悲しい時には天を見て、そこにいる人達に手を振ろう、嬉しい時には地を見て、そこにいる人達に笑い掛けよう。

大丈夫だよ、僕も君も、大丈夫だよ、君のことちゃんと見てるから、君もちゃんと僕のこと見ててね。

人を鬼を生物の姿を遠くから見る時、いつもそう思ってる。

でも、そんな気持ちになる瞬間がこんなにもあるなんて知らなかった。

この鬼に抱かれる時、僕はとても大人な行為をしている筈なのにまるで子どもに返ったように泣きたくなる。

僕を見て、君を見せて、目を瞑りながら必死で彼の輪郭をなぞると隆々たる筋肉や表情に反して柔らかい唇が動くのを感じて心が兎みたいに跳ねるんだ。


「貴方ホントに感じやすいんですね」


思えば初めからそうだった。

誰に開発されたんですか? なんて聞くから僕は内緒だと答えてやった。

すると鬼灯は眉を顰め、思い切り指を噛んできたが僕はそれにも感じてしまった。

こんな体を晒しておいて本当のことなど言えるものか。


(後ろは初めて……なんて)


好きな鬼が相手とはいえ初めての時から感じていただなんて恥ずかしいだろう。

女性経験だって皆が思うほど豊富ではない、柔らかくて暖かい体に囲まれていたら幸せで、硬くて冷たい体なら自分が解し包み込んであげたいと思う、それが出来れば別に性行為でなくてもいいのだ。

この鬼とこういう関係になってからは特にそう、肉体的に満たされているからか女の子との遊びも精神的なものに変わってる、お陰で特定の女友達も出来た。

女性関係はもう相手が楽しく自分も穏やかな気持ちになれれば満足してしまえる。


(だから、本気で誘う相手はお前だけ)


他人の厭がることは極力しない瑞獣が唯一この男相手なら乗り気でない時も強引に乗り気にさせるのだが、それに関して鬼灯は何も察していない、だからこそ白澤も大胆になれるというものだ。

年々体の相性が良くなってきていると鬼灯は言うが、人間の身体は好きな相手の形に合わせて変わってゆくものだと聞いたアレは正しかった。

実体験した新しい知識を頭にインプットしながら目蓋を閉ざしていくと、優しい声が耳元へ落とされた。


「おや、白澤さん寝てしまわれましたか……」


髪を梳く手を感じ、どうかこれが夢ではありませんように――そう思いながら眠りに落ちる。

次に目を開けた時、時刻はもう正午を回ろうとしていた。

日の当たらない地獄でも昼間は夜よりも明るい。


(朝帰りどころか昼帰りだなぁ……桃タローくんの呆れ顔が目に浮かぶ)


素早く身支度を整え、今日は弟子の待つ桃源郷へ真っ直ぐ帰ろうと閻魔殿の廊下を歩く。

店の定休日ではあるけど午後には備品の仕入れ業者が来るからそれまでに戻らなければいけない。

従業員に任せている畑の様子も見なければいけないし、そろそろ中華天国へ送る報告書を書かなければならない、白澤も割と忙しいのだ。

いつもは閻魔達に声を掛けて帰るけれど、人前で鬼灯と会えば喧嘩になるし今日はそっと帰ろうと裁判の間の隅を進む。

その途中で聞いてしまった。



『付き合ってますよ』



誰が? あの鬼が

誰と? それは僕だ

――でも話の流れからするとその相手は……





* * *




「白澤様……なにやってんですか?」


昼を過ぎて帰ってきた師匠が小言を聞くのもそこそこに作業場へ籠ってなにやら無心で手を動かしている。

心配した弟子が訊ねると、白澤は顔を上げてにんまりと笑むだけ、はっきり言って怖い。

手元にあるのは薬の材料ではなく大量の白い布と、針と糸、そして安全ピン。

作っているのは布バッチのようだ。


「これはね参加権」

「参加権?」

「そう参加権を持ってますって証」

「なんのですか?」


という問い掛けにされた答えに桃太郎は驚いた。


「はぁ!?本気ですか!?」

「勿論だよ」


そう言って細まる瞳の奥では怒りの炎がゆらゆらと燃えている、唯一人にしか向けない本気の怒りに、やはり今回も原動力は地獄の彼なのだと桃太郎は呆れた。

生まれた時から特別な存在であり平民から英雄になった身の上の桃太郎は白澤や鬼灯の心情を少なからず理解をしているつもりでいるが、これだけはどうも理解できない。


「いったい何があったんですか」


腰を据えて白澤の話を聞こうと三角巾を取り前の椅子に座る、製薬中の漢方は冷めるのを待っている最中だから時間はあるのだ。


「鬼灯さんがお香さんと付き合ってるって?本当にそう言ったんですか?」


白澤の話を聞き終えた桃太郎は半ば信じられない顔をしながら訊ねてきた。


「そうだよ!唐瓜くん達の前で!僕とのことは秘密にしてるくせに」

「……浮気云々でしたら白澤様も他人のことをどうこう言えないと思うんですが」

「僕は付き合いだしてからアイツ一筋だもん!!」

「それが鬼灯さんに伝わってないのが問題なのでは?」

「うーん、まあアイツのことだから当てつけで二股かけてるわけじゃないと思うよ、相手はお香ちゃんだし……あっちが本命だったりして」


あっけらかんとそんな事を言っているが、掴んでいるテーブルにヒビが入っている、怒りによって火事場の馬鹿力的なものが発揮されているのかもしれない。

遊んでばかりで本気のお付き合いをしてこなかったので相手の浮気に耐性がないのだろう、まあそんなものをつける必要はないのだが。


「でも白澤様とお香さんだったらタイプが全然違うじゃないですか」

「だから、たまにはタイプの違う子をつまみ食いしたくなるんじゃないの?よくわかんないけど」


白澤は似たような女の子が何人いてもいいと思うけど、同じタイプは二人も要らないという男も多い、鬼灯の部屋の金魚草を見ていると同じタイプを幾つも集めるより色んなタイプをコンプリートしているように感じる。


「そっか、つまり僕がお香ちゃんタイプになったとしてもアイツの本命になるのは難しいってことか……」


だいたい自分がお香のように鬼灯に対し上品に穏やかに接するなんて不可能だ。


「白澤様って意外とアレですよね」

「アレってなに?」

「いえ……」


師匠のことを常日頃は馬鹿だなあと思ってる桃太郎だが、鬼灯が絡むと更に馬鹿だなあと思うことがある。

だいたい鬼灯は白澤との交際を公表したがっていたではないか、お香と付き合っている云々は部下をからかった嘘だと解らないものなのだろうか。


「じゃあ僕行ってくるから」

「行ってらっしゃい」


そうして神獣姿になり、大量のバッチの入った風呂敷を持ってしゅーーと地獄まで飛んでいった白澤。

閻魔殿の真上まで来ると持っていた風呂敷を開き、大量のバッチを放った。


「え?なにこれ?」

「???」


布で出来たものなので鬼に当たってもそう痛くはない。

皆突然頭上に落ちてきた其れを摘み不思議そうな表情をする。

これは何だ? 白い……猫だか犬だが解らない動物のバッチ……ただ空からこういうものが落ちて来たのは一度ではない。


「このぉぉおお!!白豚がぁあああ!!なに不法投棄してんだコラぁあああああ!!」


バッチを握りしめ珍しく大声をあげて怒鳴る鬼灯、最初に投げた金棒を躱され(落ちた先に誰もいないといいが)飛び道具を探しながら閻魔殿の屋根の上にひょいっと飛び上がった。


「何か鋭利で重たいものを!!」


パスくれパス! というように部下に申し付ける鬼灯の前に白澤が舞い降り人型に変化した。

目にも麗しい漢服姿だ(桃源郷を飛び去った後に着替えたのだろうか)これには鬼灯も驚く。


「そんなもん人に投げつけようとすんな!!」

「……貴方が先に人の家にゴミを投げ捨てたんでしょ」


いつから此処が鬼灯の家になったのだろう……たしかに住んでいるけれど。


「ゴミじゃないよ!これは参加権だ!!」

「は?参加権?」

「そうだよ!!白澤の番(つがい)決定戦in日本地獄〜の!」


鬼灯の鋭い瞳が丸く開かれる、なんだそれはと顔に書かれている。


「白澤の番決定戦?」

「うん」

「番ってあれですか?結婚相手」

「そう、中華天国上層部の命令でね、そろそろ身を固めろってさ」


そろそろと言ってもそう命じられたのは今から数百年も前、数百年間無視していた事に今更従おうとしているのは内緒だ。


「ただ普通に決めるのでは詰まらないから結婚相手はレースで決めろって」


本来は決闘なのだがそれでは女性が圧倒的不利になってしまうから厭だと言ったらレースになってしまったことも内緒だ。


「暇を持て余した神様の遊びってやつ?」

「その遊びに乗っかってやったんですか?貴方は」

「まあね」


この状況を嗅ぎ付けた小判がカシャカシャと写真を撮っているが、その方が好都合なので放置しておく。


「貴方の番になりたいなんて物好きがそうもいるとは思えませんが」


見るからに機嫌が降下している鬼灯を面白そうに見ながら白澤は言った。


「解ってないなぁ、僕と番になるってことは神獣と同等の権力を得られるってことなんだよ?」


三界内フリーパス・金丹の原料及びその他希少植物を採集する権利・小籠包食べ放題など、白澤と番になることによって得られる特権を次々と並べる白澤。



「浮気の心配があるだろうけど、僕も多くの神と同様、番として制約を交わしてしまったらもう他の者と性的な接触はもてない、永遠にその人だけのモノになるんだ」


そもそも白澤は鬼灯と付き合いだしてから一度も浮気していないのだが、皆が見ている前でそんなことは言えない。


「チートパワーで性別の変更も可能、相手が望めば子も成せる、しかも僕は経験豊富だからお嫁様には吉兆の名に相応しい極楽を、亭主様には悪女仕込みの快楽テクで天国見せてあげるよ?」


と、わざとその場にいるものに聞こえるようによく通る声を出せば、鬼灯の表情がさらに凶悪なものへと変わる。


「……この淫獣が」


そこまで言えばこの神獣を伴侶にしたいという者が大勢出て来るだろう。

中華天国の高位神、妖怪の長、万物の知識を司っている、世界で唯一の神獣、だからと言って驕らない、安定した職がある、漢方薬の権威、センスはないが潜在能力は高い、交友関係が広い、桃源郷の所有者、不老不死、様々な種族に分け隔てなく接する、物を大事にする、話していて楽しい、料理上手、健康管理をしてくれる、いつも此方を優先してくれる、穏やかで笑顔を絶やさない、親切、寛大、好意を態度で示してくれる、面倒見が良い、モフモフ、婚約すれば一途になる、番になれば彼と同等の権利を所有できる、性別を自由自在に変えられる、子どもも作れる。


その全てを台無しにしてしまうほど馬鹿で軽薄で一言余計で天然で鈍感で癪に障るところもあるが、それは主に地獄の鬼神に対してだけである……そう、つまり白澤は多くの人間にとって優良物件なのだった。


「勝手にそんなもん地獄で開催しないで下さいよ」

「あれ?天帝から許可願いが閻魔大王のところに行ってる筈だよ?」


まあ数百年前のことなので閻魔も忘れているだろうが、というかそれは鬼灯も目を通していた筈なのに知らないのだろうか。


「そんなもの受理した覚えはありません」

「そっか、なら改めて送ってもらうよ、それでいいだろ?」



たとえ閻魔であっても天帝程の神格を持つ者の願いを理由なく断ることなど出来まい、それに閻魔は他人の結婚の世話などめでたいことは積極的に協力してくれそうだ。


「ちなみにそのバッチを拾った人は強制参加だから」

「は?なに言ってんだ?一度にそんな大勢の獄卒を休まれたら困りますよ」


そういう問題なのかというツッコミは入れてはいけない。


「僕と結婚するのがイヤな人はすぐ棄権してくれたらいいよ、危険なレースになるし万が一悪人が優勝したらいけないから獄卒の多い此処で参加権を配ったけど」

「……そういえば貴方さっき“in日本地獄”って言ってましたが、他の場所でも開催するつもりですか?」

「日本地獄で伴侶が決まらなかったら場合ね、一応中華天国との関わりが深いところから決めるつもり」

「つまり日本地獄の誰かが貴方を伴侶にしないと外国のどこかが神獣と同等の権利を得ると」


鬼灯は神妙な顔で考え込む。

一方白澤は「これでこの鬼も参加せざるをえない」と内心ほくそ笑んだ。

この補佐官は万一でも日本地獄へ敵対心を持つような者に神獣を渡さない為という大義名分の元でレースに参加し、優勝するだろう。

そして白澤と婚約する以上は当然お香と別れなければならない……同じように白澤も女性関係を清算しなければならないが、桃太郎に言ったように鬼灯と付き合いだしてからは女性に手を出していないのでさほど難しくはない。


以上、神獣白澤の考えた「お香ちゃんを傷付けずにアイツと別れさせる作戦」だ。

お香から少しは恨まれるだろうけれど、彼女はそこまで根に持つ方ではないし、自分の交流スキルならすぐに蟠りも解ける筈だと自信過剰なことを考えながら鬼灯へ不敵な笑みを向ける。

更に凶悪に顔を歪める彼を見ながら、やはりカッコイイと感じてしまうのは惚れた弱みか、お香と別れさせるんら他のいい男を紹介する手もあったが鬼灯級にいい男など存在する筈がないと白澤は思っていた。


「レースの日時や内容なんかはまた後で発表あると思うから!じゃあね!」


と言って白澤は再び神獣姿となって桃源郷に帰って行ってしまった。

取り残された鬼灯は暫くその空を睨んでいたという。




* * *




白澤が番決定戦を行うと宣言してから一ヶ月後、その日はやってきた。

レースの内容は


・筆記試験


・地獄マラソン


・白澤と直接対決


お祭り好きの遊女がどうしてレースに筆記があるのかと訊ねたら万物の知識を有する白澤の番になる者ならそれなりの知識がなければいけないからだと答えられたらしい。

まず最初の筆記試験で合格点を取った者のみが第二試験の地獄マラソンに参加でき、そこで一位になった者が最終試験の白澤との直接対決に挑戦できるのだそうだ。


参加権を持つのはバッチを受け取った五百人の男女。

試験の前に棄権したのが三百人。

筆記試験で落選したのが百人、この時の合格者は男女比は七対三で男性の方が多かった。

白澤は女性人気の方が高いが男性の方が野心家が多いということだろう、白澤が女性になれば美人だと想像が出来るのもいけない。

そして地獄マラソンに参加し、脱落したのが九十九人、というか先頭を走るひとりの鬼からその他全員が蹴落とされたのだ。


「なんだお前かよ、詰まらないな」


一位になった者はゴールを切ったその足で、桃源郷の極楽満月の前へ向かった。


「ええ、他の方には申し訳ありませんが脱落していただきました」


詰まらなそうな表情を作る白澤に、勝ち残った鬼灯が答える。

白澤は今日も煌びやかな漢服を着ている、だからこれから行われるのは肉弾戦ではない、そもそも白澤に肉弾戦は向いていなかった。

知恵比べか、問答か、いずれにしても彼に勝つのは難しいだろうと傍にいた桃太郎や兎の従業員たちが思っていると白澤が口を開いた。


「最後の試験、僕との対決は“しりとり”だよ」

「しりとり?ですか」

「ああ、本当は全言語使っていいことにしたいけどそれじゃキリがないから日本語だけにしてやるよ」

「会話でも可?ですか」

「……まあ、構わないけど」


それは時々二人が行っている“しりあげあしとり”ではないだろうか、と桃太郎は思った。


「じゃあ早速始めようか、最初の言葉はお前からでいいよ」


る攻めで来ようが、ぷ攻めで来ようが受けて立つ! と、自信満々の白澤が言うと、鬼灯が大きく頷きこう言った。


「私、棄権します」


己の瞳を真っ直ぐみて言われた言葉に、白澤は一瞬思考が停止する。


「は?」


桃源郷に乾いた風が吹いた。


「今なんて?」

「聞こえなかったんですか?棄権しますって言ったんですよ」

「え?」


どうして?と瞬きを何度も繰り返す白澤。


「そもそも私が参加したのは神獣の権力目当ての野心家を白澤の番の座につかせない為ですし」

「いやいや、日本地獄で番が決まらなかったら次はインドや他の国で開催されるんだって言わなかったか?お前僕が外国の野心家となら結婚してもいいのかよ」

「いいわけないでしょう、だからこれから各国で行われる全てのレースに参加して同じことをしますよ」


そうすれば閻魔大王第一補佐官の実力をアピールできて一石二鳥だ、と鬼灯は続けた。


「随分と自意識過剰だなあ!毎回お前が最後まで残れる保障はないだろうが!!」

「残れるでしょう」

「はあ!?」

「そもそも貴方、私以外の者を優勝させる気あったんですか?」


などと訊かれてしまえば、ぎくりと肩を震わせるしかない。


「第一関門の筆記試験、和漢薬の問題が多かったですね」

「……そりゃ僕にしか手に入れられない薬草を手にする権利をやるんだから、薬の知識は必至だろ」

「第二関門の地獄マラソン、あれは以前私が火車さんと行ったRPG体験コースと同じものでした」

「……そうなの?へぇ凄い偶然だね」

「そして最後の関門の貴方とのしりとり勝負、普通なら世界の言語に精通している貴方が有利ですが、日本語の揚げ足とりなら私の方が有利だと貴方ご存じですよね?」


というよりも白澤が適当なところでわざと負けることも可能なのだ。


「最初から、私を番にする気でこのレースを考えたのでしょう?」

「……」


そこまでお見通しの癖に、どうして思い通りになってくれないのか、そんなの簡単だ。


鬼灯は白澤との結婚など望んでいないから――


「そんなに……」

「白澤さん?」


突然ふるふると震えだした彼を鬼灯は不審げに窺う。


「そんなにお香ちゃんと別れたくないんだな!?ああ解ったよ!!彼女と結婚でもなんでもすればいい!!この神獣白澤が祝福してやるよ!!」¥

「貴方なに言って……」

「そして僕はお前の望む通りの子と結婚してやるよ!!お前は日本地獄の者で神獣の力を手に入れても絶対に閻魔大王に歯向かわないような子を紹介すればいい!!これで余計な労力使わなくて済むな!!」


良かったな!!

と、最後に叫ぼうとした白澤の顔面に鬼灯の拳が入った。


「痛ってぇ……お前!なにすんだよ!!」

「落ち着きましたか?」

「落ち着くかボケェ!!!」


数メートルぶっ飛ばされた白澤が口やら鼻から血を垂らしながら叫ぶ。

鬼灯は白澤に近づきながら。


「仕方ありませんねぇ」


そう呟き、白澤を引っ張り立たせて彼の顔に付いた血をペロリと舐めた。


「へ?」

「これで落ち着きました?」

「いや、あの」

「まだ足りませんか」


余計混乱している白澤には構わず、鬼灯は更に血を舐め始めた。

これにはどう対応していいか解らずに結局好きなようにさせてしまう、彼はちょろい神獣だった。

全ての血を舐め終え、すっかり大人しくなった白澤の唇に軽く触れると、立っていられなくなった彼と共に地面に座り込む。


「で?私がお香さんと別れたくないってなんですか?彼女とは付き合ってもないんですが?」


胡坐を組み、肘をついた鬼灯が訊ねると、白澤はハッとしたように顔を上げた。


「ウソつけ!お前こないだ言ってたじゃん!お香ちゃんと付き合ってるって!!」

「は?そんなこといつ……ああ、確かにいいましたね、貴方が勝手に帰ったあの日」


――でも、あれ唐瓜さんをからかう冗談ですよ?


と、首を傾げながら言われ、白澤の頭に一気に血が上る。


「はあああ!?おまっ言っていい冗談と悪い冗談があるだろ!!」

「……まさかとは思いますが、今回の茶番ってそれが原因なんですか?」

「茶番言うな!!上からそろそろ結婚しろって言われてんのは本当だから!!」


顔を真っ赤にさせてギャンギャン騒ぐ雇い主を見ながら桃太郎及び従業員たちは一斉にハァと大きく溜息を吐いた。


「そんなこったろうとは思ってましたよ」


最初から鬼灯に訊けばよかったじゃないか「お香ちゃんと付き合ってるって本当か?」と、そうすればこんな面倒くさいことをしなくて済んだ。


「ていうか貴方、私との交際を公表したくないって言ってた癖に結婚相手にするのはいいんですか?」

「命令されて仕方なくって体ならいいんだよ」


独り占めはしたいしされたいが、自分が地獄の鬼神に惚れているという事実が露見するのは恥ずかしいらしい。


「……あの、こんなこと言うのは大変心苦しいんですが」

「なんだよ」


普段遠慮しない男が言いよどむなんて珍しいと、その顔を見つめれば、どこか照れたように目を伏せられた。


「バレてますよ、私と貴方の関係……恐らく地獄全土と中華天国に」

「……はああああ!!?」

「うるさい!!貴方わかりやす過ぎるんですよ!!」

「え?え?え?」

「確かに俺や瑞獣さん達はすぐに気付きましたね」

「え?それは桃タロー君達が僕と親しいからじゃ……」

「いや、常連さんには結構バレてたっぽいですよ?女性の勘を舐めちゃいけませんね白澤様」

「気付いてたんなら言ってよ!桃タロー君!そしたらもっと気を付けたのに」

「衆合地獄の方達の間でも噂になってましたよ、貴方私と付き合いだしてから女性と遊んでないんでしょ?あからさま過ぎますよ」


嬉しいですけど……と小さく呟いた鬼灯に白澤は体中を真っ赤に染めた。


「今回の番決定戦の内容で駄目押しされましたね、参加者達からは『神獣白澤はそこまでして鬼灯と結婚したいのか』と思われたと思いますよ」

「ええヤダやめて……お前にはその気全然ないのに、僕の一方通行だと思われんじゃん!恥ずかしい…」

「はい?私にその気がないですって?」

「だって僕と結婚したくないから最後棄権したんだろ?」


フラれてはいないけれどプロポーズを断られたような惨めな気持ちになりながら俯く白澤に鬼灯は言った。


「なに言ってんですか、私は見事貴方に勝って白澤と結婚する権利を手に入れたじゃないですか」

「……は?」

「貴方、しりとりは私から始めていいって言いましたよね?」

「うん」

「それで私は『棄権します』って言いましたよね」

「うん、だから……」

「なのに貴方は『は?』って言いましたよね」

「ちょっと待って、まさか」


あの『棄権します』がしりとりの最初の言葉だったというのか?


「ほら、私の勝ちじゃないですか」

「ええええええええ!!?」


――なんだそりゃ!!

白澤以外の桃太郎や従業員達もわたわたと混乱している、兎達がはねたり耳をぴくぴく動かしているのは可愛い光景だ。

それ以上に可愛い人が目の前にいるけど……と、鬼灯は面白く感じた。


「日本地獄の者で神獣の力を手に入れても絶対に閻魔大王に歯向かわないような子がいたら結婚してくれるんでしょ?」


その条件に当てはまる男が目の前にいるのだと言えば、白澤は観念したように「そうだな」と項垂れた。


「では、私は一度地獄に戻り身支度を整えてきますので、貴方も裾に付いた汚れなどを落としておいてくださいね」

「え?なに……っていうかお前の所為で汚れたんだけど」

「花嫁の実家に挨拶に行くのに汗まみれはマズイですからね」

「おい僕の話を聞け……て……へ?」


まさか、この鬼、これから中華天国に向かうというのか?


「そんな、急に」

「善は急げと言うでしょ?貴方の気が変わらないうちにしとかないと」

「変わらないよ!!」

「ええ、そうでしょうね」



鬼灯と結婚するという気は変わらないと即答した白澤に、彼は見たことのないような表情を浮かべ真っ直ぐ見詰めた。

そのまま暫く甘い空気を駄々漏れで見つめ合う二人は放っておいて、桃太郎は桃園の手入れに出かけ、従業員は自らの巣へ戻っていった。



ちなみにこの一部始終を写真付きで載せた雑誌の売り上げは普段の十倍以上となり、その記事を書いた小判には特別報酬が支払われたが、その全ては二人へのご祝儀に消えてしまったそうだ。




めでたしめでたし









END


ウチの白澤さんすっかり女体化&妊娠可能キャラみたいになってますが自分の性別とか鬼灯さんに家族を作ってやれないとかで悩む白澤さんも捨てがたいです