花割烹狐御膳。

高級妓楼として有名なそこには遊女とまみえる部屋もあれば、大勢で宴の開ける座敷もある。
日頃ぼったくり茶屋としても有名であったが相手が地獄最高機関の上役とくれば誠心誠意払われた金額以上もてなしを行う。
普段のぼったくりを少々見逃してもらえたらという思惑もあるだろう、もっともこの人達にそんなものは通じるわけがないとは解かっている筈だが……

「揚げ足の取り合いって、お互いの価値観が似てないと出来ないんだよね」

上座から下り、皆と賑やかに盃を交わしていた地獄の王の言葉を聞き、そこにいた彼の部下達が酌を止めた。

「亡者の裁判とかしてるとたまにさ確信犯っていうか自分のしたことの何が悪いのか解ってない罪人がいるんだよね、鬼灯君が一番嫌いなタイプ。ああいう人にはコッチが何を言っても無駄って思っちゃうんだよね」

仕事で罪人に接する獄卒達はうんうんと頷く、皆はその後も興味深げに大王の話に耳を傾けた。

「揚げ足を取る為には、自分が相手の欠点や間違いだと思ってる事を相手も同じように思ってなきゃいけないんだよね、そうじゃなきゃダメージ与えられないし手応えもない……図星を指してくる相手って実は自分と同じ倫理観を持ってるんだよ」

確かにあの罪人達には罪の意識がないから此方が見当違いな事で非難しているようにしか思えないのだろう、そう思うと腹が立ってきた。
明日からの呵責に身が入りそうな獄卒達の変化に気付かず閻魔大王は美味しそうに酒を続ける。

「ただ相手が言いたいこと喚き倒してるだけだったら無視も出来るけど、それが自分も自覚してる事だからつい反応しちゃうんだよね、お互い。鬼灯君と白澤君はそれを意識せずにしてるから根本的なとこが似てるんだと思うよ?ワシ」

喧嘩は同レベルの者としか出来ないと、昔から言うではないか。

「ワシも鬼灯君と付き合い長いけどあの子が嫌味で言ってる事に気付かないことがあるもん、それってあの子が悪いと思っていることをワシは悪いと思ってないからだよね、だからって矯正されたりしないけどさ。ワシは閻魔なんだし、そんなとこまで鬼灯君に合わせる必要はないよね」

それは確かに……。
揺るぎない自我を持っていない大王では裁判など任せられないし、鬼灯だって自分のいいなりになる閻魔なぞ仕えたいとも思わないだろう。

「鬼灯君て仕事に関しては合理的なことしか言わないじゃん、でも私生活になると何考えてんのか解んない時あるでしょ?」

これには鬼灯に親しい部下達が一斉に頷いた。
彼は独特な感性を持っているというか他者には理解できない自分だけの浪漫を追っているところがあると思う、ただ真面目で冷徹なだけの補佐官よりはずっと好感は持てるけれど。

「あの変わり者の鬼灯君を相手に毎回毎回きっちり喧嘩買ってきっちり売り返すのって凄い事だと思うよ」

ただ暴力を振るう関係だったら白澤は避けることを選ぶし、鬼灯も全力で嫌がらせを考えたりしないのではないか、と閻魔は言った。

「つまり大王は何をおっしゃりたいのですか?」

部屋の端、柱の影から発せられたドスのきいた声に、酒気の帯びた空気が凍りつく。
膝の上にあるものの所為で動くに動けず、投げる物もなく大人しく閻魔大王の演説を聞いていた鬼灯が漸く口を挟んできたのだ。
周りの者は全員、彼は膝の上に乗せた者と共に夢うつつだと思っていた。


「だから鬼灯君と白澤君って関わり方を変えればとても相性がいいよね」


凍りついた空気とは正反対の、春の微風のような声が落とされた。
鬼灯は肩の力を抜いて、背後の柱へ背を預ける、その手はぎこちなく白澤の頭、角の生えていた部分を撫でていた。

つい昨日のことを思い出しながら……




* * *




生贄を捧げる寝台の上で倒れた丁は、すぐに横を向いて顔を伏せる。
雨空よりも晴れた空は好きだったけれどこうなってしまうとそれも覆る、己が逝く空がこんなにも青いのだと思いたくなかったのだ。
雲一つない澄み渡った空、あんな何もない場所になど逝きたくはない、汚れていてもいいから逝くのなら様々な色の混じった世界が良い……
今思い返すと、鬼火を呼び寄せたのは己の怨みだけではなかったように思う――




「おーい、なにやってんだお前」

久々の休暇をとった鬼灯は心地好い桃源郷の空の下で惰眠を貪っていた。
観光客の入ってこれない神獣のお気に入りの場所だが、この時間ならアレも真面目に店を切り盛りしているだろうと油断した。
閉じた瞼の前で彼の手がはらはらと振られる気配がする、桃の香りと共に漢方の苦い匂いが鼻を擽るが不快には感じない。
喧嘩をする気分じゃないからと、狸寝入りを続行していると白澤が隣に腰掛けてきたのに気付く。

「麒麟に聞いた……お前アッチの補佐官に対して啖呵きったんだって?強気外交もいいけどさ、あんま皆をハラハラさせるようなことすんなよ」

自分が寝てると思って語りかけてくる白澤にじわりと胸が温かくなる、話す内容は説教じみたものだけど、その声は聞いたことのないくらい柔らかいからだ。

「むこうが地獄が不利になるような事ばかり吹っかけてくるから仕方なくだろうけどさーー相手は悪魔や神なんだから、もう少し器用に立ち回ればいいのに……」

悪魔ならば小賢しい手も使ってくる、神ならば大いなる力を振りかざす、それらに対し真っ正面から立ち向かっていくなど無謀だ。
鬼灯もやり手の参謀だから政治面の駆け引きは上手いけれど、普段罪人を裁いている身ならば自らが卑怯な手を使うことに抵抗がないわけがない。

「お前が地獄の為にしていることで穢れているなんて思わないけど」

この神は、時々こちらの胸に深く突き刺さる言葉を口に出す。
先日、己が閻魔大王にとって唯一頼れる者だと言われた時もそうだった、大王への態度で部下としての是非を問われることも……自問自答することも多い鬼灯にとって白澤の言葉は確かな自信へ繋がった。

「お前ひとりが怨まれてしまうのはカナシくないか……?」
「そんなことはありませんよ」

目を開き、思ったことを口に出すと、神獣は酷く驚いたように体を震わせた。
こんなに近くにいたのかと鬼灯も少し驚く。

「起きてたのか?お前爆睡型じゃなかったっけ?」
「こんな明るい空の下で爆睡なんて出来ますか……」

開けた瞬間輝血の色に染まった視界も光に慣れてしまえば通常通り、何処までも続くような澄み切った青空の中に、白澤の姿が見える。
桃源郷に来ればいつでも見れる風景で、しかしあの時“あの場所”ではとても望めなかった光景だった。

「貴方……私ひとりが怨まれるのはカナシくないかと聞きましたよね」
「そ、そんなこと言ったっけ……」
「ごまかすな」

独り言を聞かれたことの気恥ずかしさと鬼灯と普通に話せているという不思議さで、この時の白澤は少なからず動揺していた。

「白澤さんならご存知と思いますが私これで結構閻魔大王に恩義を感じてるんですよ」
「うん……まったく態度に出てはいないけどね」
「私を受け入れてくれた地獄という場所にも感謝してるんです」
「うん」

動揺していたから油断したのだろう、こんな風に暴力の頭文字も浮かばないような空間に彼と二人でいて――

「私が恨まれ役になることで、あの人の善性が際立つのならそれでいいですし、地獄の秩序が保たれるならそれ以上の報酬はないと思ってます」

恋に落とされないわけがないのに……

「私は幸せなんですよ」

そう言った鬼灯の顔の横にポトっと何かが落ちる。
思わず拾い上げ観察すると白澤の頭から落ちた角のようだ。

「あ……」
「これは」

何故落ちてきたんだ?と、目を瞬かせる。
今日はまだ何も暴力は振るっていないのに……疑問に思った鬼灯が白澤の方を見るとその顔から血の気が引いていた。

「白……」
「返せ」

自分の手から角をひったくろうとする白澤を避け、横に転がりその反動で膝立ちになる。
白澤の様子がおかしいし、この角を手にした瞬間からこの身もおかしい、朝方まで仕事をしていて疲れていた筈なのに今は体の芯から力が漲ってくるようだ。
それだけではない、この角から伝わってくる気配が鬼灯にとって離しがたい甘美なものだった。

「白澤さん、これ私に頂けませんか?」

鬼灯にしては珍しく白澤に懇願した。

「……っ!?な、なに言ってんだよ、駄目だよ」

白澤は一瞬驚いたがすぐに首を横にふる、駄目だ。
そんなもの、この鬼神が持っていてはいけない。

「いいじゃないですか、どうせまた生えてくるんだから」
「よくない!返せ!!」
「ケチくせぇ駄獣だな」

しかし、ここまで頑なに断られると余計返したくはなくなる。
だから鬼灯は膝立ちからクラウチングスタートの体制に移して――

「返して欲しかったら私に追いついてみせなさい」

ビュンと風を切るように全速力で走り出した。






(……おかしい)
(おかしいですね)

おいかけっこを開始して早一時間、二人とも同じ事を感じていた。
当初と同じスピードで走り続ける鬼灯と神獣型に変化した白澤の距離が縮まらない。
もともと身体能力の差はあるが神獣型をとっているのに追いつけないなんて、これも角の力かと白澤は歯噛みした。
一方鬼灯は疑問に思いながらも白澤が自分を追ってくるこの状況を楽しんでいる。
と、その時、白澤の前足が背の高い桃の木に引っかかった。

「うわっ」
「……」

ゴロンゴロンバッシャーーン。
白澤は桃の木に躓き、地面を転がった後、近くの泉に落ちた。

「何やってんですか貴方……」

これには興の削がれた鬼灯が呆れながら泉へ向かった。

「返せ」

人型に戻った白衣の男がずぶ濡れになりながら浅瀬に座り込んでいる。
ふわりとボリュームのあった前髪が額に張り付き、双眼を半分ほど隠していた。
鬼灯は濡れるのも構わず泉の中へ入ってゆくと、その張り付いた前髪を乱暴に掻き上げた。

「痛っ」

切れ長の瞳と、額の朱紋がいつもながら無表情の鬼を見上げる。 

「何故そう必死で取り返そうとするんですか?」

白澤の角が抜けるところなら、何千何万回も見てきた。
そう珍しいものでもない筈だ。

「それは……お前にとって良くないものだから」
「は?貴方の角がですか?」

思わず聞き返す。
吉兆の神の角が他人に害を与えるものだとは思えないが、この白澤を見ると嘘ではないようだ。

「お前の方こそ僕の角なんかよく欲しがるな」
「これを手にした時から妙に力が漲るんですよ」

これを身に付けて仕事をすれば捗りそうだと思いながら答える。

「バカ、だから悪いんだよ」

白澤はそれが神獣の同族になりかけている証拠だとは告げない、告げれば己が鬼灯を愛してしまっていることを知られてしまう。
一方鬼灯は白澤の髪から撫で上げるように手を離し、仁王立ちしたまま考える、恐らく今白澤が角を取り返そうとしても即座に逃げ出せるだろう。

「そうですか……」

魔を祓う力があるなら最初から触れられない筈だし、もしかしたら好調の反動で不調に見舞われる、又は力を得る代わりに寿命を削る類のものなのかもしれない。
それなら返すしかないだろう……過ぎたる福は例外なく禍となるのだから。

「一つ私の頼みを聞いてくれますか?そしたら返してあげますよ」
「なんだ?」

どうして上から目線なのかと疑問だけれど、それで角が返ってくるなら疑問は一まず置いて置こう、そもそも本人には言っていないが鬼灯の頼みなら何でも聞いてやれるくらいには白澤は彼を溺愛している。

「私に『好き』と言いなさい」

白澤はその言葉に驚き目を見張った。
どうして、鬼灯がそんなことを言うのか皆目見当が付かなかった。

「ふん、大嫌いな私に『好き』と言うなんて最高の屈辱でしょう?言えるもんなら言ってみなさい」

そうか、嫌がらせか……白澤は一度俯いて脣を噛み締める、自分の告白はこの鬼の中では“そんなもの”でしかないのだ。


――ああ、だったら言ってやる。
本当はこんな言葉“本当”でしかないけれど。

「『好き』だよ」
「っ!?」

今度は鬼灯が驚く番だった。
嫌がらせと嘯いて己の身の内に隠した願望を口に出したが勿論叶えられるなんて思っておらず、断ってきた白澤といつも通り罵詈雑言の応酬をして最後に突き返してやるつもりだった。
少しでも長く、この神獣の角を持っていたかったからだ。

「……『好き』だから返して」

そんな言葉を“嘘”でなんて聞きたくなかったのに……鬼灯は舌打ちを吐き、自分の言葉に後悔を覚えながら約束通り白澤にその角を返した。




翌日――白澤は久しぶりに訪れた旧友の麒麟と鳳凰を伴い衆合地獄で飲み歩いていた。
何軒か梯子した所でぐでんぐでんに酔っぱらった白澤を持て余した二人は一軒の妓楼の中に放り込んだ。
よっぱらい神獣を連れ帰るのは面倒だし今夜はここで一泊させてもらおう、金は本人に出させよう。

「……そんなわけでぇ、昨日は大変だったわけぇ」
「あーその話なら何度も聞いたなぁ」

呂律の回っていない上に大きな声で鬼灯との追いかけっこの話を聞かされ、ウンザリと溜息を吐く鳳凰。

「ほら、もうお前寝ろ」

と、麒麟が枕替わりの座布団を渡すが白澤はそれをぽーいと投げてしまう。
個室は空いていなかったので横になれる部屋ならどこでもイイと言って宴会用の座敷を一つ貸してもらった。
故に布団等はついていない、まぁ三人とも本性が獣なので雑魚寝でも充分なのだけど此処が天国だったなら神獣だと気付いた時点で最高級のもてなしをされていた筈だ。

「気楽に飲むなら地獄に限るが、ここでは少々ハメを外しすぎるきらいがあるな、白澤よ」
「んーーいいじゃん僕ここにいると幸せなんだぁーーあの鬼の護ってる地獄なんだなーーって思うとさぁ」
「……まったく」

こうなった白澤は止まらない、今夜はずっと惚気モードなのだろうなと瑞獣同盟二人は早々に寝かせることを諦めた。

「そんなに補佐官殿が好きなら、そのまま双角を捧げてやれば良かっただろ?そうすれば補佐官殿にお前の番としてずっと一緒にいてもらえるぞ」
「なにそれアイツの意志とか無視じゃないかーー」

ムッとした表情で麒麟と鳳凰をじーーっと見つめていたかと思うと、大きな長い溜息を吐いた。

「無理だろ、だいたい今更好きだとか言っても信じてもらえる筈ない」
「それはお前が誤解されるようなことばかりしている所為だろ、態度を改め誠心誠意想いを伝えれば真剣に考えてもらえるのではないか?お前が好きになった程の御仁なのだから」
「だからーそれもイヤなんだってぇ、僕のことでアイツを煩わせたくないしぃ」
「いや、既に散々煩わせてると思うがな」

尚も酒を煽ろうとする白澤を止め、氷水の入ったコップを渡してやる、一瞬眉を顰めたが何も言わずちびちび飲みだした。

「補佐官殿がお前の気持ちに気付いてないのもウチの連中が地獄に無理難題吹っかける一因となっておるのだぞ」
「ええーー僕の個人的な感情を外交に持ち込まないでよ」
「個人的な感情と外交を一緒くたにしているのはお前の方だろ」

閻魔大王の第一補佐官である鬼神が中華神獣と同族の番となることで地獄の外交にどのような影響を及ぼすか、無駄に回る脳味噌で無駄に悩んでいるに違いないと腐れ縁の二人は知っている。
色々と面倒な制約が付くが神獣になれば永久の時と知恵と能力を持てるのだから、鬼灯としても悪い事ばかりではないと思うのだけれど、白澤はそうは思わないらしい。

「僕と一緒になったらアイツが今まで地獄の為に培ってきたものが台無しになっちゃうじゃない」
「そんなことはないと思うが」
「アイツには地獄を護るっていう大事な役目があるんだから邪魔しちゃダメなの、神獣の事情なんかに巻き込んじゃ駄目なの!」
「……お前、そんなこと言って今まで何本の角が抜けてるんだ」

神獣の中でも番を持たない白澤だけに与えられた能力――
白澤は恋に落ちると頭の双角も抜け落ちる、しかしそれは本気で愛し、番に相応しいと思った時だけだ。
想いと共に抜けた角を愛する相手に捧げる、相手も自分と同様の想いを持っていなければならないが、そうすることによって愛する者を己と同族の神獣に変えることができる。

その為に何度も何度も白澤の角は抜け落ちているというのに、白澤は一度もそれを捧げたことは無い。

「水を与えられることなく散ってゆく花を見ているようで悲しくなるぞ」

極楽満月の倉庫にある大きな箱、その中にびっしり詰められた好きの証はこの先もずっと捧げられることなく仕舞い込まれたままだ。

「いいんだよ……僕の想いは実らなくて」
「白澤っ!」
「もう!うっさい爺たちだなぁ」

白澤は先程投げた座布団の上に寝っころがり、両腕で顔を隠した。

「アイツに神獣の責任なんて背負わせたくない、閻魔大王やお香ちゃん達との離別なんて味合わせたくない……僕の愛は、あの鬼に直接なにか伝えるんじゃなくて、あの鬼が大切にしているものを大切にしていくことなんだ……僕はこれからもあの店に棲んで閻魔庁を見守っていくし、薬だって沢山開発していくし、衆合地獄に沢山お金落としていく、地獄に危機が迫った時は……例えばお前達が攻めてきても持てる力全部使って止めてみせるよ、僕は地獄も地獄に棲む皆も好きだから全然苦じゃない……」

初めはハッキリとしていた声もだんだんと眠気を帯びてゆく、アルコールがよい具合に効いてきたのだろう。
それにきっと昨日の追いかけっこが精神的にも肉体的にも響いている。

「アイツが死んだって……永久に変わらない……」

心なしかさみしげに呟いた後。
その薄い唇から漏れるのは、規則正しい寝息だけだった。

「はぁまったく、世話の焼ける」
「このやりとりも何百回目だろうな」
「酒の入った時なら正直な願望が聞けると思っても、コイツはいつもこうだ」

きっと最後に言った言葉が本音で真実なんだろう、まったく性質の悪い。

「どうする?今夜は冷えるし妲己に頼んで毛布だけでも貰ってくるか?」
「妲己は他の客の接待で忙しいと言っていたし、もう暫くしてからにするか、なにコイツが風邪引いたって別に構わんだろ」

そう言いつつ、なにか白澤に掛けてやるものを目で探す麒麟だが宴会用の部屋には見当たらない。

「そういえば隣の部屋で宴会があっていると聞いたが、随分静かだな……」
「ああ、人の気配はするのだが――」

と、言った瞬間、隣の部屋との仕切りになっていた襖が勢いよく開く。
パシーンと、本当に気持ちいい音を立てながら、八枚はあった障子が両端に全て寄せられてしまった。


「隣に誰かいると知った上で、そんな話を聞かせるなんて随分悪趣味ですねぇ瑞獣同盟さんは」

――どうしてお前がここに!!?
という顔をして、麒麟と鳳凰は襖を開けた人物……いや、鬼を見上げた。

「その白豚は此方でお預かりしますので、お二人も私達の宴会に参加致しませんか?」

寝入る白澤を挟んで座る麒麟と鳳凰に鋭い視線を下す鬼神・鬼灯。
その向こう側にニコニコ笑う閻魔とお香、そして何やら居た堪れない雰囲気の獄卒一同が静かに肴を摘まんでいる光景が広がっていた。

「あの女狐め……」

ここの主人である九尾の狐がわざとこの部屋に案内し、閻魔率いる獄卒一同には隣に誰がいるか教えていたのだろう。
中華瑞獣達が酔っぱらって何を話すのか興味を持った連中は極力静かに、聞き耳を立てていた……といったところか。
まんまと罠に掛かった己らに呆れたが、こうなっては仕方が無い。

「……そうだな、お言葉に甘えて我らも参加させて頂くとしよう」
「閻魔大王、よろしいですかな?」
「うん、勿論!白澤君の友達なら大歓迎!」

それを聞いた麒麟と鳳凰は徐に立ち上がり、隣の座敷に移動する。
襖の中央に佇んだままじっと白澤を見詰める鬼の両脇を通り過ぎる際、二人はぼそりと呟いた。


「どうかあまり乱暴に扱ってくれるなよ、補佐官殿」
「ああ見えて案外繊細なイキモノだからな」


鬼灯は僅かに目を細め、通り過ぎた二人に聞こえるか聞こえないかの声で答えた。


「……ええ、わかっていますよ」



――そして、場面は冒頭に戻る……



「あら?鬼灯様もう帰られるの?」
「ええ、面倒ですがコイツを桃源郷まで送り届けなければいけませんし」

鬼灯が膝に抱えていた白澤を肩に担ぎ直し立ち上がった所で、お香がすかさず声を掛けると、そんな答えが返ってきた。
すると鬼灯のいない閻魔とお香の隣を陣取っていた烏頭が意外そうに瞳を瞬かせる。

「お持ち帰りするんじゃねえのかよ」
「まぁ……酔いつぶれたコイツになに言ってもどうせ憶えていませんから」

今日話したことも、どうせ明日になれば忘れてしまう。
酔っぱらっている最中のことなど追及しても無駄に決まっているのだ。

「ああ大王、来月まとめて有給頂きますから、それまでキリキリ働いて下さいね」
「ええっ!?……って鬼灯君なにする気なの?」
「……いえ、今度の追いかけっこは長びきそうなので……」
「うん?」

鬼灯は自分の肩にかかる体温に顔を寄せながら、不敵に嗤って見せた。
あまりに怖ろしいので閻魔大王はそれ以上の詮索はしないことにする。

「では、失礼いたします」
「う、うん……気を付けて」
「お疲れ様です鬼灯様」
「お疲れ様ーー」


部下達の挨拶を背中で聞きながら、鬼灯は軽い足取りで座敷を出て行った。


その後の宴会は今まで鬼灯の気持ちを知りつつを見守ってきた保護者・幼馴染達と暴露話と、白澤をもどかしく感じていた瑞獣同盟の暴露話によって大いに盛り上がったそうな。







おしまい