暇だ。 白澤は思った。 暇だ。 地獄の門内部の柱に寄り掛かり、通路を挟んで向かい側の柱に同じように寄り掛かっている鬼灯を眺めながら、こっち向けよーと口だけで呼んでみるが、相手は瞑想してるようで(恐らく新しい拷問方法でも考えているのだろう)全然気付かれない。 自分は何故こんなことでこんなことをしているのだろう、いや理由はハッキリしてるのだけど。 たまには旅行にでも行きたいと言う牛頭馬頭の願いを叶える為に、白澤が代わりの門番を引き受けて三日目、白澤だけではきちんと門が護れるか心配だとか言って鬼灯も加わったのが二日前。 最初の頃は門番の格好をして鍛え上げられた肉体を晒す鬼灯と、珍しく露出度の高い白澤を一目見ようと天国地獄から若い女の子が記念撮影をしに来たりしていたのだが、鬼灯が追い払っている内にいなくなってしまった。 女の子が来なくなったのは残念だが、実は明るい所で不特定多数に肌を見られるのが落ち着かなかった白澤は内心助かったとかなんとか思っていたりする。 (アイツは僕の身体なんてまったく興味ないみたいだしね) ちらりとまた鬼灯を見る、背の高さは同じなのに服のサイズはアチラの方が一回り大きい、悔しいから同じサイズの物を着てみたが自分にはダボダボで余計に細さを強調してしまうことになった。 そんな自分を一瞥した後、一向に此方を見ない鬼灯はおよそ“そんな貧相な体、視界に入れたくないですよ”とかなんとか思っているのだろうと白澤は腹立たしかった。 (どうせお前みたいに男らしい身体はしてませんよー) 薄っぺらい腹やら空いた胸元を自分でぺたぺた触りながらプーと頬を膨らましていると、鬼灯の方から「はぁああああ」と大きな溜息が聞こえた。 ワーカーホリックな彼のことだ、長時間なにもせずに立っているだけというのも苦痛なのだろう、ここはいっちょ世間話でもしてやるかと白澤は口を開いた。 「ねぇ、猿カニ合戦で一番可哀想なのって実は柿の種だと思わないか?」 しかし鬼灯と世間話なんてしたことのない白澤は、本当にどうでもいい話題しか振ることが出来なかった。 鬼灯は一瞬「は?こいつ突然なに言い出してんだ」という顔(無表情だが白澤には解かる)をしたあと、少し興味が湧いたのか返事をしてきた。 「……と、言いますと?」 「ほら臼とか栗に人格ある世界観じゃない?だから多分柿の種にも人格あったと思うんだよね、それが勝手におにぎりと交換されるわ早く芽を出さなきゃちょん切るとか脅されるわ、実を付けたら食べられるわ、投げられるわ、カニにぶつけられるわされちゃって色々災難じゃない……しかも一人だけラストに出て来ないし」 「はぁ」 と、想像以上にくだらない話をしていても怒らないくらい、鬼灯も暇を持て余していた模様だ。 「なるほど、今度柿助さんにそこんとこどうだったのか聞いてみましょう」 そして柿助のトラウマがまた抉られることが決定してしまった。 「……暇だね」 「そうですね、こんなことなら書類の一つでも持って来ればよかった」 「僕もお前がいるなら研究中のデータとか持って来ればよかったな、金魚草のなんだけど」 「それは明日持ってきてください」 「門番の代役今日までだって」 昨日と一昨日で喧嘩もし尽してしまったので二人の会話は穏やかだった。 穏やか過ぎて落ち着かない、暇なのに落ち着かないってある意味拷問だ。 誰か新たな争いの種を持ってきてくれないだろうか、お弁当に持ってきた大量のおにぎり(鬼灯にやろうと思ったが結局渡せなかった)と交換してやるぞーなんて考える。 門を通る人間なんて一時間に一人いるかいないかだし…… 「あ!なあ、お前さ辻占って知ってる」 「……知ってますよ、交差点に立って通りすがりの人の言葉から神慮を探すってあれでしょ?」 「そうそう、今日ここを通る人達でやってみない?」 「貴方またそういう……懲りない人ですね」 「今回は賭けじゃないって、ゲームだよゲーム」 人通りが少ない此処では普通の辻占みたいなことも出来ないから、ルールを少し変えてみよう、と言う。 「お前次の休みっていつ?」 「休み……そうですね今はあまり忙しくない時期なので週末は普通に休めると思いますよ」 「そっか、それじゃあ僕もそれに合わせるから、その日にさあ」 これから一番初めにやって来た人が行く『場所』と同じ場所に行って、 二番目にやって来た人が着ている『服装』と同じようなものを着て、 三番目にやって来た人がこれからしようとしている『行動』と同じ事をしよう。 白澤はそう提案した。 「はあ?なんで私がそんなことをしなければならないんですか?」 というか本来の辻占とは全く違うルールになってしまっているではないか。 「とんでもない所でとんでもない格好でとんでもない事しなきゃいけなくなったらどうするんですか」 休みの日に白澤と過ごせるのは正直ラッキーだが、変な制約を付けないでほしいと鬼灯は思った。 まぁそんな口実がなければ白澤と一緒に過ごすことが出来ない関係なのだけど。 「とんでもない場所って言っても天国か地獄のどこかだろ?天国ならどこも安全だし、地獄でもお前となら何処でも行けるじゃん」 地獄でもお前となら何処でも行けるじゃん……お前となら何処でも行けるじゃん……何処でも行けるじゃん(エコー) 「服だって、今着てるコレよりはマシだろうし」 そう言われ、思わず白澤の格好を見てしまった。 目の毒だから直視しないようにしていたのに…… 「行動だって、お前の前で「変なことをします」なんて言える人もいないだろうし」 仮にしようとしてても嘘を吐いてマトモなことを言うだろう。 だから大丈夫だよ、と言う白澤の言葉に対し、仕方ないという風に鬼灯は頷いた。 「まぁ暇つぶしにはなりますかね」 「やった!お前って意外とノリがいいよね!」 「その代わり、どんな結果になっても絶対に実行してみせてくださいよ」 「わかってるよ!お前こそ約束だからな!」 「ええ、指切っていいですよ」 と言って、小指を立てる鬼灯に白澤も小指を立てて見せる、これが二人流の指切りだ。 「さて、どんな人が来るんだろ?楽しみだなー」 肌を隠す面積が少ない布きれみたいな服をひらひらさせながら喜ぶ白澤に頭痛を覚えながら、鬼灯は再び目を閉じ柱に寄り掛かる。 平常心、平常心……と、次の通行人がくるまで瞑想する振りをしながら自分に言い聞かせていたのだった。 「こんにちわー、あ!ホントに鬼灯様が門番してるー」 「こんにちは、お疲れ様です」 最初にやって来たのは二人もよく知る新人獄卒、地獄のチプデこと唐瓜と茄子だった。 「こんにちはお二人さん、今日は何しに天国へ?」 「今日は桃の花のスケッチにきましたー」 「こないだ白澤様が桃源郷の奥に大きな桃の木があるって言ってたんで、そこに行かせてもらおうかと」 そこは観光客が近づかない穴場スポットだと言って二人に特別教えたものだった。 「そっか、絵が描けたら僕にもみせてね」 「はい!」 「よかったら極楽満月にも寄ってって、お得意さんからお菓子いっぱい貰ってるんだ。今桃タロー君が一人で店番してるから」 「はい、帰りに寄らせてもらいます」 ニコニコと小鬼二人と談笑しながら、鬼灯と白澤は行く『場所』は決まったと頭にインプットする。 「では鬼灯様、失礼します」 「門番がんばってねー」 「はい二人とも気を付けて」 「ありがとね」 次にやってきたのは、上品に着飾った男女の団体だった。 ドレスやスーツを着たその人達に話を聞くと 「これから地獄の友達の誕生パーティーがあるんです」 と答えられた。 パーティーに着ていくもの、鬼灯なら正装、白澤なら礼服だ。 これで『服装』も決まった。 「……なんで自分の敷地内にわざわざ着飾って行かなきゃならないんだろう」 「黙れジジイお前が言い出したことだろ、今更やめるなんて言わないで下さいよ」 二人ともウンザリとした風を装っているが心の中は盛大に浮き足だっていた。 (日本人の正装っていったら束帯だよね!?いや、そこまで期待できないけど和漢親善大会の時みたいな恰好がまた見れたりするのかな!?わー楽しみ!!どうしよう!隠しカメラ置いとこうかな!?) (これはひょっとして、昔着てたヒラヒラの漢服みたいなのがまた見れるんですかね?いやひょっとしたらもっと煌びやかなものかも……桃の木の下でそんな白澤さんと二人きりなんて……私死んでもいいかもしれない、もう死んでるけど) 柱に寄り掛かり似たようなポーズで似たように忙しない妄想を繰り広げている二人は、実はお互い似たような片想いをしていた。 「あとは『行動』だけですね」 「そうだね」 「しかし高天原で『買い物』をするとか不可能な言われたらどうします?桃の木の下じゃ店もないでしょ」 「そしたら僕がそこでお前に薬を売ってやるよ」 「成程、それも『買い物』に含まれますね」 「うん」 「……」 「……」 ……二人の想いは一つだった。 『場所』と『服装』は完璧なんだから、どうか『行動』で変なものを当てないでくれ、神様仏様お願いします!! 出来たら『お酒を呑む』とか『食事をする』とか穏やかなものであってくれと、自分も神様な癖してひたすらに祈っていた。 * * * ――さて、現在二人のいる地獄の門へ向かっている者は二組います。 天国側から地獄へ向かうのは、これから“スイカの種とばし大会”に出場するというコンビ。 地獄側から天国へ向かうのは、これから“ふたりきりで結婚式”を挙げるというカップル。 二組はだいたい同じ距離を同じようなペースで歩いています。 果たして地獄の門へはどちらが早く辿りつくのでしょうか? 答えは週末、桃の木の下に来てみれば解かります。 ふたりは約束をたがえる事はしませんから…… END |