黒々とした煙が立ち込める地獄の朝ぼらけ、閻魔大王第一補佐官である鬼灯は漸く執務室から自室へ帰ることができていた。 蜿蜒と積み上がっていた書類の束を地道に切り崩していった結果、今回の三徹で済んだ。 その前は五徹でその前は四徹、あの使えない上司の所為で……と、脳内で閻魔大王を呵責しつつ足取りは軽い、軽く汗を流して今日はさっさと寝てしまいたかった。 こんな生活はよくないと自分でも解っている、そんなにテツヤが好きなのか? と天敵に馬鹿にされることもある、テツヤと言ってもテツヤという人物ではない、夜を徹すると書いて徹夜だ。 明日は一ヶ月ぶりの休日だとカレンダーを目にすれば、今宵は満月と書いてあった。 月齢と兎の写真が載った【極楽満月】のカレンダー、余白に店主の健康豆知識が書かれているソレは年末に白澤が押し付けてきたものだ。 お前も一応お得意様だからやる! とぶっきら棒に渡された時は余程突っ返してやりたかったが、もふもふした兎の写真を見て手放せなかった。 そういえば【極楽満月常春の漢方祭り】とか言って白澤シールを集めれば兎の写真がプリントされた白磁の皿が貰えるキャンペーンもやっていたが、あれは絶対○ッフィーちゃんのお皿のパクリだ。 被写体になった従業員には特別恩賞が払われたと言っていたが、あの兎達はいったい何処で買い物しているのか、もしや現世へ手袋を買いに……いやあれは狐の話だし桃源郷住まいでは手袋なんて必要ないだろう。 眠気が最高潮に達している鬼灯は、おかしな思考回路に陥りながらもきちんとシャワーを浴びて着物も着替えてベッドに入った。 ――ああそういえば、あの人にも暫く逢っていない 瞳を閉じる直前に脳裏を過ぎったのはふわふわと揺れる白い袖襟だった。 あのどうしようもない極楽蜻蛉はコチラから逢いに行かなければ滅多に顔を見せに来ない、来たとしてもきっと忙しいと追い返してしまうだろう。 仕事や研究で呼び出したり、衆合地獄や高天原で偶然会ったりもするが、その時は大概女を連れていて、逢瀬を喜ぶどころではない。 どんな女性とも長続きしない彼が何千年と情を交わしているのだから、これが一方的な想いだとはけして思わない、というかアレは今頃きっと拗ねている頃だ。 そう、あの面倒くさい生き物は鬼灯からの接触がないとすぐにいじけてしまう、ただ鬼灯のベクトルが自分に向いていれは暴力でも何でも構わないようだ。 見た目と頭脳しか取り柄のないように見える白澤最大のセールスポイントは丈夫で長持ちだが、たまにはメンテナンスしてやらないと性能が落ちてしまう。 仕方ない、眠りから醒めたら逢いに行こう。 今寝ればきっと起きるのは夕方だと思いながら鬼灯は完全に意識を閉じた。 * * * 「おや?皆さんどうしたんですか?」 「鬼灯様?」 「あー鬼灯さまだー」 夕方になり予定通り(と、言ってもアポは取っていないので留守かもしれないが)桃源郷の極楽満月に着くと、その店の前に何故か桃太郎ブラザーズと地獄のチップ&デールがいた。 鬼灯の姿を見付けるとすぐに駆け寄り足元をグルグル回るシロと無邪気な人懐っこい笑顔で鬼灯の登場を喜ぶ茄子に癒される。 「こんにちはー!」 「はい、こんにちは」 「今日はね白澤様からうちでホームパーティーするからおいでって呼ばれたんです」 「ほぉ」 賑やか好きな白澤は季節に一度くらいの頻度で月見・花見・バーベキュー等を催す、地獄が忙しくない時であったら鬼灯も呼ばれるのだが、今回は忙しいと判断され誘うこともしなかったらしい。 そんななか桃太郎の盟友達と芸術仲間(才能は天と地程の差はあれど)の茄子とそのお目付役として唐瓜が呼ばれたのかと思うと面白くない。 だいたい男はいるとしか認識してないという女好きの癖して、複数での健全な遊びやパーティ等には男友達を誘うからお前ふざけんなと言いたくなる、言葉は白澤にとって大概理由の解らない暴力に変わるけれど…… 「すいませーん、ちょっとどいてくださ……」 店の横手から、白澤と桃太郎が籐で出来たベンチを運んできた。 「鬼灯さん!いらっしゃったんですね!おひさしぶりです!」 「あーお前っ!なんで来たんだよ!今日果実酒しか用意してないのに!」 「そこか!」 「甘いモノなんて団子しかないのに!」 「アンタ実は歓迎してんだろ!!」 ベンチの両端を持つ師弟が漫才のような掛け合いをしているのを見て、まだ月見に参加するなんて一言も言っていないのにな……と、もう既に参加する気マンマンの癖して思う、酒は大吟醸が無限に溢れる滝ならそこにあるから用意していなくても構わないし、甘味に関しては後で追加で作らせればいい。 「みんな、日が暮れる前にある程度ごはん食べとこうね」 既に出ていた折り畳みのテーブルの傍にベンチを置いた白澤が言う、どうでもいいが掛けられているテーブルクロスは従業員がしているバンダナと同じ布地だった。 「ほら、お前も運ぶの手伝えよな」 そう言って、鬼灯の手を引き台所へ行こうとする白澤にシロが着いて来て 「俺も手伝う〜〜」 「こらっ!お前もっと気を遣えよ!白澤様は鬼灯様とふたりっきりになりたいんだよ!!」 柿助が余計な事を言った。 ルリオは「こいつら馬鹿だ」と呆れる。 「やっぱいい!!お前は甘味の材料買ってついでに滝から酒汲んでこい!!」 折角繋がれた手を思いっきり振り払われツンに見せかけた無意識デレを発揮されてしまった鬼灯は、ムカついていいのか喜んでいいのか複雑な心境になった。 「甘味はまた今度でいいですよ、一応飛び入り参加という自覚はあるので食糧少なくても文句はいいません」 「けどお前疲れてんだろ?栄養剤あるからそれ飲んどけよ」 「いえ今日は充分睡眠をとってきました。というか貴方、疲れている相手に手伝いを要求したと……?ああ、それは私とふたりきりになる為の口実か」 「……黙れ小僧!!」 「それ本体の時やってくれますか?」 照れ隠しなのか、白い獣に生まれたなら一度は言っておきたい台詞を真っ赤な顔で言い放つ白澤と、それを余裕で躱す鬼灯、彼の機嫌も先程より上昇したようだった。 白澤は怒鳴っているけれど以前の険悪かつ殺伐としていた関係を思えばバカップルがイチャついているようにしか見えない、桃太郎は俺も目が腐ってきたのかなと苦笑いを零した。 「まぁまぁ白澤様、食事の準備は俺がしとくんで白澤様はアレの様子を見てきてください」 「……わかった、ここはお願いね桃タロー君」 (アレ?) 内緒話のように耳元で囁き合う師弟だが、地獄耳の鬼達と動物達には聞こえている、おもてなし好きの師弟がサプライズでなにか用意してるんだろうと思いそれを指摘するような無粋な真似はしないが(アレって何ー? と訊きそうなシロと茄子の口は柿助に塞がれた)折角、白澤と二人きりになれそうだったところなのにと残念な気持ちになる。 「俺ちょっと席外すけど、みんなは適当に寛いでていいから、あ!お前は桃タロー君を手伝ってて、急に来たんだから客人扱いはしないよ」 「はいはい、わかりました、用事ならさっさと済ませて来てくださいね」 「……うん」 待たされるのが厭だという意味だろうが、早く帰ってこいと言われたようで何となく照れた。 店の裏の方へ走って行く白澤の背中を見送った鬼灯はハァとワザとらしく溜息を洩らし、桃太郎へ問い掛ける。 「桃太郎さんも大変ですね、あんなマイペースで我儘な上司を持って」 「マイペースで我儘?ですか?」 キョトンと首を傾げる桃太郎を見てそれは自分の専売特許だと狭小なことを思いながら、彼の返事を待つ。 「たしかに困った上司ですがマイペース我儘というのとは少し違うと思います」 「はぁ」 「もちろん俺や従業員達に指示を出したり雑務を頼まれたりしますけど、仕事以外で何かする時は大概他人のペースに合せますし我儘言うのは鬼灯さんにだけですよ」 他人に合わせることの多い白澤は滅多に(というか鬼灯が関わらないことでは)自分の意見を押し通したり駄々を捏ねたり拗ねたりしない。 女性に甘えてるように見えて実は甘やかしている、一見彼を掌の上で転がしているように見える妲己だって彼にとっては可愛い孫娘のようなものなのではないかと感じることもある。 頼み事が出来ても断られそうな相手には最初から頼まない、そもそも自分でした方が効率の良い時が多いので、本当に困った時ほど他人には頼らない。 数十年間弟子を続けて、白澤を観察してきた結果そう思うようになったのだと桃太郎は言った。 「こと鬼灯さんに関しては自分の意見を梃子でも譲らないですよね白澤様、アレをしてほしい、ソレじゃ厭だ、とか駄々を捏ねるのも鬼灯さんだけだし、他の人に会おうと思ったら時間作って自分から会いに行くのに鬼灯さんに会いたい時はいくら寂しくても鬼灯さんから会いに来るの待ってますし、その癖なかなか会いにこないと拗ねますし」 「……」 「まぁ確かに俺や従業員達にも酔っぱらって醜態を見せたり、世話やかされることはありますけど俺達のことを“家族”みたいに思ってるからでしょうね、鬼灯さんと付き合い出してからは“恋人”にそれを見られるのはイヤだって言って店を開ける時間までにはキッチリ身支度済ませてくれるんで有り難いです」 「……そうですか」 食べ物や飲み物を運びながら聞かされる桃太郎による白澤見解に、流石の鬼灯も羞恥心を覚えた。 純粋な色恋が好ましいのか、それとも師匠に感化されたのか、桃太郎は実に楽しそうに恋する白澤について語っている。 「お待たせただいまー、もう準備出来てるね!早速はじめようか!」 最後の皿をテーブルに乗せたところで白澤がタイミングよく現れた。 「みんな、お腹すいてるでしょ?ついでに桃とか杏とかとってきたよ」 と、台車の上にこれでもかと積まれた果物を見せる。 「この短時間でそんなに……」 桃太郎の表情がひくつく、神獣の本気をこんなところで発揮されても普段桃の管理をしている彼からすれば迷惑以外の何ものでもなかった。 地獄で百仕事くらい終わらせてきた鬼灯に天国の果物を味わってほしいと、恐らく作っていた物だけでは足りないであろう彼の腹の足しにして欲しいという気持ちがあるだろうから許せるけれど、今度から自分に一言相談してから収穫してほしいと思った。 「ね?鬼灯さんが絡むと、この人馬鹿になるでしょ?」 「責任はとります……」 責任をとるとは目の前の大量の果物に対してだろうか…… 「ちょっと待っててね!すぐ終わるから」 こそこそ話す鬼灯と桃太郎には気付かず、ご機嫌な白澤は笊に桃と杏を入れて近くの川で冷やし始める、冷たい清流だから後でそのまま食べることが出来るよーと背中にじゃれ付くシロと茄子に笑い掛ける。 もう空は薄暗くなっているのに白澤とシロと茄子が一か所に固まってると本当に白い、これに春一が加わったところを見てみたいと何となしに唐瓜は思ったが、そんなボケだらけの空間ではすぐにツッコミが追いつかなくなると思い直した。 「……桃太郎さんと貴方は酒を呑まないんですか?珍しいですね」 食事が始まると鬼と小鬼達が我先にと並べられた料理に手を伸ばし、お供三匹は別に用意された動物用の食事を食べているが、白澤と桃太郎は見てるだけでお腹いっぱいになると言って先程から二人でお茶を飲んだり、給仕をしたりしていた。 「いいんだよ今日は……それよりやっぱ足りないだろ、追加でなにか作ってこようか?」 「?……いえ良いですよ、そうしてる間に月が出てしまいますし」 白澤一人に料理させといて自分達だけで月見を始めるのもどうかと思う、だいたい自分は月見をする為に来たのではなく白澤に会いに来たのだ。 というか食事なんて二の次で今夜一緒に過ごせればよい、明日の朝に彼の手料理が食べられたらラッキー程度しか期待していなかった。 まぁそんなことを本人に言えるわけもなく、鬼灯は汲んできた大吟醸の枡を一気に煽った。 「そっか、そろそろ月が出る頃だね……」 「食事ももう無くなりそうですし、そろそろアレいいんじゃないですか?」 「アレ?」 どうやら二人は本当にサプライズでなにか用意していたみたいだ。 「白澤さまーアレってなにー?」 「なにー?」 今度はこそこそ話ではなかったので、皆遠慮なく尋ねた。 無邪気な茄子とシロに詰め寄られた白澤の背後にキラキラした何かが降り注ぎ慈愛の神様モードに突入しそうになっている、まったくもって可愛いって最強だ。 「白澤様、気持ちは解かるけど落ち着いて」 「ハッ!」 俗っ気が抜けると本当に神様のような顔をするから心臓に悪い。 「それじゃあみんな、食べ終わったら僕に着いて来て」 「その前に片付けは手伝って下さいね」 ニコリと笑う師弟に、皆「はーい」と元気よく返事をして可愛い、鬼灯は此処に来た直後は少々荒れていたが、今はとても心が穏やかなことに気付いた。 心地良い気候、優しいあかり、芳醇な香り、清らかな水流、静寂の中に響く鳥の声、地獄には必要ないものが、ここには多く揃っている。 鬼にとっては毒にもなりゆるそれを、この神の郷は惜しげもなく与えてくるのだ。 (……地獄に堕ちろ) 私の元へ堕ちてこい、それでも神性を失わないであろう彼を、自分のテリトリーに置きたいと願う。 案外それに気付いているから滅多な事では閻魔殿にやって来ないのかもしれない。 「あーすげえ!!」 「白澤様これどうしたんですか!?」 「え?なにこれ?なにこれ?」 「おー」 「初めてみるな」 白澤に着いて、極楽満月の裏庭を暫く歩くと、暗闇の中に一つの燈火が浮き立っていた。 「これは……」 鬼灯もテレビや書物では見たことがあるが、実物を見るのは初めてだ。 「どう?極楽満月特製の気球」 熱気球……白澤と桃太郎が酒を呑んでいなかったのはこの為か、と納得した。 「……これ漢方屋となんの関係があるんですか?」 カレンダーといい、お皿といい、薬以外のものに力を入れてどうするのだと言いたい。 「セールの前とか垂れ幕下げて宣伝しようかなって」 自分も空を飛べる癖になにをやっているんだろう。 宣伝用と言う割に、真っ白でなにも描かれていないし。 (猫好好の顔でも描かれていたらイヤですけど) 想像しただけで、気分がげんなりとなった。 「試運転はこないだしたから大丈夫ですよ」 「いざというときは僕が助けてあげるからね」 と、言って白澤は神獣姿に変身した。 「え?白澤様は一緒に乗らないんですか」 「うん、僕はどっちかって言うと月夜に浮かんでる気球の方が見たいから」 それはそれで綺麗だろう。 白澤なら空から見る月は見慣れているであろうし、すぐ近くで白澤が飛んでいると思えば夜でも安心して乗ることが出来る(天国で事故なんて起こらないだろうけれど) 「元々コレは昔、僕がみんなと一緒に飛びたくて買ったものだからね」 「そうなんですか?」 「そうそう一回鬼の子を乗せて飛んだことあるんだけどさぁ、麒麟達にこっぴどく怒られちゃって……危ないでしょおって」 あの時、子供を背中に乗せるのも現世の人間に神獣姿を晒すのも危険だと、二度とするなと言われたことを思い出してしょげる、あの時の子鬼は実は私なんですよねーと思いながら、もの珍しい気球に興味を惹かれている鬼灯。 エジプト旅行の際に向こうの神々から現世に行けば気球に乗ってピラミッド等を見れると聞いて実は乗りたかったが、時間がないのと(白澤が自分の代わりに仕事をしていると聞いて一刻も早く帰りたかった)シロ達が一緒だったのもあって(大はしゃぎして人語を喋るに違いない)乗ることができなかったのだ。 「けど鬼灯さんが白澤様に乗ってるのたまに見ますけど」 「そ、そりゃあ別に現世じゃなければ姿見られてもいいし、コイツなら落としても平気だし?」 「ああ白豚さんは私になら抵抗がないんですよ、乗るのも乗せるのも」 「おっまえ言ってんの!!?馬ッ鹿じゃないの!!?」 桃太郎は隙あらばイチャつこうとする師匠カップルに溜息を吐きつつ、唐瓜と茄子とシロを抱っこして気球に乗せてやった。 柿助とルリオは自分で乗れたので、桃太郎は唐瓜に引っ張ってもらい自分も籠の中へ入り込んだ。 「後は鬼灯様だけですよ」 「鬼灯さま早くー」 「ほらさっさと乗れよクソ鬼!!」 そう、言われて、ふと考える。 「私はこいつに乗るので結構ですよ」 「はぁ!?」 と、白澤が断る間もなく鬼灯はピョイッとその背に飛び乗ってしまった。 皆「え?え?」という目で見ている。 「というかどうみても重量オーバーでしょう」 確かに籠は大人が四人乗れる程度の大きさだ、小太り中背の桃太郎と小鬼が二人、動物三匹乗ればもう大柄な鬼灯が乗るスペースなどないだろう。 「私と白澤さんは後で乗るので先に楽しんできてください」 「結局乗るんだな!?しかも僕と……」 背中に乗る鬼灯に向かって首を精一杯回して抗議する白澤だったが、別に今更鬼灯を乗せて飛ぶことに抵抗はない。 ただ、今日は少し恥ずかしいと感じるだけだ。 「じゃあ、飛びますよーみんな、どっか掴まって」 「はーい」 重しを外して気球が浮かんでいく、それに慌てて白澤が強く地を蹴った。 淡く光る球体と白い獣が共に月へ向かい並んで飛ぶ。 だんだんと大きくなる月に、そしていつもは遠くでみているだけの神獣がすぐ横で飛んでいることに興奮し、皆は時を忘れた。 「ねえ月夜に浮かんでる気球が見たかったんでしょう?もっと離れなくていいんですか?」 そう、頭の上まで這いあがってきた鬼灯に問われ、白澤は額の目だけを彼に向けた。 「あんま遠くにいたらいざって時にすぐ助けらんないだろ?」 「こんな穏やかな夜です……それに吉兆の神が所有する乗り物が事故なんて起こすわけないでしょう」 「……都合の良い時だけ信用しやがって」 そう言って、クルリと方向転換したかと思うと白澤は気球とは反対方向に飛びだした。 気球に乗っていた面々はイルカウォッチング中にイルカがどこか離れていってしまったらこんな気持ちになるんだろうか、なんて考える。 「わあ!綺麗だな!」 「そうですね……」 白澤の角を両手に掴み、ふかふかな毛に包まれながら真っ直ぐ空を見る。 大きな満月と並んで、白い気球が橙色の光を灯して浮かんでいた。 「本当に綺麗です」 「うん」 ――月が綺麗とは、二人とも言えない。 けれど、同じ月を見て、同じ風を感じて飛ぶ空が、久しぶりに会った二人に美しい逢瀬をもたらしてくれている気がした。 「ねえ桃太郎さん」 「なに茄子君」 「俺ね芸術の雑誌で夜に浮かぶ気球見たことあるんだけど」 「そうなの」 「うん、真暗な夜空で光ってる気球がね何かに似てるなーーって思ってたの、それが今日わかった」 気球の中で行われている会話が地獄耳の鬼の元には聞こえる、それは即ち此方の会話も向こうに聞こえるということで、だから恋人らしい会話なんて出来ないけれど 「植物の鬼灯に似てるんだよね!」 そんなこと出来なくても、鬼灯の心は充分満ち足りていた。 END |