雛姫様リクエスト

75……

七十五という数字には人を惹きつける力があると思っている。
古くから七や五は縁起の良い数字とされていて、日本では七五三を祝う習わしがあるし、他にも人の噂は七十五日と言うし初物を食べると七十五日寿命が延びるとか一瞬を表す刹那は七十五分の一秒だとか七十五年は節目の年だとかいってあまり悪い意味で使われているところは見ていない。

しかし、それがバストサイズならとうだろう。

白澤は姿勢を正し真っ直ぐ前を向き胸を張る、そのままメジャーを胸周りに巻いた。
そっと、下を向いてメジャーを見るとやはり75センチ、毎朝と入浴後に測っているが何回やっても何回やってもその位置に目盛りがくる。

白澤はアンダーが65と細めだからギリギリAカップはある、ウエストもくびれているしヒップも締まっていて足も長くて腕もしなやかで、全体的に少し痩せてはいるが決してスタイルが悪いわけではない。
自慢はしなくとも白澤は己の身体には自信があった。

しかし

『男性の言う理想の女性を突き詰めていくと牛に辿り着きます』

アイツが言ったのだ。

仕事の鬼が珍しく女の話なんてしているから、つい聞き耳を立ててしまった。
アイツの思う牛のイメージはどうせ、おっとりしていて豊満で母性溢れるとかそんなものだろう。
自分は神様なんてやっているからか鬼と比べると気はかなり長い方で、小さい子どもを見てるとついつい慈愛のオーラを発してしまうから、おっとりと母性はクリアしていると思う。
ただ……豊満かと言われたら……

「うわぁぁあ!桃ちゃあん!!どうしたらおっぱいおっきくなるのぉぉお!?」
「そんな格好で店に出てこないで下さい!!」

店の掃除中、全裸にバスタオル巻いただけで現れた白澤を叱る桃子。
開店前とはいえ兎の従業員さん達はもう出勤してくる時間だ。

「だって、だって」
「あーもう!どうしたんですか?」

とりあえず箒を壁に立てかけ白澤には椅子に座るよう促す、格好が格好だからか膝をピシッと閉めてはいるが太腿が細いので微妙に隙間が空いている。
あれが絶対領域というやつだっけ……と桃子は思ったが違う、太腿と太腿の間の事を何と言うのか今度蓬あたりに教えてもらえばいい。

「桃ちゃん僕おっぱい大きくなりたいんだ」
「はい?」
「こないだアイツが理想の女性像を牛って言ってるの聞いて……」

桃子の中で白澤の言うアイツが鬼灯とイコールで結ばれた。
下を向いてしまった白澤がしゅんと項垂れているのか自分の胸を見ているのか知らないけれど、この人がなんだかんだいって結局あの鬼神が好きなのだと知っている。

「白澤様は今のままで充分だと思いますが」

鬼灯さん貴方が好きだし、と口に出さず頭の中で付け加える。

「あまり大きくても邪魔ですし」

桃子は巨乳と呼べる類の人間だったが自分の人生を振り返ってみても胸が大きくて得したことは一度もない、むしろ損してばかりだったように思える。
剣の稽古の時も邪魔だったし、芝刈りの時も邪魔で、鬼と戦う時も邪魔で、家事でも薬剤師の修行でも邪魔だ。
重いし肩凝るし汗かくし狭いところ通れないし男からジロジロ見られるし、唯一の利点は重たいものを持つとき支えに出来ることくらいだ。

「桃ちゃんみたいな桃尻桃乳に僕の気持ちは解らないよ……」
「ダイエット知らずなんだからいいじゃないですか、ほらTシャツ短パンとかジャージが似合いますよ」
「なんで運動着なの!?」
「スポーティな服が似合うって意味ですよ」

どうでもいいのだが、この師匠は体育の授業は真面目に受けず友達と一緒にコッソリ男子の授業を見学して先生に怒られるタイプだろうな……と一度も学生経験のない桃子は想像だけで思った。

「とにかく胸大きくしたいの!性格でメチャクチャ嫌われてるから、せめて見た目では好かれたい……」
「ええっと……」

性格でも見た目でも既にメチャクチャ好かれているということに何故気付いていないのだろうか、あんなに分かりやすく嫉妬されているのに……桃子は独占欲の強すぎる彼の鬼に思いを馳せた。

鬼灯と白澤の喧嘩は主に鬼灯の嫉妬からくるものだ。
女の子を愛でるのが趣味だとか言って女性の癖に妓楼で散財してくるし(主に飲むだけで手は出していない)男はいるとしか認識していないと言いつつ客には愛想がいいし、子どもや動物には性別問わず優しいのが白澤だ。
鬼灯はそれが気に食わなくてつい罵倒してしまうという、女性なので流石に肉体的な暴力は振るわれないが普通の人なら立ち直れないレベルの言葉の暴力は振るってくるので見ていて痛い。
以前、子どもや動物に優しいのくらいは大目に見てはどうかと進言したところ「子どもなんてあっという間に大きくなるじゃないですか。あとアレの本性は獣ですから動物からも恋愛対象として見られる可能性は充分あります」だそうだ。
つまり鬼灯的には老若男女種族問わず恋敵になりうるらしい、しかし白澤が鬼灯にラブなのは傍目で見ていて分かるし、地獄天国の平和のため二人を応援しようって人が殆どなので杞憂だと思う。

「だから桃ちゃん僕のおっぱい揉んで!!」
「はぁ!?」

何を言い出すのだこの師匠は! という目で桃子が見ると白澤は恥ずかしそうに話し出した。

「だって食事に気を使っても効果無いし運動しても肉つかないし」
「そういう体質なんでしょ!諦めて!」
「だから後は揉むしかないの!ほら他人から揉まれたらおっきくなるって言うじゃん!!」
「他の人に揉まれて大きくなった胸なんか鬼灯さんは喜ばないですよ!!」
「いいじゃない女同士なんだから」

甘い! 女同士だろうが嫉妬してくるのが鬼灯だ。
だいたいアレは好きな人に揉まれるから女性ホルモン分泌されて胸が大きくなるんじゃないのか、弟子に揉まれても意味ないだろ。

「ねぇ、ちょっとだけだからさ、ほら……」
「うぎゃぁあああ!!」

無理やり胸に手を持って行く白澤に悲鳴を上げる桃子、これは立派なセクハラでパワハラだと思う。
そして触ってみて思ったけどコイツ本当に貧乳だ。

「なにをやってるんですか……?」
「え?」

と、そこに絶対零度以下の声が落ちてきた。

恐る恐る入り口の方を見ると……

「ほおずきさん?」
「ゲッ!お前なんだよ、こんな時間に」

鬼の形相をした鬼がいた。
多分幻覚だけど地獄の底から這い上がってきたようなオーラが見える。
鬼灯の目の前にあるのはバスタオル一枚身に纏った好きな人が、自分以外の人(女性だけど)に押しかかって胸を触らせている図だ。

「なにをやっているんですかと聞いているんですよ!!」

ドゴーン!!

「「ひぃぃぃい!?」」

白澤も一応女性なので直接攻撃はされない、しかしその分店やら周りのものが壊される率が高いのだ。
今回は鬼灯が投げつけた金棒が床を突き破って地面に突き刺さっていた。
周りの地面がクレーターみたいに凹んでいる、怖い。

「お前……わざわざ六時間かけてスコップで掘らなくても重いもの地面にぶつけてけば簡単に落とし穴作れたんじゃ……」
「ソレっすか!?今言うべきことはソレっすか!?」
「苦労して掘ってこその落とし穴でしょ……というかスコップではなくシャベルです」
「え?あれシャベル?スコップじゃなくて?」

穴を掘る道具って大きいのがスコップで小さいものがシャベルではないのか?
頭を傾げる師匠に弟子がすかさずツッコミを入れる。

「ああもう!!そんなのどうだっていいですよ!!誰が修理すると思ってるんですか!!」
「ハッ!そうだよ!なに人の店の床に穴あけてくれてんだよ!!」
「おや、ぬか床でも漬けてましたか?」
「ねぇよ!仮にあったとしても台所の下だよ!!」
「まぁ私は浅漬け派ですけどね、朝漬けて夜食べれるところが良い」
「お前たまには凝った料理作れよ!!浅漬け美味いけどな!!今度お前がいない隙に唐辛子足しといてやるよ!!」
「やめなさい、だが私がいない隙に料理を作っておくのは許す」
「はぁ?なに作れってんだよ!僕こないだまでお前が辛いの苦手な事すら知らなかったんだけど!!」
「白澤様どんどん話がズレてってます!!あと男には肉じゃがかハンバーグ作ってれば大丈夫ですよ」
「え?そんなんでいいの?」
「はい、男は基本料理なんかしないので、それくらいのものでも料理上手だと思ってくれます」
「どういう偏見ですか……では筑前煮と卵焼きお願いします」
「うわっ簡単そうに見えて難しいのリクエストしてきやがった!」
「白澤様お得意の中華じゃないところがまた厳しいですね」

そんな応酬が漸く収まったと思った頃、既に開店間近という時間になっていた。
と、言っても床が悲惨な状態なので本日は臨死休業を余儀なくされてしまったのだが……

「で?貴方いつから女色に走るようになったんですか?」
「走ってない!そりゃあ女の子は好きだけど、そういう性癖はない!」
「そんな格好で桃子さんに迫ってたではありませんか」

と、聞かれ白澤は改めて自分の格好を省みる。

そうだ……朝、バストサイズを測った後に裸にバスタオルを巻いたまま此処まで走って来たから……

「おぎゃあああああ!!」

白澤はそのまま自室へすっ飛んで行った。

「色気無い声ですね……」

そう言いつつ、鬼灯の鬼灯が僅かに反応しているので桃子は急いで鎮静剤を手渡した。

「あの、誤解ですよ?鬼灯さん……白澤さん一応あれで恋愛対象は男性ですから」

というか鬼灯一択なのだが当の本人には伝わっていない。

「わかってます……どうせいつもの奇行の一種でしょう」
「はあ」
「あ、そうだ桃子さん握手して頂けますか?」

あ、この人間接的に胸を揉むつもりだ……と桃子は察する。
白澤に奇行が多いのは認めるが、鬼灯も人のこと言えないだろう。
そうこうしている内に白澤が着替えて戻ってきた。

「で、なんの用だよ?薬だったら昨日配達していったろ」
「そうでしたね」

桃子は昨日頼まれていた薬が出来たからと勇み足で配達に行ったのに肝心の鬼灯がいなくて大変ガッカリしていた白澤を思い出す。
閻魔から「ご、ごめんねぇ白澤くん」と謝られ、帰り道で会う人みんなに「あー鬼灯さんに会えなかったんだぁ」と思わせるくらいの落ち込みようだった。

「昨日まで現地視察に行っていたんですが」
「うん、知ってるよ」

昨日、閻魔大王から聞いた。
知っていたら配達なんて行かなかった。

「お土産買ってきたんです……貴女に似合うと思って……」
「え……?」

キメ顔(真顔とあまり変わらないが解かる人には解かる)で綺麗にラッピングされた小さな箱を渡してきた鬼灯に白澤は少女マンガの主人公のような顔をしてときめいている。

「な、なんだろ……つまんないものだったら怒るからね……」

と、言いつつ嬉しそうに装丁を剥がしてゆく白澤と、ほんの少し緊張気味の鬼灯を、桃子は「どうせまた予想の斜め上をいくものを寄越してきたんだろうな、そして喧嘩になるんだろうな」とあまり期待せずに見守っていた。

この二人、これでも仲良くなる気マンマンなのでお互い贈り物をすることが多いのだが内容がいつも何かズレている。
例えば鬼灯クリスマスプレゼントは自分好みにしようとしているのか、ミステリーハンターみたいな服(俗に言うサファリルック)と双眼鏡(万物を見渡す目を持っている神獣に)だった。
そして白澤も白澤で本気で相手の事を考えた結果『薬屋さんのギフト』または『おばあちゃんからの宅配便』みたいなものしか贈れていない、まぁコチラは役に立つので大切に使っているそうだ(情報源:シロ)
何営業先へのお土産や女の子への貢ぎものなら得意なのに好きな人への贈り物となると何故こうも外してくるのだろう……地獄と桃源郷の七不思議の一つだ。

「……これは」

箱を開けた状態で白澤が固まってるのを見て桃子は「ああ、また失敗か」と思いながら箱の中を覗き込んだ。
そこにあったのは、バーコードと数字の書かれた黄色い簡単に描いた家みたいな形をしている……耳飾り?
なんかこれニュースとかで見たことある。

「えーーっと」
「耳標です」

耳標:家畜の個体識別番号の書かれたもの。牧場で動物の耳に付けられてるアレである。

「……」

俯いて震えだした白澤に桃子はオロオロとするばかり。
泣くのか? 泣いてしまうのか? うん、これは泣いても仕方ない。
というかコレって買えるものなのか?

「おかしいですね、私の元へ出荷されて来い! というエッジのきいたプロポーズのつもりだったんですが」
「耳標ってむしろ出荷する側が付けるもんじゃないですか?そして別にエッジはいりません……これ以上うちの師匠の心を抉らないでやってください」

頼むから普通に告白してくれ、そうすれば全部上手く纏まるから……と本気で思う。
巻き込まれるのは御免だと、この二人の恋路は一線引いた所から見守っていようと決めていたが一線引いていても巻き込まれるのでもういっそのこと全力で応援してやろうかという気になってきた桃子だった。

「ねぇ」

すると、震えた声で白澤が話しかけてきた。

「コレって牛さんの耳につけてるやつだよね?」
「はい、そうですが……」
「お前の中で僕のイメージって牛なの?」
「……そうですね、動物に喩えるなら牛が一番近いかと……」

神獣姿を思い浮かべながら鬼灯は答える、しかし牛にしては細くて、なんとなく色っぽく見える、毛並なんかはカシミアが近い? いやそれよりイイかもしれない、尻尾はモフモフだし、コイツ人型でも獣型でも極上だな……と鬼灯が再認識していると、白澤は顔をガバッと上げた。

「そっかぁ……」
「!?」

それはそれは嬉しそうな声を出しながら白澤は満面の笑みを見せた。
鬼灯の心臓が高鳴る。

(まさか……この人……)

桃子は小一時間ほど前『こないだアイツが理想の女性像を牛って言ってるの聞いて……』と言って落ち込んでいたのを思い出した。

鬼灯の理想のタイプは牛
鬼灯の中で僕のイメージは牛
つまり鬼灯の理想は僕!

恐らくそういう方程式が白澤の中で組まれたのだろう、間違ってはいないけど……間違ってはいないけど……!!

(……もうヤダこの師匠)

浮かれまくって、鬼灯の手をとってクルクル回っている白澤を見ながら桃子は本気でこの人に付いて行って大丈夫なのか心配になってきた。
そうこうしている内に二人は先程鬼灯が開けた穴に落ちる、突然の密着でキャーキャー騒ぎ出した白澤に鬼灯がイヤならどきなさいと言っている。

「イヤじゃないよ!大好きなお前とくっ付いていられるんなら!たとえ火の中、穴の中ー!」
「使い方間違ってます……って、白澤さん!?」

突然の告白に驚く鬼灯、桃子は「あー今夜はお赤飯だなー」なんて遠くを眺め出した。

「ね?ね?この耳標に書かれてる番号さ!0246だけどオニシロって読むの?」
「ええ、そうですよ」

中華の神獣の癖に日本の当て字に気付くとは流石一億年以上生きてるだけあるなと感心した。

「オニシロ、鬼白!僕らのことだね!???的!!」

(いや、アンタらの読み方だと「ホオハク」だろ……)

遠くを眺めながら桃子はつっこむ、ただホオハクだと読みにくいからオニシロでいいと思う。

「ちなみにバーコードを読み取ると“鬼灯の神獣”と書いてあるんですよ」
「本当!?嬉しい!!やったぁ!!」

そんなの誰が読み取るんだと思いつつ、漸くくっついた二人の為にそっと店を出ていく桃子。

未だに穴の中で転がっている鬼灯と白澤は既に泥だらけだけど気にしないでおこう。
――しかし何千年と片想いだと勘違いしていた二人の関係が変ったキッカケが、白澤の勘違いだったなんて……

「なんだかなぁ……」

二人とも桃子が尊敬する人ランキングをつけたら確実にツートップだけれど、同時に馬鹿だと思うランキングでも上位になること間違いなしだ。
それでも枕に「愛すべき」がつく類の「馬鹿」だから、良いのかもしれない。

とりあえずこれから不喜処に行って盟友たちに鬼灯と白澤の恋が実ったことを報告しよう、と桃子は踏み出す足に力を込めた。



* * *



こうして見事お付き合いまで持ってこれた鬼灯と白澤だったのだが、白澤の勘違い癖は抜けないようで、ことあるごとに弟子を困らせているという。

今日も寝ようとしている桃子の寝室に押し入ってきた。

「桃ちゃん!!アイツに処女だとバレたくないからコレで僕の処女膜破って!!」

そう言いながらシリコン製のバイブを持って迫ってくる師匠の対処法って探せばどこかにあるんだろうか。

「……」

鬼灯と付き合い出して一ヶ月、白澤もそろそろ体を重ねる時期かな? なんて思ってるんだろうなと想像する。
面倒くさい、私に聞くな、さっさと勝手にやっちまえよ、ていうかアンタそのナリで処女だったのかよ……
眠い桃子の頭にそんな言葉が浮かんでくるが、表面上は優しく諭した。

「どうして処女だとバレたくないんですか?」
「だってアイツ絶対経験アリだもん!!それなのに僕の方は初めてなんて思われたら悔しいじゃない!!」
「なんで鬼灯さん勝手に経験アリ認定してんすか……」
「あんな男前でセクシーで仕事出来て愛嬌もあるカッコイイ鬼が童貞なわけないだろう!!?」

(惚気んな馬鹿)

というか、なんだその意地は、いいじゃないか節操無しだと思われるよりマシだろう。

「あー……それなら白澤は怪我と一緒で処女膜も再生するって言えばいいんじゃないですか?」

しかし此処までくれば桃子の対応も慣れたもんである、随分思いつめた様子の白澤に優しく諭すように言った。

「そっか!そうすればいいんだね!ありがとう桃ちゃん!」

いや、そんな嘘は二回目以降通用しなくなるだろう。

アンタそれでも知識神かと思ったが折角白澤が騙されてくれているのでつっこまないでおいた。
だって眠いから。



案の定、二回目でバレるのだけど、それまで鬼灯の“白澤さんの初めての相手”への怨念が凄まじく世界中の鬼火を呼び寄せてしまうレベルだったという。
しかし世界中の鬼火を呼び寄せた事で、神としてパワーアップして白澤の番になれたりするから結果オーライだった。






END