pixivさんの素敵企画に乗っからせて頂きました


ぬばたまの夜にかかっていた雲が晴れ、月の輝きが白澤の眠る枕元まで差し込んできた。

くぐもった声を上げながら布団から這い出て、障子を締めると広い和室は薄墨色に落ちつく。

喪服のような着物を素肌に着た白澤は再び布団に戻ろうとしたが、妙な胸騒ぎを感じ、振り返って閉めた障子をもう一度開いた。

りぃんと、どこかの鈴音も聴こえてきそうな静寂の庭、白澤が生まれ育った家に間違いないのに、どうしてか空の月に郷愁を感じてしまう。


魂の記憶がそうさせるのか、と、そう思った己を嘲笑った彼は草履を履き庭へ降りた。

なまぬるい温度が足の裏にじんわり広がる、灯りもない庭を歩くが此処には白澤を止めるものはいない、叱るものももういない。

ビロードの布にぽっかりと丸い穴を開けたような空、あの穴の向こうに兎だったり女神だったりが住んでいるという。

苦しい程の切なさは、いつか同じ光景を誰かと見た気がするから、愛おしい誰かと二人きりで何者にも邪魔をされずに過ごした。

けれど、それが誰だったかは思い出せず、白澤はきっと夢の中の話だと思っている、自分の寂しさが見せた幻に違いない。

昔は此処ら一帯を治めていたという大きな家は、時を経て人々が都会に移り住んでいったことによって廃れた。

理解はしているが寂しい事だ。


明るい月明かりは昼間の太陽とは反対に冷たさを目視させる力があると思う、夜に生ける者は極力己の気配を消そうと周りの熱まで奪っているのではと感じる。

家の中へ戻ろうかと踵を返した白澤は、寝間着に使っている着物の襟をギュッと締めた。

冷たい風に、もう少し厚手の服を着ればよいのにと囁かれた気もするが春夏秋冬問わず満月の夜に着るのはコレと決めてある、そうしないと何者かが自分を攫って行ってしまいそうに思えて恐ろしいから。

野の獣や、夏の雷雨、冬になれば全ての道が雪によって遮断されるような場所に住む白澤が、唯一恐れたのは自分をこの場所から遠ざけようとする者。

逃げるようにこの地を去って行った親兄弟の顔を描きながら、何故こんなにもこの家に執着してしまうのかと嘆いた。

恐らく、代々この家の主に継がれる“宝”のせいだと白澤は思う、自分が今着ている着物がそれだった。

今から何百年も前の話になるが、この村へ旅の巫女が立ち寄った時のこと、丁度祝言を上げたばかりの白澤の先祖はどうか私の家と血が永く続くよう祝詞を唱えて欲しいと巫女に頼んだという。


祝詞くらいなら、と巫女がその清らかな声で歌い出した時、空が割れ一匹の大きな白い獣が降って来た。

この時、白い獣が落ちた場所には今も草木一本生えていないし、社が建てられ周りには縄が張られている、白い獣が纏っていた瘴気が今も残っているから……そういう伝承だった。

陸に打ち上げられた魚のようにピクピクと震える白い獣は、もはや命が幾何も残されていない様子だったという。

愕然と見ていた先祖に向かって巫女はこう言った。



ぬしよ、なにをぼさっとしておる、これは神の獣じゃ

穢れてはいるが本来は幸運を呼ぶ神、助ければ私の祝詞などよりよほど加護があるぞ

願望があれば叶えて貰えるかもしれぬ

来福がほしくばこれを助けよ……と。



緊迫した雰囲気の中で白い獣の看病が始まる、先祖はまず獣の身体を清め、水を飲ませ、来る日も来る日も食物を運んだ。

だんだんと獣は先祖に心を許してゆき、ついには己の正体を明かしたそうだ。

神獣白澤……代々この家の当主に受け継がれる“白澤”の名は彼からきている。


「あー寒い」


夜風に当たり過ぎたのか白澤は本格的な冷えを感じる、そろそろ部屋へ戻らねば風邪を引いてしまいかねない。

兎のように爪先で跳び跳ね来た道を進んで、そして何かに気付いた途端ころげてしまった。

地べたに這いつくばりながら見上げても景色は変わらない、目の前にはひとりの男が立っていた。


「いったい何をやってるんですか貴方」



よく見ると整った顔立ちをしている、黒いシャツに白衣を羽織った長身の男は、煙管を吹かしながら白澤の前へしゃがみこんだ。

胡散臭い風貌で、突然人の家の庭に現れた男はたしかに見覚えはなかった筈だ。


「死んだ振りですか?」

「なんでそうなる、吃驚してるんだよ、僕以外の人間を見たのは久々だから」


ここで自給自足の生活をしている白澤の人と関わる機会といえば数ヶ月に一度ふもとの町まで買い物に行った時くらいだ。


「なるほど、こんな山奥で引きこもり生活をしているんですか」

「いや……まぁそうだけど」


胡散臭いと感じた初対面の男と自然に会話が始まっている事に気付いた白澤は、何故自分がこの男の存在に違和感を感じないのか解らなかった。

考えても考えても、この男を受け入れる道理は無いというのに……


「ここで立ち話もなんだから上がっていきなよ、お茶くらいしか出せないけど」


そして見ず知らずの男を大事な家へと招いてしまった。

うっかり口を滑らせたような気もすれば明確な意志が働いたような気もするが、一度口に出した言葉を撤回する事は出来ない。


「いいのですか?なら遠慮なくお邪魔します」


しゃがみこんでいた男は寝そべる白澤の両脇に手を差し込み自分と同時に立ち上がらせる、見た目に寄らず力強いようだ。

その逞しい胸に手を付きよろける体を支えれば煙草の匂いが鼻を突いた。

うっすらと男の馨りも吸い込みくらくらと酔いが廻ったような気がして、白澤は慌てて離れる、人と触れ合うのが久々過ぎて自分はおかしくなってしまったのか……こんな男相手に。




「あっ、ひょっとしてお酒の方がよかった?ごめん今切らしてるんだ」


濡れたおしぼりと共に白磁の茶器を乗せた盆を縁側に腰掛ける男の横に置き、白澤もその隣に座り茶を注ぎ始める。


「いえ、お構いなく……それが丁寧に淹れてくれたものだと解っていますから」


ぐっと近寄り急須を覗き込まれた瞬間に感じた煙草と男の香りが混ざったような匂いに白澤はまたもや酩酊を覚えた。


「お口に合うかわからないけど……どうぞ」

「桃の香りがしますね」

「偶然、桃の木を譲られて……その木が今年初めて花を咲かせたんだ」

「さすがですね」


果たして何をさすがだと言われたのか知らないが、どうやら褒めてくれたらしい。

男の唇が湯呑みに付くのをじっと見詰めて白澤はホォと息を吐いた。

瑠璃色で色取られた逆さ鬼灯の紋は茶器にもだがこの家の至る所に施してある、件の白い獣がこの家に遺した“宝”に描かれていた模様がそのまま使われているのだ。


「とても美味しいです。ありがとうございます」


素直に感嘆と感謝の言葉を掛けられ白澤は気分が上昇するが、すぐにその気分も萎えてしまうようなことを男は言った。


「私がこれまで出逢った中で二番目に美味しいお茶を淹れられる人です。貴方は」

「二番目?」


今まで穏やかに弧を描いていた白澤の眉が寄せられる、失礼な奴だ。


「普通そんなこと言う?ていうか僕の知識をフル活用して完璧に淹れられた筈なんだけど、いったいどこがその人に劣ってるのさ」

「足りないんですよねぇ……」


悔しげに問い質すと男は、長い指で煙管をクルクル回しながら説明しだした。


「理屈では、正しい淹れ方をすれば誰が淹れても同じ味になる筈です」

「でも、僕の淹れたお茶よりその人の淹れたお茶の方が美味しいんでしょ?」



ちょっと前に会ったばかりの男の話に嫉妬を覚える己を訝しみながらも白澤は問い続ける。

飲み物に関してはこれで思い入れが深いのだ。

彼が自分を認めてくれていた事なんて、これくらいしかないのだから――


「きっと、愛情だったのだと思います……あの人が飲み物と共に注いでくれていたのは」


耳に入って来た響きは蜜のように甘い、白澤は痛む胸を押さえながら男に訊いた。

嗚呼、まさか、その人というのは――


「好かれていたの?その人から」

「好かれていたというか……好き合っていました」

「気付いてたの?」

「ええ、確信を持ったのは白澤さんが私の身代わりとなり神々の呪いを受けた後でしたが……本当に申し訳ありませんでした」


と、鬼灯から名前を呼ばれた瞬間、膨大な数の記憶が濁流となって白澤の頭に流れ込んできたが、それら全てを一瞬で処理する力を彼は持ち合わせていた。


「いいんだよ、全て僕が勝手にしたことだ……ねぇ謝罪よりも僕が欲しいもの、解るだろう?」


ホモサピエンス擬態薬の切れ、本来の姿に戻った鬼灯の肩に手を回し、ぐっと自分に近づける。


「ええ、ですが後で謝罪もさせてくださいね……」

「ん……」


鬼の唇が神獣のそれと重なる、冷え身体にその熱が染み渡るようだった。

ずっと、待ちわびていた存在がここにある、十五で成長が止まり親兄弟からも畏れられ、この家に一人残された孤独ともこの夜でお別れだ。

きっともうこの鬼と離れなくてよいのだろう、この鬼がこうして目の前に現れたのは己を呪った神々をどうにか出来たからだ。


鼻を擽る煙草の匂いは黒衣の代わりに置いてきた白衣に染み着いたもの、白澤の先祖達が鬼灯の着物を宝として大切にしてきたのと同様に鬼灯も大切に扱ってくれていたのだ。

苦しい程の口付けの合間に思い出す、数百年前に出逢った夫婦のこと、結局あの時の身体は消滅してしまったけれど己の魂は彼らの中に宿ることができた。


助けてくれた恩を全て返しきれたとは思わないけれど、これ以上彼らに関わるのは彼らにとって良くないことだろう、大丈夫もう悔いは残っていない。



「貴方……こんな時に考え事なんて随分余裕ですね」

「痛ッ、なにすんだよ……」

「集中してください、貴方は」

「あっ」

「永遠に私だけを見ていればよいのです」



雲が月を隠し、あたたかな常闇が二人を包み込んだ後は、神獣はただ鬼神の薫りに酔いしれるだけだ。









END





こんなとこで終わってすみません

読みやすさより自分のやりたいことを優先したため今回ちょっと不自然な感じになってしまいました…本当すみません

n番煎じのネタですみません


けどとても楽しく書かせて頂きました

素敵な企画を立ててくださり本当に感謝感謝です

企画主様も読んで下さった方もありがとうございました



【補足説明】

本来なら本文の中で説明しなければいけないのですが、この話には色々と裏設定があります。


まず、この白澤さんは一度肉体だけ消滅していますが魂を人の中に宿すことで何とか存在を保ってきました。

白澤さんが消滅した原因は、鬼灯さんを逆恨みしたどっかの神々が鬼灯さんを呪い殺そうとしたのを庇ったからです。


その時に鬼灯さんの着物を着て鬼灯さんに成りすましました(ほんで鬼灯さんに術を掛けた白衣を着せて白澤だと思わせました)

結果呪いを受けた白澤さんですが物理攻撃じゃないので着物は無傷です。

無傷では済まなかった白澤さんは地上に堕ちて、ある夫婦に介抱されますが、その夫婦こそ転生した白澤さんのご先祖。

必死の介抱虚しく肉体的な死を迎える白澤さんですが、その寸前に夫婦に約束します。

「貴方達の家は繁栄します」「貴方の血筋から神の子が生まれます」みたいなことを言ったらしいです。

それが数百年前の話。

今は約束通り家は繁栄してるんですが(白澤さん働かなくても普通に生活出来るくらいの収入はあります)凄い田舎だったのでみんな次々出て行っちゃいます。

ほんでもって白澤さんは無事その家系に生まれてきて、何不自由なくすくすく育つんですが15歳の頃から成長がとまりました。

そしたらそれまで愛情たっぷり育ててくれた親や兄達が怖がって、白澤さんに古い家を押し付けて出て行っちゃいます。

ご近所からもどんどん人がいなくなり孤独になった白澤さんのすることといえば家の宝である鬼灯さんの着物を日がな一日眺めていることだけ。

それを浄瑠璃の鏡で見ていた鬼灯さんは白澤さんを迎えに行こうと決意します。

ですがその前に自分を逆恨みして白澤さんを間違えて呪った神々をどうにかする必要がありました。

まぁそれは物理攻撃とか政治力で脅しまくってどうにかなったんですが、神の子とはいえ人間の身体である白澤を常世に連れてくるのには色々問題がありました(篁さん?そんな人しらないなぁ)

と、鬼灯さんが悩んでる時に中華天国から「白澤の新しいおめめだよ」って七つの目(の模様が掛かれた紙)が贈られてきます。

この目を白澤さんに与えたら白澤さんは神獣に返り咲いて常世に戻ってくることができます。

ちなみに目を与える方法はまず鬼灯さんがその目を身体に取り込んで、その後で白澤さんとエッチすることです(私と中華天国の方々の趣味です)

そんなのお安い御用だと鬼灯さん目を身体に取り込んだはいいけど拒絶反応がめっちゃ凄い、私の語彙力じゃ言い表せない凄さ。

そんなこんなで漸く拒絶反応が無くなった頃には白澤さんは15歳のまま百歳越えしてました。

孤独のあまり満月の夜になると鬼灯さんの着物を着こんで寂しそうに月を見上げる白澤さんを見て正直たまんねえなって思う鬼灯さん。

何度かその光景を堪能したあと、漸く白澤さんを迎えに行くことにしました。



というお話でした。