鬼灯の子だから、だよ もしも他の人の子供がこの子のような存在だったら……可哀想とは思うけど真実を伝えて自分の子を諦めてもらってたと思う 母親の胎を灼き続ける子だもん、火車みたいに火を使う妖怪ならもしかして大丈夫かもしれないけど、それでも絶対とは言いきれないし だから、恋愛や結婚はしてもいいけど子を作ってはいけないって、冷静に諭してたんだと思う、相手があの鬼じゃなかったらね あの鬼の子じゃなかったら代わりに生もうなんて思い付かなかったよ あの鬼の子じゃなかったらこの子も普通の赤ちゃんと一緒だなんて思わなかったかもしれない 僕さ、この子が生まれたら一番最初にあいつに抱っこしてもらいたいんだ ナキサワメちゃんや桃タロー君を差し置いて! って思うけど、この子の為にそれくらい望んでもいいよね あいつは仏頂面で「たとえ親がこんな奴でも子供に罪はありませんからね」なんて言って優しく抱っこしてくれそう 僕はその光景をしっかり目に焼き付けて一生の宝物にするんだ 泣かないように気を付けなきゃ そういえば、この子が生まれた後の話なんて初めてしたかも……あれ? ナキサワメちゃんどうしたの? うん、独りで育てていくつもりだよ 桃タロー君も手伝ってくれるだろうけど、ナキサワメちゃんも時々様子見に来てね? 歓迎するから 結婚は無理だろうな、男性機能は暫く使い物にならないし? まぁこの子が大人になるまでは郭通いは控えるつもりだったから丁度良……って痛い痛い! え? なに? ナキサワメちゃん……どういう事って? ていうか女の子が男性機能とか言わない方が……いや、モロな言い方されるよりいいけど ほら今の僕は足が萎えてて、獣体になれば解るけど眼が幾つか濁ってるでしょ、それと一緒……って、なに驚いてんの? もう知ってたよね? 僕が隠してたのに暴いたのナキサワメちゃんじゃない うん、だからね、ずっと臓腑を灼かれ続けてるから、体のどこかの機能を犠牲にしなきゃ回復が追いつかないの 本来子を成す事の無い白澤にとって生殖器は生きていく上で絶対必要ではないと判断したんだよ 基本的に女の子は見てるだけで可愛いし、一緒にいるだけで楽しいから、別に出来なくなっても構わないよ……あ、妬いてる? 心配しなくても今はナキサワメちゃんが一番だよー それにさ今度こそ、あいつとあいつの愛した人の子を生めるように準備しなくきゃだから暫く本当に女の子と遊ぶ暇ないだろうなって そう準備、というか対策だね 今回解ったことなんだけどあの鬼の子は受精時点で結構大きな鬼火になるみたいなんだよね 僕の予想だと受精直後は本当に小さな火でね、それでも母体は高熱を出してしまうだろうから……そこで僕が診察する振りして僕の体に移してしまおうと思ってたんだ でも、実際の鬼火は予想外に大きいもので、もし母体が僕じゃなかったら恐らく一瞬で焼け死んでた それに気付けた事だけが、最初にあいつの子を孕んだのが僕で良かった事だよ……もし気付けなかったら……僕はあいつの愛する人を死なせてしまうところだった ひょっとしたら今回の妊娠は、その為に神様が与えてくれた僥倖だったのかもしれない、そう思わないと、あいつに申し訳なくて……あいつは大嫌いな僕との子なんて、望んでないから ……どうしてナキサワメちゃんがそんな悲しい顔するの、僕は平気だから心配しないで? それより君もちゃんと休んでよ、僕の所為で神気使い過ぎなんでしょ 良かったら隣どうぞ……なんて、え? 本当に入ってくるの? どうしようイザナキ様に怒られちゃったら……いいの? 僕くさくない? 一応身体は拭いてるけどさ、灼けた肉と血の匂いがするでしょう ん……大丈夫だよ、お腹の子もう四分の一くらい鬼火から胎児に変化してるし、多分もうすぐ自分で動けるようになるからさ……そしたらお風呂借してもらっていい? 入れてくれるって……申し出はありがたいけど、今は気が立ってるから他人に裸見られるの無理だと思う、この子生んだ後で一緒にお風呂入ってくれるなら喜んでお願いするけど……って冗談冗談、怒らないでよ ほら此処の皆さんにも触る時はあの鬼の姿に化けてもらってる状態だし……まったくお前は野生動物のお母さんかよって感じだよね、桃タロー君とか麒麟や鳳凰なら平気かな んー……久しぶりに沢山話したら疲れちゃった 眠くなってきたな 今日のナキサワメちゃん少し雰囲気違うから、いつもより話しやすいかも いつもの優しい癒し系のナキサワメちゃんも好きだけど 今日はなんだか本物のあいつみたいで…… ん? あいつの名前で呼んでいいって? どうしようかな さっきは言っちゃったけど、本人にも殆ど言ったことないんだよ うん、そう 呼べないよ だって、大切な名前だもん * * * (まったく、イザナミ様も無茶を言う……) 巨大な氷の中に作られた空洞で鬼灯は白い息を吐き出す。 八寒地獄に視察へ行っていた部下から、イザナキの宮殿宛てに大量の氷が輸出されているという情報を仕入れたのが事の発端だった。 天国のことなど本来なら此方へは関係ないが、天国にいる知り合い(というか白澤と桃太郎)の顔を思い出した鬼灯は少し調べてみようかと思ったのだ。 まずはイザナキの元妻であるイザナミへ彼が大量の氷を欲する理由について何か考え付くものはないかを聞きに行った。 (そこで雨が降った) 業火の燃える地獄では雨が降っても地面に着く前に蒸発して霧になってしまうのに、ざあざあと音を立てながら地面を叩いていた。 地獄の中で最も強い熱を有する大焼処に雨など、神が起こした奇跡でもない限り不可能だ。 ――かなしい ――かなしい ――白の獣 ――かなしい ――かなしい ――鬼火の子に身を灼かれ ――それでもその子を生みたいと ――純白を焦がし続ける ――ああ何故、誰も解かってやらぬ ――かなしい ――愛しい ――うつくしき白い神…… イザナミには雨の音がそう聞こえたという、その後地獄で他の者にも訊ねてみたら、そう聞こえたという者も稀にいた。 聞こえない者であっても、聞いていて切ない気持ちになったと……そして全員に共通したのは、雨が降る間、何故か桃源郷に住まう神獣のことを想っていたということ。 今まで意識したことのなかった白澤が、実はとても美しく尊いものだと気付いたのだと、彼の存在が地獄の傍にあることが不思議で、彼が近くにいることがとても恵まれていると感じるようになったと言った。 元々白澤を好きだった鬼灯は、雨をキッカケに皆の中で彼の好感度が上がったことが面白くなかった。 ……だから、と言うのは癪だが、鬼灯はイザナミの提案通り、八寒地獄から輸出される氷の中に入ってイザナキの宮殿に侵入しようとしている。 あの雨を降らせた主には心当たりがある、あんなことが出来てイザナミと縁がある者といえば一人しかいない。 自分がまだ“丁”と呼ばれる人間だった頃、生贄に捧げられた女神。 あの人との間に誓約はないが一応主と眷属という間柄な上、慈悲深い彼女には随分と気を遣われてきた。 きっと今も鬱陶しいほど見守られているのだろう……そんな彼女が降らせた雨の歌。 ――鬼火の子に身を灼かれ ――それでもその子を生みたいと ――純白を焦がし続ける この部分が気になる。 鬼火の子とはなんなのだろう、自分に関係あるのだろうか? そう思ってしまうのは自惚れかもしれない、でも仕方ないだろう。 だって自分は鬼火と丁で“鬼灯”だから…… * * * 「あいつの名前は特別なんだよ……鬼火と丁で鬼灯っていう、あいつの存在そのものを表している」 ――だから……僕にとっても大事なものなんだ、軽々しく呼べない そう言って眠りに落ちた白澤の顔を見下ろしながら鬼灯はギリギリと歯噛みしていた。 自分を鬼灯と気付かずナキサワメと呼ぶ喉を幾度も切り裂いてやろうと思ったが、しかし一日の殆どを寝て過ごし起きても意識が朦朧としてることが多いという彼だから仕方ないのか、弱り切った白澤を見て、そこまで攻撃的にはなれなかった。 正体を告げずにあれほど本音を喋らせてしまった事に罪悪感すら感じる。 「ふっ……くっ、うぅぅ……はぁあ!」 「白澤さんっ!?」 急に呻きだした白澤の手を思わず握る、胎で鬼火が燃えて居るんだろう、手だけではなく身体から熱が上がっている。 「馬鹿ですね……私が我が子に気付かないと思ったんですか?」 鬼灯は自分の中の鬼火が共鳴するように騒ぎ出したのに気付き、くしゃりと顔を歪めた。 自分の一部である鬼火が我が子の存在に歓喜している、それはきっと生き物として当たり前の事で、誰から責められることではない。 「白澤さん……白澤さん」 最愛がこんなに苦しんでいるというのに、鬼である鬼灯は胸にせり上がる歓喜を押さえきれなかった。 どうしてこんなに愛おしいのだろう……自分の子を生んでくれるから? いや、違う、それ以前から彼に恋い焦がれていた。 でもその身体が我が子を孕んでいると知った今、最果て無く愛おしく感じた。 守りたい、傷付いてほしくない、甘やかしたい苦しめたくない幸せにしたい 優しくしたい およそ鬼らしくない感情を抱えて、持て余し。 「ありがとう、ございます」 万感の思いを乗せた感謝と共に、寝ている彼に唇を落とした。 「なにをしてるんですか」 鬼灯が触れるだけの口付けを味わっているとら鈴を転がしたような声が耳に入ってくる。 「邪魔しないで下さいよ」 顔を上げ、部屋に入ってきた人を振り向く、イザナキとナキサワメ父娘が呆れたような表情で鬼灯を見つめていた。 「寝ている隙に手を出すとは……まったく嘆かわしい」 「これは私のものです、どうしようと私の勝手でしょう」 「もう、相変わらずですねぇ、丁は」 「……その名で呼ばないで下さい」 「ああ、そうでしたね、ごめんなさい鬼灯」 ナキサワメから詫びの言葉と慈愛に満ちた微笑みを掛けられ、舌打ちしそうになるのを寸前で耐えた。 流石に神の前で不躾過ぎるだろう、ただでさえ不法侵入しているという立場なのだ。 ナキサワメは鬼灯に甘いし、イザナキはイザナミの命令で来たと言えば表立って訴えたりしないだろう、ただ日本地獄の信頼度が下がるのは必至だ。 鬼灯も初めは八寒地獄から運ばれた氷の行方と、地獄に降った雨の秘密を探った後、誰にも気付かれぬように去るつもりだったのに、衰弱した白澤と、彼の周りを行き来する神々を見てしまったら、もうダメだった。 白澤は何故あんなにも衰弱している? 白澤に何があった? 気付けばイザナキの襟首を掴み問いただしていた。 そして聞かされたのは、自分の知る由もなかった真実で、イザナミの命令がなければ、きっと今のあの神獣の状態など解らなかった。 「なぁ鬼灯殿、白澤のことは鬼タロー(仮)が生まれるまでそっとしといてやってくれぬか」 「ちょっと待ってください、なんで私の子がそんな国民的妖怪キャラみたいな名前なんですか、というか性別もう解ってるんですか?」 「いや女の子なら三子(仮)らしい」 「……」 自分とどっこいどっこいのネーミングセンスを客観的に聞いてみて、もう少し真面目に名前を考えてやればよかったと一子と二子に心の中で謝罪する。 「ちなみにうちの子達の場合は儂らが名付ける前に自ら名乗ってきたが」 恐らくそんなんではないと思うが、生まれたばかりの子が「はじめまして私の名前は○○です」と名乗る場面を想像してシュールだなと思った。 白澤も一応神様だから生んだ瞬間に名前が決まるのかもしれない、まぁそれでも構わないのだが、出来れば二人で話し合って名付けてあげたい。 「鬼灯あなた私の子だなんて言っているけど、まだ白澤様が鬼灯にあの子の父親だと認知させてくれるかどうか解かりませんよ?」 自分が鬼灯の子を生むはと決めていても、それをずっと隠しておくつもりだった白澤だ。 彼の性格を考慮すると、いくら鬼灯が主張しても明確な証拠がない限り認めはしないだろう。 「どんな手を使っても認めさせます」 「……」 どうしよう、白澤の発する熱で暖まっている部屋なのに薄ら寒いものを感じた。 「しかし、それで白澤に嫌われては元も子もないのでは?」 「こいつが私を嫌いになるわけないでしょう」 「……あらあら少し見ないうちに随分自惚れ屋に育ってしまいましたねぇ」 そう嬉しげに笑うナキサワメをギロっと睨みつけて「そりゃあ自惚れ屋にもなりますよ」と吐き捨てた。 だって、ここまでされてしまえば自惚れない方が逆に失礼というものだろう。 「この駄獣には、私にこんな気持ちを覚えさせた責任しっかり取って頂きます」 「どちらかというとお主が責任をとらねばならぬ方ではないか?」 「元祖無責任男には言われたくありません!」 ピシャリと言い切った鬼灯の声を聞いて、ナキサワメはまた笑みを深めた。 目上の者に対しても臆さず自分の言いたい事を言ってのける所は時にハラハラさせられるけれど、それが鬼灯の強みなのだ。 きっと白澤に対してもそうだったのだろう、そんなところを堂々としていて好ましいと思われたのだろう、だから、変わらないでいてほしい。 「ハハッ確かにお主の言う通りだな」 「笑い事ですか? あいつを匿ったりして、イザナミ様の事まだ好きだって丸わかりではないですか」 あんなこっ酷い捨て方をして、その所為で日本では一日千人の人間が死ぬようになったというのに、彼女にまだ未練があるなど無責任にも程がある。 元日本人として怒りを示せばイザナキは、もう一度豪快に笑いながら、 「しかし鬼灯殿、そういう事はまず自分が白澤を抱いた時の記憶を思い出してから言うのだな」 鬼灯の痛い所を突いてきたのだった。 END |