※本編完結前に書き始めたものなので本編との内容(時系列など)と多少ズレるところがあります






イザナキの宮殿の中庭に三界を写す虹色の泉がある、主の心を反映してか大概イザナミのいる地獄の大焼処に合わせられている其処はナキサワメにとって唯一母親を感じられる場所だった。
さて最近彼女はその泉の畔で泣くのが日課になっている、逢ったことのない母の姿を見て涙を浮かべるが此処で泣けば己の涙が地獄の奥まで伝わってしまうと解っていたからずっと零すことはなかった。
しかし一度、人知れず苦しむ白澤があまりにも憐れで泣いてしまってから、開き直ったように毎日のように泣いていた。

宮殿の一室で着信音が鳴り響く。

「はい、もしもしイザナキ殿で御座いますが」
『そなたナキサワメか!?』
「あら、お母様……どうなさりました?そんなに声を荒げて」
『どうしたもこうしたも、そなたが毎日毎日こちらに雨を降らせるものだから困っておるのよ』
「あら」
『「あら」ではない!だいたい何故わらわの所へ降らせる?あの神獣の様子など鬼灯に電話で直接伝えればよいではないか!』
「電話は……白澤様の分身があまり鬼灯を煩わせたくないと仰るのでちょっと……それに私の雨は自分でコントロール出来るものではありません」
『だから何故それがわらわの所に』
「えっと……私は父様が母様を想って流した涙から生まれた神ですから、私の涙が母様の所へ届いてしまうのではないかと」
『……』
「閻魔殿に行ったとき父様仰ってましたよ……黄泉は立派になったと、もう淋しい所ではなくなったと……母様を慕う者も大勢いる様でよかったと安心しておられました」
『勝手な男よ……そのようなことを言って閻魔殿に来たのは神獣の為ではないか』

照れを隠したような声色に、我が親ながら素直ではないなと思った。

「……母様は、父様が誰も思いもしなかった鬼灯の体質に気付かれたのは何故だと思いますか?懐妊された白澤様を匿い赤子が無事生まれるよう助けているのは何故だと思いますか?」

鬼灯の子が始め鬼火である可能性に気付いたのはカグツチを忘れていなかったから、白澤を保護しているのは彼とイザナミを重ねているからだ。
別れ方に問題があり逢わなくなってからの方が長いので嫌われているのも仕方ないが、それでも己の父は母が思う程薄情ではないと解って欲しかった。

『それを言うなら……娘の泣き声を毎日聞かされているのに逢いに行けない母の気持ちを解って欲しいものだな』
「……へ?」
『よいか、地獄に雨が降らせる方が鬼灯を煩わせることになる、これからは直接あやつに電話を入れるようにせよ』
「は、はい!」
『では、元気でな』
「母様!ちょ、母様!!」

自分からかけてきたのに、言いたいことを云ってそのまま切ってしまったイザナミ、彼女との通話は貴重……というか生まれて三回くらいしかないので勿体なく感じた。
もう少し父様の方から歩み寄ってくれればと思うが、彼はもう関係改善を諦めてしまっているから望みは薄い。

ツーツーとしか言わなくなった電話を切ると、間髪入れずにまた別の電話がかかってきた。

「もしもし、こちらイザナキ殿で御座います」
『ナキサワメちゃん勘弁してよ!君が毎日僕の様態を実況中継するから、うちのお客さんから心配されちゃって大変なんだよ!?』

桃源郷に残った白澤の分身からだった。

「あら、申し訳ありません。しかし私自分の雨を自分でコントロールできないので……」
『それは仕方ないけどさぁ……あんまり僕のこと可哀想みたいに言わないでよ、鬼灯も仕事で忙しいのに雨の声聞いた人達から僕に会いに行くよう進められて迷惑してるみたいだし』
「雨の音は私の本心なので、やはりコントロールは難しいです」
『それも仕方ないけど……ていうかあれ聞いてるとさ、ナキサワメちゃんかなり僕のこと好きだよねぇー?』
「は?何故そうなるのです」
『だって、愛しい白い獣とか言ってるって雨の声を聞き取れる子が言ってたもん!あの雨に当たってると心なしか体力回復するし、本当に僕のこと想ってくれてるんだなって』
「あれは恋愛感情ではなく、息子の嫁が可愛いとか孫を生んでくれる娘が可愛いなという姑感覚です」
『え?ちょっと待って!ナキサワメちゃんがアイツを我が子みたいに思ってるのは知ってるけど僕が嫁っておかしくない!?』
「なにがおかしいのですか?結婚なさってあの子の子どもを生むのでしょう?」
『しないよ!婚約は解消してもらうし、子どもも僕一人で育てるんだから!!』
「無理ですよ、あの子が強情なのは貴方の方がご存知でしょう?」

それにお腹の子が鬼灯と白澤の子だということはもう地獄中に知れ渡ってるし祝福もされていて、中華側も容認している。
外堀がっちり埋められている状態で白澤が逃げ切れるわけがない。


『ううぅせめて誰か一人でも反対してくれたら……』
「もー……往生際悪いですね、そんなにイヤならもう他の方と結婚なさればいいんじゃないですか?子育て面でも二親揃っていた方が良いでしょうし」

女性もそうだが、白澤が孕める身体と知って、今まで奥方にかかる負担を考え子どもを作れなかった男神達が代理出産を頼みたく白澤を側室に迎えようとしていると噂に聞いた。
昨今多くの神はカグツチや鬼灯の子の様に母体を灼くまではいかないにしても己の力が奥方にどのような影響を与えるか解らないからと妊娠を躊躇う傾向があるらしい、昔は人間相手でも平気で生ませていたのに時代の流れがそういさせるのか。
ただ自分と奥方の子どもを生ませるだけに白澤を利用するのは気が引けるので(というか中華天国で高位の地位を持つ吉兆の瑞獣にそんな大変なことを頼むのだから)側室に迎え養いたいのだとか……まぁそんなわけで白澤が男性からも求婚される可能性が出てきたのだ。
女性大好きな白澤がそんなもの受けるはずもないのだけど。

『それも駄目だよ、遊びなら兎も角、本気で好きな相手がいる状態で他の人と結婚なんてその娘に失礼じゃないか』

だから本気で好きな相手に求婚されているなら素直に受け入れてしまえば良いのではないだろうか、何故こんなにも拒むのだ。

「今までお付き合いされてきた方とは最初からお遊びだったのでしょう……今度は真剣にお付き合いなさればよいのでは?そうしてるウチにその方のことを本気で愛せるようになるかもしれませんよ」
『あの鬼に出逢った以上、他の人に本気なることなんてないと思うよ、試そうとしてもあいつの顔が浮かんじゃって無理だと思う』
「はぁ」


なんという惚気だろう。

三界一の天敵関係と言われていた鬼灯と白澤が実は愛し合ってたなんて、自分にとっては僥倖だったけれど、うちの父様と母様はそれより酷いのだと思うと遣る瀬無い。
父の信頼は今更修復不可能なのだと父自身と兄弟姉妹たちは諦めているがナキサワメは父が母を想って流した涙から生まれた存在だからか、なんとかできるものならしてやりたいのだ。


『ナキサワメちゃん?』
「ああ、すみません……少し考え事をしていました」

とりあえず、愛されているという自覚のない白澤だったが、自覚されてしまうと一気にラブラブ度でうちの両親を引き離してしまうんだろうな、と思うと何も言ってやる気にはならなかった。
鬼灯は我が子のように可愛いし、白澤には親しみを抱いているから、是非とも幸せになって貰いたいのだが……

(まあいいです、鬼灯達が完全にくっつくのはもはや時間の問題なのですから)

少しくらいイザナキとイザナミの仲を取り持つのに利用してもいいだろう。

「そうだ!出産したら父と共に桃源郷にお伺いしますね」
『え?ああ、それは勿論大歓迎だよ、お二人には正式にお礼しなきゃいけないと思ってるし』
「そこは気を遣ってくださらなくて大丈夫ですよ」

地獄近くの桃源郷まで父親を連れて行けるのだったら何でもいい、あとは鬼灯に地獄から出られない母親をどうにかして門辺りまで連れてきてもらって、自分が頑張れば両親の数千年振りかのご対面が叶う。


ナキサワメは燃えていた。

水の神なのに燃えていた。



気分はもう、見た目は子ども頭脳は大人な名探偵が出てくる漫画のヒロインだ。
自分と同じく両親の仲を取り持とうとしているあのヒロインとだったら良い酒が飲めそうだと、見た目は未成年、中身は数千歳のナキサワメは思うのだった。




END