吉坂様リクエスト






傍にいると苛々する
傍にいないときも姿が浮かんで苛々する

よせばいいのにちょっかいかけて
性懲りも無く喧嘩する

もっと大人しければと思うのに
様子が違えば調子が狂う

睨まれるのはイヤだ
無視されるのはもっとイヤだ

嫌い嫌いと言いながら腐れ縁を切れずにいる
この気持ちの名前はなんだろう

すると誰かがこう言った
閻魔大王に訊いてごらん?
彼ならきっと良い答えが出せるよ




「閻魔大王かぁ」

ある日の早朝、白澤はポカポカとした日差しを浴びながら今朝見た夢を思い出していた。
ひとり天敵である鬼のことを口ずさんでいたら、最後に可愛い声で閻魔大王に訊いてごらんと諭されるというもの。
確かに彼なら鬼灯とも白澤とも付き合いが長く、あれで勘が良いから今の自分達の的確な答えが返ってくるかもしれない。

(ただの“嫌い”ではないことは解ってるんだけど)

白澤は数ヶ月前に鬼灯が掘った落とし穴の淵に座りながら花仙からもらった花の種を撒いていた。
落ちた場所の生態系を崩してはいけないから其処の風土に合った花を咲かせるという不思議な種を撒いている。
今の所これくらいしかこの穴の活用法はない、というかこれが活用と言えるのかも不明だと思う。
あとは時々誰かが飛ばした風船が迷い込んできて、たまに現世から天国の誰かへの手紙が括り付けられている時があって、宛名の人物へ届けるととても感謝されるくらいだ。
手紙を受け取った人が泣いて喜ぶのを見ると、癪だけどあの鬼の掘った穴のお陰だと思ったりもして……このことを教えてやったらどんな顔するかなんて考えると自然と頬が緩んでくる。

この気持ちの名前はきっとアレだ。
ただ確証が持てないだけで、認めてしまうのが怖いだけ。

なんてことを思いながら最後の一掬いを風に流した。
この店は丁度閻魔殿の真上にあるから、風がなければ閻魔殿の中庭あたりに種が落ちるだろう。
そんな奇跡が起こったら、この気持ちを相手に伝える勇気も湧くだろうに――

「なに地獄に不法投下してるんですか」

いきなりドカっと後ろから蹴られ落とし穴に落ちかける白澤、咄嗟に穴の淵に手をついて堪えながら自分を見下してくる鬼に怒鳴り声を上げた。

「おい!落ちるところだったろ!!馬鹿鬼神!!」

なんでこんな奴がいいんだろう、マゾではなかった筈なのにと白澤は唸る。

「落ちればよかったのに……」

一方、鬼灯は白澤の手を踏み躙りながら、毎度毎度どうしてこんな言動に出てしまうんだろうと己に対し溜息を吐いた。
長身痩躯のこの神獣は種を撒くだけで絵になる、いや、同じ体型の者であっても雰囲気までは真似できないだろう。

「天国の植物の種なんて撒いて現世や地獄の生態系を崩すつもりですか」
「いやこれは花仙から貰ったその土地の風土に合った花を咲かすものだから、大した影響は与えないよ」

よじ登りながら説明する白澤、自分で落としておいて鬼灯はこんな無様な神に見惚れていたのかと二度目の溜息を吐いた。
すると白澤は鬼灯の顔をジッと見詰め

「どうした?溜息なんか吐いて……なんかあったの?」

本気で心配してくるから再び溜息を吐きたくなった(寸で耐えたけれど)

「実は、地獄が大変なんですよ」
「へ?」

その言葉に白澤の目の色が変わる、本来なら無関係の地獄の事情をここまで気にすることもないのにと感じながら鬼灯は続ける。

「閻魔大王が健康診断を受けるって話は知ってますか?」
「ああ知ってるっていうか僕がすすめたんだよね、ずっと座りっぱなしだし神経使う仕事だからね、定期的に検診受けた方がいいって」

白澤が見た限り健康に問題はないが、折角医学が進歩しているのだから科学的に調べてもらったらどうかと打診してみたのだ。

「それは結構なことなのですが」
「うん」
「大王代理を頼んでいた秦広王が急な腹痛に見舞われまして」
「はぁ?」
「篁さんが作った料理が原因なんですが……」

白澤が少し途方に暮れながら「あの人また変なもん作ったんだろうな、悪気なくだから秦広王も断れなかったんだろうな」と思っていると、鬼灯が白澤の腕を掴んだ。

「というわけで閻魔大王、秦広王不在という非常事態なんです」
「いや、そんな時になんでお前まで抜けてきてんだよ!!」
「残った王から貴方を連れてくる係に任命されてしまったんですよ」
「僕を連れてって秦広王の腹痛治すの?それなら別にお前じゃなくても……」
「いいえ、私以外ですと貴方が逃げ出す可能性があるので」
「なんで?」

そう訊くと鬼灯が白澤の後ろに移り、腰に手を回した。
動揺して放せ放せと騒ぐ白澤の腹をキュッと占めて、耳元で囁くように言った。

「白澤さん、貴方には閻魔大王の代行をして頂きます」
「ヒッ!?」

そして、そのまま落とし穴のなかに飛び込んだ。
二人そろって地獄へまっさかさまだ。
途中で白澤は神獣体に変化し、背中に鬼灯が乗っていることを確認して(一瞬安堵してしまったのが悔しい)叫ぶ。

「お前!!いきなりなにすんだ!!それに閻魔大王の代行って……」
「ハッ!!」

白澤の話の途中で鬼灯は何かに気付いたような声を上げる。

「……ハク、聞いて下さい、あまり覚えていないんですが私小さいとき現世に降りようとしたことがあるんです……その時どうやって降りたか解からなかったんですが……でも今思い出しました……あの神獣の名前……あの神獣は白澤、貴方の本当の名前は白澤!!」
「自分の名前くらいわかってるから!!千と千尋ちゃんの真似っこしなくてもいいから!!」


そんなこんなで地獄に到着した。

閻魔殿の廊下に二人の口論が響き渡る、非常事態というのは本当らしく慌ただしい様子の獄卒達を見て助けてやりたいと思いながらも白澤は言わずにいられなかった。

「だから!閻魔大王は閻魔大王がやるからこそ閻魔大王なんであって他の人が閻魔大王やったらそれはもう閻魔大王じゃないだろ」
「ええ、そうですよ、閻魔大王は役職名でもありますが閻魔大王そのものを指します、したがって閻魔大王にしか閻魔大王の役割は果たせませんが、今回は例外として許可します」
「僕に閻魔大王の代わりなんて務まるかよ!」
「いつぞや私の代わりに閻魔大王第一補佐官やったでしょ、それに比べたら閻魔大王の仕事なんて楽なもんですよ」
「仕事量の問題じゃない!!大王ってその人の一生を決める判決を下すわけだろ!?僕には無理だって!閻魔大王なんて向いてない!!」

いい加減“閻魔大王”がゲシュタルト崩壊してきた。
思惑通り白澤は困りに困っている、しかも白澤が閻魔大王を正しく評価してくれているので鬼灯の気分は上場だ。
周りで見守っていた獄卒達も「閻魔大王がなんか褒められてるっぽい」とホクホクした気分になる、閻魔大王配下のみんなは閻魔大王が大好きなのだ。

「ほぉ……貴方神なのに目の前で自分に助けを求めている人を見捨てると?」

ピタリと立ち止まり、金棒を軽々と回しながら白澤を睨みつける鬼灯。

「……お、お前は人じゃないし」

それに助けを求めている態度には到底見えなかった。

「白澤様……」

名前を呼ばれハッと気付く、周りにいた獄卒達が皆一様に白澤を祈るように見詰めていた。
これはやばい、中には女の子もいるじゃないか、鬼灯とは違い本気で自分に助けを求めている……ああ、もう。

「わかったよ」

鬼が神に勝った瞬間、どこか澱んでいた閻魔殿の空気が一気に湧き立ったのだった。



* * *



そんなわけで一日署長ならぬ一日大王を務めることになった白澤だったが、いかんせん閻魔大王の衣装も机も椅子もデカすぎる。
衣装はとりあえず黒ければ良いだろうということで鬼灯が持っていた黒い正装を借りることになった。

「淫獣が袖を通したものなどたとえクリーニングされてもいりませんが、捨てるのも勿体ないので貴方そのまま着て帰っていいですよ」

本音:クソ綺麗だからそれはお前が持っていた方がいい、ていうか黒も似合うな

「ふん、お前が持ってるより僕が着てあげた方が服だって嬉しいよな、仕方ないから貰ってやるよ」

本音:よっしゃ鬼灯のお古ゲット!ちょっとだけアイツの匂いがする……えへへ

……なんて思っていることは二人とも噫にも出さず、打ち合わせもせずに閻魔の間へやってきた。
閻魔大王専用の椅子にはファミレスで小さい子がソファーに座る時に置くような補助椅子のサイズの大きい版が置いてあった。

「……えっと」
「貴方そのまま座ると顔が見えないでしょ」
「だからって……」
「秦広王もそれに座る予定だったんですよ」

そう言われると拒否することも出来ず、大人しく補助椅子の上に座る白澤。

「それでもやっぱり前から見るとまるで晒し首ですね」

亡者視点で見上げようと机の前にヤンキー座りする鬼灯、自分の方が上位に立っている筈なのに謎の威圧感を感じる、こんな亡者が着たら厭だ。

「しかたがない……」

鬼灯はひょいっと椅子の上に登ると、一回白澤を机の上に置いて、自分が補助椅子の上に座り、その上に白澤を乗せた。
つまり白澤は今鬼灯の膝の上に座ってるっていうこと。
これはたまらない。

「おぎゃああああああああ!!!」
「うっさいですね、金魚草の物真似でしたら終業後にじっくり審査してあげますよ」
「ちが、ちが……お前、この体制……」

思わぬ密着に取り乱す神獣に対し、鬼神がしらけた顔で呆気にとられている獄卒に命じた。

「ほら本日の裁判を始めますよ、さっさと亡者を連れてくる」
「は……はい!!」

恋人でもない片想いの相手を平然と膝の上に乗せて通常運転の鬼灯様、そこに痺れる憧れるぅ等と思いながら獄卒は走り抜けて行った。
鬼灯の想い人が白澤というのはもはや周知の事実である(白澤の想い人が鬼灯というのも衆合地獄では有名な話だが此処まで情報が入ってきていない)

「お前……もしかして秦広王にも同じことした?」
「いえ、流石にあの方にこんな失礼は働けないので急いで椅子を作り直させますよ、ただ貴方の場合どうせ今日一日限定なので作り直すのが勿体ない」
「そっか……ならいい」

周りに残っていた獄卒はなにが「ならいい」のかよく解らなかったが、白澤が少し安心したようなのでそれで良いかという気になった。




そして無事に始まった白澤の審判……なのだけど

「えっと、君は異異回転処だね、罪を償って真っ新な気持ちで次の世にいけるよう頑張ってね」

いちいち罪人に優しい声を掛けるので鬼灯は苛々していた。
彼が厳しくなる相手なんて女性に乱暴を働いた性犯罪者くらいだ。

「ちょっと真面目にやってくれません?」

審判者を膝に乗せている者が真面目にやれとか言っても説得力はない、というか今の亡者二人の体勢が気になってあまり裁判に集中出来てなかったように思える。

「なに言ってんの、今までずっと妥当な判決してるだろ」
「判決はいいとして罪人になに甘っちょろい言葉かけてんですか、そんなんじゃ全く反省しないでしょ」
「いきなり閻魔大王みたいに出来るわけないだろー」

基本的にいつもニコニコしながら店番をしたり女性を口説いたりしている白澤は怒った顔や冷たい顔を浮かべるのが苦手だ。
真性が善の神なので、罪人であっても慈悲の心で接してしまう……鬼灯はそれが気に食わなかった。
だから、本当はこんなことを言うのは気が引けるが仕方ない。

「では、次の亡者から相手を私だと思って判決を下してください」
「なにそれ」

怒った顔や冷たい顔が苦手な白澤でも鬼灯に対してはそれが自然と出る、恐らく他の者へ対するような慈悲が鬼灯相手には生まれてこないのだ。
だから亡者を鬼灯だと思う、そうすれば万引きでも阿鼻叫喚地獄に行かせたい級に厳しく出来るに違いない。

「……」

白澤は何か気に食わなかったのかムスっとした顔で、亡者の入って来る門を見始めた。


次の亡者は、大企業の社長秘書をしていた男性だった。
長年勤めた仕事を引退しこれからは自分や家族の為に時間を使うんだと思っていた矢先に病死。
特に犯罪を起こしてこなかった彼が裁判に掛けられる理由は一つだった。

「君は……伴侶に対する暴力が酷かったみたいだね」
「……」

仕事でのストレスを発散する場が家庭にしかなかったのだろう、酒が入った時に暴れて止めに掛かった妻に対し殴る蹴るの暴行を加えていたと記録には書いている。

「親しい者への暴行、及び酒乱で極苦処……と言いたいとこだけど」

亡者の資料を眺めながら淡々と続ける。

「けれど……供養の仕方を見ると奥さんは貴方のことを本当に大切に想ってるようだ」
「え?」

白澤は厳しい口調を崩さないまま、死後供養による免罪制度があるのだと説明する。

「あの人は貴方が亡くなってから毎日貴方が天国で穏やかに暮らせるように祈ってるよ」
「そんな筈は……だって私は怨まれて当然のことを」

信じられないと首を振る亡者。

「そうだね、僕もそう思うけど」

ここで漸く白澤の表情が緩んだ。

「あの人は貴方の頑張りをずっと傍で見てたんでしょ、貴方は他人にも厳しいけど自分にはもっと厳しい人だ」

――不器用で、誤解されやすくて、でも一度自分の懐に入ってきた人はけして見捨てない、見る人が見れば貴方は誰よりも信頼できる人だって解る……奥さんにとっては貴方はみんなから慕われる自慢の旦那さんだった筈だよ

その言葉に亡者は顔を上げる、まだ半信半疑という顔をしていた。

「会社の為に尽くしながら家族の生活を守ってくれていると奥さんは解かってたんだよ」
「しかし私はアイツの為になにもしてあげられなかった」
「うん、だから奥さんは悔やんでる、折角これからは二人でゆっくり過ごせると思ってたのに貴方がさっさと逝っちゃって」

――今度生まれ変わった時はもっと自分の体を大事にしなきゃダメだよ

白澤は店にきたお客さんへ言うように亡者を諭した。

「よかったね貴方は天国逝きだ、これも奥さんの供養のお陰なんだからちゃんと感謝するんだよ」
「……はい」

涙を両目に溜めて、噛み締めるように頷く亡者。

「もうお酒を呑んでも周りの物や人に当たらないんだよ、天国のお酒はね極上なんだから楽しく飲まなきゃダメ」
「はい」

恐らく当分は酒を呑むような気分になれないだろうが、一応釘をさしておく。

「何年後になるか解からないけど奥さんもきっと同じ場所に逝くだろうから今度こそ大事にしてあげてね」
「はいぃ!!」

頭を深く下げる亡者。
鬼灯は獄卒にそれを早く外に出すように命じた。



「この駄獣が!!」
「痛ッ!」

その亡者が出て行った後、白澤は後ろから強い力で叩かれた。

「お前!なんで叩くんだよ!資料みた限りあの人は天国逝きってお前も言ってたろ!!」
「なにまた甘っちょろいこと言ってんですかってことですよ、相手を私だと思って判決下せって言ったでしょ」
「だから、あの人をお前だと思って見てたら、奥さんの方の気持ちが解かったんだよ!!」

白澤が叫んだ瞬間、閻魔の間の空気が一瞬で凍りついた。

(こ、この人今なんて言った?)
(亡者を鬼灯様だと思って見ていたら、亡者の奥さんの気持ちが解かったって言わなかったか?)
(え?それって……どういう)

手元はきちんと仕事を熟しながらアイコンタクトで会話する部下達、流石鬼灯の直属は優秀な者が多い。
一方、爆弾発言をされた鬼灯はというと……

「本当に使えない奴だな、閻魔大王の方がマシな裁判してましたよ」
「だから閻魔大王と比べんなって!あの人が何年閻魔大王やってると思ってるんだよ」
「私が閻魔大王の第一補佐官になるより前からですね、神代が終わる頃には黄泉の制度を整えようと独りで動いてましたよ閻魔大王」
「だから!そんな閻魔大王だから閻魔大王に相応しいんだろが!!」
「ええそうですよ、本来なら貴方なんかに閻魔大王の代理が務まる筈がないんです、でも仕方ないじゃないですか、健康診断なんだから」
「どうせ閻魔大王元気だけどな!僕が定期的に問診してんだから!」
「そこらへんは感謝せんでもないが、今は関係ないからお前はお前なりに閻魔大王の役割を熟せ!!」
「もうしてるよ馬鹿!!」

爆弾発言には全く気付かず、発言者と共に閻魔大王をアゲるトークを繰り広げていた。
閻魔大王に対して本人のいない所では褒めるという逆ツンデレを発揮する前に白澤の言葉の裏を読めよ、と彼直属の部下達は思う。
というかまたもや“閻魔大王”がゲシュタルト崩壊してしまいそうな事態だ。

「次の亡者連れてまいりますね……」

折角のフラグをへし折った上司にそう告げて一人の獄卒が門へ向かう、他の獄卒達も鬼灯と白澤の恋路などもう知らぬと己の業務に集中することにした。

そして一時はどうなることかと思った閻魔庁の仕事も思いの外スムーズに進み、全ての業務がいつもより早めに全て終わってしまっていた。

「事務仕事まで手伝わされるとは……」
「これも閻魔大王の仕事の内です」

裁判終了後、他の獄卒が帰った後、通常サイズの机を持ち込んだ二人は黙々と(時々軽い口論を交えながら)書類を熟している。

「ていうかお前膝どうともなってないか?今なら特別料金で鍼打ってやるけど」
「結構ですよ、どうともなってませんし……というかどういう風の吹き回しですか?気色悪い」
「あとから僕の所為で膝を痛めたとか言われない為だよ!!この唐変木!!」
「誰が言うかそんなこと、こちとら貴方みたいなヒョロモヤシ一日乗せたくらいで痛むような軟な鍛え方していません」
「ヒョロモヤシってなんだよ!!クソ失礼な奴だな!!バチが当たれ!!……本当に大丈夫なんだな?」
「ええ、貴方をずっと乗せてていいくらいですよ」
「……へ?」
「……あ」

しまった口が滑った、と思った鬼灯が白澤の方を見ると、何とも言えない表情をした白澤がジッとコチラを見ていた。

「お、お前変な奴だな……男を膝に乗せてていいとか……」
「貴方こそ、よく男の膝なんかに大人しく乗ってましたよね、もっと嫌がるかと思いましたけど」
「それは……別に……相手がお前だったから」
「私だって貴方だから」
「……」
「……」

と、このタイミングで鬼灯の脳裏に裁判後白澤から言われた台詞が蘇ってきた。

「亡者を私だと思ったら、亡者の奥さんの気持ちが解かったって……どういう意味ですか?」
「へ?なにそれ」
「貴方言いましたよね、昼間」

すると白澤の顔がボッと沸騰するように赤くなった。

――なにまた甘っちょろいこと言ってんですかってことですよ、相手を私だと思って判決下せって言ったでしょ

――だから、あの人をお前だと思って見てたら、奥さんの方の気持ちが解かったんだよ!!


思い出した。
何も考えていなかったとは言え、自分はなんてことを言ってるんだ。

「えっと……あれは言葉のアヤっていうか」
「なに言おうとしたら言葉のアヤがあれになるんですか……」

鬼灯がいきなり立ち上がるので白澤も思わず立ち上がる。
鬼灯が近付いてくるのでその分白澤も遠ざかる。

「えっと、もう今日の分の仕事は終わったから帰るね、桃タロー君もごはん作って待ってるだろうし」

この状況で他の男の名前を出してくるようじゃスケコマシの名を返上してもらわなければな、と鬼灯は指をポキリと鳴らした。

(まずい、まずい、やばい、まずい、やばい、まずい、まずい)

白澤は体中に冷や汗をかきながら、己の失言について猛省する。
あの亡者とその妻の関係をついつい自分達に重ねて考えてしまったが自分は鬼灯の妻でもなんでもない、むしろ嫌われている存在なのだ。
そりゃあ気持ち悪かろう、怒るのも無理はない……今日こそ殺されるかもしれない(死なないけど)


白澤がそうやって見当違いなことを考えている中、鬼灯は不意に今朝見た夢を思い出していた。




傍にいると苛々する
傍にいないときも姿が浮かんで苛々する

よせばいいのにちょっかいかけて
性懲りも無く喧嘩する

もっと大人しければと思うのに
様子が違えば調子が狂う

ニヤニヤされるのが不愉快だ
しかし泣き顔はもっと不愉快

嫌い嫌いと言いながら腐れ縁を切れずにいる
この気持ちの名前はなんだろう

すると閻魔大王はこう言った
そんなの本人に訊いてみたらいい
彼ならきっと君の望む答えを教えてくれるよ



夢の中の閻魔大王の言葉に従うのも癪だけど、彼は一応自分に命令していい相手なのだ。
たまには素直に言うことを聞いてみよう。


「ねぇ白澤さん……」


――私はこの気持ちに「恋」と名付けたんですが、貴方の方はどうなんですか?










END