私は加々知鬼灯(かがちほおずき)加々知が名字で鬼灯が名前、性別は男、赤子の時に施設の前に置き去りにされていたから正確な年齢は解らないが二十代半ばには違いない、施設にきたのが鬼灯の実る季節だったからそう名付けられたそうだ。

優秀だった私は高校から学費免除の特待生となり国立の大学へ入学、今は大学院で考古学を研究し、幼い頃に憧れたミステリーハンターへの道を着実に進んでいる。

今日も大学は休みだが趣味と実益を兼ねて県内にある小さな遺跡へ足を運んだ。
森の入り口付近に車をつけ当時の研究員達が歩いたであろう少し平らになった道をサクサクと進んでゆけば五分と掛からず辿り着いた。

そこは小さな集落だったのだろう、雨晒しにならないようビニールの屋根が作られたその下には家や倉庫が建てられた跡、神を奉る祭壇と捧げ物を乗せる台のあった跡などが発掘されたそのままに残っていた。
これはこれで貴重な文化遺産だと思うがどこか物足りない、此処は発掘調査も二十数年前に終わり今は殆ど人が近付かなくなっているという。
やはり私は荒野に聳える巨大な城、ジャングル奥地にある洞窟ダンジョン、砂漠の地下の謎の空間、崖や水の底の謎の石造物といったミステリー溢れる遺跡を調査したかった。
それに誰かが見つけてしまった遺跡ではなく、まだ発見されていない未知の遺跡を発見したいと思っている……そう言ったら教授にお前がしたいのは調査ではなく冒険だろうと笑われたが、そうかもしれない。
動物であれ何であれ古い物や珍しい物が好きで、自らの手で集めその謎を解き明かしたいというタイプだった。
幼い頃は世界中の珍獣を集めた動物王国を作りたいなんて夢をもっていたが……法律的に難しいと知って考古学者への道を選んだのだった……おや、あれは……?
遺跡の中を探索していると、人が一人入れるくらいの洞窟を見つけた。

近付くとやはり洞窟だ。
立ち入り禁止のロープが張られていたようだったが腐れ落ちてしまっている、少しだけなら中に入っても良いだろうか、危険だと思えばすぐ引き返せばいいし。
皆は私を合理的で賢明だと言うが、時々感情のまま非合理な行動に出てしまうところがある、今も好奇心に逆らえずにいる自覚があった。
一応被ってきたヘルメットに付いた電灯で洞窟の奥まで照らす、あまり深くはないようだ。
慎重に一歩踏み入れると足元の石が転がる音が反響する。

「あー」

声を出してみたが逃げ出す動物はいない、一応ムカデやヘビを警戒しつつ奥へと進んでいった。
暗い場所は苦手ではない、尖った岩肌も気にせず進む、電灯で作り出される橙の光りの中の影は猛獣の牙のように見えた。
私が動けば影も動く、最初ゆらゆら揺れるそれを怖いと言った友人もいたが私は最初から怖いとは思わなかった。
大きな段差は無いが感覚としてだんだんと斜め下へ進んでいっている気がする。
しかし結局なにごともなく最奥へ到着し、私の落胆した言葉が洞窟の中にぼあっと響いた。
あまり期待はしていなかったけれど蝙蝠の一匹でもいればよかったのにと思いながら、踵を返す前にとくに意味もなくゴールテープを切るように岩壁を軽く押す。
すると……

「!!」

岩がぼろぼろと零れ始めた。
此方側に崩れてきてしまうのではと焦った私は急いで外に出ようとしたが、その前に零れた岩の向こうに空間があることに気付き留まってしまう。
これはどうしたものか……と考えながら私のとった行動と言えば近くに落ちていた石(大きさはラグビーボールくらい)を振り上げてその岩壁にぶつけることだった。
衝撃で岩壁が一気に零れ、人ひとり余裕で通れるくらいの縦穴が開いた。
これはどうしたものか……と考えながら私がとった行動はそこをくぐり、四平米くらいの空間へ入り込むことだった。

暗闇に慣れていた目が眩む、上からキラキラと光りが注ぎこんでいるようだ。
そうか洞窟の奥に隠し部屋があったわけではなく誰かが偶然洞窟の最奥付近に穴を掘ったのを見つけてしまったのか、少し残念だ。
しかしこの岩山を人間の手でここまで掘ったのだとすれば凄い、戦時中に掘られたものだろうかとキョロキョロ見回していて気付くのが遅れた。

……これは?

足に何かが当たって下を見ると、黒い長方形の箱が置いてあった。
それ程古いものとは思えない、簡単に見立てて作られてから二十数年くらいだろうか……というか、この形はアレだ。

「……何故こんなところに棺桶が?」

口に出してしまうともうソレとしか考えられなくなった。
だってこれ、この形どこからどうみても棺桶だ。

「もしかして誰かの墓なんでしょうか……」

穴を掘ったら埋めなさい、私ならそうする。
まさか死体遺棄? いや、それなら尚更埋める筈だしわざわざ棺桶に入れている意味も解からない、もしかして犯人からすれば意味がある事かもしれないが死体を遺棄するような人間の考えなんて理解できない。
待て、まだ犯罪だと決めつけるのは良くない、誰かが悪戯で置いただけという可能性もある、こうして発見した誰かを驚かせようと……それはないな。
はぁ、と私は溜息を吐きその棺桶に近づいた。
とりあえず中身を確かめて、詰まらない物だったら放置して帰る、ヤバい物だったら警察に通報する、事情聴取は面倒だけれど仕方が無い。

「この紋章は」

その黒い棺桶はよく見ると金箔で装飾されていた。
手で軽く払うとハッキリそれが浮かびあがる、桃? いや逆さに描かれた鬼灯か……鬼灯。
私は慎重に棺桶の蓋を横にずらした。

「――え?」

思わずずらした蓋をそっと閉めてしまった。

「嘘ですよね?」

いつも冷静沈着な私が取り乱してしまうくらい衝撃的な図を見てしまったように思う。
疲れた脳が見せた幻想か、何かの見間違いではないかと恐る恐るもう一度蓋をずらすと、期待も虚しく同じ図があった。
棺桶の中に白骨化した人間がいたのはまだ予想の範疇だったが、問題はその隣だ。
同じ棺桶の中に白骨へと寄り添う生身の人間がいた。
いや、果たして二人とも人間なのだろうか……落ち着いて観察すると頭蓋骨の額には一本白い角のようなモノが突出しているし、生身の方はどうやら眠っているだけのようだった。

「……」

一本角の生えた頭蓋を大事そうに抱えて眠る痩せこけた男、着ていた服は朽ち果てて裸同然のソイツの脇腹には目の紋様が三つ並んでいる。
服や靴などはボロボロだがその体には汚れひとつなく、よく見ると整った顔立ちをしている……そしてとても安らかに眠っているように見えたのだ。
狭く暗い棺の中で白骨と共に閉じ込められているのに、こんな寝顔をしていられるなんて只の人間ではないのだろう。

何を思ったのか、私の身体は勝手にその人をその中から抱き上げていた。
その人ががっちり抱えているので白骨の頭蓋も一緒についてくる。
自分でもどうしてこんな行動に出ているのか解らないが、この男が狭く暗い所に閉じ込められているというのが許せなかったのだ。
いくら本人が幸せそうな顔をしていたとしても……許せなかった。

私はそのまま森を抜け、自分の車の助手席に男を乗せ、男が抱える頭蓋骨の上に膝掛を被せシートベルトを締めた。
ここまでしても彼は起きない、私は構わず車を発進させた。
棺桶は後日トラックでも借りて持ち帰ろうと思う。


向かうは我が家だ。



* * *



私、加々知鬼灯が白骨と眠る男と奇妙な同居生活を始めて半年。
あれから持ち帰った棺桶はワンディーケーのアパートの狭い部屋を更に狭くさせていた。
白骨が寝床に使っていて立て掛けることも出来ないので、テレビのラック兼オーディオ置き場として使わせてもらっている(罰当たりなんて言わないでほしい、あの穴の中にいるよりはいいだろう)
眠り男は部屋の隅で今もすやすや眠り続けている、一応風呂で洗って下半身だけ服も着せた(頭蓋骨を抱えたままなので上半身の着替えが出来なかった)が布団なんてかけてやらない、ここには私が眠る布団が一式あるだけだ。

男ひとりだけなら入れてやっても良いがしゃれこうべと布団を共有なんて冗談じゃない、とまで考え、男だけなら同じ布団に入れてもよいと思った自分に驚いた。
というか私は何をやっているんだろう、初めは考古学者として発見した不思議の謎を解明する為だと自分に言い聞かせてきたが段々と説明がつかなくなってきた。
謎を解明するためなら自宅に連れて帰るよりも大学に持ち込み教授や同僚たちと共に研究する方が良いに決まっている、それが何故こんなことになっている……こんなところを誰かに見られたら大変だろう。
これでも初めの頃は観察日記を付けていたが、三ヵ月と経たぬうちに止めた。
自分で書いていた日記を冷静になって読み返してみると、この眠り男に早く目覚めて欲しいという想いと彼に抱かれている一本角の頭蓋骨への嫉妬が読み取れてしまう内容だったのだ。
これは他人に見られたら恥ずかしい、今度の資源ゴミの日に捨ててしまえ。

「惚れているんでしょうね……」

出来れば認めたくなかったが私はこの得体の知れない棺の中から出て来た未だ目覚めない男のことを好きになってきている。
ひとことも言葉を交わしたことがない、素性もなにもわからない、三ヵ月なにも食べずとも生きる奇妙な男、これは間違いなく人間ではないというのに自分は恋に落ちたのだ。
そして、それが不思議と不思議ではなかった。

「私が死んだら貴方達はどうなるんでしょう」

零す言葉に返事は帰って来ない。
私はテーブルの上にあった封筒を手にとり、既に切られている封の中から数枚の紙きれを取り出した。
ここ三ヵ月、私の身に起こった災難は数えきれない。
道を歩けば工事現場から鉄球が落ちてきたり居眠り運転のトラックが私めがけて突っ込んできたり。
大学にいれば化学部の実験で発生した有毒ガスを吸い込みそうになったり、学食の中に異物が混入されていたり。
好意を抱いている女性を私に取られたという男性に刺されかけたりと、その度に持ち前の反射神経で躱してきたのだが災難続きなのだ。
実は強盗に押し入られ撃退したのだが警察には言っていない、この部屋を見せる訳にもいかないし。

「まぁ誰にも迷惑かけないだろう」

孤児の私が死んだとして、この部屋を見られても、誰に迷惑をかけるわけでもない……所属していた大学や育った施設も、少し事情を聞かれるくらいで済むだろう。
ただ、私の死後この人と白骨死体がどのような扱いを受けるのか、それだけが気がかりだった。
手に持っていた紙を放り投げる、何度読んでも書いてある内容は一緒だ。
先日受けた検査の結果、私は白血病だと解かった。
余命は幾ばくもないらしい……別にいいのだ、夢もあったがそれは自分ひとりの為のもの、私の夢を応援してくれる人もいなければ叶ったとして喜んでくれる人もいない。
私が死んで泣く者なんてほんの数人に過ぎない。
そういえばその中のひとり、霊感の強い友人が『貴方の周りに三つの火の玉が見える』と言っていた。
このところの不運はそれが原因かもしれないから、早くお祓いをしてもらった方が良いと助言までくれたが私はそうしなかった。

私が呼び寄せたものだと解かっているから――

恐らく、その三つの火の玉は私が死ねば吸い寄せられるように私の中に入ってくるのだろう。
私の周りを飛びまわりながら私の心の臓が止まる瞬間を刻一刻と待ち構えているのだ。
何故そんなことが解かるのかと聞かれたら「なんとなく」としか答えようがないけれど……
もし、火の玉が私の中に入ってきた後も私が私の意識を保てているならば、この眠る男の世話を続けられる。
もし私が人ではない化け物に成り果ててしまったら、真っ先にこの男を食べてしまえばいい……そうすれば他の誰にもこの男を渡すことはない。

私はそれに賭けようと思う。

この生を既に諦めてしまった私は、眠り男の傍にある壁に寄り掛かり目を閉じた。


瞼の裏でみたものは朱い焔の夢だった。







End