仲秋の名月から二つほど満月を迎える頃。

そろそろと近付いてくる冬の気配を前に人は秋の実りに祈りを捧ぐ。

人の祈りによって満たされた神々は来年の春に向け祝福の準備に取りかかるのだが、白澤は違った。

そんなことは豊穣の神々に任せ、ただ春から秋に栽培から収穫までを見守ってきた神々に感謝することはしよう、勿論冬に実る作物もあり完全に休めるわけではないけれど、それでも今は余裕のある時期だ。


白澤はニコニコと微笑みながらも手を忙しなく動かし、それの準備をしていた。

先月運動会が行われた地獄の広場、その中央に置かれた大きなテーブルで彼はひたすら蕪を切っていた。

そう、蕪だ……過酷過ぎた運動会に救護員として参加している最中に、もっと穏やかで皆楽しめる行事はないものかと弟子や従業員達と話していた結果、東北で秋になると行われる“芋煮会”ならぬ“蕪煮会”というのをやってみようということになったのだ。

なにせ去年のハロウィンを天敵にボロクソ言われてしまったものだから今年は絶対よいものにしてやると躍起になっていた。

コレならちゃんと皆が楽しめるでしょう、極楽満月の宣伝にもなって一石二鳥だと言えば弟子は蕪を煮てなんの宣伝になるんですかと笑いながら頷いてくれた。

耳敏く聞いていた第一補佐官にこの場所の使用許可を請えば呆れながらも了承された。

地獄なら大きな釜もあるし火に困ることはない。

それにこの場所であれば仕事中の獄卒達が立ち寄ることができるだろう、お香や鬼女達に腕によりをかけた手料理を振る舞えるとご機嫌になればすかさず金棒が頬を掠めたけれど(救護員に怪我されては困るからとわざと外したのだ)反対はされなかった。

そんなに僕の料理が食べたいのかよと心の中でほくそ笑み、奴の大好きなおにぎりも沢山作っておこうと心に決めた。


忙しくて仕事を抜け出せなくても気の利く部下が鬼灯と閻魔に差し入れを持っていってくれる、大量の一味唐辛子でもかけて渡してやればあの鬼は仕事をほっぽってでも自分の元へ走ってくる。

本当は仕事の邪魔したいわけじゃなくて、ほんの少しでも息抜きをしてもらいたいだけだけど素直にそうも言えないからつい意地の悪いことをしてしまう、それはお互い様だけど……


「白澤様ーー釜磨き終わりましたよ」

「うん、お疲れ様、桃タロー君」


大きな、現世の人間でいえば七百人分くらい作れそうな釜(地獄の鬼なら百人分くらいか)と二回りほど小さな釜が綺麗に洗われていた。

ひとつは蕪煮用で、もうひとつはお握り用の米を炊く為の物だ。

買い出しをしながら「炊き込みご飯と迷うんだけど芋煮もあるから塩にぎりでいいかな」「そうですね、芋煮があるから塩少なめにしましょう」とふたりで話し合って決めた(ちなみに準備に時間がかかるからと具を入れる案は最初から出てこなかった)


「よし、あとは明日の朝お肉と一緒に釜で煮始めれば昼にはできるね」


大きなボールに入れられた蕪にラップをかけながら白澤は言った。

蕪煮と言っても食材は葱、人参、牛蒡、豚肉、そして芋や茸など秋の幸の様々だ。

出汁は鰹節で、野菜からも勝手に出てくるし、煮たたせることを考えて味付けは醤油ベースにすると言う、煮てる間におにぎりを作っていれば時間なんてあっという間に過ぎるだろう。


「飲みものは妲己ちゃんが用意してくれるって言ってたし、食器は来賓以外は各自持ちよりにしてるからいいよね、ゴミもでないし」

「あの妲己さんがタダで……?」

「こういう時に利益還元しとかないと税金が大変なことになるんだとか……」


ぼったくり辞めれば良いのにねーーと、一番ぼったくられている男が他人事のように言う、そういえばこの食材代だって白澤の自腹だ。


(この師匠、金銭感覚どうなってんだろ)


というか改めて浮世離れした人だと思った。

今日も一日かけて手際よく何百人分もの食材を切り分け、疲れているだろうにそれをおくびにも出さない、自分からやると言い出したから弱音なんて吐けないし、鬼灯傘下にある地獄の住民を頼ることもしたくないと考えているのかもしれない。

素直に甘えれば良いのに、鬼灯以外の人間には出来ることがどうし出来ないのだろうかと、半ば呆れながら、終わったら二人きりにしてあげようと思う、きっと律儀な獄卒達が片付けは自分達がやると申し出てくれるに違いないから。


「火はどうするつもりですか?」

「そこらへんの業火を借りてこようかなって」

「あ、そこは頼るんですね」

「ん?」


明日もお世話になるかもしれない包丁と巨大なまな板を消毒しながら白澤は首を傾げる、桃太郎もカーテンをはったテントの下に野菜を運びながら「なんでもないですよ」と笑った。

テントの中は今日一日で切った野菜が狭しと置かれている、ドライアイスが敷かれていて涼しい、これなら明日の朝までもつだろう。

今更ながら年中暑い地獄で蕪煮会なんてして人が集まるのだろうかと不安になってきたが……大丈夫だろう、それくらい桃太郎は自分の師匠の集客力に自信があった。

百人分なんて獄卒全員の一割にも満たない数ではきっとすぐに無くなり、そしたら後は只の宴会になってしまうんだろうなと想像がついて苦笑いしてしまう。

妲己がサービスで紅葉や銀杏や楓を見せてくれるかもしれない、神々も参加するならもっと素晴らしい奇跡も見せてくれそうだ。

閻魔庁の皆が仕事中に自分達だけで宴会なんて申し訳ないけど優越感もある。


「でも、本当なんで地獄でやるんだろ?」


大きな鍋くらい白澤にも用意できる、色々なことを差し引いても桃源郷の庭先でやった方が便利だし、なにより地獄より日和は良い筈なのに何故ここを選んだのか疑問だ。


「まぁたまにはデキる男アピールしなきゃと思ってね」


突然後ろから声が聞こえて振り返ると、まな板を抱えた白澤が立っていた。

どうやらまな板もここに保存しておく様子だ(包丁は危ないので持って帰るのだろう、斧や鎖鎌が飛び交う地獄で危険もなにもないだろうが)


「はぁ」


蕪を煮ることのどこがデキる男アピールに繋がるんだ?皆を喜ばせられるんだからイイ男ではあるけれど、と桃太郎は首を傾げた。


「たしかに暑いけど夏に比べたら涼しくなってきてるし人は集まると思うよ、君や僕の手料理なんて縁起がよさそうじゃない」

「また自分をパワースポット扱いして」


ふだん薬局や衆合地獄にくる機会の無い者と交流できるかもしれないと白澤は楽しみにしていた。

まあこの神様のことだから何か特別考えがあるわけではないのだろう。





翌朝。

地獄へと降り立った師弟はまず業火を集めて、その上に大きな釜を置いた。

そこに肉と野菜を投入して煮始める、出汁と塩、酒やみりんを入れ最後に醤油で味をととのえるのだそうだ。

白澤がときどき釜をかき混ぜる横で桃太郎が米を炊く、炊き上がった頃には釜が沸騰したので火を弱火にする。

ホカホカのごはんをバッドにとり軽く冷まし、冷め過ぎないうちにお握りを結んでゆく、薄味の塩にぎり形は三角で海苔を巻いて完成だ。

一応手袋をしているがごはんは熱くて白澤も桃太郎もひーひー言いながら、それでも楽しそうに笑っていた。


「白澤さん、桃太郎さん」


そこへ来て徐に声をかけてきたのは鬼灯だ。

あまりに普通なので一瞬違う人かと思ったが、流石に彼でも料理中は手出しをしてこないだけだった。


「おはようございます鬼灯さん」

「おはようございます」

「おはよう、どうしたんだ?」

「これから視察に行かれるんですか?」

「ええ午前中はそうですね」


鬼灯は今から統括地獄を回って午後からは閻魔と裁判だと言った。


「そっか、じゃあ帰りにまた寄りなよ、お前の分は残しといてやるから」

「……」


さらりと自然に掛けられた言葉にどう反応してよいか解らない鬼灯、言った白澤の方もハッと驚いてる。


「えっと、あれだよ閻魔大王に差し入れる分をお前に運んでもらうから!そのお駄賃っていうか……」

「はぁ」

「あ!他の鍋に分けとくからトラブルとかで遅くなっても急がなくていいからっ!あっでもお握りは無くなるかもだから今のうちに持って行っとけっ!?」

「落ち着いて白澤様」


どんどん墓穴を堀っている師匠を止めつつ桃太郎は竹の皮でお握りを包んで鬼灯に渡す、道中小腹が空いたらお食べくださいと言うと、どうもありがとうございますと頭を下げられた。


「蕪煮と一緒に食べると思って薄味にしてますけど、漬物もつけておきますので」

「すみません、さすが桃太郎さんよく気が付きますね」

「いやーハハハハ」


乾いた笑いを浮かべながら、鬼灯を鋭い視線で睨んでいる白澤に気付かない振りをした。

さっきから自分にばかり礼を言う鬼灯に素直ではないと呆れるが、それで機嫌を損ねる白澤も大人気ない、二人ともイイ歳した大人なのに。


「あの大きな鍋って鬼灯さんへの差し入れ用だったんですね」

「閻魔大王にだよ、どうせ仕事から抜け出せないだろうから」

「たしかに」


鬼灯が去ってから暫くして白澤が神獣姿で運んできた大きな鍋について思い出した。

蕪が煮えたらアレに移しておくつもりだったのだろう、閻魔も鬼灯も煮崩れしていない方が好みそうなので良い考えに思える。


けれど、そんなことより桃太郎が一番言いたいのは


「なんか、白澤様って」


不器用なくせに解りやすいですよね

そう笑って言えば師匠は一心不乱に釜を掻き混ぜ始めた。



それでは蕪は煮えません。





おしまい




蕪煮会の本番は登場人物多過ぎて収集つかなくなりそうなのでカットしました

一応これハロウィンもののつもり満々だったんですけど書いてるうちにだんだん自信が無くなってしまって…最終的にまあいっかとなりました

相変わらず鬼灯さん出番少ないですが私きっと白澤さんや桃太郎くん視点の方が書きやすいんだなと思います(´∇`)