地獄に天国に現世に雨が降る。

業火の炎にも負けず地を叩く不思議な雨だ。

以前降ったものと似ている。

今回は神獣ひとりの声しか聞こえないけれど――



――鬼灯が好きって言ってくれた



――僕だけじゃなかったんだ



――どうしよう



――嬉しい嬉しい



ロンドを歌うような弾む声。

その声を聞く事が出来た者は皆一様にこう思ったという。




(アンタ今まで好きって言ったことなかったんかい!!)




それは鬼灯と白澤が結婚して百年後のことだった。





* * *





夜、衆合地獄にある居酒屋。

お香、烏頭、蓬の幼馴染三人から先日の雨について話を聞かせろと言われ、仕事を早めに切り上げて此処に四人で入ってきた。

周りの鬼達が聞き耳を立てているのに気付いたからか小声で話す。


「私だって全く伝わっていないとは思いませんでしたよ」


可愛い一人娘“鬼雨”が独り立ちした日の晩「これでやっとお前も彼女作れるな」と下手くそな笑顔で言ってきやがった神獣にとりあえず殴る蹴るの暴行を加えた後聞き出すと、なんと白澤は自分が鬼灯に片想いしていると思っていたのだ。

しかも自分の気持ちを鬼灯が知っているとも知らずにいたらしい、確かに好きだと伝え合ったことはないけれど、あれだけ行動に移してバレていないと何故思える。


「俺らもまさか百年前から全然進展してなかったとは思ってもみなかったわ」


鬼灯の隣に座る蓬が呟くと、前に座るお香と烏頭もうんうんと同意する。


「そういえば白澤さん俺らに“どうして僕があの鬼を好きだって解ったの?”とか聞いてきたしな」

「解らない方が可笑しいと思いますけど」


代理母ならまだしも事情があるとはいえ好きでもない男の子供を生もうなんて普通は考えないだろう、白澤だって今後もし鬼灯と同じような事情を抱えている者が現れても代理出産は承諾できないとイザナキや閻魔を介して公表している。

地獄と天国の最高権力者が禁じれば白澤にそれを求めたり出来ないから、我が身を守る為そうして欲しいと閻魔大王に頭を下げた白澤を見て何故自分を頼らないのかと憤ったことを思い出し鬼灯の表情が険しくなる。


「私は子育ての為に同居していただけだとか言いやがりました……確かに誰かを妊娠させたら責任は取りますけど……そもそも白澤さん以外を妊娠させるつもりなかったですし」


認知したのも自分が孤児だったから我が子が片親不明だからと謂われない中傷を受けるのが許せないだけだと思っていた……そう白澤に言われ確かに己が白澤を好きでなければそういう気持ちで同居していたかもしれないと思ったが、実際己は白澤を愛おしいと思ったから結婚を申し込んだのだ。


「あの人の身体が全回復するまで不用意に接触しないよう自制していたのが仇となりました」


十月もの間鬼火に胎を灼かれ続け、出産直前に身体の表面と仮に作った胎と女陰以外全て燃やされた白澤。

暫くは本当に病人のような生活をしていた上に、炎に対するトラウマ克服だとか言って大熱処に行って倒れてイザナミに保護されたり、イザナキ様にお金を返さなきゃとか言って体調悪いのに仕事を再開しようとして倒れてイザナキからお見舞いをもらったり、子供服とオムツ・ミルクのバーゲンがあるだとか言ってニニギと現世のデパートへ行ったり、と無理するので中々回復しなかった

我が子の教育上よくないからと堪えたが「首輪を付けてしまえ」と何度思ったことだろう、というか日本の高位神達に迷惑を掛け過ぎな伴侶に地獄の官吏としても頭が痛い、知らないうちに日本天国へ対し借りをいくつも作ってしまっていた。


「でも、まぁ丁度いいんじゃね?お前ら新婚の頃から子供いて二人きりの生活なかったんだし、今から蜜月ってことで」

「いちゃついてる所を娘に見られることはないし」


そうは言っても、今までの自分達を客観的に見ても仲の良い夫婦だったと思う、それがまさか白澤の方が片想いのつもりだったとは意外過ぎてどうすればいいのか解らない


「今更なにをすればいいのでしょう……」

「お前のやりたいことをすればいいんじゃね?」

「恋人期間もなかったわけですから、これを機に恋人らしいことをされてはいかがです?」

「二人きりでデートもしたことないんだろ」


幼馴染達から矢継ぎ早にされる提案に「そうですねぇ」と頭を捻らせた。

子どもも桃太郎もいない状態で白澤とデート、自分は楽しいだろうが白澤はどうだろう?


「そういえば、この間お見かけしたら白澤様とても幸せそうでしたわ」


鬼灯の心情を読んだのか、お香が微笑みながら教えてくれる。


「……」


確かに両想いを自覚してからの白澤の浮かれようったらなかった。

人前でニコニコしているのは前からだが、一人でいても足取りは軽やかだし、鼻歌は甘々のラブソングだし、心なしか周りに花が舞っているように見えるし、誰彼構わず吉兆を振りまいてるし。

自分と両想いであることが幸せだと言われてるようで鬼灯には大変可愛らしく見える、それ以外なんと形容していいか解らない程可愛いのだ。

周り(特に桃太郎)に迷惑かけていても可愛いは正義! しかしいくら鬼灯が力説したところで誰にも共感されないのだ(されても困るけど)


「あと、子どもいねえなら心置きなくエロイことも出来るだろ?」

「おい……」

「もう烏頭くんったら」

「しかしまた妊娠させてしまったらと考えると……」


白澤には本来生殖能力はない筈だが鬼灯の所為で心から望めば妊娠できるという事実が発覚したのだと言っていた。


「鬼と同様の避妊方で効果あるのか解りませんし……あの人、私の子なら何百人産んでもいいと豪語してますが、そんなことさせるわけには……」

「何百人……」

「いえ“僕とお前に似た女の子が沢山いたら天国じゃない”とか言ってました」


胎児が鬼火になる体質が受け継がれなくなるまでは鬼灯の家系には女児しか生まれぬ呪術を掛けているという、つまり何百回妊娠しても生まれて来るのは女の子、白澤は想像しただけでデレデレだ。

流石に慈愛や家族愛しか芽生えないであろうが……


「歪みねえな白澤様」

「で、でも白澤様の気持ち次第で妊娠するなら、暫く二人きりで過ごしたいって言えば大丈夫じゃないか?」

「まぁそれは他の神々に相談してみるとして」


ニニギあたりが詳しそうだ。


「デートですか」


遊びになら何度も行った。

店を桃太郎に預け家族三人で出掛けたり、時々この幼馴染達も一緒だったり、引きこもりがちだったナキサワメも一緒に行くこともあった。

雨女の彼女と一緒でも天照大神の加護により毎回快晴に恵まれていたし、イザナキが天界に招待してくれることも多かった。

そこまで思い出して、やはり私の伴侶は日本天国の神に甘やかされ過ぎだと地獄の鬼は溜息を吐く。

出かける場所が子連れでも安心な日本天国に偏ってしまっているのも問題だ。

地獄にだって娯楽はあるのだから其方へ連れ出してもいいだろう(白澤の炎恐怖症も治っているし)

ちなみに中華天国は白澤の扱いが雑過ぎて本人はあまり立ち寄りたがらない(最近帰省したとき結婚して百年間片思いだと勘違いしていたと話したら大爆笑が起こったそうだ)


「後は何かプレゼントあげるとか」

「ペアなものがいいわよね」

「手作りのアクセサリーとかだったら教えてやれるぜ」


己の得意分野だと烏頭が胸を張るのをお香と蓬が身に憶えがあるのか頷いていた。


「そうですか……」


地獄デートとプレゼント、やることは決まった。

いつの間にか鬼灯の恋愛相談みたいな流れになってしまっているのだが、皆適度に酒が入っているので特に気にしていなかった。


「そういえば最初にあの人に会わせてくれたのは烏頭さん達でしたね」


擦れ違う人の中に白澤がいて、あんな幼い子鬼の声を聞いて、応えてくれた。

大人たちが無視した鬼灯の作戦にひっかってしまった馬鹿でお人好しな神獣は、鬼灯が大人になったら今度は鬼灯自身にひっかっかってしまったのだ。


「あの時は馬鹿な大人がいたもんだと思いましたけど、今思うと運命ですね」

「……」


運命なんて言葉を口にする幼馴染に恥ずかしい奴だと思いながら、本当に運命めいたものを感じた。

思えば鬼灯の人生は本当に数奇なものだった。

神代に生まれ、丁と名付けられ、みなしごとして育ち、生贄に捧げられ、鬼火と融合し、鬼となり、黄泉に暮らし、鬼灯の名を授かり、時を経て、日本地獄の礎を気付いた王の補佐官となった。

そして今は一人娘の父親にして一家の大黒柱、殆どの者が生まれた時から当たり前のように持っている血縁と家庭を何千年とかけ漸く手に入れたのだ。

彼の幼馴染達はこの鬼を“誰かの家族”にしてくれた白澤に深く感謝している、何度も死ぬ思いをしてこの鬼の子を生んでくれた。


――雨は天水、天の恵みって意味があるんだよ、鬼雨の名は”この鬼の子に天の恵みが降り注ぎますように”って名付けたんだ――


あの朴念仁には内緒だよ、馬鹿にされちゃうから……と言った、ほわほわした神様に教えてあげたい。


――貴方は鬼灯の運命の人ですよ――


そしたらきっと、甘い眼差しを湛えた瞳を世界一幸せそうに細めるから―




* * *




数カ月後、忙しい合間を縫ってなんとかプレゼントを完成させた鬼灯は気合を入れて(しかし無表情で)向かいのテーブルで朝食を食べる白澤に話しかけた。

プレゼントを作っていた所為で帰りが遅くなり娘が独り立ちした途端家族サービスしなくなった等と嫌味を言われ、喧嘩をした次の日でもきちんと自分好みの朝食を作ってくれる(半分は桃太郎作だが)伴侶を内心で褒めつつ、滅多な事ではまともに呼ばない名前を呼んでみたのだ。


「え?なに?」

「今日はどこか好きな場所へ連れて行きますよ、夜から仕事なので場所は地獄に限られますが」


今は繁忙期なので一日中休みというわけにはいかない、家族が出来て健康に気を遣うようになったと言われる鬼灯だがワーカホリックは完璧には治らなかったらしい。


「ほんとか?えっと、それなら……」


温泉や遊園地なら楽しんだ後に何処か景色の綺麗な場所へ行って、警察に頼んで自分達以外を立ち入り禁止にしてもらって……と職権乱用じみた企みをしながらすっかり機嫌の直った白澤を見る。


「お前の部屋がいい」

「はい?」

「閻魔庁の部屋、お前最近泊まること多かったけどちゃんと掃除してあんのか?布団用の掃除機買ったし今日一日で片付けちゃおうぜ」

「……」

「あと、あそこに置いてある置き薬の使用期限過ぎてるだろうから交換したい」

「お前は薬屋かーー!!!」

「薬屋だけど!!?」


今まで何だと思ってたの!?とビックリした顔で聞かれるから此方がビックリだ。

別に自分の部屋がイヤだとかではない、あそこなら仕事を始めるギリギリまで二人きりでいられるし、一緒に掃除をしてくれるなら大助かりだが、しかし……

鬼灯が悶々と考え込んでいると、さわらぬ神に祟りなしと黙って朝食を食べていた桃太郎が口を開いた。


「白澤様は“彼氏の部屋に遊びに行く”ってシチュエーションに憧れているんですよね?」

「ちょ!?桃タロー君!!?」

「この間お客さん達と盛り上がってたんですよ“初めて彼の部屋に誘われちゃったー”って方がいて、白澤様そんな経験ないからって羨ましがってましたよ」


お二人は部屋に遊びに行く前に同居が始まりましたもんねーーと、言って再び箸を動かし始める。


「……貴方」


そんな色ボケたこと考えていたのかと見つめると、白澤は白い肌を真っ赤に染めた。


「あああああ……」


椅子の上で体育座りするのは行儀が悪いからやめなさいと何百回も言った気がするが今それを指摘するのは野暮だろう。

膝に埋めた顔を少しだけ覗かせた白澤が上目遣いで鬼灯を見上げ。


「その通りだよ、あの子たちの話を聞いて、そういえば恋人としてお前の部屋に行ったことなかったなって思ったら羨ましくて……だから」


お客の女の子たちが言っていた彼氏の部屋に初めて行った時のドキドキ感というものを自分はまだ知らない、知らないものを知りたがるのは知識の神獣の性、鬼灯に関することなら余計に。

ボソボソと、聞こえるか聞こえないかという音量の声で最愛の夫へねだる。


「お前と部屋デートしたいです」


と、言ってまた顔を埋めてしまった。


(この畜生が……)


鬼灯からすれば思わずテーブルをひっくり返したい程に可愛いが食器が乗っているので寸前で抑える。


「解りました……私が掃除をしておくので終わった頃に貴方が来てください」

「え?」

「私が掃除をしながら待って、貴方を出迎えた方が部屋デートっぽいでしょ?」

「……うん」


それから暫く沈黙が続いた。

桃太郎は「なんだこの空気」と思いながら、淹れたての温かいお茶で喉を潤すのだった。







END






ちなみに鬼灯さんの作ったプレゼントはペアリング(たぶん思念が入りこんでる)です

烏頭くんは器用だけどセンスがないと思うのでデザインは鬼灯さんがしたのだと思います

まだ籍は入れてない設定だから二度目のプロポーズすればいいよ鬼灯さんv

ところで妊娠バレなかったルートで生まれた“フォフゥイ”は火の恵みって意味で妊娠バレたルートの”鬼雨”は水の恵みって意味で、無駄に対比させてたりします