キッカケはスタイリストさんが持っていた衣装の中に彼の高校のものにそっくりなネクタイがあったことだ。


「あの……これって買い取りオーケーっスか?」


そう言えば、部活に理解のあるバスケ好きのスタイリストさんはニヤニヤしながらプレゼントしてきた。

たまたまそこに居た事務所の人たちもニヤついている……のに気付き黄瀬は手に入れたネクタイを大事に包んで鞄の中に隠した。

いや、この人たちには制服を着た青峰の写真を見られているから(休憩中に眺めてた)バレバレなんだけど部活だけじゃなくて恋愛までも理解されてるのは有り難いことだけど……


「その顔マジやめろっス!」

「あーもう本当わかりやすくなったね黄瀬くん」


生意気で冷めていた黄瀬が青峰と付き合うようになってから素直な表情を出すようになったと初期から一緒に仕事しているスタイリストは思う。

まぁそれも尊敬する人限定だけど、飼い主にしか懐かない近所の犬から尻尾を振られるようになったようで嬉いのだ。

ニヤニヤからクスクスに変わった笑顔に苦笑で返しながら、黄瀬はやっぱり恵まれているのかもしれないと思った。

こんな風に認めてくれる人間は青峰の周りにはいないだろう、自分との関係を内緒にしてくれと頼んでいるから当然のこと。

別に黄瀬は自分に自信がないわけではない、どちらかというと自信過剰な部類に入るのだが、対青峰になるとそれが全く発動機しなかった。

青峰は青峰家と黒子と桃井から借りてるだけでなのであっていつか返してやらなければならない人間だ。

青峰の傍で青峰を想う、きっと自分の一生の中で一番美しい時期を全て捧げて、彼が飽きたら解放してあげるのだ。

などと思いながらも鞄の中にあるネクタイを意識して顔が蕩けてしまう、今ならおそろい好きな女の子の気持ちがよく解るなーーなんて呟きながら家まで送ってもらっていると運転手に顔ゆるめ過ぎだと苦笑された。

自分に正直に生きている黄瀬に隠し事は向かないのかもしれない。


自宅に帰りつくと黄瀬はクローゼットの中をあさった。

私物として彼の学校のブレザーっぽいものは持っている、シャツはきっとどこの学校もそう変わらない。

あとはカーディガンをどこかで購入すれば……と、パソコンを立ち上げ通販サイトを開く。

そこでカーディガンとついでに青峰が持っていたような通学用バッグっぽいものを購入、自宅近くのコンビニ受け取りにチェックを入れた。

明日の夕方には届くらしいので学校の帰りに寄ろうと決める、こうやって一時のテンションに任せ特に必要ない物を買うことを俗に衝動買いと言って大抵の場合は後々後悔することになる。



翌日、コンビニで受け取りついでに夕食も買い込み帰宅した黄瀬は夕食と入浴を済ませると下着姿のまま寝室のベッドの上になんちゃって桐皇制服の一式を置いた。

そして青峰が使っている制汗剤を振り撒くと「青峰っちにダーイブ」と言って、ベッドに飛び込み服の上でゴロゴロ転がる。

こうやって一時のテンションに任せ恥ずかしいことをしちゃうのを俗に若気の至りと言ったりするが、数年後同じようなことをして今度は本人に見付かるので一概に若気のとは言えない。


「っと、しわになっちゃうっスね」


散々匂いやら肌触りやらを堪能した黄瀬はベッドから起き上がるとハンガーに制服をかけ、付いてしまった皴を出来るだけ伸ばした。


「明日は一日オフだし、これ着てどっか出掛けるっスかねぇ」


今は冬なので裾の長いコートとマフラーをしていれば周りからは気付かれない、商店街を適当にぶらついて、先輩達が美味しいと言っていた店の鯛焼きでも買って帰ろう、そうしよう。

そうと決めたからには今日は早く寝てしまおうと黄瀬は寝間着を着込みベッドへはいった。

暫くワクワクで眠れなかったが部活で疲れていたのか気付けば穏やかな寝息をたてている。


黄瀬はその夜、夢を見た。

青峰や桃井と同じ制服を着て登校する自分の姿、駅で待ち合わせをして同じ電車に乗り、痴漢避けだと言って桃井を扉側に立たせ二人でガードする。

学校へ着くと青峰と同じクラスで窓際の後ろから二番目に座る彼の後頭部を斜め後ろからじっと見詰め、授業中に当てられて答えられなくて焦ったり。

放課後になると青峰が怒ったような照れたような顔で「お前、俺のこと見すぎ」と軽く叩いてきて、必死で弁解したり。

部活にいくと何故か海常のバスケ部のみんなも一緒にいて、レギュラー争いは二倍厳しくなるけど、その分みんな真剣にバスケをしていて、青峰は黄瀬と毎日ワンオンワンが出来て、まさに夢の世界だった。

ああ、でも所詮は夢でしかなく、現実の黄瀬は海常のエースとして彼に勝ちたいと願っている、夢だと自覚しているから楽しめるんだろうなど、意識の片隅で思いながら、青峰や桃井と一緒に下校していた。

駅で別れる時、桃井が見ていない隙をついてそっとキスをする、赤くなる黄瀬の頭をぐしゃぐしゃに撫でたあと青峰は「じゃあまた明日な」と言って去って行った。

ここで始めて理解する、自分は彼に明日も会えるという確証が欲しかったのだと、彼に毎日会える桐皇の学生がうらやましかったのだと――



チリリリリ……少し古風な目覚ましの音で目が醒める、朝だ、休日の。

黄瀬はゆっくりと起き上がり軽くストレッチをした後ベッドから降りた。

空調をつけ洗面を済ませに行く、モデルの朝は肌の手入れから始まるが暫く仕事も入れてないので入念にすることもないだろう。

肌の手入れを適当に済ませた黄瀬は冷蔵庫から作りおきのサラダとヨーグルトを取り出し、トーストを焼いている間に湯を沸かしてインスタントのスープとお茶を入れる。


(オニグラ飲みたいなぁインスタントじゃないやつ……休みだし久々にちゃんとした料理してみるかなぁ)


あむあむとトーストを咀嚼しながら夕飯の献立を考える。


(オニグラとーー鳥の照り焼きとーーチーズハンバーグでもいいっスね、鶏肉とミンチでお買い得な方にしよう、あとはフライドポテト……いやマッシュポテト、サラダはレタスとトマトとキュウリにコーン、主食はパンかライスをお好みで……ってファミレスか!そうだ鯛焼きを多めに買って冷凍しておけば夜も食べれるっス!ファミレス脱却っス!)


鯛焼き全種類買おう、青峰が遊びに来たときに出せるように二つずつ買おうと決意する黄瀬……それでもデザート以外はファミレスメニュー、食材だけ見ればほとんどファストフードと同じだった。


「さて、歯みがきも済んだし」


黄瀬は寝室に戻り、昨日完成したばかりの桐皇制服もどきを着てみることにした。

シャツは海常のものと同じ、ブレザーは以前なにかの撮影の時に自分の体型に合わせ作ってもらい勿体ないからと買い取ったものだ。

それを着込んで、最後の仕上げとスタイリストからプレゼントされたネクタイを首に掛ける、自分で結んでいるのに青峰と同じものというだけで、精神的に青峰から縛られているように感じ、なんだか胸がうるさい。


「桐皇黄瀬の出来上がりっスよ〜」


全て着用し終えた黄瀬は姿見の前に立ち全身をじっくり観察する、腰をくねって後ろ姿も確認したが桐皇の制服そっくりで、上々の出来映えに満足げに頷いた。

緑間あたりから「お前はどこまで青峰の真似が好きなのだよ」と言われてしまいそうだが、やると決めたら完璧を目指すのが己の長所だと黄瀬自身は思っている。


「洗濯したら出かけるか」


今更言うのもなんだが黄瀬は学校近くのマンションに独り暮らしをしている、モデルでもあるしバスケでも全国区のプレイヤーなので念のためセキュリティの高いところに住めと事務所が所有している所を格安で借りられていた。

たまに母親が留守中に来て料理を作ってくれていたり掃除をしてくれているので部屋は綺麗だ……というか朝食を食べて学校へ行き部活から帰って夕飯を食べてロードワークをしてシャワーを浴びて寝るという生活をしているから食器さえ片付けていれば散らかりようがない、風呂は毎日軽く洗っているし。

せっかくの服を汚したくないので今日は掃除はしない、洗濯物を干し終えたら出掛けよう、鯛焼きと夕飯の食材を買いに……。


そう思って黄瀬は洗濯機を回している間にクローゼットからコートとマフラーを取りだし、昨日届いたばかりの青峰の通学用バッグと同じものにサイフとスマートフォンを入れた。

中身がこれだけじゃ少し淋しいとハンドクリームとカイロとミネラルウォーターのペットボトルを突っ込む、スマートフォンはコートのポケットに移した。

そうこうしているうちに洗濯が終わり、外に干してもどうせ乾かないと空調を入れたまま部屋干ししておくことにする、夏に黒子から二時間程度の外出なら冷房をつけっぱなしの方がエコらしいと聞いたから、きっと暖房でもそうだろう。


「さて、レッツゴーっスー」


コートとマフラーをすると予想通り制服を着ている風には見えない、ちょっと暑いけど我慢して出掛けるっスよーーと、意気揚々とエントランスを出だ所で黄瀬はピシャリと固まってしまった。

嗚呼どうして人生は予想通りには行かない、だからこそ面白いのだけど今は勘弁して欲しかった。


「黄瀬っ!」


横断歩道の向こう側にいた人物が青信号になった途端こちらへ手を上げながら早足で歩いてきた。

黄瀬の恋人、青峰大輝だ。


「青峰っち?どうしたんスか?」

「急遽部活が中止になっちまってよぉ、そういやお前も休みって言ってたの思い出して来てみたんだけど」

「青峰っちなんで制服なんスか?」


そう、青峰は制服を着ていた。

黄瀬が今着ている服とよく似た本物の桐皇高校の制服だ。


「部活中止の報せが来たのが家出て駅に着いてからだったんだよ、ちょーど神奈川方面の電車が来たところだったからそのまま乗った」

「そうなんスか……嬉しい……」


自分の休日をおぼえてくれていて、衝動のまま会いに来てくれたのが素直に嬉しくてつい呟いてしまうと、聞こえた青峰は一瞬驚いたあと息を吐くようにして笑う。


「でも黄瀬お前どっか出掛けるところだったか?」

「え?あっと……鯛焼きを買いに……」

「鯛焼き?」

「部活内で話題なんス、ちょっと行った先の商店街にある鯛焼きが美味いって」

「用事ってそんだけか?」

「ついでに夕飯の買い物しようかと思ってるっスけど」

「そうか、なら奢られてやるよ」

「ちょ!?なに勝手に決めてんすか!?」


最近はバスケが中心であまり稼げていないのに青峰はさも当然のように奢られる気でいた。


「その代わり荷物は持ってやる」

「へ?」

「夕飯なんにするんだ?」

「えっと……オニオングラタンスープに、鶏肉が安かったら照り焼き、ミンチが安かったらハンバーグ」

「照り焼きな」

「え!?決定!?いいけど……青峰っち食べてくの?」

「悪ぃか?」

「いや、悪くないっスけど」


隙を見て青峰にバレないよう着替えることは可能だろうか……黄瀬は額に冷や汗が浮かべながら考えた。

今自分はそうとう恥ずかしい格好をしているのだと自覚はある、青峰に見られたら引かれるんじゃないかと怖くもある。


(どうしよっかなぁ……)


わざわざ来てくれた青峰を追い返したくないし、黄瀬だって一緒にいたいのだけど……――


「なぁまだマフラーすんの早いんじゃね?まだ暖けぇだろ」


黄瀬が悶々と悩んでいると青峰がそんな事を言いながらグッと近寄ってきた。


「へ?」

「ほら汗かいてるじゃねえか」


そして、黄瀬のマフラーを引っ張り緩めたのだが……


「え?」

「あ……」


見えてしまったらしい、マフラーの中が、コートからはみ出たシャツの襟とネクタイの一部を……


「は?お前っ!?」

「ああああ違うんス!たまたまなんス!たまたま青峰っちの学校のネクタイと同じ柄のを見付けて!たまたまブレザーも似たのがあったから着てみたってだけで他意はないんス!!」


真っ赤になりながら後退る黄瀬の手を取って青峰は道の端へ寄る、人気は無いけれど図体のデカイのがいつまでも道の中央にいたら迷惑だ。


「おい……コートのボタン外して開いてみろ」

「へぇ!?イヤっスよ!そんな変態くさい」

「いいからやれ」


そう命令され渋々とコートのボタンを外してゆく黄瀬、青峰の視線が痛い。


(やっぱ引かれたっスかねぇ)


ガン見してくる青峰に内心で泣きながら、これ以上嫌われたくないと言われた通りコートを開いて見せる、どこの露出魔だ。


「ふーん」

「……」


目踏みするように爪先から頭のてっぺんまで見回した青峰はうんうんと頷いた。


「細かいとこはやっぱ違うけど結構イイ線いってんじゃね?」

(うおおっ!?)


黄瀬が自分の学校そっくりの制服を着ている事より、なんちゃって制服の完成度に関心が向いたらしい、黄瀬からしたらラッキーだ。


「こ、これで青峰っちの学校しのびこんでもバレないっスかねぇ」

「いや、それは無理だろ」


安心して笑いながら言えば即答されてしまう。


「ウチの学校こんな美人な奴いねーし?」

「へ?は?ああ゛っ!?」

「なんでキレるんだよ」


いきなり褒められてわけが解らなくなった喜瀬が思わずキレると青峰はふはっと嗤った。


「だって青峰っちが急に変なこと言うから!!」

「なんだよ?美人なんて言われなれてるだろ!?」

「青峰っちが言うのは特別なんスよ!!」


またキレながら何やら恥ずかしい事を叫ぶと青峰は腹を抱えて笑いだした。


「クックッ……お前どんだけ俺が好きなの……」


涙目になりながら指を指してくるのは青峰とお揃いのバッグだ。

見るからに新品なのでこの為に購入したことがバレバレである。


「うるさい!!さっさと行くっスよ!!」

「そんな急がなくても鯛焼きは逃げねぇって……プッ!クハハ!!」

「あーもうオレ先に行くっスからね」


鯛焼きが海に逃げ出すところでも想像したのか自分でウケている青峰に呆れながらスタスタと歩き始めた。

とりあえずドン引きされるという最悪の事態は免れたとホッとしている黄瀬は、自分の後ろで青峰が獰猛な眼差しを向けていることなんて気付かなかった。


「鯛焼き買うんじゃねえのー?」

「鯛焼きは最後っスー」


商店街の入り口にある鯛焼き屋を指差す青峰にそう言って黄瀬は商店街の中に入って行った。


「そういえば桐皇部活中止って何かあったんスか?」


心配そうに訊ねてくる黄瀬に青峰は「ん?」と視線を返す。


「あー顧問と監督が揃って風邪引いたみたいで、どっちかがいないと体育館貸してもらえねぇんだよ」

「そりゃ大変っスね、早く風邪治るといいっスけど」


そう言ったあと、黄瀬は先程より心配げな表情をして


「青峰っちも風邪引かないでね」


と言った。


「そりゃお前だよ、マフラー取れ!汗で余計冷えるぞ!!」


すると何故か怒ったような青峰に青いチェックのマフラーを没収されてしまった。

驚いて目を白黒させる黄瀬を無視し青峰はマフラーを取っ払ったことで見えるネクタイを見て満足げに頷くのであった。


(変な青峰っち……)


それから本屋でジャンプを立ち読みしたり黄瀬の載っている雑誌を見てからかう青峰に憤慨したり、マイちゃんの写真集を物欲しそうに見詰める青峰に当て付けで火神の記事が載っている月バスを見せたり


百円均一の店で緑間が以前持っていたカエルに似たぬいぐるみを発見し、ここで買えば百円で済んだものを等とここにいない元チームメイトの代わりに嘆き、撮影禁止と書かれてないのをいいことに写メを録り高尾に送ったり


アクセサリー店では「これ桃っち似合いそう買ってやりなよ」「なんで俺がお前が買えよ」とカップルにあるまじき会話をしたと思えば「お前は青が似合うよな」と言いながら髪に青い髪飾りを当てるという彼氏攻撃に「そりゃ一番大好きな色っスから」と反撃をしたり


ドラッグストアで恥ずかしげもなくローションとゴムを物色した青峰がモデルのイメージが云々騒ぐ黄瀬に無理矢理レジへ持っていかせたり


そうこうしているうちに二人は商店街の端まで来ていた。


「さて、こっから夕飯の買い物しながら戻るっスよ」

「おー!」


黄瀬の掛け声にローションとゴムの入った袋を持った手を掲げた青峰はバシンと背中を叩かれた。


「ていうか腹減らね?もう昼じゃん」

「途中でコロッケとか食べながら帰るっスか?鯛焼きもあるし」

「それで足りるか?」

「夕飯が豪勢なんスから我慢するっス」

「だな」


と言って来た道を戻りながら肉や野菜を買ってゆく、青峰は宣言した通り荷物を全部持ってくれていて黄瀬は申し訳なかったが何も言わないでおいた。

家に帰ればデカい子供みたいな男なのだから外にいる時くらい花を持たせてやらねばなるまい。


「鯛焼き全種類二つずつ下さい」

「お前それ買いすぎじゃね?」

「冷凍しとけば明日も食べれるっスよ?」

「…………」

「なんスか?」

「いや、まぁそれもそうだな」


青峰は最初から泊まる気でいたが、頼む前からこう言われると何か照れ臭い。

はにかんだような恋人の顔を見て黄瀬の頭の中がお花畑……いやお花畑は意外と生存競争がはげしいのでガラパゴス諸島へ変わった。


(ていうか!なんかコレ制服デートっぽくないっスかぁぁあ!?)


夢にまで見た青峰と制服で買い食いだ。

中学時代に何十回も繰り返されてきたことだが恋人同士になってからは初めての買い食い、たかが買い食い、されど買い食い。

商店街の人達からは恋人通り越して夫婦のようだと思われていたことなんて知らずに黄瀬は内心でハシャギまくった。


「どうしたモデル様、ゆるみきった顔して」

「ふふふーいやぁ夢が正夢になったなぁって」

「夢?」

「あのね、オレ昨日ね青峰っちと同じ高校に通う夢を見たんス」

「……」

「一緒に登校して、一緒の教室で授業受けて、たまにサボったりして……勿論二人ともバスケ部で毎日ワンオンワンしてるんスよーー」

「……」

「下校も一緒でね、いつも駅で別れるんスけどたまに寄り道してアイス買ったり肉まん買ったり……まぁだいたいオレが奢らされるんスけどぉ」


拗ねたように語尾を伸ばしているが、表情はとても晴れやかだ。


「でもやっぱりオレ海常でよかったなぁーー味方としてより敵として青峰っちに勝負を挑みたいっスから」

「……」

「何度でも何度でも……勝っても負けても、ずっとアンタに挑み続けたい……」


突き抜けるように晴れた青空を見上げながら、夢見がちに、でもしっかり意志を持った声がそう告げた。

先程から黙りこんでいる青峰を不思議に思った黄瀬が振り向くと、彼は両手に買い物袋を持ったままぷるぷると震えていた。


「ぷはっ!アンタ顔真っ赤っスよ!!」


そんなに重いなら持ってあげましょうか?と黄瀬が冗談混じりで手を伸ばすと、青峰はその手を強く握りしめた。


「え?なに青峰っち!どうしたんスか!?」


黄瀬の手を握ったまま買い物袋を極力揺らさないように早足で歩きだした青峰に訊ねると、ぶっきらぼうな口調のまま彼はこう返した。


「早く帰んぞ……」


青峰は獣の唸るような声を出す。


「すげえキスしてぇ」

「っ!?」


その“すげえ”はどれに掛かってるんですか?と一瞬思った黄瀬だが、顔を俯けたまま青峰の歩調に合わせた。

二人で手を繋ぎながら物凄い形相でズカズカと進んでいくのに他の通行人たちは自然と避けるようになる。


「クソッ!狡い!青峰っち」

「どっちがだよ」

「アンタに決まってるだろ」

「いや黄瀬だ」

「アンタアンタアンタアンタアンタアンタアンタアンタ」

「黄瀬黄瀬黄瀬黄瀬黄瀬黄瀬黄瀬黄瀬」


アホのような会話だがこうでもしていないと二人とも我慢が出来なかった。


「黄瀬連発し過ぎてキセキって言ってるみたいっスよ!」

「…………涼太」

「……ッ!!バカッ!!」


黄瀬は買い物袋が揺れるのも構わず走り出した。

マンションのエントランスに入ってエレベーターを待つ時間も惜しくて階段を駆け上がる。


(クッソ!青峰っちのバカ!!)


いつだって狡いのは青峰だ。

普段はそっけなくて電話も滅多なことがないとしてくれないのに、そうかと思えば突然会いに来てくれたり、褒めてくれたり、荷物を持ってくれたり、仕舞いにはキスしたいなんて言ってくる。


(あんな声で名前呼ぶなんて狡い)


漸く着いた自室の鍵を乱暴に開けると、二人は雪崩れ込むように玄関に入った。


「夕食作る余力を残しといてほしいんスけど?」

「……手伝うから」


至近距離で挑むように訊ねると、可笑しげに目を細めた青峰の唇が黄瀬のそれへと重なった。




☆ ☆ ☆




チロン

チロリン

チロリン

チロリン



「あーもうさっきからうるせえ!」

「うーなんスか大声出して」


目覚めると青かった筈の空がすっかり紺色に変わってしまっていた。

黄瀬はいつの間にか裸でベッドの上にいて、同じく裸の青峰が隣にいて、身体中が軋むように痛い。

これでは着ていた制服が無惨なことになっているのでは?と視線を床に落とすと想像したよりはマシだがクリーニングに出したらクリーニング屋さんが色々察してくれそうなレベルにはなっていた。

ああこれは勿体ないが棄てるしかないか、ネクタイは無事なのが唯一の救いか……と惚けてる黄瀬の頭を何かがスパーンと叩いた。


「いったぁ!?なにすんだよ!?」


何かとは青峰の手しかないわけで、黄瀬が思わず敬語も忘れて食ってかかると、それ以上に凶悪な顔をした青峰がズイッと黄瀬のスマホを目の前に翳してきた。


「え?」


画面に写し出されていたのは事務所の人達で構成されてるグループチャットだ。


『こないだ言ってた服もう青峰くんに見せた〜?』

『なになに?エロい服?』

『違うよ青峰くんとこの高校の制服』

『え!?それって彼シャツじゃん!男のロマンじゃん!!』

『なんだと青峰けしからん……後で詳細よろしく』

『えー?黄瀬のことだから青峰っちくんに見せてるかも怪しくね?』

『なにそれツマンナイ』

『私はお前をそんなヘタレわんこに育てたおぼえはないぞ!』

『社長www』

『そうだ!直接会うの恥ずかしいなら写真送っちゃえば?』

『ナイスアイディーア!』

『青峰くんの反応どうだったか聞かせてね\(・∀・)/』


本人不在の中で好き勝手言ってくれてる……黄瀬は只でさえ事後で重くなっている頭を抱えた。


「おい黄瀬……なぁ……」


恋人が今どんな表情をしているのか想像がついて顔が見れない。


「青峰っち勝手に見るなんてプライバシーの侵害っス」

「うるせえから音消していいかって聞いたらお前がいいって言ったんだろが」

「いつ!?……ってさっきか……オレぼーっとしてて……」

「ロック番号が俺らが付き合い始めた日とか乙女にも程があるわ」

「青峰っちこそ日付おぼえてたんスか」


そりゃあ高校一年のWCが終わって初めてキセキが集まってバスケをした日の翌日なのだから記憶には残っているだろう。


「そんなことより黄瀬ぇ」

「……はいっス」

「俺にはこの関係は内緒にしとけって言ったくせに自分は周りにバラしてるんじゃねぇか」

「いや、だってこの人達にはオレが青峰っち好きなの付き合う前からバレてたし」

「……」

「なんかね、恋愛してるオレの色気が欲しいんだって、でも特定の女の子と付き合われるのも困るんだって、だから応援してくれてんスよ」


そう、そんなビジネスライクな相手だから黄瀬も気楽に話せるていた。


黄瀬は青峰のことを家族や元相棒や幼馴染から“貸してもらえてる状態”だと思っている。

現に「青峰っち借りてくっすね」と聞いたら黒子や桃井に「ちょっとだけですよ(練習付き合ってもらうんですから)」「後で返してね(勉強させなきゃ成績やばいから)」と言われたことがある、ちなみに黄瀬に丸括弧内の言葉を汲む能力はなかった。

だから黄瀬はいつか青峰を二人に返してやらねばならないと思っていたし、大事な一人息子をこんなリスキーな恋愛に巻き込んだことを青峰家に申し訳ないと感じていた。


この人の隣にずっといられるわけじゃない、近い将来別れる時がきたら自分にとっては大切な思い出でも青峰にとっては過去の汚点になってしまう。

そう思っているからこそ、青峰の知り合いや二人共通の知り合いに自分達の関係を知られたくない、青峰が将来この事を話題に出され苦い想いをするのを避けたかったのだ。



「ごめん、青峰っち」


横を向くと深い海の底のような青黒い瞳が黄瀬を見据えていた。

この瞳で見られる時いつも黄瀬はいたたまれない気持ちになる。

怯えたように揺れる黄色い瞳を見て青峰は大きく息を吐いた。


「しょうがねえなあ」


中学時代、酷く傷付けた覚えがある分、今は酷く甘やかしてやりたい、黄瀬が望むことで自分が叶えられることはなるべく聞いてやりたいと思っている。

青峰は黄瀬が傍にいるだけで幸せだった。

それ以上にずっと何度でも自分に挑んできてくれると聞いて嬉しかった。

今日だけでいったい何回この男を美しいと、そして格好いいと思ったことかしれない、なんだよ桐皇の制服って可愛すぎかと、黄瀬は最高だが、それを自慢できる相手がいないことが唯一の難点だ。

できることなら世界中の人間に「コイツは俺のものだ」と宣言して回りたいくらいだった。


「からだ平気か?」

「うっス……」


どうしてこんなに優しい言葉を掛けてくれるんだろう?どうしてこんなに傍にいてくれるんだろう?

黄瀬の純粋な瞳に覗き込まれ青峰はまた笑いながら息を吐いた。

先程からアイコンタクトで会話しているようなのに肝心なことが解らない、口に出さなきゃ伝わらないこともあるのだと心底痛感した。


だから青峰は言葉にする。


「もうすこし休んだら、一緒に此処片付けよう」

「……はいっス」

「一緒に風呂入ろう」

「……ん?うん」

「その後は一緒にメシ作って一緒に食って」


なんでこんなに何度も一緒にって言ってくれるんだろう?


「一緒にテレビみて」

「青峰っち?」

「違う学校でも一緒に出来る事は沢山あるだろ?」


ふたりが共に望んでいれば、きっともっと沢山一緒に出来ることは増えてく。


「そうっスね」



――もう、いい、ありがとう青峰っち――


いつか離れる日がくるとしても、今こうして愛されていると感じられるから



「ねえ青峰っち」


「ん?」




「大好き」




幸せだ――










END


ギャグなのかシリアスなのかラブなのかよくわからない青黄