミ様?」


ここで漸く彼女がひどく焦燥しているのに気付いた。


「鬼灯、うちの庭に池があるのは知っておろう?」

「はい」

「毎日あそこに雨が降るのじゃ」

「それは本当ですか?」


地獄に雨など聞いたことはない、雷神やアメフラシの仕業ではないとしたら、降ったとしても業火の熱で地面に着くまでに蒸発してしまう。


「ああ、あれは我が娘ナキサワメの涙」


水の神、イザナキがイザナミを失った時に流した涙から生まれた美しい女神だ。


「あの池は恐らく日本天国のイザナキの宮殿に繋がっているのだろう」

「そんなことって」

「妾の持つ執念とあの男の持つ執念とがあれば可能であろう」


深い想いがあれば天国と地獄が交わることだって不可能ではない、なにも諦めなければ奇跡を起こすことだって出来る。

この世界は沢山の軌跡で出来ているんだから……いつか誰かが言った言葉が鬼灯の脳裏に過ぎて行った。


「……そういえば、天国に関することで一つ報告がありました」

「ッ!?なんじゃ!!?」

(この人でも家族を心配することあったんですね)


娘だから、胎を痛めて産んだわけではなくとも、血の繋がった娘だから、だからこんなにも気に掛けるのだ。

みなしごの自分には縁のない感情だと、そう思いながら鬼灯は冷たい目線を天に向ける。


――雨なぞ、望むときには降らせてくれない癖に――


「八寒地獄から天国の方へ大量の氷を輸出していると八寒地獄へ送っている間者から報告がありました」


密輸というわけではないのですが、人目に付かぬよういつも深夜に天国から受け取りに来るそうです。

そう説明していくうちにイザナミの顔が怪訝に歪む、天国が氷を欲する理由が解らないのだろう、鬼灯も同じだ。


「あまり続くようなら強硬手段を取ろうと思っていますが」

「……そうか、まぁ鬼灯の思うようにすれば上手くいくであろうな」


そう言って漸く息を吐いたイザナミに自分の事を買いかぶり過ぎだと思いながら鬼灯は出された茶の湯を一気に啜った。


「前々から腹が立たしかったんですよねぇ」


鬼灯の持つ湯呑に亀裂が入る。


「んん?」

「神様(あのかた)方の秘密主義には」


鬼灯は神様という種族があまり好きではなかった。

勿論交友のある者もいるが、それ以外には畏怖と共に憎悪に近い感情を抱いていた。

特に日本の古き神、そして中華天国の得体のしれない神々は……

人知れず助けるのが善だと思っているのか、そっと気付かれぬように吉兆を授け、危機を救い、こちらが気付いた時には全て終わっている。

祈りなんて聞いていないくせに、気まぐれに己の気持ちのままに、いつの間にか心を癒してしまっているのだ。


「天の涙のことも調べます……地獄に関係ないとは限りませんから」

「ああ、頼む」


完全に眼が据わってしまっている鬼灯にイザナミは相談して良かったのか今更ながら不安になった。

しかし、こうなった彼がどんな時より頼もしいのも確かだった。


「私の地獄に仇なすならば神であっても許しません、然るべき制裁を加えます」

「……」

「まぁその前に……」

「なんだ?」


小声でブツブツと話す鬼灯の声に耳を澄ました彼女はすぐにそのことを後悔した。


「桃源郷へ、あの馬鹿の様子でも見に行きますかね」



――私のモノに手を出すならばカミであっても許さない



やはり早まっただろうか……殺気とも瘴気ともつかないオーラを発する鬼神に苦笑いしか出てこないイザナミだった。








END