蹴り飛ばしたい背中



『松本一砂』

俺より階級が一つ下で、俺より身長が一センチ高いコイツは、俺の親友兼想い人

想い人イコール好きな人ってことで……まぁ男同士だけど好きなもんはしょうがない
いっちゃんはノーマルだし(俺もいっちゃんに出逢うまではそうだった)きっとずっと片想いなんだけど、俺はいっちゃんが好きだ

そう……好きなんだけど……俺はコイツ程、勝手な人間を知らなかった



【蹴り飛ばしたい背中】



夕飯時にフラッと現れ、俺が作った飯を当然のように平らげ(まぁ着た時点で二人分材料に切り替えた俺も俺だが)

勝手に風呂に入り勝手に俺の服を借り(パンツは新品を卸してやった)

俺の愛猫である苺ちゃん文字通り猫なで声で可愛がっている(まぁウチの苺ちゃんは稀にみる美猫だからな気持ちは大いに解る)

「なーいっちゃん、どうして来たんだー?」

と、今更な事を聞いても

「んー?別におかまいなくー」

このように生返事を返されるだけだ
自他共に認める“イイ奴”な俺でも我慢の限界はあるぞ

「ビールここに置いとくから勝手に飲んで」

「ん、あんがとよ」

一応話の内容は聞いてるみたいだけどな
俺は自分の分の缶ビールをプシュっと開けた
ああ、いっちゃんのビール振っとけばよかったなぁ……
でも汚れんの俺ン家と服だし万が一苺ちゃんに掛ったら可哀想だ

(……)

テーブルに肘を付いて、その背中をじっと見つめる
対局中は引っ切り無しに動くくせに、家の中だとあまり動かずとても姿勢がいい
自分でもこんな奴のどこがいいのかって時々思うけど、きっとこの背中が好きなんだろうな

俺がこんな眼で見てるなんて、いっちゃんは天然で鈍感だから多分一生気付かないだろう(気付かれたくもないけど)

「あー苺かわいいなぁお前〜」

苺ちゃんにデレデレになってるいっちゃんは可愛い、勿論苺ちゃんの方が可愛いけど
なんだかんだ言って頻繁にウチに来てくれるのは嬉しいんだ……彼女いないって証拠だし

たださ、来るなら来るでもっと他にあるだろう……飯食って風呂入って苺ちゃんと遊ぶだけなら俺いなくていいじゃん
だいたい何でウチにくるの?ただ便利だから?都合がいいから?いっちゃんにとって俺は他の奴と大差ないのか?

(なーんてな……)

ちゃんと俺を“親友”として特別に想ってくれてるのは知ってる
男同士でベタベタしたいなんて普通思わないし、寂しいなんて思う俺の方がおかしいんだろう


でもさ、仕方ないじゃん

好きなんだから



「いっちゃん……」



――――ッ!!ヤバ!!自分でも解かるくらい甘ったれた声が出た
ああああ、でっでも!小っちゃい声だったしきっと聞こえて……

「なんだ?」

聞こえてたーー!!

「……ビール、早く飲まないとぬるくなるぞ?飲まないなら冷蔵庫に……」

「いい、そこ置いといて」

「うん」

ああ、また俺らしくない声が出た
でも振り返らないいっちゃんが悪い、苺ちゃんばっかじゃなくて俺も構えよ


こんな女々しい気持ち、いっちゃんには伝わらないんだろうな……だって天然だもん


「スミス」

「へ?」


顔を上げると、いっちゃんが振り返って俺を見ていた


「いつもありがとな」

「……」


いっちゃんはズルイ、俺のことなんにも知らない癖に、何も知らない癖に

振り向いた時の顔が世界で一番かっこよく見えるとか

名前を呼ばれたらドキッとするとか

優しくされるだけで……胸が張り裂けそうとか


――……知らない癖にやってのけるからズルイんだ


「どういたしまして」

それでも嬉しい俺は、照れ隠しにその背中を小突きながら
心からの言葉を言った

「いっちゃんの天然を許してやれんの俺くらいだもんなー」

「はぁ俺の何処が天然なんだよ」

「自分で気付いてないとこだよー」


そんなところも好きで仕方ない


「しょうがないなぁ……いっちゃんは……」


俺も

好きな人がこんなに近くにいるのに

触れる事は許されない



それは……けして甘くはない

苦い、ビールみたいな恋だった




END