以前の部屋は男二人で暮らすには狭かった為に少し街から外れた場所の大きな部屋へと引っ越した。

それによって不便な事が多いと思っていたがそうでもないなと鬼灯は思う。

例えば大型の買い物施設は郊外の方が多い、このショッピングモールにも自宅付近のバス停からバスで十分もすれば着いてしまう。

しかもバスは住民なら一回百円で子どもはタダ、大学で働いてはいるけれど本分は学生な鬼灯にはありがたい。

はしゃぎ回らないようにと鬼灯は一子と白澤は二子と手を繋ぎながら入店すれば、座敷童子は早々に甘い香り漂うドーナツ屋へ直撃しようとした。


「あれは帰りに買って帰りましょう」


そう言いながら鬼灯は入口にある案内板を見た。

衣食住に必要なものが全て揃う上に小さい子を遊ばせるスペースもある、これから地獄から座敷童子が遊びに来る度に連れて来る事になりそうだ。


「なぁなぁ!本屋と薬局も寄っていいか!?眠ってる間に新しい薬開発されてるかもしれ」

「却下、帰ってからネットで調べればいいでしょう、今日の目的は当面の生活用品と座敷童子のエプロンの購入です」


えー? と不満げな白澤に鬼灯は貴方の服も買うんですからねと心の中で呟く。

今は鬼灯の服を貸していて、それはそれでいいのだが白澤にはもっと似合う色があるだろう。

芸術センスが壊滅的な彼の普段着を自分好みに仕立て上げたい気持ちもあった。


「あ!そうだ携帯買ってよ!」

「駄目です。貴方戸籍ないんですから買えないでしょう」

「お前名義で買ってくれたらいいじゃん」

「……イヤです。どうせ貴方碌なことに使わないし、料金も払えないでしょ」

「それくらい自分で働いて……」

「それも戸籍ないんだから無理でしょ、身元が解らない人に仕事させるような所はこっちから願い下げですし」


不法滞在者は大人しく家で主夫してればいいんですよ、と鬼灯が言えば不法滞在者よりも主夫の響き食いついた白澤が大いに照れだした。


(ていうかこうやって一子ちゃん二子ちゃんと手を繋いでる光景ってさ!傍からは親子みたいに見られてるんじゃない!?)


なんて思ってニヤケている白澤だが、実際には仲の良さそうな兄弟が姪っ子か歳の離れた従姉妹の世話をしているように見えている。

しかも二子の髪が白いのであんな小さい子の髪を脱色するなんて……とお節介な人からは思われている。


「でも携帯あった方が便利だろ?お前が遅くなって一緒にご飯食べれない時とか」

「駄目です。ある程度の時間になったら勝手に一人で食べててください」

「冷たッ!」


と、ここで心が折れては鬼神の天敵の名が廃る。


「一生のお願い!」

「それ二百年前に聞きました」

「一生のタファダーリ!」

「言語を変えても駄目ですから」


えー? と、再び不満げな眼差しを送ってこられ鬼灯は深く溜息を吐く。

こんな風にして白澤が一生のお願いを使ってくるのは初めてではない、ちなみに「タファダーリ」はスワヒリ語で「お願いします」という意味だ。


(馬鹿じゃないですかね)


白澤は知識の神、地獄でもこの神獣の聡明な所が良いと言う女性も多かったのに何故自分に対してはこうも馬鹿なのだろう。

思い起こせば、まだ鬼灯が自分は白澤から特別に愛されていないと思っていた頃から彼は軽口が多かったし無理な要求もされていた気がする。

女性や弟子に甘えることはあっても、その人が絶対許せない我儘のボーダーラインを越えることのない彼が、鬼灯に対しては遠慮なく自我を押し通してくるのだ。

今更気付くのも間抜けだが、もしかすると自分達はずっとエゴとエゴのシーソーゲームをしていたのかもしれないなと思い、鬼灯はうんうんと頷いた。


「鬼灯様なにやってるの?」

「スケコマシ早く行くよ」


と、座敷童子に言われハッとした二人は案内板に目線を戻した。


「子供服売り場は二階だね」

「二人ともエスカレーターは乗ったことありますか?」

「ある!」

「昔百貨店に住んでた頃に手すりに乗って遊んでた」


その百貨店もう潰れてんだろうなと思いながら鬼灯と白澤は一子と二子を抱きかかえる。


「へ?」

「え?」


急に抱きかかえられた二人が不思議そうな表情で見上げると鬼灯は呆れたように、白澤は苦笑しながら同じことを同時に言った。


「「エスカレーターの手すりに乗ったら駄目ですよ(だよ)危ないでしょう」」


思わぬシンクロを見せてきた保護者達に目をまん丸くしている内に降ろして欲しいとは言えなくなった座敷童子、そもそも降ろして欲しいとは思っていない。

鬼灯のようにガッチリした体格の者に抱えられるのとはまた違って、細身な白澤は二子を落としてしまわないように優しく支えてくれる。

そういえばバスから降りる時もそっと手を差し伸べてくれた彼は自分達がちょっとやそっとでは怪我をしないと解っていながら大切に扱ってくれているのだと感じた。


「後で交替してね」

「え?一子ちゃんも僕に抱っこされたいの?いいよ〜帰りはそうしようね」

「……」


エスカレーターの二段上に立った鬼灯の肩越しに一子が強請れば白澤は嬉しそうに笑う。

なんとなく一子二子の心情を察した鬼灯がミクロン単位で頬を緩めると、一子はソレを見て恥ずかしそうに鬼灯の肩に顔を埋める。

手すりに乗って運ばれるよりも、こうして誰かに抱えられていた方が目線が高くて暖かくて安心できるのだと気付いた。

子供服売り場に到着した鬼灯と白澤は二人を床に降ろし、けっしてはぐれないよう言い聞かせてから手を離す。


「今日買うのはエプロン一着ですよ」

「はーい」

「買ってあげるんですからお手伝いするんですよ」

「はーい」

「良い子だね一子ちゃん二子ちゃん、今夜は芥子れんこん一緒に作ろうね」


ドゴォ!!(ボディブロー)


「う……無言で腹に決めてくんのやめてくんない?」

「見えるとこに傷を作られても困るんで」

「お前はDV夫か」


ホモサピエンス擬態薬のお蔭で殴られてもすぐ会話が出来ている。

するとDVよりも夫に食いついた鬼灯が親しい者にしか解らない微妙に照れたような顔をする。


(まぁいずれ伴侶になる相手ですし、これを機に暴力は止めましょう)


伴侶でなくても罪のない者に暴力を振るわない方がよいのだが、鬼にそんな事を言っても仕方がない。


「ところで白澤さん、前々から気になっていたんですが」


一子二子がエプロン選びに集中しているのを後目に見ながら鬼灯は白澤へ問いかけた。


「なんだ?」

「貴方が昔着ていた漢服って誰が選んだんですか?」


初めて逢った時に着ていたヒラヒラした衣装を思い出す、あれはセンスが良かったので白澤の見立てではないだろうと踏んでいたら。


「あの頃はだいたい宮中に住む衣装係の女官が皆の服を選んでたよ、高貴な神々は今もそうじゃないかな」


案の定そうだった。

しかし自分が綺麗だと気に入っていたあの服が誰かから特別に贈られたものでない事に安堵する。


「極楽満月の制服を着だしてから長かったですよね、そんなに気に入ってたんですか?」

「そうだね……作業するなら着慣れた服装の方がいいし、それに……」


そう言って白澤がハンガーに掛かっていたシャツに顔を埋めようとするのを阻止する、買わなきゃいけなくなるだろう、別に好みの服でもないのに(というか子供服だ)


「それに、なんです?」

「……同じ服を着てたら、ずっと憶えててくれると思って」

「は?」

「結構ショックだったんだからな!親善試合の時!お前に忘れられてて!」

「なに言ってんですか?忘れてたのは貴方の方……」


前に逢った時はひどく酔っていたので憶えていなくても仕方ないと諦めていたが、実は憶えていてくれたのか?


「あの時の子鬼くんがこんなに大きくなったんだって感動したのに、お前は衣装が違うってだけで僕を思い出してくれなかったろ……まぁ幼い頃の事だし仕方ないんだけどさ」

「そっちか!」


それは自分も憶えている、ただ二度目の邂逅の時なにも言われなかったので白澤は忘れていたと思っていた。

そう言えば白澤も目を丸めて、鬼灯がなにも言わないから自分も何も言わなかったと返す。


「なんなんですか私達……あの頃から擦れ違いまくりでしょ」

「……まぁいいじゃない、これから気をつければ」


そうこうしている内に座敷童子達がエプロンを選び終え鬼灯達の元へ戻ってきた。

白澤は二人の選んだエプロンを可愛いと褒めながら頭を撫でる、そうしている間に鬼灯は会計を済ませた。


「さて次は」

「そういえばお前もう帽子かぶんないの?」

「ええ、そうですね、擬態薬も飲んでますし必要ないかと……そんな顔されても買いませんよ」

「えー買おうよ、お前かぶんない時は骨灯にかぶせて置いておけばお洒落じゃん」

「人の前世の頭蓋骨をオブジェみたいに使おうとするな、あとお前の言うお洒落は信用ならないからな」

「酷っ!僕の骨灯ならどんな帽子でもお洒落に着こなすよ!」

「そういう問題では……って、なに“僕の”なんて私にも付けたことないのにたかが頭蓋骨に付けてんですか!?」

「“たかが”ってなんだよ!ていうかお前だって言ったことないだろ!!文句あるなら僕を“私の白澤さん”って言ってみろよ!!」

「言わないだけで常に思ってますよ!私の白澤さん!!」

「よし!!」


なにがよしなんだ?

という視線が他の客から集まっている、といったか子供(座敷童子)が大人しくしてるのに引率の大人が騒いでどうする。


「次は貴方の服を買いに行きますよ」


財布の中身を確認しながら鬼灯が言うと白澤はきょとんと首を傾げた。


「はい?僕の服?……いいの?そんなのにお金使って」

「……ええ、だがその代わり私が選んだ服を黙って着ること!いいですね?」

「え?なに急に怒ってんの?僕なんか言った?」


そうして大股で歩きだした鬼灯の後ろを一子二子の手を引いて付いてゆく。

白澤は混乱していた。

自分はなにか彼の機嫌を損ねるようなことを言っただろうか? 折角ずっと一緒にいたいと望まれたのに、嫌われてしまったらどうしよう。

鬼灯を失った悲しみで天変地異を起こしてしまいそうだからと前世鬼灯の棺へ共に入り永久の眠りに付いたのだ。

鬼灯に嫌われてしまったら今度は独りで眠りにつかなければならなくなるかもしれない。

そんなのは寂しすぎる。


「鬼灯様!」


すると一子が白澤の手を離し鬼灯の方へ走って行って、その背中にタックルを仕掛けた。


「一子ちゃん!?」

「いきなり何するんですか……」


流石は鬼灯、きちんと持ちこたえ、後ろを振り向く。


「スケコマシが泣いちゃう」

「は?」

「ちょ?一子ちゃん……」

「ちゃんと言葉にしないと伝わらないよ」


すると二子が続けてそう言った。


「鬼灯様、死んじゃうとき本当は寂しいと思ってたのにスケコマシに言わなかった」

「言ってたら教えてもらえたかもしれないのに」


――僕も一緒に眠りにつくよ

――だから寂しくなんかないよ


きっと、そう言ってもらえた筈だ。


「スケコマシが眠ったあと地獄のみんなも天国のみんなも悲しいねって言ってた」

「鬼灯様が最期までスケコマシの気持ちを知らずにいたことが悲しいって」

「……」


だから、もう二度と擦れ違わないように……

四つの大きな瞳で訴えかけられバツの悪そうな顔をした鬼灯は、すーと静かに息を吐いて白澤の方へ目線を向けた。


「白澤さん、貴方さっき自分の着る服のこと“そんなの”って言ったでしょ、私はそれに腹が立ちました」

「……そうなの?えっと、それはゴメンね折角お前が買ってくれようとしてたのに……」

「貴方の衣服はこれから共同生活を始める私にとっても重要なことです……特に先程、貴方が私に忘れられないよう同じ服をずっと着ていたと聞いていたから余計に」

「ごめん」

「たしかに、私の服を着てる貴方も可愛いですが」

「……は?」


急に何を言い出すんだこの鬼、という顔で見る。


「どうせならもっと私好みの色に染め上げたい」

「おい待て、今まで感じてた反省がどっか飛んでっちゃったぞ」

「そんなわけでメンズ服売り場に行きますよ、一子二子は詰まらないかもしれませんが少し我慢しててください」

「わかった」

「その代わり風船もらって帰っていい?」

「いいですよ」


風船というのは先程オモチャ売場の前を通った時に着ぐるみが配っていた赤と白のハート型の風船のことた。

どうせ夜には萎んでしまうからと言って欲しがる一子二子を諌めたが結局もらって帰ることになってしまった。


「お前好みって……だいたいどんなのだよ」

「そうですね極楽満月の制服は正直好みでした」

「そうなの?動きやすさと薬剤師らしさを基準に選んだからお洒落ではないと思うけど」

「いつもそうやって機能性重視で選べばいいと思いますが」


男性なら家事のしやすさ仕事のしやすさで選ばれた服にキュンとくる気持ちも解るだろう。

なんなら衆合地獄の獄卒のように“誘惑する為”に選んでくれても構わない、見るのが鬼灯だけならば。


「まぁあの制服、僕の希望を聞いて仕立屋さんが考えてくれたデザインの中から一番女の子達に人気なものにしたから僕が選んだとも言い難いんだけどね」


幾つかあるデザイン画を昔から親交のあった妲己に見せ、知り合いの女性達にどれが一番良いかを訊いてもらうように頼んだのだ。


「ああ、そうだ、それ選んだの私ですよ」


白澤の昔語りを聞いた後、しれっと鬼灯がのたまった。


「へ?」

「たまたま視察に行ったとき妲己さんと数人の女性達が集まって悩んでいたんですよ」


数枚の紙を見ながら、コレが良い、コチラの方がよいと言い合っている彼女達に何をしているのか声をかけると妲己は目をキラキラさせ。


「鬼灯様が選んで下さいな、と言われて指差したのがあの制服でした。まさか貴方の着るものとは思いませんでしたけど」

「うわぁぁあ……聞いてない、まさか妲己ちゃんあの頃から僕の気持ちに気付いてたりしたわけ???」

「貴方その時から私を好きだったんですか……言ってくれたら、あんな長年悩むこともなかったのに」


色々と話している内に前世の自分は物凄く勿体ない事をしていたような気がしてくるが、何にせよ言葉が足りないのはお互い様だ。

これからは気を付けよう……と、最近身にしみて思うことを再度胸に刻み込んだ。


「……あ、そうだ。どうせならお前ひとりで買い物しててよ、僕この子達と遊技場で遊んでるから」

「あ?」

「どうせ僕の意見は反映されないだろ?それなら帰ってからのお楽しみがいいし、この子達も退屈しなくていいじゃない」

「まぁそうですけど、試着しなくていいんですか?」

「……僕の体型なんて僕よりお前の方が知ってるだろ?」


その一言で二人の間の熱量が上がったような気もするが、赤面するくらいなら言わなきゃいいのに、とさっきから黙って見ていた座敷童子達は物凄く冷めた目で見ていた。




* * *




二時間後。


「うわぁ……沢山買ったね」

「そちらは……お疲れ様でした」

「人間の子達とボールとか遊具で遊んでて楽しそうだったよ」


白澤に着せる服を吟味し過ぎて遅くなったと自覚しながら待ち合わせ場所へ行くと、一子と二子が白澤の両膝を枕に眠っていた。

二人のベルト部分に赤と白のハート型の風船が結ばれていて、白澤の手にはピンク色の風船が握られていた。


「貴方も貰ったんですか?」

「うん……あのさ、これ」


と、小さな声で呼びかけたあと白澤は目を泳がせ始めた。

怪訝な眼差しで鬼灯が見ていると意を決したように顔を上げる。


「お前にやる」


ほらよ! と目の前に風船を差し出され、首を傾げる。

心底疑問だと顔に書いてある鬼灯を見て白澤は少しムキになったように腕を突き出した。


「いいから貰っとけよ」

「はあ……」


どうせ同じ家に帰るのだが、とりあえず受け取っておくことにした。


「では帰りますか」


鬼灯は袋を持っていない方の手でひょいっと二子を抱えあげた。


「おい、起きたらどうすんだ」

「大丈夫でしょ私に似て爆睡型ですから」

「似てるもなにも……うん、そうだね、それなら別にいいよ」


座敷童子達を実の娘のように思っているのだとすれば鬼灯の子を産めない白澤からすれば少しだけ救われる。

一子を優しく抱きかかえた白澤は鬼灯の隣に並び、手を繋がない代わりに同じ歩幅で歩こうと努めた。


「帰りにドーナツ買って帰らなきゃね、僕も点心が食べたいな」


たしか同じ店で飲茶が出来たと思いだしながら呟く。


「そうですね」


座敷童子達の好みはなんだったかなと思いだしながら鬼灯は返す。


ドーナツと点心を買い、ショッピングモールを出て、眠る一子と二子を抱きかかえたままバスに乗る。

自分の前に座った鬼灯の頭上でピンクのハート型風船がゆらゆら夕暮れに照らされているのを見て白澤はなんだか恥ずかしくなった。

鬼灯は気付いてくれなかったけれど風船に托して彼へ渡したのはこの心、風船は夜になれば萎えてしまうかもしれないけど自分の心は永遠にこの鬼のもの。

バスを降りて薄暗い坂道を歩いて、これから二人で暮らしてゆくアパートへ向かった。

一子と二子はぐっすり眠っていて一緒に夕食を作るという約束は果たされそうにない、夜には閻魔庁へ帰ると言っていたから夕食が出来上がる頃に起こして夕食後自分が神獣型になって送ってゆこう。



「白澤さん」


アパートの扉の鍵をカチャリと開けた鬼灯がゆっくり振り返る、そして。


「おかえりなさい、ただいま」


そう言って部屋の中へ入って行った。


「……」


残された白澤は暫く呆然としたあと、同じように扉をくぐり。



「ただいま、おかえりなさい」



この世で一番愛おしい鬼へと満面の笑みを見せたのだった。













END





えっと…

一子ちゃんと二子ちゃんを送ってって風呂入った後

鬼灯さんが買ってきた服で白澤ファッションショーが始まるとこまで書こうと思ったんですが…そうなったら収集つかないなと思ったのでここでブチ斬ります



最後まで読んで頂きありがとうございました