※鬼灯の子は妊娠初期の胎内では鬼火であり、母親を焼き殺してしまう(ホノカグツチを産んだイザナミ的なことになる)ことを識ってる白澤が、妊娠中ずっと胎を灼かれ続けたとしても、鬼灯と鬼灯の愛する人との子供を生みたいと願ってる話。男体妊娠・代理出産などのワードを含みますので苦手な方は回れ右。 識ってしまったことを後悔した日もあったけど 今は識って良かったのかもと思うんだ だって、ね あの鬼のことは大嫌いだけど あの鬼のお嫁さんになる子のことはきっと大好きになるから いつのことだったかな 珍しく喧嘩もせず穏やかな気持ちであいつと一緒に飲んでた時だった その時僕はだいぶ酔ってて前後の会話は憶えてないんだけどね、あいつもきっと僕が忘れると思って漏らしたんだろうけど、そのことだけはよく憶えてる ていうか忘れたくても忘れられない あいつは僕の前で自分が『みなしご』だったことを静かに語りだした そりゃあ閻魔大王や幼馴染さん達は知ってるだろうけど、補佐官になったあいつが自分からこんな話をしたのは初めてだったんじゃないかなって思う なんで天敵の僕にこんなこと話すのかな? って時々相槌をうちながら大人しく聞いてたんだけどね 昔のあいつはさ、他人から『みなしご』と言われる度『私は独りだ』って現実を突き付けられてるみたいで厭だったんだって まぁ今は皆さんから愛されてるって自覚ありますし、そんな孤独なんて感じてないですけど、なんて自意識過剰なこと言ってたけど ああ、だから僕に話したのかなって、それを聞いて気付いたんだ いくら今が幸せだからって幼い頃に感じていた孤独な思い出は消えないから同じ孤独を知ってる僕に甘えたかったんだろうって あの時、僕は初めてあの鬼から必要とされたんだって感じたよ もうその時のあいつは孤独じゃなかったけど、寂しくはあったんじゃないかな? だから僕は柄にもなく、あの鬼に愛する人が出来て、その人との間に子を成せれば良いって思った 血の繋がった家族が出来れば『みなしご』と呼ばれた過去が少しでも報われるんじゃないかって、思ってしまったんだよ でも、その瞬間、解かってしまったんだ ほんの少し空想しただけで、この眼には見えてしまった 『女があの鬼の子を孕んだら如何なるか』 あまりのショックで青褪めた僕にあいつは珍しく心配して、呑み過ぎましたか? 今夜はもうお開きにしましょうなんて言い出してさ お言葉に甘えて先に帰らせてもらったよ だってあいつに……僕の弱みを、泣き濡れた顔なんて見せたくなかったから ねえ、あなたも知ってるんでしょ? あいつが子を成そうとすれば相手の女の子がどうなるか あいつが人と鬼火の混ざった者だというのは有名な話だけど、そんなことは誰も予想しないだろう でも、あなたは……あなただから、その可能性を考えた きっと想像のとおりだよ 人と鬼火の混ざったあの鬼の子種は、受精した時点で鬼火と生るんだ そしてそのまま母の胎内で、その陰を養分とし育ってゆく 母の体に内側から灼かれるような激痛を与え続け、十月十日を待たぬ内にその身を焼き尽くしてしまう 真面目なあいつのことだから避妊はちゃんとしてきたんだろうね 幸い今まであいつの子を妊娠した女の子はいなかったけど これからもそうとは限らない だからあなたは、あの鬼にそのことを教えようとしてるんだよね ……それはとても、優しいことだと思うよ でも―― * * * 白澤は目の前にいる男の息が荒いのを見て、男が全力で駆けてきたことを理解した。 時代遅れにも程がある、みずらの髪は乱れ、彼の威厳を湛えるような黒々とした髭は汗で湿っていた。 本来なら地獄……かつて黄泉と呼ばれた場所にはけして足を踏み入れない、高貴な神。 イザナギは天国と地獄の間にある桃源郷にて其処の主と相対していた。 「此処はひとつお引き取り願います、イザナギ様」 神の領域にて地獄の第一補佐官に想い人がいると噂が流れた時、国造りの片神は彼に真実を知らせようと疾った。 鬼灯の愛した娘が己が元妻のように惨たらしい死を迎えぬように、彼の子が辿る運命を告げる為。 その途中、国造神の行く手を阻むように降り立ったのは一匹の白い獣だった。 イザナギは獣から人型へ変化した白澤を真っ直ぐ見つめて言葉を放つ。 「そのようなことは出来ぬ、無論鬼灯殿には酷な報せと解かっておるが、彼は知らなければ、彼が過ちを犯してからでは遅いのだ」 過ち、という言葉に白澤の九つの瞳は薄らと細まる。 まるで目の前の神に敵意を示すように。 『あのような悲劇は二度と起こしてはならない』 イザナギの言葉は尤もだ。 鬼灯の身体のことなのだから鬼灯自身にも知る権利があると、漢方医の観点から思う。 しかし、これだけはどうしても譲れない。 「大丈夫、あのような事は二度と起こりません」 僕が起こしません 神獣の声が静かに響いた。 「起こさぬとは……如何にして?まさか堕胎させると言うのか?」 白澤は瞬時に首を振った。 吉兆の神である自分が、あの鬼に幸福をもたらす子を堕ろさせるなど考える筈がないだろう。 「あいつと、あいつの愛する女性の間に出来た子は僕が生みます」 「ッ!!?」 余りに驚いたイザナギは声なき声を上げた。 「鬼火を胎に宿すなんて生きた女性には無理なことでしょう」 あのイザナミでさえ、火の神を生み落す際に死んでしまったのだ。 無限に灼かれ続ける苦しみは大叫喚地獄を見ていてわかる、鬼や妖怪であっても耐えきれるものではないだろう。 もしや亡者であれば可能なのかもしれないが、愛する者が自分の子を孕んだばかりに苦しむなど鬼灯が耐えきれる筈がない。 「でも、僕なら大丈夫です」 あの鬼の攻撃を受けてもすぐ立ち直るくらい回復力は高いですし、この世の理により死ぬことはないでしょう…… 白澤は軽薄な笑みを浮かべながら言う。 「受精時点ではまだ鬼火は小さいものですが母体は高熱に苦しめられるでしょう、そうなればあの鬼は僕を頼ってくる筈です。その時に診察する振りをして僕の身体に受精卵を移します」 たとえ嫌われていたとしても、自分が鬼灯にとって優秀な漢方医であることが、そこで味方するのだ。 神獣のチート力を使えば、受精卵を生きたまま自らの身体に着床させる事は可能だろう。 「母体には仮初めの受精卵を宿して……あいつに彼女の妊娠を告げるんです」 きっと喜ぶだろう、愛する女性が自分の血を分けた子供を孕んだと知れば。 「店や桃タロー君のことは分身を生み出してそいつに任せます……本体の僕は誰にも知られない場所であいつの子を生んで……そして」 力はあっても術を使うセンスはないと称される自分だが、修行を積んでこれに必要な術だけは使えるようになった。 「彼女の生んだ仮初めの赤子と入れ替えます」 仮初めの赤子は白澤の作った幻のようなもので、本当の子供と入れ替わった瞬間に消えてなくなるようになっている。 鬼火だった子を自分が代わりに引き受けたことは鬼灯には絶対に秘密だ。 だって白澤の生んだ子など、愛してはくれないかもしれない。 「ね?だから大丈夫なんですよ」 白澤はもう一度イザナギに微笑かけた。 その全てを達観した仏のような顔に神は眉を顰める。 「大丈夫なものか、お主は我が子でもない存在に十月十日の間その躰を灼かれ続けるのだぞ」 「ええ、解かっています。すべて覚悟の上で、あの鬼には何も告げぬと決めました」 妊娠は本来とても悦ばしいことだ。 新しい命の誕生は皆に祝福されるべきことだ。 それを、呪いにしたくはない。 「……本当に、よいのか?お主はそれで……」 イザナギは白澤の言葉に説得されかかっていた。 彼の中で大事なのは天国の神獣よりも、元妻の役職である地獄の第一補佐官を継いだ鬼神だ。 この神獣の犠牲によって、その鬼神が絶望を味合わずに済むのなら、それでもいいと。 そして、同じくらい気付いてしまったのだ。 「そなたは、本当は鬼灯殿と自分の子を生みたいのではないか――?」 この神獣は己の犠牲を厭わぬ程、あの鬼神を愛していると。 そうでなければ、そうでなければ、どうしてこのようなことを思い付くのか。 訊ねられた白澤は、己の胸元をそっと掴んで答えた。 「ええ、そうですよ……でも僕の子じゃ、あいつの孤独を癒してやることは出来ませんから」 嫌っている自分との間に子を成したって、あの鬼は歓びはしない。 それじゃ駄目だ。 『みなしご』と言われ傷付いた魂を癒したくて、愛する者との家庭を与えてやりたくて、自分は我慢するのだから―― 「大丈夫、たとえ僕の子でなくても愛せます、だって」 僕が博愛の神だから? いや、違う……きっとそんなことじゃない 愛する理由なんて、結局 「……鬼灯の子供ですから」 それ一つで充分なのだ END |