色情が恋

梅雨は過ぎたとはいえまだ雨の多い季節だ。去年まだ片思いしていた頃に「なんでこの時期に七夕やんのかねぇ」と言えば想い人は「七夕が出来た頃の暦では七月七日は八月だったのだよ」と返してきた。それから会話がどう転んだのか七月七日は緑間の誕生日を祝い、旧暦の七夕に七夕を祝うことになり、丁度おは朝のラッキーアイテムが笹だった旧七夕に二人で七夕飾りを飾ったんだった。
あの頃まだ緑間とあんまり仲良くなかったから一緒にいるキッカケが出来て嬉しかったし、ついでにお互いの誕生日を知ることが出来て良かった……と高尾は笑う。

今の今までそんな元チームメイトとその現相棒の楽しい思い出話をニコニコしながら聞いていた筈なのに、と黄瀬は心の中で嘆息した。

「へ?ピアス開けるんスか?」

緑間の誕生日が明日と迫った今日。彼の恋人である高尾はピアスを開けると宣言した。今年の七夕は日曜日なのでこの後お泊りに行くのだそうだ。そんな日にわざわざ黄瀬に会ったのはこの話をする為だったのかと気付く。


「ああ、ファーストピアスはこれにするんだ」


緑色の輝石が埋め込まれたチタン製のピアスを手の平で転がしながらハニカんだ高尾を前に何故か途方にくれたような気持ちになる。おおかた黒子あたりに黄瀬がピアスを開けた日について聞いて触発されたんだろう。誰も黄瀬の真意は知らないのに開けた日付とピアスの色だけで勝手にロマンチックな想像をされている気がする。というか高尾は確実にしている。

「……あんまりこの時期に開けない方がいいっスよ?」

自分のことは棚に上げて雑菌の心配をするが自分よりよっぽどマメで要領のいい高尾なら大丈夫だろうな、と思いながら言えば案の定「大丈夫!そこんとこ抜かりなくやるから!」と明るく返された。

「あーでも高尾くんなら毎日のケアも緑間っちがやってくれそうっスね」

冷たそうに見えて大事な者には人事を尽くす緑間のことだ。自分の左手を守るように相棒の耳もしっかり守ってくれる気がする。

「やっだ!黄瀬くん何言ってんだよー」

緑間にピアスホールのケアをされるという事、それか自分の耳を見つめそっと触れる場面でも想像したんだろう。高尾は顔の前で手をパタパタ振って照れを示す。そんな高尾に「でも」と渋るような声を掛ける黄瀬。

「ん?」
「俺が開けたとき親からもらった身体に穴を開けるとは何事だ!って緑間っちに怒られたっスよ?あとバスケしてるとき危ないって」
「真ちゃんなんだかんだ言って俺の意思尊重してくれるから大丈夫だよ。バスケは……それ言ったら黄瀬くんもじゃない……」
「まぁそうっスけど」
「なーんかさ、黄瀬くん俺にピアス開けさせたくないの?さっきから」

――ああ鋭いなぁ

高尾は切れ長の目から丸い瞳をのぞかせて此方をジッと見ていた。引き際を知る彼なので黄瀬が嫌がるそぶりを見せればすぐに話題を変えてくれるのだと思う。でも、黄瀬が話して良いと思えば――聞いて欲しいと望めば――きっと彼は最後まで真摯に聞いてくれる。

それなら、と黄瀬は思い切って高尾に全て話す方を選んだ。自分よりずっと短い期間だったけど似たような境遇で同じ気持ちを持っていた高尾にだったら教えてあげたっていい。元チームメイトにも現チームメイトにも言ったことはない自分の気持ち。

「誰かから聞いて知ってるかもしれないけど、俺がピアスを開けたのは青峰っちの誕生日前日っス、勿論それを知っててやったし……いくつかある理由の中のひとつに青峰っちも入ってるっスよ……でも」

嘘だ。理由なんて自分の為でしかない。言葉を切った黄瀬を高尾は優しく見つめながら再び話しをするのを待っていてくれる。だから、ゆっくりと自分でもまだ整理できていない感情をぽつりぽつりと漏らしていった。

「……あのとき俺は……青峰っちと別の学校行くって決めて、青峰っちの敵として闘えるようになる為に自分ひとりで……」

後ろから見つめるんじゃなくて正面に立てるようになりたくて、好敵手として対峙できるよう度胸を付けたくて、ファーストピアスは今みたいなフープピアスじゃなくて、それでも青色だったのは、黄色を映えさせる色だと知っていたから

「あの人の色を使って自分が輝きたかったってのもあるかな?」


それに高校に行けば離れてしまう、バスケへの情熱を燻らせているあの人と今以上に距離が出来る、目の届かない噂も聞けない時間が増える、あの人のバスケを信じているけど、自分の知らない部分がどんどん生まれて、逢いたいと思った時に会いにいけるような関係ではないし

青いユニホームで青の精鋭なんて呼ばれているチームに入るけど、バスケを通してしか青色に触れられないのかと思うと寂しくて、悲しくて衝動的に手を伸ばしたのが……今つけているフープピアス、これをつけてから暫く気持ちがバレることが怖くて彼に話しかけられなかった
思い返すと情けない、度胸一発なんて言って、勇気と誇りの象徴である左耳に開けたのに、なんて女々しいことだろう


「えっと……なんか話してて恥ずかしいな……だからね高尾っち、俺もたった今理解したけど、これは他の人が思うような甘い理由でつけたんじゃないんス」


高尾に話したことで今まで見えてこなかった想いにも気付けた。これはあの頃への決別と未練が詰まったもの、彼のような綺麗な青をしているのに自分が穢してしまっている。そう思うけどきっと自分はまだこのピアスを外す気になれない。


「緑間っちの隣で支えてあげたいって望む高尾っちには不釣合いっスよ」


すると高尾は自慢のホークアイを大きく見開いて、次にくしゃりと頬をゆるめてみせた。


「いや黄瀬くん?言いたいことはいくつかあるんだけどね……」


その前にと、氷が溶けて薄まった紅茶を薦めて黄瀬が落ち着くよう気遣う、高尾も残り僅かになっていたオレンジジュースをずずっと吸い込み一息ついたところで


「たしかにね黄瀬くんのピアスのこと黒子から聞いて俺も開けてみたいなって思ったんだけど」

「やっぱり黒子っちだったんスね……いいな仲良し」

「いや、お前だって仲良いじゃん……ってそうじゃない」


高尾は諭すように続ける。


「黄瀬に影響されたけど俺はお前とは違う理由で開けるの、だいたいピアス開ける理由なんて人それぞれなんだからさ」
「……それもそうっスけど」


左耳たぶをどこか愛しげに撫でる高尾を見て、同じ場所につけるのかと黄瀬は不安になった。右耳につけて要らぬ誤解を受けるよりはいいけど自分の影響で自分と同じ場所に穴を開けてしまえば緑間から嫉妬されてしまうのではないか?


「なんで左側に開けるんスか?」
「え?だって右側はゲイの人が開けるんでしょ?まあ緑間好きな時点でゲイじゃないって否定は出来ないけど、万が一他の男から言い寄られても困るしさ」

「まぁそうっスね」

「それに左の方が心臓に近いっしょ?」
「……指輪じゃないんスから……」

「お?いいね、マリッジリング的な……二番目のピアスは真ちゃんに買ってもらおうかな?黄瀬みたいな輪っかになってるの」

「やめて、本当に緑間っちから撃たれる」


高尾はいまいち解っていないが黄瀬と高尾が仲良いことを彼は面白くないと感じている。子供じみた独占欲だが黄瀬だって黒子や青峰と仲の良い火神には似たように嫉妬する。だいたい友達とお揃いなんて少し恥ずかしいのだ。


(女の子じゃないんだから)


まぁこういうことを気にしないからコミュ力高尾と呼ばれるんだろう……


「あと、もう一個!どうしても言いたいことあるんだけど」

「ん?なんスか?」

「黄瀬はピアス開けたの俺たちが思うような甘い理由なんかじゃなないって言うけど、さっきのお前の話きいてるとさ」


さっきまでのことを思い出したのか、ほんのり頬を染めて、それこそ蕩けるような甘さで高尾は言う。


「お前の青峰が好きだーーー!って気持ちが詰まった、おしるこより甘ぁい理由だと思うぜ?」

「!!?」


高尾はそれだけ言うとトレイを持って立ち上がり、絶句してしまった黄瀬を置いて出て行こうとする。

言い忘れていたが此処は誠凛と秀徳の中間あたりにあるマジバの一角だ。


「じゃあ俺そろそろ約束の時間だから行くわ」


袋に戻したピアスを胸ポケットに入れて、きっと手にしたバックの中にはピアスとは別のプレゼントが入っているんだろう、きっと二つとも緑間に喜ばれる、なんたって緑間から一番愛されている高尾からのプレゼントだ。喜ばない訳はないし、高尾が恋人へのプレゼントをハズすわけない。絶対絶対、天命より明らかな真実だ。

黄瀬に余裕がある時ならばそのことを想って朗らかに微笑めていたろうに……


「ちょ!高尾っち!!」

「なんだよ?」

「俺ばっか話させてズルイっス!高尾っちもピアス開ける理由教えるっス!!」

「……普段の俺見ててわかんねえかな……」


高尾は振り返り、きゃんきゃんと吠える黄色犬を見つめる。


「わりぃけど今度でいいか?これは真ちゃんに一番に教えてやりてえんだ……」


今夜日付けが変わる頃、彼の隣で睦言のように、祝福の言葉の前座として最高に幸せな気持ちで言ってやると決めているのだ。


――これは俺がお前のものだって証なんだ、と



いつになく綺麗な表情で見てくる高尾に何も言えないでいると、ふふんと彼らしいけど彼らしくない笑みを黄瀬へと向けられる。



「黄瀬もいつか本人に言えるといいな」

「……ッ!!」


それだけ言って高尾は今度こそ黄瀬を置いてさっさと出て行ってしまった。


体中を赤くさせ、口をパクパク開閉させる黄瀬の元へ、実は最初から居た黒子が現われ「ふーん、黄瀬くん高尾くんと随分仲が良いみたいですね。そりゃあ彼は話しやすいですもんね?……僕に言えないようなことでも」と嫌味を言うまで後1分♪



おしまい