黒い鬼と白い獣が対峙している様はさながらチェスのようだ。 駒にするならルークかビショップだと見立ててしまうのは彼らがナイトと称するには老獪過ぎる故か、今まさに三界を救うナイト役になろうとしている白い獣の笑顔を浴びながらベルゼブブは頬杖を解いた。 「アンタの話は解ったが何故極秘なんだ?そんな重要な話なら各国の賢人交えてした方がいいんじゃないか?」 白澤から異世界のことや空亡について聞かされたベルゼブブは半信半疑だった。 鬼灯と白澤のそれを混ぜたような魂を持つ鬼澤と、妖怪の気しか持たない白灯を見ているので異世界の彼らの存在は信じる、ただ全てを無に帰す妖怪が生まれたことは俄には信じられなかった。 自然発生の妖怪とは違う人間の想像から生まれた妖怪は人が畏れているか望んでいないと存在出来なかった筈だ。 「元は“こんな妖怪いたら無敵だろう”って無邪気な想像から生まれたものなんだって」 「はぁ……人間てのは本当に厄介な生物だな」 見えない聞こえないからこそ恐れを知らず無限に創造し続ける、それが世界に影響するなんて考えもしないで、悠久を生きる神々にとっては良い娯楽となっているがそれ以外の者は毎度振り回されてしまうのだ。 目の前のテーブルに置かれているチェス盤のクイーンを指で弾いて八つ当たりをする、此処はEU地獄の王、サタンが所有する城の最奥の部屋だった。 アポもなく現れた白澤・鬼澤・白灯を迎え入れたベルゼブブはとりあえず彼らを一目に付かない場所へ連れて来たのだった。 「一人でも空亡を畏れる者がいる限り空亡を消すことは不可能なんだよ、だからアレの存在を知る者は極力少ない方がいい……それに」 “消す”だなんてこの神獣にしては物騒な物言いを少し意外に感じる、博愛が本分である彼は万物に等しく優しかった筈だ。 「アイツが言ってたでしょ、空亡を封印する為に誰かを生贄にしようなんて言い出したのはEUの魔導師の一派だって」 その人達に知られたくない、と……今度は珍しく怒った様子の白澤に驚くと同時に何故自分にそれを教えたのか察する。 ベルゼブブは儀式の為や贖罪の為に生贄を捧げる行為に激しい抵抗を感じる、救世主と言えば聞こえはいいが、要は人柱だろう。 西洋魔術で空亡を封印する為にはそれ以上の力ある者の魂を差し出す必要がある、空亡発祥の地出身でEUの悪魔と馴染みの薄い鬼灯が選ばれるのは目に見えている。 「……そうか」 ベルゼブブには誰かを犠牲にするという考えがないから白澤に仲間として選ばれた。 悪魔としてはどうかと思うが、万物の知識を持つ神獣から認められたと思えば誇らしい。 「しかし、アンタがあの補佐官と交際してたとはな」 別室でリリスと遊んでいる(遊ばれている)異世界の白澤こと白灯と、その保護者兼恋人である鬼神獣の鬼澤の様子を思い出しベルゼブブは苦笑う。 理性を失くして犬か猫のようになっている白灯は勿論、白澤から神格を譲られた鬼澤も全くの別人に見えたが、二人が愛し合っているというのは本当だと感じた。 「僕じゃなくて異世界の僕だろ……まぁアイツと違って鬼澤は可愛げあるからアレなら付き合ってやってもいいって思えるかもしれないけど」 女好きの白澤にここまで言わせるのだから凄いとは思うが…… 「でも、可愛げだけじゃ物足りないんだろ?」 「へ?」 何を言われているのか解らないといった表情をする神獣に少々呆れてしまった。 地獄を護る為に容易く自らを犠牲にする鬼灯など、可愛げはあってもこの白澤には詰まらないだろう。 恋愛感情が無いにしても此方の世界の白澤にとっては此方の世界の鬼灯の方が面白い存在で、かけがえのないものに違いない。 「解かった、アンタらの言う事を信じよう……その空亡って妖怪を倒すのに協力してやる」 勿論極秘で、と付け加える。 「ありがとう、心強いよ!ベルゼブブさんなら空亡倒すのに良い案を出してくれそう!」 「アンタも良い案出せよ知識の神獣……全て解決した暁にはEU地獄で二番目の美女とデートさせてやるぞ」 「そこは一番じゃないの?」 クスクス笑いながらベルゼブブが弾いたクイーンを立て直す。 「ところで、あの補佐官は一緒じゃないけど、どこ行ってるんだ」 「ああ、アイツなら現世だよ」 ――空亡の居場所に心当たりがあるから、捕まえてくるんだって そう言った白澤の顔は何故か自信に満ちていた。 * * * 『空亡を最初に発見したのは“籠目”という名の少女でした』 異世界の自分である鬼澤の言葉を信じ鬼灯は現世へ降り立った。 先日“かごめ”という名の少女と出逢った公園の辺りを歩きながら五感を研ぎ澄ませる。 鬼灯を鬼だと気付いた彼女ならば多少の力を持っている筈だ。 そう思い少しでも力を感じる方へと歩いていって見つかったのは、あの日彼女をからかって“たまき”という名の少年だった。 「たまきさん?」 つい話しかけてしまった。 突然知らぬ大人から己の名を呼ばれ、驚いた彼は鬼灯の顔をまじまじと見上げてくる。 「一本角……」 帽子で隠している筈の角を指摘し少年の瞳が大きく見開かれた。 「貴方にも見えるのですか?」 思わず訊ねると、その少年はギリッと鬼灯を睨んできた。 「籠目の知り合いか?」 貴方“にも”という言葉で同じように人外の見える少女を思い出したのだろう、少女をからかっていた時とは別人のような表情の少年へ、鬼灯は正直に彼女を尋ねて来たのだとは言わない方がよいと判断する。 「ええ、彼女のおじい様に用事があって来ました」 こう言えば懐疑心が無くなると見越して口に出せば、案の定少年は吊り上っていた眉を下げて、年相応の人懐っこい顔で鬼灯の足元に寄ってきた。 あの少女といい……この近所の子どもは初対面の大人に対する警戒心が薄すぎるのではないだろうか、いやしかしこのご時世こういう子達は貴重かもしれない。 「なんだ、あの爺の客か」 「はい……でも家の場所が解からなくて」 「にいちゃん大人なのに迷子なの?まぁここら辺の道はゴチャゴチャしてるもんな」 少年は空を仰いで「ここらは妖怪も多いしーー」なんて、ケロっと言いはなった。 だいたい妖怪のせいにしてしまう今時の子という訳ではないと思う、鬼灯のことも正体を解かった上で接しているんだろう。 「だったら俺が案内してやるよ」 ついつい好きな子をいじめてしまう小学生男子の癖に頼もしい優良児だった。 雰囲気は幼い頃の烏頭に似ている気がする……少年の名前は漢字で環樹と書くらしい。 「籠目さんとは幼馴染なのですか?」 「……うん、まあね」 隣を歩きながら心底ウンザリと答える環樹の顔を見てこれ以上詮索するのは止そうと決めた。 白澤のことを聞かれた時の自分もこういう顔をしているのだろうと客観的に思う、本当は好きなのに素直にそれを表せないなんて許されるのはこのくらいの年齢まで、これをずっと続けてゆけば相手から嫌われてしまうだろう。 自分と白澤には男同士だとか立場の差など複雑な事情があるとはいえ、本当にそろそろ態度を改めなければ行きつく先は別れだけだ。 だからと言って異世界の自分のように白澤の博愛を受け入れることは出来ないし、地獄を護る為に自らの身を捧げるような殊勝なところもない、暴力暴言ばかりを振るう己があの神獣から愛される要素は皆無だ。 共に生きる為には自らが変わる必要があるとは知っていても、自分ばかりが変ってゆくのでは納得いかない。 (変えてみせたいですね……あの馬鹿を) あの時、白澤が鬼澤に対し怒りを露わにしたように自分ももっと様々な感情を引き出してやりたい。 『高位の妖怪だから普通より長生きするだろうさ、けど確実にお前より先に逝ってしまう……そしたらお前はどうするの?そこから始まる永久の時をずっとこの子を想いながら独りで生きてくの?』 『僕が誰かを“特別”に愛するってのは、そういうことなんだよ!!お前は“白澤”がどんな覚悟で、お前と恋人になったと思ってるの!?』 彼が誰も特別にしない理由がアレで正しいのだとしたら、彼に愛を教えることは残酷極まりないことかもしれないけれど。 『僕を愛するっていうなら最後まで……生きろよ』 『死ぬなら僕の隣で笑って逝けよ、どんな事情があっても生贄になんかなるなよ……いくら世界の為でもお前が犠牲になるなんて赦さない、絶対に赦さない……鬼灯』 アレを聞いて彼の愛が欲しいという気持ちを抑えられるわけがない。 “鬼灯”の呼び名を向けられた異世界の自分を羨む程、白澤の全てを自分のものとしたいのだから。 「鬼のにーちゃん?どうしたの」 「いいえ、なんでもありません……この家ですか?」 環樹について歩いて辿り着いた先に大きな門扉が建っていた。 中心に鬼にも兎にも見える影が写された紋が飾ってあるが、家紋では無さそうだ。 「うん、多分今の時間なら爺がいるよ……」 「そうですか」 鬼灯は少年を見下げながら数秒間悩んだ。 相手が鬼灯だったから良かったものの、おいそれと鬼を知り合いの家まで案内してきた少年に一言注意した方がよいかもしれない……しかし折角ここまで案内してくれた相手にそんなことを言っては失礼ではないか。 「ありがとうございます、助かりました」 結局注意するようにとは籠目の祖父に言ってもらうとして一先ず礼を述べて環樹の頭を撫でることにした。 いつも一子二子にしている癖が出たのだ。 「どういたしまして」 照れくさそうに笑う環樹に思わず笑いが漏れる。 その時背後に視線を感じた。 「鬼のおにーちゃん?」 振り返ると籠目が夕日を背負って立っていた。 表情は見えずとも声が硬い。 「どうしたの?うちになにかご用?」 鬼灯へ近寄り、可愛らしく首を傾げる。 「ええ、貴方のおじい様にお話しが……」 と、会話を始めようした所で環樹が籠目の前に出て腕を掴んだ。 「籠目!」 「ゲッ!環樹くん」 さも今気付いたかのような反応の彼女だが鬼灯に話し掛ける前からその視界に環樹が入っていたと思う。 ――ゲッ!お前いたのかよ!! もしかすると白澤がそう言う時も初めから気付いているのではないか? あの獣は人よりも視野が広いのだから鬼灯の存在に気付かない筈はないのだ。 男はいるとしか認識していないといっても天敵である鬼灯の気配には敏感だ。 「痛い!離してよ!」 「なんで逃げるんだよ!!」 ああ、彼が道案内を申し出たのも彼女の家に来る口実が欲しかったからかもしれない。 「環樹くんが意地悪ばっかするからでしょ!!」 彼女が話しかけてきたのだって、無意識かもしれないがわざと彼に捕まりにいったのではないか。 「しかたないだろ!お前見てると苛々するんだから!!」 「はぁ!?わけわかんない!!環樹くんのそーゆーとこ大っ嫌い!!」 客観的に見ていたら解る……この二人お互いを意識しすぎだ。 本当に嫌いだったらここまでムキにならない、周りの大人はさぞ生暖かい目で見ていることだろう。 なんとも居た堪れない気持ちになりながら鬼灯が二人の口論を止めようと足を一歩踏み出したところで、辺り一帯の空気が変わった。 (!!?) 二人もその空気を察したらしい、環樹が籠目の腕を引き庇うように前へ出た。 「カミサマ……」 環樹の肩越しにソレを見上げて籠目が呟く、鬼澤から聞いた通り少女はソレをカミサマと呼ぶらしい、しかし本物の神を知っている鬼灯からすれば全く別物だ。 (これが空亡) 名前を呼ぶことは力を与えること、特に鬼神のような力を持った者が言えばどう作用するか解らない、相手の邪を増幅させてしまってはいけないと鬼灯は口に出して呼ぶことはしなかった。 姿を見れば“宙に開いた穴”“ブラックホール”と称された意味が解る……子どもの身長くらいの大きさまで成長しているから既に何か吸い込んでいるのだろう。 「いけない!」 鬼灯は自分の帽子が吸い込まれそうになった気配を察し、環樹と籠目を片手に抱いて飛び下がった。 「え!?」 「わっ!?」 空亡から数メートル離れた先で二人を解放した。 目線を空亡から地面へズラすと丁度環樹がいた所が抉れている。 「ヒッ……」 あの一瞬で地面を吸い込んだのだ。 「貴方達は出来るだけ遠くに逃げて下さい」 そう叫びながら鬼灯は懐から一束の巻物を取り出す。 この為に大枚はたいて(官吏の給料三年分くらい)陰陽師から借りてきたものだ。 「鬼のおにーちゃんは?」 「私はアレを捕まえます」 飛び上がった拍子に帽子が落ち露わになった額と耳、鬼の本性を目の当たりにして少年と少女は怯え…… 「なに言ってんの!にーちゃん一人じゃ無理だろ!!」 「私も手伝う!カミサマ私の言うことなら聞いてくれるから!」 ……なかった。 しかも今し方自分達を襲ってきた空亡に果敢に立ち向かおうとしている、根性あるのか無謀なのか解らないが、自分から逃げてくれないと二人を守りながら闘うのは難しい。 (仕方ない) この歳頃の子を短時間で説得するのは面倒くさいし、この少女が連れてきた妖怪なのだから少しは責任とらせなければ……そう思った鬼灯は鬼澤が“空亡に吸い込まれないように”と自分へ渡してきた護符を二人の額に貼り付けた。 まるで小さな僵尸のようで可愛く見える、知り合いの僵尸は可愛い顔して凶暴だけれど。 「二人はグルグル走り回ってアイツの気をそらしていて下さい、その隙に私はアイツを捕らえる準備を」 本当は式神にさせる予定だった役目を籠目と環樹に与えた。 空亡は動作が極端に遅くて吸い込む以外に攻撃方がなかったと聞いたから大丈夫だろう。 自分は空亡に吸い込まれる危険性が出てきたがその分身軽になって良い、そもそも異世界の自分達の手を借りすぎるのも鬼灯の信条に合わなかった。 白澤は利用できるものは利用したらというスタンスだけど、鬼灯としたら此方の地獄は此方の者達の手で守りたい、これからも永遠に。 そうだ、永遠だ。 神の愛する有限の者達が永久に巡るこの世界を“無”になどされて堪るものか、生物が暮らすこの星の未来を“無”になどされて堪るものか…… 「鬼のにーちゃん!まだ!?」 走り回っている環樹から苦しげな声が聞こえた。 籠目の方は息を切らしながら不安げに空亡を見ている。 「もう大丈夫ですよ、ありがとうございました」 二人が時間稼ぎをしてくれたおかげで、予定より早く術式は完成した。 鬼灯が広げていた巻物が光り、そこから出現した五芒星の陣が空亡の周囲を張り巡った。 「空亡……」 そこから抜け出そうとした空亡に対し意志を持って名前を呼べばソレは蛇に睨まれた蛙のように固まる。 これはまだ鬼灯より弱い妖怪である、これを閉じ込めるのに誰かが犠牲になる必要もない。 「貴方の仲間が沢山いる場所へ連れて逝って差し上げますよ」 ああ間に合ってよかった。 護符も持たずに闘ったと知ればあの神獣は怒るだろうが、それでもいい。 愚かだと思われたって構うものか……自分は諦め癖のついてしまった白澤にないものねだりの力を教えたいのだ。 * * * 籠目の家に入り空亡に吸い込まれたものはないか確認した後(机やランドセルが消えていたのは彼女が勉強したくないと空亡に愚痴っていたからだろう)籠目は鬼灯に頭を下げてきた。 「ゴメンね、きっと私が怒ってカミサマに『環樹くんなんていなくなっちゃえばいい』なんて言ったからこんな事に」 「……なんだとコラ」 「別に本気で言ったわけじゃないもん!」 「駄目ですよ籠目さん、心にもないこと言っちゃあ、この国には言霊というものがあるんですから……環樹さんも友達を怒らせるようなことを無暗に言ってはいけません」 そんなくだらない痴話喧嘩(と、あえて言う)が原因で世界が危機に陥るなんて冗談じゃない。 特にこの貴方達は少なからず影響力を持っているのだから軽率な罵り合いは止めなさいと、鬼灯を知っている者からすれば説得力皆無な事を言って聞かせた。 「はぁい」 「すみませんでしたー」 反省してんだかしてないんだか微妙な態度だけれど、空亡をかく乱した際のコンビネーションは見事だったので二人の仲は鬼灯が心配する程絶望的でもないだろう。 しかし普段は喧嘩ばかりしている癖にいざとなると息がピッタリなんて何処の世界の主人公のライバルだ。 「ねえ鬼のおにーちゃん、カミサマどこ行っちゃうの?」 「とりあえず天国の妖怪の長の元に連れて行きます」 小さな鳥籠に閉じ込められた空亡を見て不安げに鬼灯を見上げる少女に倒すか封印する予定だとは言わず端的な真実を告げた。 「そっか元気でねカミサマ……もう人を襲っちゃダメだよ?」 札の貼られた鳥籠の上から空亡を撫でる籠目に環樹もムッとした様子で見ている。 (ああその気持ち解かります……) 己の幾百分の一しか生きていない少年に対し妙な共感を抱きつつ鬼灯は二人へ最後の挨拶を述べ始めた。 「二人とも今時の子にしては中々良い根性を見せてくれました……将来を期待していますよ」 妖怪を見る力と怖れず立ち向かう心を持った籠目と環樹ならもしかしたら地獄でも有名になるかもしれない、そうなった時は一人ほくそ笑もう。 数十年後の再会を楽しみに鬼灯は二人に別れを告げ、空亡を閉じ込めた鳥籠と共に黄泉路へと帰っていった。 * * * 「……」 「……」 「……」 桃源郷(鬼澤によって結界が張られ観光客や従業員が一切入って来れない)に着いた鬼灯を待っていたのは、怒りに燃えて逆に無口になった白澤と、呆れ眼のベルゼブブだった。 「はくたく、ほーずき、おこってる?」 空気を読まずに白灯が鬼澤の背中にぴょんと乗りながら訊ねる。 「恐らく折角私があげた護符をあの子達に渡して、無防備で空亡と闘ったからでしょうね」 「あの場合しかたがなかったと思いますけど……」 桃太郎がフォローするが白澤の怒りは冷めやらないようだ。 五人は鬼澤の術によって鬼灯と籠目と環樹による空亡捕物をリアルタイムで見ていて、絶対に無茶をしないと約束したのに破ったと怒っているのだ。 「行く前に危険なことはないって言ってたよな?自信満々で」 「しかたないでしょう一般人を護る為ですから」 「ああいう時は仲間を呼べばいいだろ!!なんで自分一人で解決しようとすんだよ!!」 「非戦闘員のお前呼んでなんになるんだ」 「ああぁん!?」 その非戦闘員であるはずの神獣が鬼灯に対し戦闘態勢に入っている、この状況で喧嘩して空亡を閉じ込めている鳥籠が壊れでもしたらどうするんだ。 桃太郎は鳥籠をそっと二人から離して鬼澤へ手渡した。 「はいはい、夫婦喧嘩はそれくらいにして本題に入りますよ」 「「夫婦喧嘩じゃねえよ!!」」 鬼と神獣の息の合ったツッコミが桃源郷に響き渡る。 恐らく神獣の方は「夫婦じゃねえ」という意味で、鬼の方は「まだ夫婦じゃねえ」という意味で言っているんだろうなと思いながら鬼澤は溜息を吐いた。 「……まぁ確かに喧嘩してる場合じゃないよね、ずっとここ結界張られてても迷惑だし」 「ええ、さっさと解決して通常業務に戻りたい……」 そう言った後、鬼灯は白澤、鬼澤、ベルゼブブの顔を順に見た。 「私が空亡必死で捕まえて来たってのに、御三方が揃って良い案が浮かんでないとは言わせませんよ?」 「必死だと……?」 「ああもう白澤様の怒りをぶり返すようなこと言わないで!鬼灯様ってかアンタ結構余裕そうに見えたけど!?」 怒りのあまり第三の眼を開きそうな白澤を押さえながら桃太郎は冷静に突っ込む。 「勿論、良い案は浮かんでるぞ」 「ほぉ」 浮かんでいなかったら只じゃおかない(白澤を)と思っていた鬼の眼が細まる。 「まずお前が持ち帰ってきた空亡を解放して」 「……」 ベルゼブブの言葉に一瞬ぴくりと眉を動かした鬼灯だったが、何も言わず話の続きを待った。 「コイツらの世界の空亡の封印も解くんだよ」 と言って空気を読まずにイチャ付く鬼澤と白灯を指さす。 この二人の世界にいた空亡といえば三界を脅かすほどの力を持った妖怪だった筈だ。 封印する為に鬼灯の魂が必要だったくらいで、今は鬼灯の身代わりになった白灯の魂の半分で封印されている。 「それを呼び起こしてどうするんですか」 「えっとさ空亡っていうのは在って無いものって意味なんだよ」 と、ここで怒りを収めた白澤が説明し始める。 「恐らくあの子は自分が何なのか解ってなかったから、他のものを吸い込んでソレになろうとしてたんだよ」 籠目からはカミサマと呼ばれていたけれど、具体的に何をするものなのか解からなかった。 唯一自分を認識してくれている籠目が『いなくなっちゃえばいい』と言った幼馴染の少年を消したら『貴方なんてカミサマじゃない』と否定された。 「そして力が暴走した」 「……なんていうか傍迷惑な女の子ですね」 「いや、そもそもずっと籠目ちゃんを怒らせるようなことしてきた環樹くんの方にも問題あると思うよ」 白澤はこんな時でも女の子の味方をし鬼灯は珍しく反論しなかった……自分も同じように感じたからだ。 鬼灯が黙っているのを良い事に白澤は調子に乗って続ける。 「だいたいさぁ環樹くんも籠目ちゃんのこと嫌いなら関わらないでそっとしといたらいいのにねー」 「へ?」 「は?」 「あ?」 なに言ってんだ万物の知識司ってる神獣様よ。 と、思ったが此処で何か言ってしまうと藪蛇を出しかねないと察した鬼灯は強引に話を進めた。 「成程、解かりました……失敗したらその時はその時ということで、鬼澤達に異世界の空亡を連れて来てもらいましょう」 本当は自分達が異世界へ渡りたいところだが、そんな力は持っていない。 どうせほっておいても、いずれ空亡はこの鳥籠を壊してしまうのだから早く解決してしまおう。 鬼灯がそう言うと、鬼澤はこう答えた。 「私の世界の空亡ならずっと此処に居ますよ」 と、鳥籠を持っていない方の手で耳飾りを外す。 「身に付けていたコレの中に封印されていたんですよ」 「白灯とお揃いにしたいからじゃなかったんですか……」 そりゃあ白灯の魂の半分も一緒に封印されているのだから、ずっと身に付けていたいという気持ちは解かるけれど、そんな物騒なもんを気安く持ち込まないで欲しいと思わないでもない。 「心配しなくとも失敗したら今度こそ私が生贄になって二つの空亡を封印してやりますよ」 「貴方、白灯さんはどうするんですか」 「封印を解いたら白灯に理性が戻るでしょ、そしたら私と運命を共にしてもらいます」 「無理心中するつもりかお前」 一人で置いて逝かれるより、そっちの方がいいかもしれないけど……と白澤は一瞬思ったが、すぐにハッと気が付く。 「駄目だよ!そんなことしたらお前達の世界の“白澤”がいなくなるじゃん!!」 白澤は概念のひとつだ。 それがなくなれば世界の秩序が乱れ、三界もろとも崩壊するだろう。 すると、鬼澤はこう言い放った。 「私達の世界?……そんなものとっくの昔に滅びてますよ」 ――え? 「空亡を封印するのが遅すぎました……空亡が多くの魂と元素を吸い取ったが故に世界のバランスが少しずつ崩れていったんです」 初めに崩壊したのは生まれてくる魂と元素なくなった現世だった。 現世が無くなってしまえば必然的に天国と地獄が存在する意味を失くし消えてしまった。 生き残ったのは神々とその眷属だけだが……彼らが存在していられるのも時間の問題だろう。 「……そんな」 白澤と桃太郎の顔から色が消える、鬼灯も顔色こそ変わらないが息をするのを忘れてしまっているようだ。 それでは、まさか鬼澤は―― 「初めから、そうする心算でこの世界に来たのか?」 理性を取り戻した白灯と共に、この世界の空亡を封印する為の生贄になる心算だったのか……? 白澤が訪ねると、鬼澤は静かに微笑み、そして 「ッ!!?やめなさい!!!」 鬼灯が鬼澤の方へ駈け出す。 止めなければ、彼が、彼らが犠牲になってしまうかもしれない。 しかし 「申し訳ありません、鬼灯、白澤さん」 『貴方達は、どうか私達のようにならないで下さい……』 その手が彼に届くことはなく、二つの世界の“空亡”が同時に解き放たれるのだった。 END |