私の家と貴女の家 ウチのお義姉さんは恋をすると人が変わる というか恋した相手にだけ人が変わる 「はい」 「はい……って?なに?」 平日の昼間から家に押しかけて来た香子さんは不機嫌な顔をしながらオレに紙袋を突きだした いや、それだけじゃ意味が解からないから 「あの香子さん……オレ今から学校」 「どうせ一限しか出ないで対局でしょ?サボったって変わらないじゃない」 オレの出席日数を考えたらその一限がどれだけ重要か、義姉さんは解かってないんだろうな……そういう人だもん 「いーからアンタはこれ持って川本家に行きなさい!!」 紙袋のロゴを見ると有名な洋菓子店のだし中身はケーキか何かかな? 義姉さん和菓子派なのに川本家のおじいちゃんも和菓子屋さんだから気を遣って洋菓子を選んだんだろうか…… ていうかさ、オレの所には迷惑も考えずにしょっちゅう泊まりに来る癖に、あかりさん家には手土産持参て、しかも自分で行かずにオレに行かせようとするって…… 「えっとさ?一応聞くけど何があったの」 どうせ、あかりさん関係の事だろうけど 「……」 「言わないと、あかりさんに電話で訊……」 「わ!わかったわよ!言うわよ!!」 オレから携帯をぶん取って髪を逆立てる義姉さんの顔は真っ赤に染まっていた 「ほんとは今日あかりと一緒に出掛ける予定だったのよ」 「だったって事は予定が変わったの?」 「ちっちゃい方の妹が急に熱出したんだって」 モモちゃんが熱?大丈夫かな……どうせもう学校間に合わないし義姉さんに言われるまでもなく顔見に行ってこよう でもそんなこと言ったら理由話してくれなくなるから言わない 「連絡入ったの街に出てからだったし勿体ないからあかりが前行きたいって行ってた洋菓子屋に入ったの……それでゼリーだったら熱あっても食べれるかなって……桃ゼリーを」 ああこれはお土産じゃなくてお見舞い…… うん、義姉さんがドタキャンを許すのも奇跡だし、その元凶になったモモちゃんにお見舞いを買うなんて奇跡を越えた何かだよもう しかもモモちゃんだから桃ゼリーをチョイスするとかソッチが熱あんじゃないのって心配になってきた 「それなら香子さん自分で持ってった方いいんじゃない?あかりさんも喜ぶよ」 「……イヤよ」 「なんでさ」 「慣れないのよあの家の空気……アンタの所為でウチではマトモに一家団欒を味わった事なかったから」 オレに対して辛辣で理不尽なのは変わらないのに何故あかりさん絡むと臆病なんだろこの人 「それに私、あかりの家族に嫌われてるし」 「もう……嫌っては無いと思うよ」 ああ義姉さん初対面でモモちゃんに「魔女」って言われたのがまだトラウマなんだな 案外ナイーヴに出来てるから好きな人の妹から毎回怯えられるのは傷付いてんのか あと柄にもなく緊張してんだろう、あかりさんに夕ご飯誘われても絶対オレ同伴でしか行かないし 付き合いだした今もだいたいの遣り取りオレを介してだし、そのせいでオレめちゃくちゃ嫉妬されてんだけど 「今回のデートって珍しくオレ知らなかったんだけど、やっと携帯教えたの?」 「……まぁ毎回アンタに連絡とって貰うのも可哀想だと思って……こないだ教えたのよ」 今この状態がオレ可哀想だと思うんだけど……ていうかそしたら、ひょっとして 「今日、初デートだったりして……」 「!!!」 オレがポツリと呟くと瞬間的に義姉さんの顔がボンっと赤くなった……なにこの初心さ、恋愛経験ないオレが言うのもなんだけど大丈夫かなこの人 というか、どうしようもない理由とはいえ初デートをドタキャンされたのはちょっと可哀想 「い、いいのよ!私はいくらでも融通きくし!妹はまだちっちゃいんだから優先するのは当然……」 「……」 後藤さんの時から思ってたんだけどさ、義姉さんて好きな人相手には割と尽くすし健気だよね その優しさの矛先をもっと拡くしたら良いと思うんだけど 「じゃあさ、オレも一緒に行ってあげるから香子さん直接手渡しなよ」 「行ってあげるって、なによ偉そうに!」 「アンタがウジウジしてるからだろ!?もう義姉さんの用事代行してあかりさんに嫉妬されんのイヤだからな!」 「し、嫉妬って……」 照れたのかなんなのか義姉さんは顔を赤くしたままグルグルと視線を彷徨わせて「あー」とか「うー」とか唸っている こういう時オレ達もだいぶ姉弟っぽくなったというか……この人に対して自分の意思をハッキリ言える様になったのはあかりさんのお陰かも知れない 最初は女同士のカップルなんて、って思ってたけど義姉さんあかりさんと両想いになってからはスレた部分も減ったし、あかりさんも義姉さんが色々気に掛けてるお陰で前より疲れた表情をしなくなった……というか二人とも綺麗になったと思う それでも義姉さんの中ではあかりさんの家族への負い目が消えない 叔母さんは「あかりはもっと外で同世代の人と遊んだ方がいい」とか言って応援してんのに こないだ川本家にお邪魔した時おじいさんと二人で話して泣いてたじゃん、内容は聞こえなかったけど多分あかりさんの事だよね ヒナちゃんだって以前はお姉ちゃんを取られたくないって嫌ってたけど、あかりさんがあんまり義姉さんにメロメロなもんだから今は呆れちゃってる気持ちが強いんだよ モモちゃんだって、もっとおっきくなればこんな風にお菓子を買ってくれたり自分を心配してくれる人に怯えるなんて事なくなると思う そりゃちょっと見た目と言葉はキツイけど、あかりさんを本気で好きなのも本当は優しいのもちゃんと皆に伝わってるから もっと自信をもってあの家に行けばいいんだ 「あかりさんも喜ぶし、モモちゃんからの株も上がるよ?それに会いたいでしょ?あかりさんに」 「――――――ッ!!……しょ、しょうがないわね!そこまで言うなら一緒に行ってあげるわよ」 ああもう本当素直じゃないな、義姉さんは…… 流石にこれ以上いると対局にも遅れてしまうと、オレ達は急いで家を出た 目指すはモチロン大好きな川本家だ この後、義姉さんがあかりさんに物凄く歓迎されたのは言うまでもない そしてオレが対局を終えて迎えにくるまで一日中モモちゃんに捕まる事になるのだった END |