入道雲を見て鬼神は言った。
あのサイズのマシュマロを食べてみたい……
それを聞いて神獣は呟いた。
卵何個使えばいいんだろう……
それを聞いて鬼神は思った。
あ、コイツ本気で作る気になってる……
神獣はまたも呟いた。
残った卵黄で富士山プリンを……
なんだそれは、と鬼神は思った。
というか……

「私はプリンは好きじゃありません」

その一言で不毛な独り言合戦が終了する。

「だいたい富士山プリンて、富士山はプリンの形してないでしょうに」
「あの大きさのプリンを作ったら重力であんな形になるよ多分、むしろ崩れるよ」
「……夢のない」
「お前が夢あり過ぎるんだよ、なんだ入道雲大のマシュマロって」
「いいじゃないですか、それくらいお腹空いてんですよ察しろ」

ぐぅぎゅるぎゅるぎゅる〜と、子鬼の鳴き声の様な腹の音を鳴らす鬼灯。
腹の音までおどろおどろしいのかよ、と白澤は呆れた。

「探せば食べれる草とか木の実あると思うけど」
「食えるかお前じゃあるまいし」
「いや、食えるだろ!お前お腹空いたら狩りとかしてた時代生まれだろ!?」

贅沢になりやがって!!

「だいたい、なんの準備もなくこんな所に来る方が悪い」
「いきなり来て、どっか連れてけって騒いだの貴方でしょう?」
「だから、なんでそのどっかが此処なんだよ!!あのランドは!?お前デートと言ったらあのランドなんだろ!?」
「いえ、私ももう良い歳ですからシーの方に行きたい」
「だったらシーに連れてけよ!海は海でもなんで樹海に来てんだよ!!」

そう、鬼灯と白澤はただいま樹海……富士の樹海にいる。
かろうじて空が見える明るい場所を歩いているが、少し道を外れて行けば深い森の中に入って行ってしまうだろう。

「日本人なら一度は来てみたいって言うじゃないですか」
「それ富士山の方だと思うっていうか僕日本人じゃないし……なにが悲しくて恋人との初旅行が自殺の名所……」

私服でふらふら歩いてるせいか自殺志願者心中系だと思われ、入り口で呼び止められたりもした。
今思えばあの時引き返しておけば良かったのだ。

「そうですね、お出迎え課と来ればさぞや有意義だったことでしょう」
「もう、さっきからずっと浮遊霊がふよふよ飛んでるし……せめて二人きりになりたかった……」

前向きな白澤のこと、周りを飛び交う浮遊霊さえいなければ、ちょっと険しいピクニックくらいには思えた筈だ。
しかしこれでは人目が気になってイチャイチャ出来ないではないか。

「あーどっか珍しい薬草でも生えてないかなぁ」
「コラ人が折角仕事モードオフにしてるのに何やって……あ、これなんてどうですか?」
「アケビじゃん」

鬼灯が指差したのは珍しくも何ともない植物だった。

「お腹減ってるんでしょ?食べれば少しは足しになるんじゃない?」
「そうですねぇ」

鬼灯はなっているアケビをひとつ千切ると
暫くジッと見つめ、裂け目に指を突っ込んでグリグリ回し始めた。
なんだか見てて痛いな、と思いつつ目が離せないのは鬼灯の目線がアケビの実を見ているからか、出会ってからも付き合ってからも長いのに未だ鬼灯の目線が此方を向いていない時しかじっくり観察出来ない。
鬼灯の方は不躾に白澤を見てくるのに……

「あまり味しないから好きじゃないんですよね」

柔らかくなったアケビの中に長い舌を直接突っ込んで食べ始めた鬼灯にギョッとする、さてはわざとか、意地悪。
自分だって手を怪我した時(勿論原因は鬼灯)桃を口と歯で剥いていたら凶悪だから止めろとキレてきたじゃないか。

「そういえば」

ふたつ目のアケビを千切り指先で中身を蹂躙しながら鬼灯は口を開いた。

「アケビとアセビって似てますよね」
「ん?ああ似てるよね、日本語の響きが」

長い爪に掻き混ぜられ、ぐちぐちと音を立て始めたアケビを見て血の気が引いて行く。
痛い、そんなにしたら痛い! と自分がされているわけでもないのに思う

「アセビは馬に食べさせると酔ってしまうそうですね」
「……へ?」
「白澤さん?」

鬼灯がしていたのは児戯と変わらない、子どもがしていたら汚いから止めなさいと注意をするくらいの事なのに、妙に意識してしまう自分が恥ずかしかった。

「あ、そうだよ……だから漢字で馬が酔う木って書くんだ」

その質問によって、あられない想像から思考が戻ってきた自分に胸をなで下ろしながら白澤は答えた。

「ふーん、では」

片方の手でアケビの中身を掬い出すと、もう片方の手に持っていたアケビをポイッと捨てた。
次の瞬間、顎を掴まれ白澤が「あ」と口を開くと見計らったように指を突っ込まれた。

「なにふんだほぉ」

突然の事に驚きつつ、なにすんだよぉ、と涙目で見上げると鬼灯は無表情のまま。

「馬が酔うなら貴方も酔うのかと思いましてね」

そう言って口の中にアケビを塗り込められる。

「はれあようは!!」

誰が酔うか!! と叫びたいんだろう。

「おや?」
「おや?じゃないよ! 僕は神獣!!馬でも牛でもないからな!!だいたい馬が酔うのはアセビでコレはアケビだろ?名前が似てるけど違うってお前が言ったんじゃないか!!」

鬼灯の指を自分の口から引き抜いて白澤は吠えた。
近くを飛んでいた浮遊霊が「あの人たち心中すんのかな」と遠巻きに見ているが白澤が言ったのは「心中」ではなく「神獣」だ。

「まったく、僕を分類するなって」

と言って、アケビと唾液でドロドロになった鬼灯の指を舌で舐めとり始めた。
根元から丁寧にペロペロ舐め上げていく白澤に周りの浮遊霊たちは「あ!あの人たち心中前にファイト一発する気だ!?」と興味津々だ。
しかし、見せ物じゃねぇんだよ、と鬼灯が睨めば怯え上がって浮遊霊たちは散っていった。

「ふふ、綺麗になったぞ?」
「そりゃどうも……おや?貴方やっぱり酔ってます?顔が赤いですよ」
「……うるさい」

先程の仕返しに鬼灯をドキドキさせてやろうとしたのだが気付けば自分の方が変な気分になってしまった白澤。
恥ずかしそうに目を伏せてしまったから気付かない、鬼灯が今どんな瞳で己を見ているのかを……

(赤く染まるマシュマロ)

本物のマシュマロよりも白澤の頬が美味しそうだ。

「そろそろ帰りましょうか?チェックインの時間になりますし」
「チェックイン?今日どっか泊まるの?」
「ええ、富士山近くの旅館をとりましたから」
「へぇー今日の今日でよくとれたな」

なんて感心する白澤は知らない、鬼灯が前々から此処に来るつもりで旅館も予約していたと、白澤が誘って来なければ此方から攫ってでも連れて行くつもりだったと。

(私がここまでしてんのに鈍いコイツは全く気付かないが)

鬼灯を朴念仁と言って憚らない白澤は、自分から仕掛けなければ電話もデートもセックスも成り立たないのだと思っている、それが腹立たしかった。
たまには自分から仕掛けようとしても、空気を読むという概念のない外国産の神獣は今日のように先手を打ってくるからこんなことになるのだ。

せめて夜は自分から積極的に攻めよう、そう誓った鬼神は足早に今まで通って来た道を引き返し始めた。

「お、おい待てよ!!」

実はこの時、白澤は足を挫いてしまうのだが、鬼灯に負わされた怪我以外には割と無頓着な彼は特に気にせず鬼灯の隣を歩き出した。


ちなみにこの後この二人
旅館に着いて部屋に備え付けの温泉に一緒に入るか入らないかで一悶着があり
結局白澤が押し負け一緒に入る事になったのだが、浴室内で捻挫がバレてしまい
浴槽でお仕置きされた為、夜にハッスルする体力が残っていなかったという


入浴中に食事と寝床の準備に来た仲居にその声をばっちり聞かれ、まだ新人だった仲居は二つの布団をくっつけるかくっつけないかで数分間悩んだそうな。



END