休日に呼び出された鬼灯が白澤の部屋にやって来ると部屋の端になにやら円錐型の筒がついた四角い装置?が置いてあった。

「なんですか?これ」
「ふふーん、なんだと思う?」

にやっと意地悪く笑う白澤にいらっときた鬼灯はその両目額目を三点突きした。
その頃はまだアノ映画は存在していなかったが白澤は「目がぁぁぁあ!!」とラピュタ王朝末裔みたいなことを叫んでいる。

暫く後、落ち着いた白澤はその四角い装置について説明しだした。

「これはtelephoneだよ」
「telephone?」

聞きなれないヨーロッパの言葉を完璧な発音で聞き返した鬼灯に白澤は得意気に説明しだした。

「最近英国の方で発明された、遠くにいる人と話せる機械、原理とかは説明すると長くなるけど聞く?」
「結構です」

白澤ならばそれはもう解りやすく教えてくれるだろうけれど自分で調べる手段があるなら自分で調べた方がよい、今度英国に行って発明者に直接訊ねようと鬼灯が考えている横で、白澤は昔はなんでも自分に聞いてくれていたのになと少々寂しそうな顔をしていた。

「まだ中国名はないんですね」
「そうそう、音声を電流に変えて話すものだから勝手に電話って呼んでるけど」
「ああそっちの方が言いやすいですね」

この時の二人はまさか本当に将来日本で電話という名前になるとは思っていなかった。

「試しに使ってみようと思ってお前を呼んだんだ」
「貴方、現世でなにか発明される度に同じこと言って私を呼び出しますけど他に友達いないんですか……というか友達でもないですけど」
「いるわ!ただこういうのは興味ある人と試した方が楽しいじゃん!!」
「まぁ興味がないと言えば嘘になりますが」
「それにコレがあると緊急の連絡の時便利だよ?地獄じゃ狼煙も使えないし、術は疲れるしね」

鬼灯はなんだか面白くなかった。
中華天国桃源郷の神獣と称されているが名乗らないだけで妖怪の長でもある白澤はなんだかんだ言って地獄贔屓だ。
閻魔殿にも顔見知りの多い彼は地獄の業務が円滑に回ればよいと思って色々な発明を鬼灯に紹介してくるのだろう。
たとえば紙が発明された時は、いち早く情報を教えられたから直ぐに取り入れることができたし、今では日本地獄が世界一上質な紙を作れると自負している、現世日本が鎖国中でも海外の新しい技術が入ってきていたのは彼を始めとする外国神のお陰だ。
こちらも相応の見返りを払っているので卑屈になることも下手に出ることもないが感謝せんこともないと思っている、ただ、白澤本人が自覚なく鬼灯に対して親切心を示してくるのが面白くないのだ。

「投げにくそうな形ですね」
「……お前は硬くて重いもの見たら人にぶつけたくなる病かなにかなの?」

何故か急に不機嫌になった恋人になんだかなぁと溜息を吐いた。
身の危険を感じて拷問器具などが発明されても紹介しないようにしているが、この鬼はソッチ系には明るいらしく白澤より情報を早く仕入れてきては白澤で試そうとする。
外交問題を気にしてか実際にされた事はないが、鬼気として拷問器具の説明をしてくる鬼灯を見て、いつかアレらより彼の心躍る発明品を見付けるのが白澤の密かな夢になった。

「店の方にもう一台あるから、お前はそっち行って待っててよ」

心なしかウキウキしながら電話の受け取り方を説明しはじめた白澤。
たしか電話で喋った最初の言葉は「ワトソン君ちょっとこっちに来てくれないか」というものだと聞いた。
大声を出せば聞こえる距離にいるのに、わざわざ第一声で呼ぶなんて助手と仲が良かったんだろうなぁ、自分もいつかもし弟子をとったら仲良くできるといいな、と夢想するが実際そうなることを彼はまだ知らない。

「現世の技術が発達すればもっと使いやすい形になるだろうし、もっと電話が普及すれば広範囲で使えるようになると思うよ、それからでいいから導入してみれば?ほら、お前の部屋からウチに注文すれば僕はお前が受け取りに来るまでに薬を用意しておけるから緊急の時なんかは便利」
「……検討しておきましょう、今の伝書の遣り取りでも、そう不便はないですが」

閻魔殿ではなく“お前の部屋”と言ったのは、遠回しに自分と私用で使いたいという意味があるのだろう、時折来ては白澤が薬を作っている間に兎を撫でるのが良い休憩になりつつある鬼灯は此処で過ごす時間が短縮されてしまうのを惜しいと思いながらも、その気持ちが嬉しかった。

「まぁね」

伝心術や転送術の発達したこの世界では現世の物に頼らなくても通信手段はいくらでもある、だからいつか電話がそれらより便利になった時に鬼灯が持ってくれたら白澤はそれで良いのだ。

「そういえば以前、貴方の独り言が勝手に腕に浮かび上がってくるなんてことありましたね」
「……バカが!!厭なこと思い出させないでよ!!」

白澤は心底うんざりしながら鬼灯が五道転輪王が失敗した術の影響をモロに受けた時の事を思い出す。

あの頃、鬼灯は忙しくて仕方が無く、失敗した術を解く暇もなかったのだが……――

《最近あの鬼が来なくて平和だな》
《今日は部下が薬受け取りきたけど仕事忙しいのかな?》
《また無理してないといいけど》
《今度来た時に栄養剤でもオマケしてやるか》
《あいつもそろそろ寝たかな》
《今日も徹夜してるかも》
《さみしい》
《会いたいなぁ》
《いやいや顔見ずに済んで清々してんだから!》
《用もないのに行っても追い出されるだけだしなぁ》
《差し入れでも持ってくか?……でも、それはそれで「なんでですか?」って聞かれそうだな》
《明日こっそり顔だけ見て帰ろう》

――などなど、白澤が人知れず吐いただろう言葉が毎晩浮かんできて面白かった。
こっそり顔だけ見ると言った次の日、本当に裁判中の鬼灯をこっそり見ただけで帰って行った時はガッカリしてしまったし、裁判中でなければ追いかけて飛び蹴りでも喰らわせたのにと思った。

会わなくなって三ヶ月、好い加減鬼灯も限界だと思っていた日の夜……

《これ以上ほったらかされたら浮気しちゃうぞー》

そんな言葉が腕に浮かんできたらもう駄目だった。
よかった自分に倶生神が付いていなくて……とあの時ほど思ったことはない。
職業柄、他人の色恋沙汰はよく見るけれど、まさか自分が(殴り込みに行く為とはいえ)夜中に恋人の所へ全力疾走するようになるとは思わなかった。

複数の彼女を作っても誰にも本気じゃないから浮気もしてないと言っていた彼の口からそんな言葉が出たのに驚いたし、それを見て浮気なんかさせてたまるかと思った自分が鬼灯は信じられなかった。

「黒歴史でしたね、あれは」
「いや、あれを黒歴史と言われると僕としては複雑なんだけど」

朴念仁の鬼灯からあれだけ素直に気持ちをぶつけてこられた夜はなかったので、怖い反面嬉しい記憶でもあったのだけど、と白澤は突っ込んだ。
しかし確かに、隣で寝静まった鬼灯を見ながら吐いた独り言が腕に浮かび上がってしまった時は死ぬほど恥ずかしかったので白澤にとっても黒歴史と言える夜だった。

「ま、いいや早く電話試してみようよ」
「そうですね」

これ以上黒歴史を掘り起こされない為、鬼灯は白澤の部屋を出て店の方へ急いで歩いていった。
ところで電話と同様に黒歴史という言葉もこの時代存在しなかったのだけれど二人は普通に使っているのは何故だろう。

「なんか、恥ずかしいな」

鬼灯のいなくなった部屋で恥ずかしい恥ずかしいと頭を抱えてしゃがみこむ。
あの世には電話なんてなくても構わないと考える者が多いだろう、だから地獄で電話が普及するには彼の力が必要だった。
地獄が便利になればいい、そうすればアイツの仕事も楽になるだろう、薬の注文を電話でしてくれれば今までアイツが薬を待っていた時間をもっと有意義に使える、兎に構うより二人で喧嘩をしていたい。
白澤の世界で唯一大嫌いな恋人はその意図に気付いているのか、きっと気付いていないだろう。

「準備できましたよ!」

店の方から大きな声が聞こえる、この距離をわざわざ機械を使って話すなんて……しかも第一声は特別な言葉じゃなくて日常会話でよくある呼び出しなんて……どんだけ助手と仲良しだったんだよベルさん! と、白澤は発明家にツッコミを入れながら電話の置かれた台の前に座り円錐形の送話器に口を近付ける。
そして……


「鬼灯、聞こえる?」


と、ここ数百年(付き合い初めてからも)口に出していない彼の名前で呼び掛けたのだった。

店の方からガタガタと音が聞こえ、彼が扉を蹴り破ってくることになろうとは思いもせずに。




* * *




「って、ことがあったんだぁ」

桃太郎の作った茶菓子を摘みながら友達の天女に古い電話の思い出を話す白澤。
天女はニコニコしながら時折「まぁ」など感嘆の声を漏らして聞いていた。

「そんな大事なものお借りして本当によかったんですか?」

今は梱包されて天女の足元に置かれた発明当初の電話器は保存状態もよく大事にされてきたものだと解るものだった。

「いいの、いいのー此処の倉庫に眠らせておくより大勢の人に見てもらった方がコレも喜ぶでしょ」

天女は天国で博物館を営む店主だ。
昔の亡者に生きていた頃を懐かしんでもらおうと始めたそうだが最近は若い人(と言っても亡者なので高齢者が多いのだが)にも人気だそうだ。

「では大事に飾らせていただきます」

鍾乳洞クラスのご長寿な神なら何か良いものを持っているだろうと彼を尋ねて正解だった。
店で使われている道具もそうだが店の倉庫からは歴史的にも貴重なものが出てくる出てくる、探していくうちに九十九神的な精霊を幾つ見たことか、鬼灯との喧嘩で壊れてしまっていなくて本当に良かったと天女は思う。

「うん、お願いね」

美女の願いだからと快く貸し出してしまった白澤だが、博物館に展示される際、

【神獣白澤寄贈 この電話で語られた最初の言葉は彼の最愛の伴侶の名前だった】

と説明書きされる事になるとは思いもよらなかった。

そして吉兆の神白澤の恋人との思い出の品はカップルで見にくると幸せになれると触れ込みが広まり、今や発展しまくった電話文化によって地獄にも知られることになるのだった。



「伴侶ってなんですか、貴方いつ私の嫁になったんですか、未だに脳味噌汁飲めない癖に!!」

「飲めるかンなもん!!あんなの飲むくらいなら味噌汁くらい僕が作るわ!!」

そうして電話ではなく直接文句を言いにきた鬼灯と喧嘩が勃発してしまうのでした。





END