浄瑠璃に映し出される己の過去に男は驚愕する
その光景があまりに異常だったからではない

どうして自分はこれを今まで忘れられていたのだろうか……

白い美しい獣が人型に変化すると、その躰のあちこちに大火傷を負っているのが解かった
火傷で震える指で赤子の額に触れると、そこに生えていた白い角が消え、代わりに朱い目の紋様が表れた
そして男はその人の脇腹にあった同じ紋様が消えているのに気付く

『これでいい……お前は知らなくていい……』

その人はふらふらと揺れ出し、ゆっくりと倒れていった
意識が殆どないようなのに赤子を地面に落とさぬよう抱き締め直していたのに感心を抱く

だが次の瞬間、男は慄いた
男性にしか見えないその人の股の間に女陰のような器官があり、そこからドロドロと血が流れ出ているのが見えたからだ

思わず目を逸らすと、一陣の風が己の隣を吹いた

『大丈夫……じゃねえな、やっぱ』

気付くと、その人と赤子の元に一人の若者が立っていた
若者に見えるだけなのかも知れないけれど

『―――――――――』

その人が手を翳し何かを唱えると何もない地面が光輝き
光が消えた其処には木の葉が積まれていた
若者はその人から赤子を取り上げるとその上に寝かせる
柔らかそうな若葉のベッドだ

また若者が地面に手を翳すと、今度は大量の蒲の穂が生えてきた
その蒲の穂を腰に下げていた鉾で切り、地面に敷き詰める
そして、その人をその上に寝かせるのかと思ったが……

『……直接触ると、怖ーい鬼に怒られそうだな』

苦笑する声が柔らかくて何故だか懐かしいと感じる

『――さん、起きれる?』
『ん……え?』

若者が声をかけると、その人は薄ら瞳を開いて、まず腕の中の赤子を確かめようとする

『ッ!!子どもは!?』
『大丈夫、赤ん坊ならそこで寝てる……落ち着いて』
『あ……』

若者が指差す方に、安らかな寝顔を見てその人は安心したように息を吐いた

『とりあえず、霞の精に体清めてもらうから、その後で蒲の穂の上に寝転がって』
『なんで……貴方が?』
『此処をどこだと思ってる?登山客が迷い込んだのかなって思ったら、予想外に大物だったから吃驚した』
『ごめん、勝手に君の領域を借りて……炎まで上げて』
『そうだな、それも吃驚した……貴方の服まで燃えてるし、あ、これ着替え』
『……』

その人は若者が渡した赤い襦袢を見て無言になった

『霞の精よ』

若者が唱えると、周りの霧がその人の躰を清めた
その人はそのまま這うように蒲の穂の上まで移動する
蒲の穂にまみれているうちに痛みも治まったのか、その人の表情が少し和らいだ

『ありがとう』
『どういたしまして……食べ物も出してあげたいけど、胎も灼かれてるみたいだし……どれくらいで回復するかな?』
『いや、そこまでしてもらわなくても』
『させてよ……』

すると若者の急に声の質が硬くなった

『これは罪滅ぼしみたいなモノだから』

そう言って、火傷を負った肩にそっと赤い襦袢を羽織らせる

『罪滅ぼしって……』
『アイツに……してあげられなかった事を……させてもらってるだけだよ』
『……』

小さく息を吐いた若者は立ち上がり
両手を開いた

『葦原の主が名において命じる……山よ、この者に祝福の花を!』

その途端、あたり一面……見渡す限りに花が咲いた
男の足元からも生えてきて、思わず声をあげてしまいそうになったが必死で耐えた

『わっ』

白い曼珠沙華が三人の周りを取り囲むように咲いている

『子どもが生まれたお祝いに贈る花じゃないと解っているけど』

若者は曼珠沙華を一本折って、その花弁に口付ける

『ううん……嬉しい、だいたい花の意味なんて人が勝手に決めただけだろ』
『そうだよ、俺にとっては花も草木も皆それぞれ愛しい』

徒花も朽ち葉も腐れ堕ちた花だって、美しい心を持つのだと

『貴方なら知ってるだろうけど、白の彼岸花って鍾馗水仙と異種交配して出来ると言われているんだ』

実をつけない花なのに、繁殖力は強い
墓を守り、死してなお寄り添ってくれているのに、人々から畏れられる

美しい、神秘の花だと若者は謳う

『この花は現世の花であり、地獄の花でもある』

そう聞いて、その人は両手で顔を覆い隠した

『だから、かつて人だった鬼神の子に相応しいと思うんだ』
『うん……うん……』

泣き出したその人を優しく見ていた若者が、不意に此方を向いて男に微笑みかけた

ずっと気付かれていたのか、それともその若者が男を誘ったのか解らないけど

口元に人差し指を添えて、内緒だよ……と言うように目を細めた



『…………あっ』



次の瞬間、浄瑠璃の鏡に映し出されたのは、山の入り口付近の映像。
男の記憶にも、倶生神の記録にも描かれた情景だった。

閻魔の間で鏡を見ていた人々は何も言えず佇むだけ、しんと部屋中が静まり返っている。
その静寂を打ち破ったのは他でもない、この男。



「あんの白豚ァァァァァァァァァアア!!!!」



その声は閻魔殿のわき、ひっそりと咲いている天上の花をも揺らした。




* * *




それから数時間経った頃、夜だと言うのに不思議と明るい山中で白澤はすやすやと眠る赤子を抱え打ちひしがれていた。

「あのさ白澤さん、その子がそれくらいの事で病気になるとは思わないけどね、血だらけの服を着て赤ん坊抱っこすんのはどうかと思うよ」
その山、正確には山と繋がる神域の所有者が侵入者に対し諌めるように言った。
「ニニギ様……」

布でくるんでいるとはいえ、無垢な赤子に触れる格好ではないと言うと白澤は一時その子をニニギに預け、上着を脱ぎ下着姿になった。

「下着まで血に濡れてるんだけど……そんなに吐いたの?」

無言で肯く白澤に、ニニギは少し待つように言うと何処からかあの時と同じ赤い襦袢を持ってきた。

「ありがとう」

今度は抵抗なく、その襦袢に袖を通す。

「いいえ、いいえー……ところで、ヒノエってもうごはん食べれるんだよね?」

フォフゥイをヒノエと呼ぶのは彼とイザナキくらいだ。
その他の者には赤子の名が火恵と書くことすら教えていない、中国出身の者なら気付いていそうではあるが、彼女なら吹聴したりしないだろう。

「栄養素の高いものを出してみたんだけど……赤ん坊が食べられるものか俺じゃ判らないから、白澤さんが選んでよ」

と、言って目の前に笊が出された。
その中にいっぱい米、粟、山菜、木の実、きのこ、薬草まで詰まっている。

「……ニニギ様、ウチと契約しない?桃タロー君を助けてやって欲しいんだけど」

稲穂の神であり日本のほぼ全土を治めていたニニギに言えば入手困難だった薬草も際限なく出てくるかもしれない。

「考えとく……ていうか白澤さんはもうお店やめるつもりなの?」
「……」
「それもいいかもね、そんなに血を吐くくらい身体を壊してるなら、一度実家に帰って傷をじっくり癒……」
「駄目だよ!そんな事したらアイツが……」

子どもを連れ帰ったとしたら、親の名を訪ねられる、天帝に嘘を吐くわけにはいかないから、鬼灯の子を孕み生んだと正直に告白するしかない。
そうなってしまえば……鬼灯は

「僕と無理やり結婚させられてしまう」
「…………は?」

ニニギは一瞬あっけにとられた。

「なんかしらないけどアッチのみんなには僕の気持ちバレてるみたいで、多分鳳凰が漏らしたんだけど……早く紹介しろ、家に連れてこい、アイツがいるのなら女遊びは控えろ、アイツの好物はなんだ……とか一々うるさくて」

白澤は告白する気もないと言うのに既に婿殿扱いをしているらしい。

「それ……彼女の実家から嫌われてる俺からしたら羨ましい限りなんだけど……」

こちらは短命の呪いを受けたけれど、鬼灯は不老長寿の祝いをされそうだ、南極老人あたりに。

「でも貴方も今回の件で日本神族との間に太いパイプが出来たし、子どもも出来るって解ったし、鬼灯さんと結婚する上で障害はないってことだよな」
「なに言ってるの……アイツに僕は相応しくないでしょ」
「はい?」

相応しくないって……男同士ということを差し引いても白澤は良い伴侶に思える、女癖を直せばの話だけど……それも結婚してしまえば難しくはないだろう。

「アイツは普通の、可愛い女の子と結ばれるべきなんだよ……みんなに祝福されて、幸せになれるような」
「それは貴方じゃ無理なことなのか?」
「無理だよ!だって僕、不真面目だし、面倒くさいし、アイツを怒らせるようなことしか言えないし……それを治したとしても世間が許しちゃくれない、アイツの立場を考えたら叶えちゃいけない恋なんだ」
「そんなことない、貴方はいい人だし、有能な人材だ。きっと地獄や鬼灯さんの周りの人達は喜ぶよ」
「それでも……いつかアイツを泣かせてしまうのはイヤだよ、初めはいいかもしれないけど、きっとそのうち僕の存在が重くなる、種族も違うし寿命だって……アイツはどんどん年老いてくのに僕は全然変わらないんだよ?寂しいに決まってる」

それを自分の前で言うか……と、ニニギは眉を顰めた。

「……なぁ、あの人との間に何があったんだ?」

ニニギは初め鬼灯の前で吐血してしまい逃げてきたのかと思ったが、今の言い分では白澤が鬼灯の想いに気付いているように聞こえる。
すると、白澤は絶望したような顔で答えた。

「……押し倒されてキスされて愛してるって言われた」
「えっと、それ順序逆じゃねえ?」
「僕もそう思う」

スケコマシな白澤だってそんなことしない、キスするのにもまずは相手の気持ちを確かめてからだ。

「で?そこで終わりじゃないよな?」
「……僕の返事を聞く前に、厭なら抵抗してくださいって言われてね……でもそんなアイツに抵抗できるわけなくて……そしたら、やられてる途中で……」
「吐血したと」
「……」

その時の鬼灯の心境を思い描いてニギギは「うわぁ」と顔を逸らした。
襲ってる最中に相手に吐血されるって、トラウマになりそうな事件だ。

「もう鬼灯さんに事情話すしかないんじゃないか?」
「無理だよ!自分の子を妊娠した相手がこんなになるなんて知ったらアイツ悲しむもん!」
「……それは、そうだろうけど」

喧嘩ばかりしている影で、白澤は鬼灯の体質のことを長年隠し、本人に知られないように準備もしてきた。
全ては鬼灯を悲しませない為に、それを今更さらっと言ってしまえなんて……酷だろうけれど

「でも、じゃあどうするの?貴方があの補佐官を誤魔化せると思わないけど」
「……」

ニニギは赤い襦袢に身を包んで火恵を抱き締めて震えている白澤を、溜息交じりに見ていた。
恐らくイザナキも白澤が子を生む場所に此処を選ぶと予測して自分にその話をしたのだろう、妊娠させた相手の胎を灼いてしまうという鬼灯の体質の事は前もって教えられていたが、本人に告げることはせぬよう口止めもされていた。
その理由に気付いたのは自分の領域で鬼火に灼きながら子どもを生もうとしている白澤を垣間見た時だった。

ああ神獣は不死の体を持ちながら、それでも命掛けで愛する人の種を残そうとしているのだと思った。

子どもの為に死んでゆく母を、子ども為に死んでいく父を、どれまでどれ程見てだろうか……人にも獣にも蟲にも魚にも、そうやって死んでゆく者はいた。
樹木が実をつけ儚く枯れるように、実のなき花が美しく咲き儚く散ってゆくように……思うままに生き己の役目を果たし死んでゆくことが、永く生き長らえることに劣るとは思えない。
永久の生に囚われた白澤ならば、その尊さを知っている筈だ。

「鬼灯さんにとっては何も教えられないことの方が不幸じゃねえの?」
「え?」

急に声色の変わったニギギに戸惑い顔を上げると、彼はどこか苛立ったように宙を見ていた。

「俺は、サクヤより永く生きられなかったけど、それでも幸せだったよ」

愛する人を娶り、彼女だけを愛し生きてこれたのだ。
もう、生きる世界が違ってしまって、彼女の家族から嫌われて共に棲むことは出来ないけど、後悔はない。

「確かに俺のしたことの多くは愚かだったよ……アイツを疑った時だって今なら、きっとサクヤの子なら自分の子でなくても可愛かったろうし、たとえ子どもが生まれなくてもサクヤがいれば楽しかったろうと思える」
「ニニギ様……」

一面に広がる水田のように凪いだ瞳に映されて白澤は嗚呼これも神なのだと思う。
遙かな力を秘め、誇り高き心を潜めた、太陽の威光を浴び、人々の糧となる瑞穂を育む。
完全なる神性と生き物の不完全さを持ち合わせ、人の目線で世を見、唯一の妻を愛し、貴き女神を棄て、呪われ、悩み苦しみ、現世を活き、現世で死んだ。

この地に恵みある限り永久に尊崇され続ける天孫、ニニギノミコト

「それでも、やっぱりサクヤが俺の子を生んでくれたと解った時は本当に嬉しかった……その子がこの天地で何よりも尊いものに思えた、短い間だったけど愛する人と愛する子どもと一緒に過ごせて幸せだった」

葦原に風が吹いたように、さらさらと彼の前髪が揺れる。

「貴方は鬼灯さんからそれを奪ってしまうの?」

白澤の心がぞくりと粟立った。

「違っ……」

違う、何千年と鬼灯の幸せにすることを考えてきたのだ。
そんな自分があの鬼から幸せを奪うなんて有り得ない。

「なんでそんなこと言うのっ?」
「……だって鬼灯さんは俺の目を醒まさせてくれた恩人だから」

彼の為に発言するのは当然だ、とニニギはきっぱり言い放つ。

「え?」
「彼はあの時の子鬼だろ?あの子のお陰で目が醒めたから、今度は俺が味方をする番だろ」
「ニニギ様……貴方まさか気付いて……」

もしかして、あの時サクヤは燃え盛る建物の中にいたのではなくて張りぼての後ろにいたのだと、鬼灯が考えたその仕掛けに気付いていたのか。

「当時は本当に騙されてたけどな、後から考えたら可笑しいなって、それでもあんな火の近くで出産するなんて危険だし……」

その声に悔恨の色が滲む。

「でも嘘だったって解ってても……貴方が火の中に包まれてるのを見たら、あの時の気持ち思い出して……なんとしても助けたいって思ったんだよ」

「怒ってないの?騙されたこと」

地獄では僧を陥れたのだって重罪なのだ、神を謀ったなんて許される筈がない。
訊ねるとニギギは微笑んで首を振った。

「あの時騙してくれたから、今のサクヤを信じてることが出来てるんだ」
「……」
「だからさ、白澤さんがどうしても言いたくないっていうんだったら鬼灯さんに嘘ついてもいいと思う、鬼灯さんも貴方と一緒にいたいと思えば俺みたいに騙された振りをするだろうし……」
「でも、それじゃあアイツが」
「今の貴方にとって大事なのは火恵を立派に育て上げることでしょ、母親ってのは子ども生んだらそれだけを考えてればいいの!父親は少しくらい蔑ろにされててもいいの!奥さんと子どもが幸せだったらそれだけで旦那は幸せなんだからさ!」
「……いや、母親って……僕も男だから父親なんだけど」
「だったら余計に、その子が幸せに過ごせるように頑張んなきゃ」

鬼灯から離れちゃ駄目だよ、と白澤の頭を撫でながらニ二ギは笑った。
一応年下の筈だが人の親としては彼の方が先輩にあたる、その意見は聞いておく価値があるかもしれない。

「うぅ……でも、まだもう少し気持ちの整理がつくまで待って」
「しょうがねえなぁ……まぁ此処だったら安全だし要るものあったら俺が持ってくるし、白澤さんの気が済むまでいなよ」
「ありがとう、それじゃお言葉に甘えて――」

今まで泣きそうな顔だった白澤が漸く笑みを零したかと思ったが

「すまんが……そういうわけにもいかぬのだ……」

間に割り込んできた声を聞いて、その笑みも凍りついてしまった。

「イザナキ様!?」

声のした方を向くと此処に居るはずのない、ニ二ギの曽祖父が立っていた。
もしやニニギの共犯かと思ったけれど、彼も白澤の横で同様に驚いた顔をしているので違うのだろう。

「なんで貴方が!?ていうか入ってきたの全然気付かなかった!!?今回は地球爆発させたって消えないような結界張ってあった筈なんだけど!!」
「フン、そもそも此処を創ったのは誰だと思っておる?」
「ちょっと待って、さらっとスケールでっかい話しないで神様方」

何気にハイレベルなことをしていた天孫と、その更に上をいく国造神の会話を聞いて、頭でっかちな知識神はクラクラと眩暈をさせた。
中華天国の天帝や聖獣達だって本気出せばもっと凄いこと出来るんだからな!と負けず嫌いの血が騒ぐのは仕方ない。

「閻魔の第一補佐官殿から頼まれたのだ、主を連れ戻してくるよう」
「……え?」

苦笑交じりのイザナキの言葉を聞いて二人は目を瞠る、白澤が此処にいると何故バレてしまっているのだ。

「以前ここに迷い込んだ修験者が見たことが浄瑠璃の鏡に映し出されてな」
「え?あの修験者もう亡くなったの!?」
「……はい?どういうこと?」

白澤にすかさずツッコミを入れられ言葉に詰まるニ二ギ。

「えっと貴方が出産した時さ、実は現世の人間が一人この場所に迷い込んでたんだよ」
「……へ?」
「あの時吹き出た火柱が収まってからかな、ずっと傍に居て俺達の会話聞いてたんだよ、白澤さんには目晦ましの術掛けてたから気付かなかったみたいだけど」
「なんで……そんなこと」
「まぁ……鬼灯さんの為?」

倶生神の記録にも残らない、通常なら浄瑠璃の鏡にも映らない記憶だから、誰か気付くかどうか一種の賭けだったけれど、それでも鬼灯に火恵が自分の子だと気付く時がくればと思いしたことだと説明すれば、白澤はブワッと泣き出した。

「酷い!ニニギさんの裏切り者!!どうすりゃいいの地獄にも桃源郷にも中華天国にも帰れないし、僕どこにも居場所ないじゃない!!」
「いや、逆に何処にでも居場所があると思うんだけど」
「こうなったら現世行く、現世でシングルファザーになる……」
「その場合ホモサピエンス擬態薬飲んだ鬼もついてくるのではないか?」

長いバカンスをとって現世でアパートを借りて三人で住めばいい、とイザナキがのほほんと言い放った。

「そうだ、事の顛末を吐かされたから鬼灯殿はお主が妊娠した理由も己の体質のことも全て知っておるぞ、その様子もインターネットの生中継で地獄全土に放送されたから皆に知れ渡っておる」
「なっ!?なにやってんですか!?え?じゃあ皆アイツの体質を知……ちょっと!アイツにお嫁さん来なくなったらどうしてくれんですか!?」
「いや嫁などいらんだろ、というか儂だって出来れば話したくなかったが、あやつに脅されて仕方なく言わされたのだ」

脅されたと言っても、白澤について知っていることを全て吐け、さもなくばナキサワメを嫌ってやると言われたのだが、白澤は鬼灯が脅したと聞いていつも自分が言われているような事を想像したのか一気に顔から血の気を引かせる。

「も……申し訳ありません、この度のことは元はと言えば僕が勝手にやったことが原因であり、あの鬼は少しも悪くない……こともないのですが、責任は僕にあります……どのような罰でもお受けしますので、どうかあの鬼のことはお許しください」

と、火恵を再びニギギに預け、イザナキに向かい深々と頭を下げる白澤。

「いや、そんな不祥事起こした夫を庇う妻のような事をされても困るのだが、そもそも別にあやつに怒っておらぬし」

外海の神に頭を下げることなど立場的に赦されていないだろうに、本当に鬼灯の事が好きなのだなぁとイザナキは呆れ果ててしまった。

「ちなみに此処でのやりとりもインターネット生中継で流れておるからな、お主らの会話が始まったくらいから」

と、言って指差した方を見ると一台のマイク付きカメラが脚立の上にセットされていた。
何故今まで気づかなかったのか、どうせイザナキの術だろうけろど。

「カメラにも特別な術を掛けているから映像は結界も越えてゆける」

唯一の頼みである結界も看破されていて、白澤は完全に詰んだと思った。
そしてそれはこの男も同じ。

「うわぁぁあ……」

火恵を抱いているので頭を抱えられないが、膝を付いて俯いて嘆いている、後ろから見えるニ二ギも耳は真っ赤だった。
先程の自分の台詞が彼女に知られたかもしれないと思うと恥ずかしくて堪らないのだろう。

「ニ二ギ、大丈夫か?」
「べ、別に俺サクヤ姫のことなんかちょっとしか好きじゃないんだからな!!」
「なにツンデレみたいなこと言ってんの……」

そう言いながら白澤はニ二ギから火恵を返してもらう、この家柄もよく能力もある癖に恋愛偏差値の低いダメ旦那に我が子を預けておくのが不安だったからだ。

「僕もアイツのことなんて本当はどうでもい……うぅごめん嘘だよ」

鬼灯のことなと何とも思っていない、と言おうとしたが自分と鬼灯の子の寝顔を見ているウチに謎の罪悪感に駆られてしまった。
どうやら白澤は子どもの前じゃ父親の悪口言えなくなるタイプらしい、というか今更なにを言っても説得力がない。

「離せ!!行かせてくれ」
「お主、天岩戸に引き篭もるつもりだろ!!やめろ、作物が育たなくなる!!!」

白澤が落ち込んでいる内にふらふらと何処かへ行こうとするニ二ギの首根っこを掴んでイザナキが止める、そういえば引き篭もりの家系だった。

「いいな僕も一緒に引き篭もりたい……」
「お主はまず病院に入院だ!!」

鬼灯に逢うのが怖いけれど逃げ場がどこにもない白澤はどこか遠くを見ながら現実逃避を始めた。

「なんだよ!!イザナキ様だって酔ったらイザナミ様の話ばっかなさる癖に!!」
「なっ!」
「イザナミ様ご覧になってますー?この方ねテレビにアイドル出ても女優が出てもイザナミ様の方が可愛かったとか綺麗だったとか仰られるんですよー?」

カメラに向かってヤケクソに呼び掛けるニギギにイザナキの蹴りが入った。

「それを言うなら主このあいだ寝言でサクヤって呼んでおったろうが!!」
「は!?しらねえし!!憶えてねえし!!それならイザナキ様、むかーしイザナミ様が使ってた部屋とか今もそのままの形で残してるって侍女が言ってたけど本当!?」
「あれは、歴史的に重要だからであって……」
「はい、いいわけー」

と、そんな中学生男子のような喧嘩を始める結構地位の高い神様にして日本神話におけるダメ旦那代表二人を見て現実逃避中の白澤は呟いた。

「いいなぁ青春だなぁ、僕も恋したくなっちゃった」

この発言にはイザナキとニギギも一時休戦し(恐らくインターネット中継を観ている大半の者も)同時に叫んだ。

「すればいいだろ!!地獄の鬼神と!!」

だが、現実逃避中の神獣の耳には届かない。

「あ、これ中継してるんだよね?ここで恋人募集とかしちゃダメかな?あの朴念仁の」
「するなよ!!ていうか、あの人のかよ!!」
「僕が言うのもなんだけどアイツ相当な優良物件だよ、子ども欲しくなったら僕が代理で生んであげるし」
「……あのなぁ」



と、こういう遣り取りがカメラのバッテリーが切れるまで続いたが、視聴率は意外とよく回線がパンクしてしまいそうになったらしい。
こんな騒がしい大人達が近くにいるというのにすやすやと眠っている火恵は流石に鬼灯の子どもだった。




* * *




一方その頃、山神ファミリーはと言うと……

「畜生ーー!!ニギギの野郎!!結局インターネット回線使って惚気ただけじゃねえか!!」
「いや、一応白澤様の説得にも成功されていたみたいですし!!」

乱心したイワ姫がテレビに向かって岩を投げつけようとしているのを木霊が必死に止めているところだった。

「ねぇ姉さま!私やっぱりもう一度ニギギと一緒に暮らそうかしら?」
「キエェーーーーー!!!」
「サクヤ姫もゆるふわっとお花飛ばしてないでイワ姫を落ち着かせてくださぁい」








END