宵の明


少し休んで欲しいと思った
いつも家事や妹の世話で疲れてる姿を見て、尊敬するのと一緒に胸が軋むような痛みを覚えた
働いてばっかじゃ駄目、たまには自分の好きな事しなきゃ
まだ若いんだから……って、同世代の私が言うのもなんだけどさ


出来ることなら私の手で休ませてあげたい

そう思った私は、あかりの叔母である美咲さんに頼んで一日だけ代わりに働かせてもらうことになった
勿論あかりからは反対されたけど

「いつも弟がご馳走になってるお礼よ、あかりがどんな仕事してるのか興味あるし」

って言えば、渋々ながら頷いてくれた
あかりは私が零に冷たいの知ってるし、私が零に優しくするのを望んでる筈だから、姉らしい理由を言えば大抵の行いは許してくれる
それに強く反対すれば自分が普段やってる仕事をいかがわしいモノだと思われてしまいそうだから、最終的には了承してくれるって思ってた

でも、もっとちゃんと喜んでもらいたかったのに……失敗だったかな?
だって、あかりを休ませる方法なんてコレしか思い付かなかったんだもん
他人の私があかりの家に上がり込んで働くのも迷惑だろうし、妹の世話なんて余計に気苦労をかけそうだわ
ていうか妹達に嫌われてるもんね……なんせ私は『魔女』だから……

嗚呼、いけない凹んできた……
駄目よ暗くなったら!今は接客中なんだから!!

「どうぞ」

お客様が煙草を口にくわえたのを見計らってライターを差し出した
お酒が無くなったら新しく作って、自慢話をニコニコしながら聞いて、仕事や家庭の愚痴なんかを聞きながら相槌を打つ
長年後藤と付き合ってたからか、かなり年上の男でも話題について行けた……
見た目だけなら一級品らしい私が猫を被っていたら気に入られる事も多くて「次来た時も指名してやる」なんて言ってもらえた
でも、正直この仕事自分には向いてないな、水商売だからじゃなくてサービス業全般が向いてないと思う
あかりの為なら定期的にやっても良いって思うけど、あかりの為じゃなかったら絶対しようとも思わなかった
ていうか、いつもあかりが働くの見てるだけで知らなかったけど、こんな仕事をそつ無くこなすなんてやっぱり凄いな

心の中であかりに尊敬し直した、その時だった

「!!?」

横にいた酔っ払いの手が私の太腿を撫でるように触った
え?この店お触り厳禁じゃ無かったっけ?
驚きのあまり硬直している内にスリットの割れ目から手が服の中に入ってきた

全身に嫌悪感からくる鳥肌が立った

「ヤメッ……」

反射的に手を上げそうになったけど、ハッと気付いた

折角あかりに喜んでもらおうと思ったのに……

ここで騒げばお店に迷惑がかかる、評判が悪くなってしまうかも
そう思った私は全身に駆け巡る不快感をギュッと目を綴じて耐えた

大丈夫、こんな所で触る以上の事はされない

あかりの為
あかりの為
あかりの為だから

我慢出来るでしょ?

「あっ……」

内股をさすっていた手がパンツを押し上げ、中に指を滑り込ませた

「いやっ、ヤメて下さい」

恐怖と嫌悪感で涙がポロポロ零れてくる
イヤだ、気持ち悪い、止めて、でも誰も気付かないで、もうヤダ……助けてあかり!!


バシャ


「……」

何か冷たいものが顔に掛かったと思い恐る恐る目を開くと、目の前に私の比じゃないくらいビショ濡れになっていた

「ウチの子にナニをされているんですか?」
「……美咲さん」
「あ、いえ……その……」

所用で席を外していた美咲さんがテーブルに片足を掛けて酔っ払い男を睨んでいた
きっと手に持っているグラスの中身をぶちまけたのだろう……男の方は酔いも醒めてガタガタと震えている、私のパンツに手を突っ込んだまま

「……ゃ」

私の発した声に気付いたのか途端にバッと手を引き抜き、アハハと渇いた笑いを浮かべる男、そんな事じゃ誤魔化せないよ

「どうぞお引き取り下さい」

冷たく鋭い瞳で男を見下す美咲さん……怖っ
男は代金だけ多めに置いて逃げるように(実際逃げて)店から出て行った

「もう大丈夫よ香子ちゃん」
「美咲さん……」

優しく頭を撫でてくれる美咲さんを見上げ、その手にひどく安心した
流石あかりの身内、傍にいるだけでこんなに心強いなんて

「悪かったわね一人にして……貴方接客上手かったから、ついね」
「ううん、大丈夫だから……」
「……本当ごめんね」

謝る美咲さんに首を振ると、また謝られた

「普段は絶対こんな事ないんだけどね」
「あ、あったら……あかり辞めさせます!」
「……そうね」

美咲さんは私を安心させるように優しく微笑んで、今日はもう上がっていいと言った

「え?でもまだ仕事が……」
「いいわよ今日はお客様も少ないし……それに多分あかり迎えに来るから、それまでに泣き顔どうにかしなきゃでしょ」
「あかりが?」
「あの子も心配性だからね……そろそろ居ても立ってもいられなくなる頃じゃないかしら」
「……休んで欲しかったのに」
「貴方のその気持ちだけで充分嬉しいわよ……ほら早く着替えて顔洗って泣いた痕跡隠すのよ?」

美咲さんに言われた通り顔を洗って化粧を直して帰り支度を終えた頃にあかりが迎えに来た
それでも泣いてた事はバレたけど全力で誤魔化した(多分誤魔化せてないけど)





end

「アレ以外は楽しかったけど接客はもう懲り懲りだわ……ねぇ今度は温泉とかいいと思わない?あったかいお湯に浸かって日頃の疲れを癒してもらうの!」
「それを何故オレに言うんです?義姉さん」
「あかりが私と温泉行ってる間、妹達の世話頼んだわよ!」
「…………(オレの事も少しは労ってよ)」