始まりの刻はおぼえていない、ほんとは憶えているけど、ずっと同じような空と星をみていたから其れが何時からかなんて解らなかった
初めてなんておぼえてない、気付いたら息をするように全てを愛していたから、そう、すべてを平等に

『僕の本分は“博愛”だからね』

何度も何度も言った筈のこと、嘘を吐くのは得意じゃないから、白澤は誰も特別には出来ないイキモノだ
それを聞いたヒトは大概かなしそうな顔をして僕を見てカワイソウと言った
僕は全然かなしくなかったけど自分の基準で他のものを秤れるヒトというイキモノが愛しかった
比べられるってことは僕がソレと同じものだと思われてるってこと、その人にとって同じカテゴリーにいるからなんだ
だからお前と比べられること腹が立ったけど嬉しかったよ

お前の愛は僕より重いね
お前の愛は僕より強いね
お前の愛は僕より深いね
お前の愛は僕より広いね

それに比べれば僕の博愛はたしかに薄っぺらく見えただろうけど

『お前がいなくなることは誰も愛せなくなるのと一緒だから』

お前は知らないだろう、ずっと僕のことをカワイソウだと思っていたのは僕自身だったって
何のてらいもなく僕を特別だと言うお前のことがずっと羨ましかったのだって知らないだろう
僕だって本当はずっと誰かを唯一にしたかった

『白澤さん……?』

最後に僕の名を呼ぶのがお前でよかった
初めては憶えてないけど、最後はちゃんと憶えておくよ

『愛してるよ鬼灯、だから僕はお前で終わることをにした』

白澤の感情に新しい花を植えつけたのはお前だったから

『最後の博愛をお前に贈るよ』
『なにを……』

ああ、初めて見る顔だな、出来れば笑顔が見たかった
もう目の前は真っ黒でお前の顔どころか自分がどんな顔してるかも解らない、でも
お前が最後に見る僕の顔は、きっと不敵に笑えていると思う


『思い知ったか、ざまぁみろ』


舐めてかかってた分、痛いだろ?

これが神の寵愛だよ、ばーか




* * *




今よりおよそ数百年前、現世に暮らすある一人の少女が、ある一匹の妖怪に出逢ったことがキッカケだった。
その姿を形容するなら“宙にあいた黒い穴”と言うより他になく、指の輪にも満たない小さな丸い穴が宙に浮かんでいて、覗き込むと闇の空間が広がっているという中二病全開の妖怪だった。
それがある日突然、少女の部屋の中に現れた。
ただその妖怪が発生する場所に少女の部屋があったというだけの偶然の出逢いだったが少女はそうは思わず。

――これはきっと私をたすけてくれるカミサマだわ!

黒い穴は少女の思う妖怪らしい妖怪ではなかったので勘違いされたのだが、それは人間の想像から生まれた新しい妖怪であり、名前は“空亡”というものだった。
ある日、空亡がいつものように部屋の中に浮かんでいると少女泣きながら帰ってきた。
ただ泣き続ける少女の周りをクルクル回っていると、少女はやがて泣き止んで空亡に学校で他の子からイジメられたと告白した。

――おねがい、あなたはカミサマなんでしょう?

空亡はその時まで自分が何者なのか考えた事も無かったが、少女に言われ自分は神なのだと思った。

――みんなに、私をいじめるのをやめさせて

次の日、少女に学校まで連れてこられた空亡は初めて自分の力を使いクラスのみんなから少女をいじめたいというキモチを吸い取った。
そのお陰で少女は以前のように楽しく過ごすことができたのだけど、その日を境に空亡は少女の前から消えてしまった。
でも女の子は、それを大して気にはせず。

――だってあの妖怪は私を助ける為に現れたカミサマなんだから、助けたあとはまた別の人の所へ行ってしまうのよ

そう思ったのだと、後に少女と対面した時に語られた。

「空亡は神ではありません」

少女のクラスメイトから感情を吸い取った空亡は、それから目に付いたものはなんでも吸い取るようになっていった。
形あるものも、形ないものも、無機物も、有機物も、綺麗なものも、穢いものも、見境なく吸い取って、やがて人や動物まで吸い取るようになった。
その所為で大惨事になったり泣く人もいたが、空亡は罪悪感など感じない、だって自分をカミサマだと信じていたから、何をしても赦されるのだと思い上がっていたのだ。

その存在を知った本物の神々は初め人間が生んだ新しい妖怪の一つとして捉えていたが、何か吸い取る度にどんどん巨大化していく空亡を見て、其れがやがて現世すべてを無にしてしまうのではないかと危惧しだした。
現世が無になれば三千世界の均等が崩れる、天国も地獄も無くなってしまう、そう考えた神々は話し合いの末、空亡を封印することに決めた。

「しかし空亡を封印するには、対価として空亡と同等かそれ以上の力を持つ者の魂が必要だったのです」

封印の準備が出来るころには既に空亡の力は並の神や妖怪よりも強いものになっていた。
つまりは並以上の力を持つ神や妖怪を生贄に出さなければいけないだ。
その事態に天国も地獄も揺らいだ、並以下の者なら生贄にしていいという意味ではないが、世界の摂理を保つ為に必要な神や大妖を犠牲にするわけにはいかなかった。

「そこで選ばれたのが私です」

初めから神として生まれたのではなく自力で神となった者なら、たとえ消えても世界の摂理は保たれると世界中の神々が集う会議で決定したことだった。
日本や外国の知り合いの神達は最後まで反対してくれていたが、覆すことは出来なかったし、選ばれた本人も逆らう気はなかった。

地獄を護る為なら仕方が無いと諦めてしまったのだ。
今度は自らの意志で決めたこと、怨む気持ちもない。

「しかし今こうして私は生きています。どうしてだと思いますか?」
「誰かが身代わりになったんだろ?」

間髪おかずに応えた白澤に、問うた方はニヤリと笑う。
その笑みに自分の知る男のと相違を見い出し白澤は気分が悪くなった。
先程からそうだ、この男を見た瞬間から吐き気がするほどの嫌悪を感じていた。

「私の身代わりになったのは“白澤”です」

本名を呼び捨てされたことに一瞬驚いたが、すぐにそれは自分のことではないのだと思い直す。

「でも“白澤”がいなくなったら、その世界の摂理ってやつが壊れちゃうんじゃないの?」
「ええ、だからアイツはそうなる前に私に“白澤”の神格を托し、ただの妖怪となりました」
「へぇ、じゃあ今お前は“白澤”の力を継承してるってわけか……どうりで」

ともすれば気を失いそうな程の神気を放っている理由が解った。
元々あった鬼神の力に神獣の力が加わっているのだから当然か、もはやその力は最高神に匹敵するのではないだろうか。
自分が鬼に神格を譲るなど、とても信じられない話だが一本角の下に描かれた眼が全て真実だと物語っている。

「ならお前の今の名は“白澤”なの?」
「いえ、神獣とは違うまた新たな存在になりましたので“鬼澤”と名乗っています」

それにアイツと同じ名前なんてイヤですから、と悪びれもせず言ってのけた所は自分のよく知る鬼と似ていた。
そうか……鬼神獣なんて、また中二病感全開なものを創ったな異世界の自分達、果たして鬼灯に大事な名を変えさせてまでそうする必要があったのか

「幸い妖怪となった“白澤”でも空亡の数倍の力は残っていたので、封印するのに使った魂は半分で済みましたが」
「ああ、だからか……」

白澤の目線が鬼澤の背後に移された。
出来れば視界に入れたくないのだが、そこには飼い犬よろしく尻尾を振って鬼澤の背中に擦り寄っている自分そっくりの妖怪がいた。
耳と尻尾だけ生やして後は人型をとっているのが我ながらあざといと思う。

「そんなわけでコイツを元に戻せ神獣」
「どんなわけだよ」
「見ての通り、妖怪となり魂の半分を失ったコイツに知性はありません、本能だけで食う寝るヤられるって生活を繰り返してます」
「ちょっと待て、ヤられるってなんだ」
「まぁトイレの躾は済んでますので所かまわず粗相したりはしませんが」
「待って、それもなかなか聞き捨てならないけどヤられるって何だよ!?」
「深く追求しない方がいいんじゃないですか?白澤様」

と、鬼澤から放たれる神気に漸く慣れた桃太郎が初めて口を挟んできた。
説明が遅れたけれど、ここは白澤と桃太郎の暮らす極楽満月奥にあるリビングだ。

「だいたい、なんで僕がそんなにお前に懐いてるんだよ」

今度は鬼澤の首に腕を回して項に額を摺り合わせ始めた異世界の自分に、気分が悪くなる。

「さぁ?私の眷属になったからじゃないですか?」
「はぁ?」
「空亡の封印からコイツの魂半分引っ剥がして身体に戻す時ついでに私の眷属にしたんです」
「ついでにするなよそんなこと!」
「ちなみに名前は“白灯”と名付けました」
「うわあああ!なんすかソレぇ!!」

閻魔大王から貰った大事な名前の半分を与えるなんて、めちゃくちゃ想いを込められていそうで桃太郎の全身に鳥肌が立った、白澤も同様だ。

「ていうか……それなら余計、ソイツを元に戻すのは難しいよ」

目の前の二人は鬼神獣・鬼澤と妖怪・白灯という自分達とはまた違う魂を有しているらしい、白灯として眷属になった者を“白澤”に戻すとなると主である鬼澤にそれ相応の負担が掛かる筈、それなら今のままでいた方が良いのではないかと思う。
それに鬼灯や白澤と全く同じ魂でないからこそ今こうして時空を越えて来られているのだ。
そうでないならもうとっくに元の世界に帰されている筈。

「その眼で調べてもわかんなかったんだろ?それなら僕にも無理だよ」

自分より力の強い鬼澤が出来なかった事が自分に出来るとは思えない。

「だいたい、お前の世界の僕がそんなにあの鬼に入れ込んでたってのが信じらんないけど」
「私だって信じたくなかったですよ」

そう言う鬼澤の顔が何やら悔しそうで、白澤の気分は少し上昇する。

「なに笑ってんですか……」
「だってソッチの“白澤”は最後の瞬間にお前の予想を越えることが出来たってことだろ?」

いつも予想外のことをされて負けてしまうのは自分の方なのに、異世界の“白澤”は“鬼灯”に一矢報いることが出来でいたのだ。

「ええ最後に言われた言葉が“思い知ったか、ざまあみろ”でしたよ……クソっ今思い出しても腹が立つ」
「フフーン、いい気味」

思い出し怒りに悶える鬼澤を見て、白澤の機嫌は更に上昇した。
いつまで此方に滞在する気か解らないが、こんな鬼灯(とは厳密には違うが)の顔が見てられるなら少しは付き合ってやってもいい。
どうせ此方の鬼灯は現世視察中で暫く帰って来ないのだ。
それに良い事を教えてもらった、おかげで此方の世界に空亡という妖怪が現れた時にすぐ対処出来る、そうすれば此方の鬼灯が生贄に選ばれることはないし自分は“白灯”のような存在にならずに済む。

(まぁ……ちょっと羨ましいとか思わなくもないけどね)

いつのまにか鬼澤の膝に乗って正面から抱き着いている白灯を見て白澤は重い息をついた。
アレは特別な存在を作った己の成れの果てだ。
白澤と比べて随分と素直で可愛らしいじゃないか。

(あの鬼とああなるのは絶対御免だけど!!)

自分が鬼灯の眷属になるなんて想像すらしたくない、恐らく鬼澤との契約が一度離れた肉体と魂を繋ぐ為の鎖になっているのだろうけどイヤなものはイヤなのだ。
あの男とはいつも対等かそれ以上でいたい。

(僕が僕じゃなくなるなんて絶対ヤダし)

鬼灯が鬼灯でなくなるのも白澤には赦せなかった。


と、師匠が上機嫌になったり不機嫌になったりしている中、順応力の高い彼の弟子、桃太郎は……

(この人たち夕飯食べていくのかな?それならご飯もう一回くらい炊かなきゃ足りないかもな)

夕飯の献立についての心配をしているのだった。




END