かわいいひと

夜の銀座のど真ん中、ついさっきまでスナック『美咲』で散財していた相方(一砂)を迎えに来たスミスは、酔い潰れて眠ってしまった一砂をおぶって歩く
体格は同じくらいでも筋肉は相手の方が付いているから、随分と重労働だったがスミスはどこか穏やかな顔をして一砂を見て溜息を零す

駅までの近道の公園を通っていると、少し先のベンチに知り合いによく似たシルエットを発見した

「香子さん?」

思わず声をかける

「三隅さん……」

見上げたのは予想通りの人物だった

「どうしたの?こんな所で」

こんな夜中に女性一人で公園にいたら危険だろう、まぁここはすぐ近くに交番もあるし、香子なら通り魔でも暴漢でも自分で何とかしてしまいそうだが

「えっと……」

言い淀む香子にピンときたスミスは「ああ、あかりさんか」と呟く、すると香子はバツが悪そうに顔を逸らす
この美人なお姉さんはスミスにとっては大先輩の娘にして後輩の義姉、そして先輩の元不倫相手だった
また、自分の恋情を知る数少ない人物としてそれなりに親しくしている、そんな香子がこんな寒空の下でひとり立っていたら心配になる

「あかりさんに用事?今お店にいるよ、他にお客さんいなかったし今なら会えるんじゃない」
「別に……会いに来たわけじゃないし……」

ただ仕事終わり、ちょっとでも姿が見れたら良いと思って来たんだと香子は言った

「ふーん」

健気だねえと言いつつ、ただ姿を見る為だけにこんな寒いなか夜中まで待っているつもりなのかと溜息を吐きたくなった

――風邪ひいたらどうするよ……

「それならちょっと会って帰ればいいのに」
「無理よ……恥ずかしいじゃない……それに、仕事終わりのあかり色んな人の匂いしてイヤだ」

あかりには、ごはんの匂いとか洗剤の匂いとかニャー達の匂いが似合ってる
そう言った後、香子は慌てたように弁解する

「別にあかりが猫臭いってわけじゃないのよ!!あの家の猫みんな綺麗だし!太り過ぎて身体大丈夫か!?って思うけど……」

見当違いな弁解だよなーと思いつつ、自分達のマドンナは随分可愛らしい人と付き合ってるとスミスは微笑ましげに目を細め喜んだ
零の話を聞く限り身内には(というか零には)相当キツく当たるらしいが、他人には物腰柔らかだと思った(ここまで心許して接するのはスミスだけだという事をスミス本人はしらない)

「ふふ、かわいいな香子ちゃん……オレも出来ればアンタみたいな彼女欲しかったわ」
「何言ってんのよ三隅さん、一人しか見てない癖に」

背中の唐変木を指さされ、スミスは苦笑いを零した

――よかった、よく寝てる……

夫婦みたいだと言われ表面上嫌がりながら内心を隠して喜び続ける
そんな歳月を幾つ過ごしたろうか

「ちゃんと旦那の首根っこ掴んどいてね?その人あかりにちょっかい掛けて来るから」

まぁイヤラシイとこが全然ないから良いんだけど……と言いながら香子は本当に迷惑そうだった

「旦那じゃないってー……でもそうだな、気をかけとくよ……じゃないといっちゃん破産しちゃいそうだし」
「あかりは男を破産させたりしません!ったく人聞き悪いんだから」

プンスカ怒る香子をニコニコしながら見詰めるスミス

「メロメロだね」
「そうよ?メロメロよ?悪い!?」
「ぜーんぜん」

クスっと笑ってスミスは香子の隣に腰かけた
寝ている一砂の頭を自分の膝の上に置いて

「帰らないの?」
「うん、だって女の子とこんな所に一人おいておけません、今度からなるべく誰かと一緒にまってなよ?誰もいない時はオレ呼んでくれたら付き合うし」
「いや別に結構人通り多いし大丈夫よ」
「今までがそうでもこれからは違うかもしんないでしょ?アンタに何かあって悲しむのはあかりさんなんだから」
「……」

あかりの名前を出した途端に大人しくなった
本当に解かりやすい

「あとやっぱりさ、直接会いに言った方がいいと思うよ?男の人の匂いはこの際ガマンしてさぁ」
「なに言ってんのよ、仕事中にお邪魔したら迷惑でしょうが」
「そんな事ないって」


「そうよ」


ポトリと、香子とスミスの間に柔らかい音が落とされた

「え?」

スミスから目を離し音のした方を見ると、今まで話題の中心だった人が少し離れた所に立っていた

「あ……かり?」
「あースミマセン、忘れ物してたでしょオレ」

そう言って中腰になるスミス、膝に置いていた一砂の頭がグニッと曲がるが気に留めないし一砂も起きない
あかりは忘れ物らしいマフラーを手渡すと香子の方へ微笑みを向けた

――コイツ!最初からあかりが来るって解かってて……!!

香子はスミスを睨みつける、と、そんな事を気にしない様子でスミスは手を振った

「それじゃあ、オレら帰っから」
「へ!?ええ!?」

そう言われ、うろたえる香子

「ばいばい香子さん、あかりさんありがとうございました」
「ううん、こっちこそありがとねスミスさん」
「またお店行きますね」
「はい、待ってます」

目の前で交わされる言葉達をどこか遠くで聞きながら、香子は逃げ出す算段を立てていた
それは無駄だと解かっていながら


「じゃあ頑張ってね香子さん」

「……バッカじゃないの!!?」


どこか意地を張った叫びが銀座の街に一瞬響いて、すぐ後の笑い声によって消された

END