pixivさんの素敵企画に乗っからせていただきました。


【場所取り】



「白澤様も鬼灯様も、今宵はどうぞ楽しんで下さいまし」


高下駄を履いた美しい女が腰を折り曲げて此方へ頭を下げている。

彼女の立つ舞台の下には広い池があり、満月の映しだされた水面を金魚が優雅に泳いでいるのが見えた。

頭を上げニコリと笑んだ女は虹色のしゃぼんのように宙に消える。

彼女がいた場所には変わりに一張の琵琶が佇んでいた。


「白澤さん」


鬼灯が横を見ると格好を崩して舞台を眺める白い神がそちらを向く。

これから縁側に作られた客座に二人並んで腰かけて、見世物を観ようというのだ。


「そろそろ教えてくれませんか?どうして今宵私が此方へ呼ばれたのか」

「妲己ちゃんが言ってたろ?これはお得意様への接待だって」


妲己のかまえる妓楼は白澤が遊びに利用するのは勿論、鬼灯も仕事で使うことが時折あった。

鬼灯とて美しく着飾った女性にもてなされれば悪い気はしないし、部屋代は高いがその分美味い酒と料理が出てくるので、その際にぼったくりだとは言うつもりはない。

ただ、今回のように態々個客の為に舞台が用意されることは初めてなため懐疑的になっても仕方がなかった。


「あとで高額なお代が請求されるんじゃないでしょうね」

「まさか、今回に限ってそれはないと思うよ……ていうか無粋じゃないか」


これから素晴らしい芸が始まるというのに、お金の心配だなんて朴念仁のすることだ――白い神獣は赤い盃を傾けた。


「……」


今夜は手酌酒で良いと断ったのも彼だった。

鬼灯が遊女に酌されるところを見たくないといった感傷がこの神獣にも存在するのだろうかと疑問が浮かんだが、それを聞いても朴念仁だと言われそうだ。

白澤にかかれば恋仲の二人が伴って妓楼に来ているこの状況も風情があると思えることなのかもしれないが、やはり鬼灯には理解できなかった。

「それはそうと、この妓楼こんな造りでしたっけ?」

「ここの狐達なら幻影の庭を作ることもできるんじゃない?」

「ほう……」


ならば今二人は狐の術中にいるのか、それはそれは――


「風情のあることですね」


そう言っても、きっとこの神獣には理解できないだろう。




【開花予想】



「あの桜を見ててごらん」


ぴくりと睫毛を揺らした白澤は池の向こうに見える大きな桜を指す。

すると琵琶の音が鳴り出したが、鬼灯は言われた通り桜に目を向けていた。

その音に合わせ一房一房と蕾だった桜が開いてゆく。


「何故わかったのです?」

「あの桜は狐が化けたものみたいだから、なんとなく気配で解ったんだよ、なにかしようとしているなって……」


開花を予想できたことについてそう説明されると鬼灯は納得し、花に集中し始める。

見事な桜だ。

あれが狐などとは思えず、もしや桜の方が狐に化けているのではないかなんて巫山戯たことを考えた。

胡蝶の夢の話ではないが何にでも化けられる狐は己が狐だということを見失ってしまわないのだろうか、己が化かされている方かもしれないと。


「平家物語ですか」


“ひとへにかぜのまえのちりにおなじ”

平家物語の冒頭、琵琶の音がその箇所を弾いたと同時に開いた桜の花弁が一気に散ってしまった。


「ああ、お前好きだろう?カラオケでも歌ってたもんな」

「別に好きというわけではありませんけどね」


というか聴いていたんですか?と横の彼を振り向こうとする前に、散った筈の花弁が宙に浮かび幾つかの塊を作った。


桜が象ったのは数十隻の船と、その向かい側に立つ人の乗った馬の軍。

平家物語の中でも一際有名であろう第十一巻“那須与一”の項だ。

数十隻の船が集まり扇を掲げた一隻の船となり、馬の軍が集まり弓を持った武者の姿を象った。

武者が矢を射ると弧を描き飛んだ桜の花弁が扇へ当たり、パラパラと舞台に落ちる。

そこにあった筈の琵琶がなくなっていて、代わりに一人の男が立っていた。



「見事なり」


そう言った男は白い薙刀を持って舞い出した。

小さな舞台の上を縦横無尽に舞い踊る五十路近くの男、その舞いは素晴らしく男はそこにいるとしか思わないという白澤でも面白そうにそれを見る。

この男も平家物語の登場人物だ、鬼灯の記憶が正しければこの後この男は那須与一の矢に打たれ絶命する。

すると宙に残っていた桜の花弁達が一斉にその男の頭上に降りかかり、男の姿は消えてしまった。

鬼灯にはもし白澤があのような戦場にいればあの男のように間抜けな最期を遂げるだろうと想像が出来るが、あの神獣を真っ先に殺すのは己でしか有り得ないと否定する。


「ん?」


舞台に落ちた全ての花弁達の中から一匹の蛇が発生し此方へ池を泳いで渡ってきた。

池の中を自由に泳ぎ回っていた金魚たちが隅の方へ逃げてゆくのが面白い。


「おやおや、どうしたんだい?」


縁側まで登ってきた桜の蛇は鬼灯の左腕と白澤の右腕に巻き付いてぎゅっと体を縮ませた。


「私達にもう少し近づけと言いたいのでしょうか?」

「そうかもね……ふふ、お節介な桜だねぇ」


御所望通りに鬼灯へ白澤が寄り添うと蛇は満足げに頷き、空を舞って元の桜の枝へと戻って行った。

舞台に残っていた他の花弁達は一足先に戻っていたようで、池の奥の桜は再び満開の花を咲き誇っていた。




【酒】


「先程の平家物語は貴方のリクエストですか?」


鬼灯に「お前好きだろう?」と聞いたということは、つまりそういうことだろう。

すると酒の程よく回った白澤は殊の外素直に頷いて微笑みを零す。


「うん、妲己ちゃんから何か見たい演目はないかって聞かれたからそう答えといた。流石妲己ちゃんだよね日本古典もちゃんと知ってるなんて」


それから我が子を褒めるように妲己の賢さを上げていく白澤はつまらないし、だいたい源義経率いる鴉天狗に何度もガサ入れをされている衆合地獄の老舗ならば平家物語くらい知っていて不思議ないとも思う。

だが自分の為に自分の好きそうなものを選んでくれた白澤に胸が少し暖かくなるのを鬼灯は感じた。


「お酒も、辛口のものを頼んでおいたよ」


お前は笊なくせに味に煩いから満足する程ものを揃えるのは大変だろうね、と彼が意地悪く笑うのは珍しい。

普段の白澤は相手がぼったくりの店だろうと極力困らせることはしない、だから上客だと持て囃されるのに、どうしたのだろう。


「養老の滝の酒だったら、お前がいくら飲んでも枯れることはないんだけどね」

「……」


白澤は鬼灯にどのような反応を示してもらいたいのだろう。

他の誰が用意するものおり己の持つものの方がこの鬼を満足させられるのだぞと優越感を感じているように見えるが勘違いだろうか?

そんな俗くさい考えを博愛の神が抱くことがあるのなら、それは――


「では今度は貴方の庭で花見をしましょうか」

「いいよ、うちなら一年中桃が咲いてるから暇な時においで、無理しなくていいよ」


優しく気遣わしげに微笑む神獣へ、今更そんな神様の顔をしても遅いですよと心で呟く。




【花より団子】



「そういえば一子二子も花見をしたがっていました。なんでも今まで棲んでいた家にはだいたい桜が植えてあって毎年賑やかな茶会が行われていたと」

「あの子達が憑いていたのは働き者の良い家主ばかりだったろうからね、桜も大事に育てられて綺麗に咲いてたんだろ」

「座敷童子が去った家なら、もう零落れてしまっているでしょうけど」

「それでも桜は咲くよ、かつて自分を愛でた人々の思い出を糧にね……」


ほんの少し寂しげに笑う白澤を見ながら、ふと現世に降りて昔座敷童子の二人が棲んだという家を巡ってみようかと思いついた。

桜を見るだけではつまらないと言いそうだから二人には団子を買ってあげよう、勿論この甘味の苦手な神獣の口にも突っ込んでやろう。


「この時期の現世はどの店も花見団子に力をいれているでしょうしね」

「へ?」


いきなり脈絡のないことを言い出した鬼神にきょとりと瞬きを落とす白澤だった。


「団子……団子ねぇ……」


と呟いて黙り込んだ白澤を見て、こいつは桃太郎のおばあさんにでも頼んで日本の花見団子を作るつもりなのではないかと予測する。

次の花見には彼の手作り団子を期待できそうだ。




【花吹雪】



「あはは!綺麗だねえ!楽しいねぇ!」


何処かから聞こえる管弦の音に合わせ桜の花弁が舞い踊り、池の中の金魚が水面を跳ねあがる、いつもより明るい月あかりが水飛沫を照らしキラキラと輝く。

今日は最初に挨拶した琵琶以外の女性が出てこないというのに白澤は大変ご機嫌だった。

彼が美女に鼻の下を伸ばさなければ鬼灯の機嫌も下向くことはなく、好きな金魚の可愛らしい姿も相俟って気分が向上してゆく。


「おや?」


縁側に座っていた筈が、いつの間にか自分が桜の木の枝の上に作られた床に座っている事に気付いた。

演目に心を奪われ過ぎて狐の術に全く気付かなかった。


「あ……」


鬼灯と白澤を囲むように咲く桜の花が風に揺れて散っていく。

思わず追いかけて滑り落ちそうになる白澤を咄嗟に捕まえた。


「流されていかないでくださいよ……桜じゃないんですから」

「ごめん、つい」


捕まえていた手を放して、そっと抱き締めた。




【お茶と桜餅】



「ちょっと鬼灯、この桜が狐ちゃんだってこと忘れてないよね?」


己を抱き締めた鬼の唇が首筋に吸い付こうとするのを制止しながら白澤は言った。


「いいじゃないですか、ここはそういうお店なんですから」

「そういうことに使うだけのお店じゃないってお前も知ってんだろが」


呆れて溜息を吐くと、桜が同意したようにしなる。

そして、二人の前に枝が伸びてきて、お茶と桜餅の乗ったお盆を差し出された。


「お酒ばっかり飲んでるから少し休憩しなさいってことかな」


好機を得たと、鬼灯から離れお盆を膝の上に置く。


「こんなのじゃ腹の足しになりません」

「文句言わない、はいアーン」


と、楊枝で切った桜餅を目の前に差し出され、反射的にパクりと口にする。

しまった!折角のアーンなのに堪能する前に食べてしまった!!と内心後悔している鬼灯を余所に白澤は二口目を差し出してくる。

今度はゆっくりと口に含み「おいしいです」ともぐもぐ食べながら言えば白澤は「可愛いなぁ」と微笑んだ。

いくら見目が良くても成人男性同士のアーンを見せられて可愛いとは思えず、たとえ可愛く見えたとしてもソレは桜マジックだと周りにいる狐達は少し冷やかな目で見ていた。




【弁当】



「もうないんですか?」

「桜餅だもん……二口もあれば終わっちゃうよ」


もっと白澤から食べさせて貰いたかったと言外に語る鬼灯を宥めながら白澤は安堵の息を吐いた。

桜マジックというかノリでやってしまったことだが、よく考えなくても恥ずかしい。


(妲己ちゃんのお店の子が見てる前だってのに……)


羞恥心を誤魔化すように熱いお茶を飲んでいると、膝の上に置いておいた盆が回収され、代わりに鳳凰の意匠が入った重箱が置かれた。


(これ考えたのまさか鳳凰じゃないだろうな?)


ぴくぴくと米神を動かしながらその重箱を見下ろす白澤と、無表情ではあるが期待していますという空気が全面から溢れてる鬼灯。

「自分で食え」「いやです食べさせて下さい」「なら何も食うな」「折角用意してくれたのに食べなきゃ悪いでしょ」「じゃあ自分で食え」「食べさせてください、私も食べさせてあげますから」「結構だよ!!」

という常闇の鬼神やら地獄のナンバーツーやら知識を司る神やら漢方の権威やら呼ばれている男達とは思えない遣り取りが暫く続いた。

もう付き合ってられないと、桜役をしていた狐は二人を元の縁側に戻し舞台袖へと去ってゆく。


結局折れたのは神獣の方だった。




【花びらと杯】



「しかしお得意様とはいえ妲己さんがこんなことするのって私達くらいですよね」

「んー?」


弁当も食べさせ合って腹の膨れた二人は、また酒を飲み始めていた。

鬼灯に合わせ強い酒を煽りすっかり虎と化している白澤は鬼灯の肩に頭を乗せながら間延びした返事を返した。


「うん、今回はねぇ、僕がお店にプレゼントした贈物が大層気に入ったからそのお礼も兼ねてるんだってー」


この男が女性に贈り物をするのは珍しいことでなない。

今までのが積もり積もってその礼として呼ばれたのかもしれないなと鬼灯は思った。

妲己の本性を知った上で「ただ彼女を喜ばせたい」という目的で贈り物を渡す男などこの世に白澤ともう一人だけで……その質量なら白澤が勝ってゆく、これからもっと。


「あ!丁度サンプル持ってるよ、見てみる?」


そう言って彼は鬼灯の肩に頭を乗せたまま、ごそごそと動きポケットから小さなアルミの袋を取り出した。

白澤それを破くと仄かに桜の香りが鼻孔を擽ってきて、そういえばこの幻影の桜は香りまでは再現していなかったなと見世物の終わり静かに琴の音が流れるだけの庭を眺める。


「なんですか?それ」

「潤滑油!」

「……袋の形からして化粧品のサンプルかと思っていたら、そちらの方でしたか」


まぁ潤滑油も化粧水の一種ではあるから女性への贈り物にしても失礼ではない筈、下心さえなければの話だけれど。


「まあ見ててよ」


白澤は鬼灯の手をとってその甲へと袋の中身を垂らした。

見るとその液体の中に緋桜の花弁が混ざってるのが解った。

桜の香りがいっそう香る。

花弁を液体に漬ければ多少は色落ちし形が崩れるものだと思っていたが此れは今の今まで咲いていたように鮮やかだ。


「綺麗なままですね」

「まあコレはほんの少し神気が籠ったものだからね」


ああこの馬鹿は神獣の神気入りなんて値段も付けられないようなものを妲己個人ではなく“店”に贈ったのだ。

それならこのもてなしも納得できる、ただどうして自分も一緒なのだと鬼灯は首を傾げた。


「今回お前も一緒に呼ばれたのはコレがお前のお蔭で出来た品だからだと思うよ」

「はい?」


鬼灯の手の甲の潤滑油を掻き混ぜながら白澤は懐かしげに目を細めた。


「何年か前にお花見した時、盃の中に入った桜の花弁を見て嬉しそうにしてただろ?」

「そんなことありましたっけ?」

「あったあった、それでお前そのお酒をそのまま飲んでたよ」

「……まあ飲むでしょうね」


憶えていないがそんなことがあれば茶柱的な喜びを感じてしまうだろうと思い頷く。


「それを見てコレを思いついたって妲己ちゃんに話したからかな」


白澤は潤滑油の中から一片の花弁を爪で掬い。


「それでさ……」


鬼灯の方を見上げペロリと舐めとった。

あの花見の最中、鬼の小さな唇に吸い込まれる花弁に嫉妬したと言えばどんな顔を見せてくれるだろう。


「お前の飲んだお酒みたいに口に入れても大丈夫なものにしたんだ」


全部天然素材だからねーーなどと何が面白いのかケラケラ笑う酔っ払いを見た鬼灯は、思わず酒の盃を落としそうになったのだった。




【夜桜】



「ありがとう!今日はすっごく楽しかった!!また来るね!!」

「御馳走様でした。見世物もでしたがお酒や料理も素晴らしいものでしたよ」


上品なのに妖艶な笑みを浮かべた妓楼の主人に挨拶を済ませ、二人は帰り道を歩いていた。

明日は休みなので今夜は桃源郷の白澤の家に泊まれる、ちなみに桃太郎は今夜は盟友達のところへ遊びに行っているらしい。


「相変わらず凄いですね……」


桃源郷には昼間仕事で訪れるか夕方に来て翌朝に帰ることが多いので、夜に道を歩くことは滅多にない。

年に数回見上げるだけの空には何時も満天の星が輝いている、現世ではこの時期に見られない天の川も勿論。


「花筏みたいだね」


無数の星を川に流れる桜の花弁と称した白澤は、そっと鬼の大きな手を包み込む。


「ここは桃の花ばかりだけど、こうやって桜も見れるよ」


濃紺の世界に佇む白い横顔はどんな花より華らしいと、ぼんやりと思う。




【来年の約束】



「はーー極楽極楽」

「いい湯ですね」


花見の次は月見だと言って二人で露天風呂に浸かって満月を見上げた。

今夜は既に酒気を帯びていたので酒ではなくソーダ水で乾杯する。


「ああ美味しい〜〜」


一気に炭酸を飲み込んだ白澤はプハァと息を吐きながら岩肌へ背中を預ける。


「ああやっぱり家が一番だね」

「同感です」


今日は散々狐達によって幻想的な光景を見せられ少し夢見心地でいたが漸く日常に戻れた気分だ。


(……今日のこの人は私の目に随分美化されて映っていたようですね)


思えば妲己の妓楼に入った時から幻術を掛けられていたのかもしれない、ずっと白澤との間に靄が掛かっていた気がするから今はそれが晴れてスッキリしている。


(やっぱりこの人はこうして間抜け面晒してる方がいいですね)


私の横で――


「次に妲己ちゃんが招待してくれるの何百年後だろなあ?」

「……今日の芸は素晴らしかったですが貴方が廓遊びをした結果だと思うと気に入りませんね」

「なんだよ嫉妬か?大丈夫だよ、行ってもただお酒を飲んで喋りするだけだから……それこそ花を愛でるようにねー」

「そういえば貴方、桜の花弁入りの潤滑油って全てあの店にあげてしまったんですか?」


どこから飛んできたのか桃の花が湯船に浮かんでるのを見てふと気になったことを訊ねる。


「去年の春の終りに散った花弁の中で綺麗なものを拾い集めて作ったから多くは作れないんだよ、神気を吸う時間もいるから完成するまで一年近くかかるし、物はいいんだけど商品化は難しいかな」


余程根気が要ったのであろう、白澤は心底うんざりしたように応えた。


「そうですか……では私も来年まで待たなければなりませんね」

「はい?」


ちゃぽんと音がして、鬼灯の手が湯の中から上がった。


「量はそれ程多くなくていいです、使うのは私だけですから」

「……」


頬を撫でながら言えば白澤の目尻の桜色がどんどんと濃くなってゆく。

酒の所為でもなく、温泉の所為でもない、この鬼が染めたのだ。


「ご、ご注文承りました」

「よろしくお願いしますね」

「……」


神獣は鬼神の視線から逃げるように再び月を見上げた。


ああまた、面倒くさい一年が始まる。

春の終わりに花弁を集め。

夏の間に神気を溶かした聖水に漬けて。

秋に特性の潤滑油と混ぜる。

冬の間に熟成させ、最後の仕上げに神獣の……。

今年の品には仕上げを入れなかったけれど、来年鬼灯へ渡すものには神獣の恋の欠片でも入れてやろう、特別に。

きっと今年よりも良いものが生まれ、自分でも満足する出来となるに違いない。

ただ、この鬼は桜の花にすら嫉妬してしまいそうで――それだけが心配だ。













END





お題選べなかったんで一応全部使わせていただきました

書いていて楽しかったです

企画主様本当にありがとうございました