ヒトは頭上に広がる蒼穹を見て自分のことを宇宙に比べてちっぽけな存在だと言う。

黄帝は夜天を見上げては「お前はあんな綺麗な場所からきたのか?」と星のように煌く瞳で問うてきた。

それは自分が存在する前よりそこにあって全ての地を包み込んでいる、空は地の上にあるのではなく空の中に地はあるのだ。

それなのに“何もないこと”を空(から)と名付けたのは、はて誰だったろう……


『僕が生きていたのはそれほど綺麗な場所ではないよ』


最後に残る常世の記憶は、ある鬼と酒を飲み交わした場面だった。

周りで見たことのない顔だったからあの頃日本から学びに来ていたという鬼だろう。

酒を浴びる程飲ませ、神獣の知識を引き出そうという思惑が見えたが、楽しい時だったと思う。

その手段はけして綺麗とはいえないが、鬼や妖とはそういうものだ。


『月も太陽も、いつも人に優しいわけじゃないよ』

だからこそ人々の心にその存在を刻んでいる。

優しさばかり求めていたら、本当に独りきりになってしまうではないか。


『空は様々なもので満ち溢れてる』


そういえば同じ「空」でも日本語の「から」は好きだ。

他を加えれば「たから」になるから、それは誰かに知識を教えるのにも似てる。


得た知識が宝になるかは個人の努力次第だけど。




「ねえ空亡、君は本当に“何も無い”の?」


一介の鬼へ神格を譲り渡し、この暗闇の中で空亡を繋ぎとめる役目を奪った。

あれから数百年をずっとこの妖怪と二人で過ごしてきた。

地球の生物はもう滅亡してしまっているだろう、あの時点でもう世界は空亡に吸い込まれ過ぎていた。

自分の愛した鬼はまだ消えていないと願うがどうだろう、あの鬼が消えればもう誰の記憶の中にも自分はいない。


「それでも、僕があの鬼を愛し、あの鬼を愛したという過去は消えない」


一度生まれてしまったものは、無かったことにならないのだ。


「今だって、鬼灯を想うこの気持ちは永久のものだって思うんだ」


“ねえ、空亡……”


元・白澤、今は名もなき妖怪となってしまった彼は目の前の籠の中で蠢く闇にそっと語り掛けた。


「君だって無ではない、無ではない以上は誰かが必要として出来たものに違いないんだ」


神が神である為に信仰や崇拝が必要なように。

鬼が鬼である為に加虐や餌食が必要なように。

人が人である為に犠牲や破壊が必要なように。

全ての者は他から何かを得て生きていて世界はそれを許している。


「君は沢山のものを奪ってしまった……君が君である為にそれは必要だったのかもしれない」


世界を一つ滅ぼしておいて仕方がないで済まされる筈はないけれど――


「今度は君が他になにかを与える番だよ」


ゆっくりと世界がひび割れていくような音が彼らの耳に入ってきた。

そして目の前で黒い幕のような結界が崩壊してゆく。


その向こうに見える影が、ゆっくりと象られていく、あの頃よりも最愛の者。

常闇の蕾の中で自分を忘れそうになっても、この存在だけは一時たりとも忘れたことはなかった。


「お待たせしました……白澤さん」


――待ってはいなかった

――それに自分はもうそんな名前じゃない――


「これからはずっと一緒です」


彼は“ソレ”を抱えたまま立ち上がり一歩踏み出す。

彼もまた手を伸ばし彼の“ソレ”ごと抱き寄せた。


「帰りましょう」

「ああ」


帰る場所がまだ在るというのなら……




* * *




鬼澤が目を開くと長閑な桃源郷の風景が広がっていた。

肩に寄りかかり眠っている白灯を確認しホッと息を吐いたところで声をかけられる。


「おかえり……」


負傷した鬼灯を治療する桃太郎と、仁王立ちの白澤、近くの岩に腰かけるベルゼブブ。

白澤の笑顔は笑っているようには見えなかった。


「ただいま帰りました」

「うん、それで?」

「え?」

「この鬼を見てなんか言うことあるんじゃない?」


と、鬼灯を指さす白澤、丁度治療が終わったところだったがあちこちガーゼが貼られている。

空亡の封印を解いた時の衝撃に巻き込まれたのだろう、直前に自分を止めようとしていた彼を思い出し少しだけ申し訳なくなった。


「すみませんでした」


軽く頭を下げると鬼灯は息を吐きながら、頬に貼られたガーゼを剥がした。

もう傷口は塞がりかけている。


「ここまで迷惑かけたのだから普通は土下座でしょう、他の皆さんにも……あ、そこの白豚にはする必要ありませんよ」

「なんでだよ!!」


そこからぎゃんぎゃんと喧嘩を始めた二人を見て鬼澤は小さく唸った。

申し訳ないとは思うが世界の危機を教えにわざわざ異世界からやって来て我が身を犠牲にして救おうとした異世界の自分に土下座を要求するとは流石は鬼である。

まぁ全て己の目的を果たす為にした事だから感謝しろとまでは言わないけれど、こうして皆無事なのだから、怒るよりも前に少しは嬉しそうにしてほしい。


「空亡を消滅することができたのか?」


するとベルゼブブが不安げな面持ちで訊ねてきた。


「ああそうか……まだ報告してませんでしたね」


鬼澤と白灯がいない間なにが起こったのか解っていないから嬉しそうにはしなかったのかと合点する。

異世界の空亡の封印を解き、この世界の空亡とぶつけて相殺する。

もしそれが失敗したら鬼澤と白灯の魂を使い二つとも封印すると説明して自分達は消えたのだ。

不安にもなるだろう。


「それが封印の中では予想外のことが起こっていまして」


そう言いながら鬼澤は体をずらし、自分の肩に頭を置いて寝こける白灯を皆から見えるようにした。


「え?」


驚きの声を上げたのは桃太郎、ベルゼブブは興味深そうにそれを凝視し、鬼灯と白澤は同時に溜息を吐いた。

白灯の膝に乗っている黒い兎、その額には毛の色とは逆の白い角が生えていた。


「まるで一角兎ですね」

「それにしては角が短いし、毛は長いな」


白灯に近付きジロジロとそれを見る鬼灯と白澤から鬼澤は一人と一匹を庇うように隠し、抗議の声を上げた。


「静かにしてください、起きてしまうでしょう」

「しかしそれ、空亡ですよね?」

「ええ!!?」


また声を上げ驚く桃太郎、ベルゼブブも目を見開き驚きを隠せない。

この小さな兎が先程のブラックホールのような妖怪なのか、どうしてこのような姿になってしまっているのか、そして何もせずに野放しにしていて大丈夫なのか……二人の頭に次々と疑問が浮かんでくる。


「恐らくこの人は空亡を封印する為の生贄になって数百年、ずっと空亡と対話していたのではないでしょうか」


お喋り好きの彼なら有り得ると鬼澤は答えた。


「こんなお人好し爺とずっと話してたら空亡でも脳みそ綿飴みたいになってしまうんじゃないですか?」

「誰が爺だ、誰が脳みそ綿飴だ」


すると眠っていた白灯がパチリと目を醒まし、鬼澤を見上げながら拗ねたようにつっこんだ。


「白灯様?」


ずっとカタコトだった白灯が流暢に日本語を喋りだしたのを聞いて桃太郎は思わず声を掛けた。


「桃タロー君?久しぶり」


正確には白灯の知る桃太郎ではないが、それに気づいていないのだろうか。

いや、封印が解け理性を取り戻した彼が気付かない筈はないだろう。


「僕って今は白灯って名前なんだ……大王から貰った大事な名前の一文字くれたんだね」

「消えてしまうよりいいでしょう、私だって貴方から一文字貰い鬼澤と名乗っています」

「そっか……うん……」


幸せそうに微笑んで鬼澤の方へ身を寄せる白灯。


「いつかお前が封印を解いてくれる日がくるって信じてた、だから空亡を説得してもう二度と世界を無くしたりしないって約束しておいたんだ」

「では最初からそのつもりで私の身代わりに?」

「ううん、あの時はただお前が生贄になるなんて許せないと思って、無我夢中であんなことを」


――傷付けちゃったね、ごめん、辛い想いをさせたね――そう謝る白灯の頭を鬼澤は撫で――私の方こそ貴方の気持ちを考えず勝手なことをしてすみませんでした――と謝る。

一方目の前で自分達にそっくりな二人の仲睦まじい様子を見せられている鬼灯と白澤は、数百年ぶりの再会を邪魔してはいけないと今すぐ空気をぶち壊してしまいたい衝動を抑えていた。

特にダメージが大きいのは白澤の方で、話し方や所作がまるで自分と同じな男がよりにもよって自分の天敵そっくりなとイチャイチャしている場面など見ていたくはない。

先程までの二人はペットと飼い主のようだったからまだ耐えられていたのだと今更ながら気付いた。


「ということは、もうソイツが世界を滅ぼすことはないと考えていいのか」


ベルゼブブが訊ねると鬼澤が頷く。


「そうですね、もしそうなったとしても私達が封印するので安心してください」

「またお前はそういうことを言う……」


呆れる白澤に対し鬼澤は「一人で封印するって言うよりいいでしょ」と悪びれなく言う。


「それはそうだけど……」

「ところで空亡って二匹いましたよね?何故この兎は一匹なんですか?」


いつのまにか元・空亡だった黒い兎を膝に抱え撫でていた鬼灯は白灯に聞く。

流石モフモフへ対して手が早いと感心しながら白灯は「多分融合したんだと思う」と答えた。


「僕らの世界の空亡はどちらかというと陰の気を持っていて、こっちの世界の空亡は陽の気を持っていたから一つになる方が安定するんじゃないかな?」

「そういうもんですか」

「そういうもんだと思っててよ」


というか此処が元いた世界とは違う世界だということも鬼灯や白澤がいる理由も説明していないのに状況を把握している白灯を不思議に思い見ていると、彼はくすくす笑いながら教えてくれた。


「空亡を封印していた僕と、鬼澤の眷属だった僕も融合したから記憶を共有してるんだよ」

「なるほど」

「じゃあ白灯様はご自分が元いた世界がどうなったかもご存じなんですね」

「うん、それに封印されてる間に予想していたから」


あの暗闇の中で許されていたのは思考することだけ、世界の行く末に様々な可能性を考え、どのような結末を迎えていても事実を受け止める覚悟をしていた。

そのことについて鬼澤は罪悪感があるのか白灯が膝に置いている手に自分の手を重ねて彼の顔を覗き込み「すみません」と呟いた。


「貴方が空亡を封印してくれたというのに結局私は世界を守れなかった」

「気にするなよ、きっと僕でも防げなかったから……」

「お前らなぁ世界の存続が自分達の手にかかってるとでも思ってたのか?」


傲慢は大罪の一つだぞとベルゼブブが言うのは彼なりの気遣いだろう、二人の世界が滅亡したのは二人に責任があるわけではない、あるとしたらこの空亡にだ。


「で?これからソイツをどうするんだ?」

「そうだね、人が生きる限り消せない存在だし鬼澤が面倒を見るってのはどうかな」


白灯がそう言いながら白灯は己がしていた首輪を外し兎の黒い首に巻き着けた。


「これを着けておけば暴走することはないでしょ」


もともとこの首輪は神格と理性を無くしただ力の強い妖怪になってしまった白灯の力を制御する為に着けていたものだ。

だからもう必要ないものだけれど、鬼澤も白灯も複雑な目をしてそれを着ける空亡を見る。


「ぷぅ?」


すると鬼灯の膝の腕で、二人に見詰められているのが不思議なのか鳴きながら首を傾げる空亡。

これには真正面の二人も抱いている鬼灯もノックアウトされた。


「はい、この子は私の眷属として可愛……きっちり躾ますので安心してください」

(今、可愛がるって言おうとしたな)


桃太郎はそう思ったが指摘すると面倒そうなので口を噤む。

それよりもそろそろ家の中へ戻ろうと皆に声をかけた。

夕食には腕によりをかけた料理を振舞おう、自分以外は酒豪と酒好きだがいくら飲んだって今夜だけは文句は言わないことにしよう。

思ったよりも呆気なく世界の危機は過ぎ去ったのだ。




* * *




「かがみちゃん器用だねぇ、僕の弟子にならないー?」

「駄目です。コイツはもう私の眷属ですから」


桃源郷に施していた封印を解き、変わりに自分達の神気と妖気を抑える封印をかけた鬼澤は白澤と兎になった空亡を取り合っていた。

鬼澤が神気を抑えているので他の従業員達が近付いても平気だ。

空亡の名前は白灯によって加々未(かがみ)と名付けられた。

その意味を問うと彼は「加々って字が好きなんだよ、繰り返し加えるってことだろ?空亡は新しい存在だからきっと皆にまだ未だ見たことのないものを与えてくれるようになる」と答えた。

まるで誰かさんのように……と心の中で付け加えながら加々未を撫でる

そんな空亡や兎に囲まれた鬼澤はなんだかとっても満足げだった。


「まったく、久しぶりに会ったってのに僕をほったらかして兎ちゃん達に構うなんて酷い鬼だよね」

「今は私達に遠慮してるんでしょ、二人きりになったら離しては貰えなくなりますよ、きっと」

「おお怖い」


極楽満月の待合スペースで兎たちと戯れる想い人を眺めながら鬼灯と白灯もカウンターで酒を酌み交わす。


「しかし貴方達は加々未に甘すぎやしませんか?自分達の世界が滅んだ元凶だというのに」


私には関係ありませんけど理解も出来ない、と鬼灯は言った。


「僕らは妖怪が他の生物に害なすのを“そういう性質だから”で何億年も容認してきたからね、自分達にも被害が及んだからってイキナリ否定することは出来ないよ」


それを聞いて鬼灯は神の考え方は鬼とは根本的に違うと思い知った。

鬼灯は神のそうやって己も含め全ての者を世界の一部として見るところが大嫌いだ。

神の博愛は薄っぺらい、皆を平等に扱うなんて冷たい。

だがそう思うことは“我が子だけを特別に扱い孤児である己を蔑ろにした大人達”を認めることにならないか?

いいや普通の人間ならばたった一人を特別扱いしたって他の者を不当に扱わなければ罪に問われない、あの村の大人達は己を不当に扱ったから制裁を加えられたに過ぎない。

鬼灯の怒りも怨みも当然だ、彼らに与えた罰が重すぎると思うことは鬼灯自身あるけれど。


「そんな僕がさ、今はたった一人のものになれたんだ」


ぽつりと今までとは糖度の違う言の葉が落とされた。


「今の僕はただの妖怪だから……やっと全部を鬼澤にあげられる」


世界中の不幸を積み重ねて、それらを纏めて幸福に変えてしまったような表情で白灯は語る。


「アイツさ、僕の博愛を認めるなんて殊勝なこと言ってたけど本当はずっと特別が欲しかったに決まってるんだ」


鬼澤の眷属として過ごした日々を思い出しながら語っているんだろう、その声はとても甘やかだ。


「これからアイツの生きる永久の中に僕がまるまる全部入っちゃうんだ」


それは有限の者にしか理解できない喜び。


鬼灯は異世界の自分を酷く羨ましく感じた。

本来博愛であるべき神にとって特別な存在になることなんて、ソレを得られない者から見れば理不尽でしかないのに、ソレを望んでしまう。


「鬼灯は」


カチンと音がする、自分の持つ盃に白灯の持つ銚子がぶつけられたのだ。

とくとくと注がれる酒と、白灯の笑う口元だけが視界に入る。


「そんな風に白澤が欲しいと思う?」

「私は……」


白澤の全てを手に入れる自分、それを羨んだのは確かだ。


しかし――


「私が欲しいのは“白澤”であって“白灯”ではありません」


そして、己もまた“鬼灯”のままでありたい。

直観的に口から出た言葉は、確かな本心である。


「この世界のお前はやっぱり欲深いな」

「ええ」

「それを伝えようとは思わないの?」

「そうですね……あの人に告げるにはまだ早いかと」


鬼灯はまだ白澤にとって博愛の対象から脱していないから、もっと力を付け自信を持ってからだ。

そう小さな声で語る鬼灯に白灯は瞳を大きく瞬かせ、次の瞬間声を上げて笑った。


「哈哈哈!!」

「なにが可笑しいんですか?」

「どうしたの?なにか面白い話?」

「白灯さん?」


その声に白澤や鬼澤、桃太郎が注目してきた。

ちなみにベルゼブブはサタンになにも告げずに来ていたということで早々にEU地獄へと帰って行った。


「いや、なんでもないよ……ところでさ白澤、君はかつて自分がある人間との縁を切ったことを憶えてる?」

「はい?」


ニコニコ微笑みながら、白灯は白澤に訊ねる。


「縁を切って記憶も消えてたけど今回のことで思い出したでしょう」


“生贄”という言葉がキーワードだった筈だ。

瑞獣白澤が消えてしまいたいとすら願った記憶。


「丁が死んだ時、君はもう二度とこんな想いをしたくはないと彼との縁を切っただろう?」

「ッ!?」


白澤は絶句する、どうして今それを言ってしまうのか……そしてそれを初めて聞く二つの世界の鬼灯も驚いた。

この神獣は、あの小さな子どもだった自分を知っていたのか、と。


「見つけたのは偶然だったけど、自分と似た目鼻立ちをしていたからまるで我が子や弟のように感じたんだ」

「白灯ちょっと待って、なんでそんなこと今になって……」


彼に近付こうとする白澤の腕を鬼澤が掴んだ。

この話を詳しく聞きたいと思ったからだ。


「天の許しが下りず直接関わることは出来なかったけれどずっと見守ってたよね?村人から虐げられる姿を見て何度も攫ってしまいたくなったよね……丁が生贄になるって決まった時我慢できずに手を伸ばしたけど透明な壁に阻まれてそれができなかった」

「白澤さん?」


本当かどうかなんて聞く必要もない、白澤の反応を見ていたら真実だと解るから。


(そんなことって……)


ずっと自分は誰からも愛されていないと思っていた。

あの頃“丁”をそんな風に見ていた存在がいたのだ。


「もっと生きててほしかった……君には生きてゆく力がまだ残っていた。たとえ一生交われなくとも君の生きる姿を最期まで見守っていたかった。生贄なんかならないで、逃げ出してほしかった。そして精一杯、最期まで生きていて欲しかった……」


白灯は目を瞑り、あの時の子どもへ語り掛けるように言った。

当時を思い出した白澤は今にも泣きだしそうな表情となり、鬼澤はぐっと眉を顰める、空亡を封印する為の生贄になると決めた時も彼はそう思ったに違いない。


「けれど君は諦めてしまって、僕は小さな命がゆっくり終わって往くのをじっと見ていることしか出来なかった」


白灯はゆっくりと目を開き、鬼灯の瞳をじっと見詰めながらこう続ける。


「こんな想いをするくらいなら僕はもう二度と特別な存在を作らない、丁との縁を切ってしまおう……そうすれば生まれ変わってもこの子と会うことはない」

「……」

「もし、今度特別な存在が出来た時は“特別に嫌い”になろう、そうすれば離別もきっと辛くない」

「もうやめろ!!ソイツに話すな!!」


白澤は必死でもがくが掴んだ手を放してもらえない。

白灯は鬼灯から目を逸らし、今度は鬼澤へ向かって微笑んだ。


「……そうやって縁を切ったのに……お前は僕の前に現れて、また縁を結んでしまったね」


“鬼灯”という新しい存在になって――


「神が切った縁をまた結ぶなんて大した奴だよ」


そして再び鬼灯の方へ向き直って軽く肩を叩く、年若い友を激励するように。


「なあ鬼灯」


――誰が?誰の博愛の対象から脱していないって?――


「白澤になにか言うことあるんじゃないか?お前」




* * *




翌日、今後の身の振り方について天帝に意見を仰ぐことにしたと言って、桃源郷を出て行く鬼澤と白灯。

見送る為に白澤達は店の外へ並んだ。

鬼神の力に神獣の力と神格が足され、さらに世界を滅亡させられる力を持つ妖怪を眷属に持ってしまった鬼澤なので天帝もさぞや持て余すことだろう。


ただ崩壊の一途を辿る元の世界へ戻らない事に安堵を覚えた。

自分達の生まれ育った世界と運命を共にすることを選んでも不思議はないからだ。


「これからずっと共に生きると決めましたから」


その言葉が心強い。

世界を捨て運命に逆らってまで共にいたいと願う彼らに祝福を白澤は贈る。

一方鬼灯は暫く会えなくなるからと最後に加々未をモフりまくっている、しかも白灯の尻尾に包まれながらなのでさぞや心地よかろう。

何故だか店の従業員達まで周りを囲っている。


「ねえアレはいいの?浮気にならないの?」


白澤がその光景を指して言うと、鬼澤は「いいんですよ、今夜からは私が独り占めする予定ですし」と鼻で笑った。


「やっぱりお前は寛大過ぎてつまらないね」

「こちらの鬼灯とは同じであって同じではありませんから」


鬼灯の強引さに慣れた白澤なら物足りなく思ってしまっても仕方がない。


「貴方は怒らなくていいんですか?浮気だと」

「……別に付き合ってるわけじゃないし」


昨夜、半ば勢いで告白してきた鬼灯を思い出し思い切り眉を顰める白澤。

それと同時に己の中にあった想いにも気付いたが、状況が状況だけに鬼灯の告白は雰囲気に呑まれた結果に思えた。

だいたい数時間前まで自分を罵倒し暴力を振るっていた相手から急に好きだと言われてもすぐに信用できるかと訴えたい。


(数千年来の想い人から愛を疑われているなんて気の毒ですね)


鬼澤が鬼灯に白灯との接触を許すのにはそんな同情の意も含まれていた。



「それじゃあお元気で」


「ああお前達も元気でな」


「今度会う時は是非地獄へ立ち寄りください」


「お二人とも本当にお気を付けて」


「はい、ありがとうございます」



一通り挨拶を終えた鬼澤は隣にいた白灯へ手を差し出す。



「白灯さん手をどうぞ、加々未もおいで」

「うん、みんなまたねー」


白灯はその手をしっかりと取り、加々未は反対側の腕の中へぴょんと飛び乗った。

いよいよ経つという二人と一匹に従業員達も耳を振って別れの挨拶をする、可愛い。


「次来る時までに二人が少しでも進展してることを祈っとくよー」


「おおきなお世話だ!!」


という、神獣の叫び声が響く空へ、彼らはゆっくりと飛び立っていった。











END



最後までお読みいただきありがとうございます。

最終話はほぼ動きのない話で終わってしまいました。

異世界萌えとアルミラージ萌えが爆発した結果がこれです