凰と麒麟があまりに有名だからか現世には白澤を知らないという人間も多い。 そんな彼も常世では薬剤師で地獄と天国の狭間あたりに店を構え、その双方では少々名が知れていた。 為政者に吉兆を与える瑞獣であっても一般の客から見れば白澤はただの店主であり桃源郷の管理者であり、よき相談相手だった。 白澤に弟子入りしているのは桃太郎、日本では彼の方が有名かもしれないが師匠がタオタローと呼ぶので客の中には彼の名前をタオタローだと思っているものも多い。 まあそんなことは関係ないのだが桃源郷という有名所に有名人が二人もいるならば、なにかと他の有名人も集まる。 「これはこれは珍しいな」 この人もその内の一人だった。 「もーあんまりジロジロ見ないでよ」 苦笑しながら振り返る白澤、男はいるとしか認識できない白澤だったが一応男性でも声を掛けられて無視することはない。 特に彼は“サクヤちゃんの旦那”である為万一でも無碍に扱えば彼女の不興を買いかねないのだ。 「だって面白いじゃん、初めて見たよ」 白澤の背中から蔦が延び鬼灯(植物)の葉と実が生っていた。 ニニギは興味深深といった様子で白澤の後ろ姿を凝視している。 黙っていれば灰汁のないスッキリとした顔立ちの大和美男で声も良い、だが雰囲気がヘタレている為、一見徳の高い(この場合、徳とは品性を指す)神には見えない。 「そうなった経緯も面白いけどなぁ」 「あはは」 せせら笑いに返す笑いはどこか乾いた響きだった。 天帝が考案した薬の効力で肌に刺青が浮かんでしまった自分と鬼灯と桃太郎、そうと告げずにただ「桃太郎が誤って薬を被ってしまったから解毒薬が欲しい」と天帝に頼めば一つの術式が送られてきた。 その術式通りに製薬した結果がこれである、きっと天帝は何もかもお見通しで己に隠し事をしようとした白澤へのお仕置きでこんなことをしたのだ。 白澤も初めは服で隠そうとしたが、窮屈なのか鬼灯の蔦が蛇のように服の中で蠢く為に客や周りの者から早々にバレた。 今はもう開き直り背中のぱっくり開いた服を着ている。 「この子アイツに似て独占欲強いからあんまり見てるとそのうち皮がパカっと開いて中から鬼火を吐くんだよ、僕にだけど」 「人畜無害でいいじゃん」 「いやいや僕に害が出てるって」 嘘のようだが本当の話なのだ。 元々、天帝が己の従者達に不義がないか検める為に作った薬は、液を掛けた肌にその者が従属するものの象徴を浮かび上がらせる効果がある。 それによって白澤の背に刻まれたのは“植物の鬼灯と鬼火”つまり白澤が日本地獄所属閻魔大王第一補佐官のものだという証だった。 古くから中華天国にいる者によって白澤が数万年前天帝によって薬を掛けられた時には何も浮かばなかったことも既に天国地獄に広まっている(誰かと言えば鳳凰と麒麟だけれども) そんなわけでコレが露見した時には天国地獄で『白澤が一億年以上生きてきて初めて誰かのものになった』と大騒ぎになり、こんなことなら最初から正直に天帝へ全て言っておけばよかったと白澤は深く後悔した。 「ニニギさん、桜茶が入りましたよ」 と、そこへ白澤の弟子である桃太郎がお盆にお茶とあられを乗せてやって来る、彼の歩いた後には桃の花が舞っている。 それらは桃太郎の袖口から流れ出ているようだった。 「ありがと、桃太郎には桃花の刺青が浮かんだんだね」 礼を言うと桃の花を冠に持つ英雄がふんわりと花を舞わせながら苦笑を浮かべた。 「そうなんですよ、オレの場合は腕だったんで袖の広い服が着れるんですけど、白澤様は見てるこっちが寒そうな服しか着れないんで少し気の毒です」 「本当、こんな背中の開いた服なんて女の子に贈る以外で初めて買ったよ」 「そんな服贈ったのか?セクハラ……」 「宮中でチャイナドレスが流行った時にね、いいじゃない可愛いし」 そう言いながら彼女たちが着飾ったチャイナドレスを思い出して白澤はだらしない笑みを浮かべる。 煌びやかで美しい記憶だ、全員に振られているけれど今では仲良しな友達になっているし、今回の件でよい相談相手になってもらっているのだ。 「ん?相談相手って?」 「いや、天帝に許しを乞いに行かなきゃなと思うから、その事で色々と」 そして早く本物の解毒薬をもらわなければ、歩く花咲じいさんと化した桃太郎が薬作りを再開できない。 「許しって補佐官さんと結婚したいって?」 「違う!そんなことしたら大々的にお祝いされちゃうから無理!!」 「……嫁の実家に嫌われてる俺からしたら羨ましいことこの上ないんだけど……」 「そういうけど中華天国の大々的って本気凄いんだからな!どうすんの地獄が爆竹不足で困っちゃうよ!!?」 「いや、別に地獄でも普段からそんな爆竹なんて使わねえよ」 そもそも何故にお祝いで爆竹を使うのかも理解できなかった。 というか結婚自体は無理ではないのだろうか……この分だと無理ではないのだろうなとニニギは思った。 なんだか嬉しい。 日本ではもうとっくに成立してしまったカップルが多くて新しく結婚しようなんて神様がいないからかもしれない。 元来祝い事を好む神にとって結婚は本当に喜ばしいこと、この二人の出逢いに関わった自分なら尚更。 「ところで補佐官さんはどうなったの?あの人も刺青あったんでしょ?」 「うん、胸の所に……し、しろいしんじゅうのいれずみがあったよ」 “白い神獣の刺青があったよ”つまり白澤の刺青が刻まれたということか、なんだお前らバカップルかとニニギは思う。 「というか何故しどろもどろに……ああ、照れてんのか」 あのめくるめく甘い夜の事を思い出してか急に百面相しだした白澤にニニギは追い打ちをかけた。 「えっと、それじゃあまさか補佐官さん……」 「そのまさかですよ……」 と、桃太郎が自分の携帯電話をニニギに渡す。 「……」 そこに映し出されたのは着物の衿からひょっこりモフモフな神獣(ミニサイズ)を覗かせた鬼灯。 彼が閻魔大王の机の横へ立ち粛々と裁判を続けている動画だった。 誰が撮って桃太郎に送ったのだろう、三匹のお供の内で動画が撮れそうなのは猿くらいだけど案外犬が座敷童にでも頼んで撮ってもらったのかもしれない。 「……俺が亡者だったらこんな奴に裁かれたくねえ」 「ははははは……」 かなりシュールな光景を見せられたニニギは苦笑いしながら白澤を見た。 すると白澤はまた乾いた笑いを彼に返すのだった。 これから数日後、鬼灯も一緒に天帝に謝りに行ってみると既に結婚式の準備がしてあり、半ば無理矢理式をスタートさせられたらしい。 二人とも綺麗に着飾られて(和洋中の三回お色直しがあったそうな)鬼灯の幼馴染達や瑞獣同盟がスピーチをしてくれたり何故か閻魔大王がいたり(仕事は他の十王が代行)準備万端だったらしい。 そんな話をニニギが聞かされたのは、二人が新婚旅行から帰って来た後のことだった。 END |